三十二話 エルナの拳

 

 ギルドへ着くと、見覚えのある顔を見つけた。


「ダル」


 声をかけると、掲示板を見ている三人が振り向く。


「おお! 真一じゃねぇか! ペロも元気か!」


 ダルは儂らに歩み寄ると、ペロの頭を撫でてから儂と握手する。

 それを見たエルナが文句を言い始めた。


「ちょっと、私を忘れているでしょ! この大魔導士のエルナ様を!」

「あーん? 大魔導士? 荷物持ちだったポンコツ魔導士が大魔導士なわけがねぇだろ」

「良い度胸じゃない! ここで灰に変えてやるわ!」


 エルナとダルの間で火花が散り始めた。相変わらず仲が良いのか悪いのかよく分からない二人だ。

 そんな様子を見ていると、ロイとミーナが近づいて来る。


「こんにちは真一さん。今日は依頼探しですか?」

「そうだな、明日にはマーナへ帰るから最後の依頼をと思ったのだが、大地の牙はまだ仕事をしているのか?」


 あれだけの財宝を手に入れて、危険な仕事を続ける意味はあまりないように思うのだ。

 ロイもそれが分かっているのか、苦笑いしながら答えた。


「やっぱり僕達は根っこから冒険者のようです。お金があっても使い道が分からなくて、結局いつものようにギルドへ来てしまいました」

「なるほど……その方が良いかも知れないな。使い道はこれから考えればいいさ」

「ええ、そうするつもりです」


 ひとまずいがみ合っているダルとエルナを引き離すと、三人とは離れて依頼を探すことにした。

 隣では未だにご立腹なエルナがブツブツと文句を言っている。


「あのドワーフめ……今に私の魔法を直撃させてやる……」

「おい、不穏な事を口にするな。本当に実行しそうで恐ろしくなるぞ」

「わぅぅ……」


 ペロもエルナの様子に少し怯えている。

 まぁ、ライオンのじゃれ合いみたいな物だろうと思うが、やりすぎないように儂が監視をする必要はある。ギルドを破壊されては困るからな。


 依頼を探していると、興味深い物を見つけた。

 

 “マーチブルの進行を変えて欲しい”そんな内容だ。

 儂はマーチブルとやらに興味を抱いた。そこでエルナに質問をする。


「マーチブルとはどんな魔獣だ?」

「簡単に言うのなら牛みたいな魔獣かな。特徴と言えば集団行動くらいしか思い浮かばないけど、とにかく集団の移動が厄介なの。家や畑があったとしてもそのまま突っ切っちゃうのよ」

「障害物があってもそのまま突撃してくると言う訳か……」

「そいうこと。マーチブルが通った後は何も残らないって話らしいわよ」


 牛の大群が村や町へ来れば、そこに住む人々の生活が破壊される。あまりにも理不尽だ。

 そこでこの依頼を受けてみようと思った。

 今の儂ならできることもあるかもしれない。


「ホームレスが来ているだと!? 何処にいる!」


 声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

 儂らは掲示板から離れ、声のする方へと足を進める。


「け、掲示板の方に行ったと思う……」

「本当だろうな! 嘘だったらただじゃ済まさないぞ!」


 ギルドのカウンター前で、アービッシュが男の胸倉をつかんで叫んでいた。

 周りの人々はその様子を見て、嫌悪感を顔に出しながらも関わらないように避けて行く。


「おい、そこまでにしろ。その者が困っているじゃないか」


 アービッシュは驚いた様子で振り向くと、儂を見て端整な顔をゆがめた。

 まるで親の仇を見つけたような顔だ。


「やっぱり生きていたか……」


 男を解放すると奴はすぐに剣を抜いた。

 初めて会った時から一ミリも成長していないようだ。


「おい、ここはギルドだぞ? そこに居る魔導士もこいつを注意してやったらどうだ?」


 フェリアという魔導士に声をかけるが、彼女はエルナに視線を向けたまま返事をしない。

 対するエルナも杖を握って睨み付けていた。


 ギルドの中に緊張感が漂う。

 一触即発の空気に、冒険者達は足を止めてみているのだ。

 ギルドの職員も様子を見守っているのか動かない。


「すぐにグロリス家の印を返せ! お前が盗みを働いたことは分かっているのだ!」

「印? はて、何の事かさっぱりわからないが?」

「しらばくれるな! 我が屋敷へ侵入し印章を盗みだした上に、俺に大量の商品を送りつけただろう! そのおかげで俺は父上から縁を切られかかっているのだぞ!」

「なるほどなるほど、それは大変だ。では儂が一緒に探してやろう」


 儂が笑みを見せると、アービッシュの怒りが頂点に達したのか切りかかって来た。

 以前と変わらない剣速に、ちゃんと訓練をしているのかと呆れてしまう。

 すでにスキルを使わなくとも避けることは簡単だ。


「ホームレスらしく命乞いでもしたらどうだ! 下民め!」

「そのホームレスにやられて逃げ帰ったのはどこのどいつだったかな?」

「それを言うな! 今すぐ殺してやる!!」


 奴の一方的な攻撃を避け続ける。

 察しの良い者はこの時点で実力差に気が付くはずだ。

 だとするならアービッシュはまだまだ未熟だと言える。

 神童と呼ばれちやほやされて育ったゆえに、上ではなく下を見ることに長けてしまったのだろう。

 実に愚かだ。


 エルナの方は、にらみ合ったまま動かない。


「生きていたのねエルナ」

「あたりまえじゃない。あんな卑怯な攻撃で死ぬつもりはないわ」

「相変わらず頭の中はお花畑ね」


 フェリアが駆け出すと、エルナに向かって杖を繰り出す。

 エルナも杖で対抗し、ギルド内に重い音が響いた。杖と杖のつばぜり合いだ。


「私は強くなったわ! 今ならあなたにも負けない!」

「愚図でのろまなエルナにそんなことが出来るのかしら? 魔導学校を首席で卒業した私に」

「私は愚図でものろまでもないわ! 筆記テストでは私が学年一位だったじゃない!」

「そうね、初級魔法しか使えない魔導士だったものね」


 二人が離れると、至近距離で杖が打ち合わされる。

 フェリアは巧みな杖さばきに対し、エルナは鍛えられた身体能力で迎え撃つ。

 スキル不屈の精神が発動しているのか、エルナの心は石のように堅くフェリアの言葉に惑わされなかった。


「何をよそ見している! 俺と戦え!」


 今も儂はアービッシュの攻撃を避け続けていた。

 はっきり言って剣術(特級)ほどの実力はないと判断している。

 スキルとは一定の実力を保証してくれるが、使いこなすには練磨は必要だ。

 経験まではスキルは補ってはくれない。

 そこに気が付いた儂は、毎日欠かすことなく訓練を積み重ねてきた。


「儂に攻撃を当ててみろ」

「言ったな! ならば手加減はしない!」


 恐らくスキル身体強化を使ったのだろう、動きが鋭くなった。

 儂は超感覚を使いさらに避け続ける。


 そろそろ決着をつけべきだな。


「死ねぇ!」


 奴が剣を切り下そうとした瞬間を見計らってリングを発動した。

 

 ガリリッと何かが砕ける音が聞こえた。

 奴の足の下で、堅い何かを踏みつぶした音だ。


「なんだ?」


 アービッシュは動きを止め、足の下を見る。

 そこにはグロリス家の判子が落ちていた。粉々になって。


「うわぁぁあああああああああああああああああ!!」


 ギルド内に絶叫が木霊する。

 誰もが何が起きたのか分からない様子だった。

 それもそのはず、儂のリングは半径十m以内であれば、位置を指定して物を置くことができる。

 リング内にあった判子を奴の足の下に置くことも簡単なのだ。


「ああああああ……うそだろ……」


 アービッシュは震えた手で、砕かれた判子を拾った。

 少々可哀想な気もするが、殺人未遂の罪は軽くはない。

 

 奴はショックのあまり、床に座り込んだまま動かなくなった。


「アービッシュ様!?」


 フェリアが駆け寄ると、アービッシュは涙を流してブツブツと呟く。

 そんな様子を見たフェリアが今度は儂を睨み付ける。


「屋敷から印を盗みだした上に、アービッシュ様に踏ませるなんて!」

「どこにそんな証拠があるのだ? たまたま足の下に落ちていただけだろう?」

「戯言を!」


 フェリアは杖を構えると、全身から透明なオーラを放つ。

 そして、オーラが杖に収束していった。


「エアロカッター!」


 風が巻き起こり、杖の先から空気の刃が射出される。


「フレイムウォール!」


 だが、エルナの咄嗟の魔法によって攻撃は防がれた。


「ギルド内でエアロカッターなんて非常識よ」

「それがどうしたって言うのかしら? この世で尊きは私とアービッシュ様だけ。平民がいくら死のうと気にする価値もありません事よ」

「そんなことはない! 撤回しなさい!」


 エルナとフェリアの戦いが再開した。

 何度も杖同士が打ち合わさり、押して引いての攻防戦だ。

 互いに殺すつもりで杖を打ち合っている。そんな風に見えた。


「落ちこぼれのくせにやるじゃありませんか!」

「もう私は落ちこぼれじゃない! 上級魔導士だ!」


 フェリアの隙をついた打撃にエルナの杖が弾き飛ばされる。

 ここで勝負は決したと誰もが思った。


 ――が、エルナの動きは止まらない。

 突きと蹴りが繰り出され、先ほどよりも動きは加速する。


「くっ……素手なんて……」


 必死で杖で連撃を防ぐが、エルナの速く重い攻撃は確実にフェリアを追い詰める。


「これが私の怒りだぁぁあああああ!!」


 エルナがしゃがみ込むと、跳躍を利用してアッパーを放つ。

 拳は防御した杖をへし折り、そのままフェリアの顎へと直撃した。


 見事な一撃だった。


 フェリアは床に倒れ、白目をむいている。

 ギルドの中に居た人々はエルナの一撃に一人、また一人と拍手を始めた。


 儂はエルナに近づくと、肩に手を乗せて褒める。


「今日から魔導格闘家だな」

「ちゃんと褒めてよ! 魔導格闘家ってなに!?」


 おっと本音が出てしまった。

 まぁ、エルナは格闘家に向いているのは事実だ。


 しかし、そんな勝利ムードを打ち破る事態が起きた。


「大変だ! みんな早く逃げろ!」


 ギルドへ一人の男が飛び込んできた。

 頭からは血を流し、左腕は負傷している。


 すぐにギルド職員が駆け寄ると、男へ事情を求める。


「大変とはどういうことですか!?」

「王都へマーチブルの大群が近づいているんだ! 俺のパーティーは奴らの動きを変えようとしたんだが、失敗してこのありさまだ! あと一時間もすれば王都に奴らがなだれ込むぞ!」


 ギルド内は大騒ぎとなった。

 戦いを決意する者や逃げ出す者。そんな冒険者が入り乱れギルド職員へ質問の嵐だ。


「みなさん、落ち着いてください! 緊急依頼を発布しますので、少し待ってください!」


 対応するギルド職員は、そう言い残してギルド内へ去って行った。

 儂らはこの知らせを報告してくれた男へ近づく。


「おい、大丈夫か?」

「あ、ああ……俺のことよりも早く逃げてくれ。奴らは普通のマーチブルじゃないんだ」

「普通じゃない? もっと詳しく教えてくれ」


 儂はキュアマシューを男へ食べさせると、お礼の代わりにさらなる情報を求めた。


「ありがとう助かった。それで普通じゃないって話なんだが、マーチブルの中に一際デカイ奴が居たのを見たんだ」

「一際デカイ? だが、それもマーチブルだろう?」

「いや、あいつは別物だ。マーチブルってのは毛が茶色いんだが、あいつは黒かった。しかも普通のと比べると二倍くらいデカイ。もしかすれば変異種かもしれねぇ」


 また変異種か……経験から言うと通常よりもかなり強いことが分かっている。

 ただし、その度合いは不明だ。別種と言えるほど強い個体が現れてもおかしくはないのだ。


「おい、お前らはどうするんだ?」


 後ろから声が聞こえて振り返ると、大地の牙がエルナに話しかけていた。


「うーん、真一は戦うつもりみたいだけど……」

「そうかい。じゃあ俺らも手伝うぜ。ホームレスに協力する方が勝算がありそうだからな」


 どうやら大地の牙は儂らに協力してくれるそうだ。

 だとするなら六人でこの事態を何とかするしかない。


「ダル、すぐに王都の外へ出るぞ! マーチブルが此処へ到着する前に、やるべきことがある!」

「おう、何でも言ってくれ! この街は絶対に護って見せるからよ!」


 儂らはギルドを出ると、王都の北側へと到着した。

 目撃した男の話では、北からマーチブルはやってくるそうだ。

 幸い王都の北側は草原地帯だった。


 見晴らしも良く、障害物は何もない。

 まさに儂の考える策に最適の環境だった。


「誰か土魔法は使えないか?」

「それなら僕が使えます」


 ロイが進み出る。

 彼のステータスは見たことはなかったが、土属性を使えるとは有り難い。

 流石は大地の牙と名乗るだけの人材だ。


「それじゃあむこうとこっちに、大きな岩を作ってもらえないか?」

「岩ですか? だったら金属でもできますよ?」

「それはいい! ぜひ金属で創ってくれ!」


 ロイが杖を構えると、儂の指定した場所に狙いを定める。

 魔力が迸り地面に波が走ると、彼の魔法が放たれた。


「メタルウォール!」


 目的の場所に、鋼色をした金属の壁が生える。

 高さは十mもあり、横幅は五m程。厚さは三十cmにもなる分厚い壁が出現したのだ。


 隣に居るエルナに質問する。


「メタルウォールとは?」

「土魔法の上級よ。物理的な防御力なら魔法の中でずば抜けているわ」


 ほうほう、ならばやはり今の状況には好都合だ。

 ロイは二つ目のメタルウォールを創り出すと、儂は壁と壁を糸でぐるぐる巻きにする。


「なんだ糸の壁ってことか?」

「ここは最終ラインだ。儂らはもっと前で戦う」


 儂はマーチブル達が通るであろう場所に最後の仕掛けを施し、敵が来るのをひたすら待った。

 いつしか他の冒険者達も集まり、同じようにマーチブルを待ち始める。


 そして、その時が来た。




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