三十三話 牛・牛・牛!


 地平線に土煙が上がる。

 地面は揺れ始め、何かが大群で押し寄せていることが嫌でも分かった。


「見えたぞ! 全員戦いに備えろ!」


 儂の声は此処へ集まった冒険者達へ向けた物だ。

 出来るなら誰も死んでほしくはない。それが仲間じゃなくともだ。


「突撃のタイミングは?」


 ミーナが槍を構えて質問する。


「儂が施した罠に、ブル共が引っかかってから勝負を仕掛ける。先走って罠に引っかかるなよ?」

「了解。大地の牙のミーナを見せてあげるわ」


 実に頼もしい。しかも彼女の立ち姿は美しさを帯びている。

 胸はあまりないが、非常に魅力的な女性だ。

 特にお尻から足にかけての曲線は……むふふ。


「真一?」


 エルナの声でハッとした。

 こんな大事な時に気を緩めるとは不覚。


「おーい! 田中殿!」


 声が聞こえたので振り向くと、街から多くの兵士がやって来ていた。

 先頭に居るのはエドナーとフレアだ。

 王都の危機とあって公爵が軍を動かしたのだろう。仕事が早い御仁だ。


 二人が合流すると作戦を説明する。


「――という訳だ。軍も罠に引っかからないようにお願いする」

「そう言う事か。ならば兵士達には周知しておこう」


 エドナーはすぐに兵士達に命令を下す。

 兵士の数は五千ほどだ。冒険者も合わせれば八千くらいだろうか。

 マーチブルがどれほどの数かは見当もつかないので、八千でも正直不安はあるが戦う以上は勝つことだけを考えるべきだろう。


「わぅぅ!」


 ペロの声に地平線を見ると、目視できるほどにマーチブルが迫ってきていた。

 茶色い毛並みに大きな体。頭部からは水牛のような角が生えている。

 全長は約四mにして体高は二m近く。

 地面を駆ける速度はそれほど速くはないが、体当たりされればただでは済まないだろう。

 それが大群で王都に近づいていた。


「こりゃあ肝っ玉が縮みそうだぜ……」


 ダルは斧を握りしめて笑う。額からは汗が流れていた。


「ダル、作戦は成功する。儂を信じろ」

「おう、信じているぜ」


 その言葉が心地よかった。

 かつて会社を設立した時、同じように儂を信じてくれる者がいた。

 だからこそ儂は経営に成功したのだ。自身の力だけではない。

 忘れていた感覚が思い出され、不思議と自信が湧き出る。そう、忘れていた。


 儂は一人ではない。


「来るぞぉぉおおおお!」


 声が聞こえ、マーチブルは目と鼻の先まで迫ってきていた。

 剣を握ると笑みがこぼれる。


「ぶもぉぉおおおお!?」


 先頭を走っていたマーチブルが転倒した。

 次々に同じようにブル達が地面へと倒れ、立ち上がろうともがき始める。

 後続から大量のブルが押し寄せ、やはり何かに足を取られて倒れる。


 気が付けば、ブルの山が出来ていた。


「かかれぇええ!」


 儂の声に冒険者達が動き出す。

 倒れたブルへトドメをするのだ。

 死んだブルを足場に、目についた奴から次々に殺してゆく。


 作戦は簡単だ。

 粘着質の糸を地面に敷き詰めブルの足を止める。

 さらに転倒したブルが、他のブルへの壁となり足止めをすることができる。

 数を減らしたところで、ようやくまともな戦いができる寸法だ。


 二百頭が罠に引っかかったところで、違和感に気が付いた。

 足止めをしていたブル達が罠を避け始めたのだ。

 残りは三百頭くらいだが、それでもまだまだ王都を壊滅させるのは十分な数。


 ブル達は最終防衛ラインへと進んでしまった。


「エルナ!」

「分かってる!」


 防衛ラインではエルナや魔導士たちが杖を構えていた。

 魔力を練り上げ杖へと収束させる。


「フレイムバースト!」


 魔法は放たれた。

 見たこともない魔法が重なり合い大爆発を起こす。

 爆風はエルナたちも吹き飛ばし、儂も衝撃でブルの死体の上で転倒してしまった。


「いたたた……やりすぎだろう……」

「そういやぁ、属性の違う魔法を混ぜるなって聞いたことがあるな」


 隣にいたダルが頭を掻きながらぼやいていた。

 儂もなるほどと納得する。


 爆発が起きた場所では爆炎が昇っていた。

 黒い煙がモクモクと上がって行く光景はすさまじい威力だったことを物語っている。


「ぶもぉぉおおおおお!」


 しかし、一頭のマーチブルだけが炎の中から飛び出した。

 毛は黒く眼は赤い。頭部の角は黒曜石のように光を反射していた。

 体長は六mほどであり、体高は三mとあまりにも大きい。


 儂はすぐに鑑定を使う。



 【鑑定結果:ブルキング:マーチブルの王。千年に一度現れると言われ、マーチブルを率いて各地を暴れ回る。その角は非常に硬く、鋼鉄を超えるミスリルすらも貫いてしまう】


 【ステータス】


 名前:ブルキング

 種族:ブルキング

 魔法属性:闇

 習得魔法:シャドウ、シャドウフィールド、シャドウバインド

 習得スキル:身体強化(特級)、統率力(特級)、王の器



 圧倒的じゃないか……身体強化(特級)なんて馬鹿げている。

 相手が人間なら勝機を感じることもできるが、向こうは基本スペックがそもそも違う。

 それに上乗せされるなんてことになれば、どれほどの化け物になのか想像すらできない。


「エルナ、逃げろ! そいつはブルキングだ!」


 ブルキングはすでに走り出していた。

 向かう先はエルナたちのいる防衛ライン。

 恐らくだが奴の力をもってすれば、設置した壁も突破されてしまうかもしれない。


 魔導士たちは逃げ始めた。

 だが、エルナだけは杖を構えている。


「何をしている早く逃げろ!」

「嫌よ! 私は大魔導士になるの! ここで逃げれば叶わないかもしれない!」


 彼女へ猛然とブルキングが迫っていた。

 助ける為に走り出そうとすると、儂の傍を白い物が横切って行く。

 凄まじい速度に何が通ったのかすら分からなかった。


「フレイムバースト!」


 エルナの魔法がブルキングに炸裂する。

 しかし、ブルキングは爆発をものともせず、炎の中から現れる。

 よく見ると奴の身体を黒いオーラが纏っていた。

 推測だが、魔法が効かないのは黒いオーラのせいだろう。

 魔法のシャドウだと考えられる。

 

 ちなみにシャドウとは闇魔法の初級だ。

 魔法の威力を減退し、接近すれば発動を妨害することもできる。

 対魔導士にはうってつけの属性だと知られているそうだ。


「ひぃいい!」


 ブルキングはエルナを貫こうと頭を下げる。

 角先はエルナに向かっていた。


「わぅぅうう!」


 白い何かがエルナを抱えて離脱した。

 それはペロだった。間一髪のところで助け出せたようだ。


「ぶもぉぉおおおおおお!」


 ブルキングは糸の壁に激突した。

 粘着質の糸が体に絡み、ブルキングの動きを阻害する。

 逃げようとしても糸を固定している金属の壁はビクともしない。


「勝ったのか……?」


 ふと、言葉が漏れて周りに居た冒険者達が歓声をあげた。

 儂の中で安堵が広がる。どうやら杞憂だったようだ。

 いくらブルキングと言えど、蜘蛛の糸に絡まればそう簡単には抜け出せない。


「俺達が仕留めてやるぜ!」


 数人の冒険者が、ブルキングへと近づいて行く。

 それを見て他の冒険者達も走り出した。手柄を我が物にしようと言う欲が出たのだろう。


「ぶもぉおおおおおおおお!」


 ブルキングの身体がぶるぶるっと震えた。

 強靭な足を地面に下すと、どんっと蹄がめり込む。

 奴は一歩ずつ糸から離れようとしていた。金属の壁は引っ張られ傾いて行く。


 向かった冒険者達はそれに気が付かず、無謀にも剣を掲げたまま近づいて行く。


 ぶちりと糸が切れ、とうとう奴は解放されてしまった。


 突進を始めた奴は、鋭く堅い角で冒険者達を突き殺してゆく。

 弾き飛ばされた者も無傷とは程遠く、腕や足が折れ曲がり地面でのたうつ。


「てやぁぁあああ!」


 ミーナが果敢にも背中に飛びつき、槍を突き刺そうとしていた。

 だが、激しい動きに空中へ放り出されてしまう。


「やべぇな……このままだとこっちが全滅しちまうぞ」

「分かっている。なんとか儂が食い止めよう」


 ダルと会話をすると、儂は駆け出した。

 ペロもすでに攻撃に加わっている。ならば儂も戦わねばなるまい。

 剣の取手の魔石を黄色へと交換する。

 同時に使えるスキルを全て発動させる。視界に赤い点がいくつも表示された。


「糸爆弾!」


 奴の足へ白い球を射出する。

 白い球は弾けると、大量の糸がまき散らされベトベトと絡みつく。

 気休めだが、これで少しは動きを落とすことができるはずだ。


「ぶもぉぉおおおお!」


 僅かだが動きが変わった。

 得意としていた突進攻撃に戸惑いを見せているようだ。


「我らも冒険者に続け!」


 エドナーの声が聞こえ、兵士達がブルキングへ突撃してゆく。

 その中にはフレアも混じり、剣を振るっていた。

 奴は兵士に囲まれても、角と身体を使って体当たりを行う。

 突き刺される槍など蚊に刺された程度の物なのだろう。ひたすらに暴れ回る。


「うぉりゃ!」


 儂は跳躍すると、ブルキングの背中へ飛び乗った。

 背中の上はしがみつくのでやっと、と言えるほど激しく揺れる。

 それでも無我夢中で抱き着いていた。


「ぶもぉぉおおおおおおおおおおお!」


 ブルキングは兵士を押し退けて駆け出した。

 前を見ると、視界に王都の外壁が映る。


「コイツ、まだ王都へ行くつもりか!」


 その通りだと言わんばかりに、奴は嘶くと外壁へとぶち当たる。

 強烈な振動が儂の身体に走り、一瞬の暗闇の後に視界は開けた。


 目の前には王都の街並みが見える。


 とうとうブルキングは王都へ侵入を果たしたのだ。

 儂はこのままでは不味いと剣をツボへと突き刺す。


「ぶごぉおおおおおおおお!?」

 

 激しい痛みにブルキングは暴れ回る。

 民家に激突し、次々に壁や家具を破壊していった。

 奴が三軒ほどぶちぬいた辺りで、とうとう背中から落ちてしまう。


「くそっ……どこにいった」


 起き上がると、奴の姿はどこにもない。

 どうやら家を破壊しながらどこかへと突き進んでいるようだ。

 このままでは王都が壊滅してしまう。


 そこで儂は破壊された建物から出ると、糸を使って建造物の屋根へと飛び移る。

 高い場所なら奴の動きが分かるかもしれない。


「ギルドに……向かっているのか?」


 奴の動きは明らかにギルドへと向かっていた。

 ギルドが何なのかを理解しているのかは分からないが、進路が分かった以上は先回りするしかない。


 屋根から屋根へと飛び移りながら、ギルドへと到着した。


「ぶもぉぉおおおおおお!」


 奴もギルドへたどり着くと儂を見て嘶く。

 儂の事を認識しているのか、今までにないほどの突進を見せた。


「ふんっ……!!」


 儂は両手で突進を止めようとした。

 角を受け止めた瞬間、とてつもない衝撃が全身を襲う。

 全身の骨がきしみ、足は石畳の上をわずかに滑った。それでもなんとか耐えていた。


「どうした牛野郎? こんな物か?」

「ぶもぉおおおおおおお!!」


 僅かにだが儂が押されていた。

 この状態も長くは続かないだろう。


「真一!」

「わうぅ!」


 駆け付けたのはエルナとペロだった。

 ようやく勝機が見えて笑みを浮かべる。


「エルナ! 鎖の魔法だ!」

「わかったわ!」

「ペロは奴の後ろ脚に噛みつけ!」

「わうぅ!」


 エルナがフレイムチェーンを使うと、奴の身体に赤い鎖が巻き付いた。

 ペロは鋭い牙で奴の後ろ脚にガブリと噛みつく。


「しめた! 突進力が弱まったぞ!」


 徐々に儂が押し始めた。

 そこへ、フレアと大地の牙が駆け付ける。


「真一! 間に合ったか!?」

「早くこいつを仕留めてくれ!」


 フレアと大地の牙は、キングブルへ切りかかる。

 それでも奴の生命力は衰えない。

 その場に留めていた鎖はブチリと切れてしまい、眼はギラギラと儂を睨み付けていた。


「さすがキングだ。だが、これならどうだ?」


 押してくる力を利用して一気に投げる。

 これぞ背負い投げ。

 奴は背中から地面へ叩き付けられ、石畳を粉砕した。

 まだこれで終わりじゃない。


 剣を抜くと、心臓があるだろう場所に向かって剣を突き立てる。

 もちろん電撃付きだ。


「ぶもぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 長く大きな断末魔が街へ響くと身体を弛緩させた。


「勝ったぞぉおおおおお!」


 儂の声に仲間だけでなく街の人々も喜びの声を上げる。

 ギルドからも職員や冒険者達が出てくると「ホームレスがやりやがった!」と喝采の嵐だ。


「…………」


 アービッシュとフェリアが見ていた。

 儂らを睨み付け拳を握っている。

 そして、足早に何処かへと去って行った。


「まぁ、今回のことで反省してくれればいいのだがな」


 真実を言うと、儂はグロリス家の判子を盗んだわけではない。

 言葉通り借りたのだ。


 まず、スキル隠密を駆使して屋敷に忍び込み判子の複製を作った。

 少々手間取ったが、手先の器用な儂に出来ないことはない。

 次に素材は壊れやすい物をチョイスした。なんせアービッシュに壊してもらわないといけないからな。

 あとは多くの店に注文を繰り返し、印を押しまくったと言う訳だ。

 儂の企てた復讐計画は見事に成功した。

 さすがに本物の貴族の判子を壊すのは気が引けるからな、我儘小僧の鼻をへし折るには高くつきすぎる。


「さて、酒場で祝杯でもあげるか!」


 儂らは勝利に余韻に浸りながら酒場へと向かった。



 ◇



「――では、印章は取り戻せなかった上に、お前が壊したと言う訳か」

「…………はい」


 グロリア家では、当主とアービッシュが話をしていた。


「お前の顔は二度と見たくはない。でてゆけ」

「親子の縁を切るとおっしゃるのですか?」

「無論だ。今回の原因はお前にあるのではないのか?」

「俺には何の罪もありません! 俺は無実です!」

「もういい。出て行くが良い」


 アービッシュは静かに部屋から出て行った。


「愚かな息子だ」


 グロリス家当主は、椅子から立ち上がると戸棚を空けた。

 本を取り出そうとしたのだが、ある物が目に入る。


「これは……」


 当主が手に取った物は印章であった。

 印を確認すると、間違いなくグロリス家の物だと判断した。


「なるほど、屋敷に侵入した者は贋作を作りたかったと言う訳か」


 贋作はすでに破壊されている。

 だとするなら、目的はアービッシュと私を引き離すことだった。と当主は予想する。


「目的はどうあれ、私にも好都合だ」


 当主はそのまま印をポケットに入れる。


「愚か者はグロリス家には必要ないのだよ」




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