三十話 謎の腕輪


 遺跡の地下へと進み始めた儂らは、すぐにこの遺跡が不安定なことに気が付いた。


「床がグラグラしているな……踏み抜いてしまいそうだ」

「おう、この遺跡は所々脆いところがあるから気を付けろよ」


 ダルのアドバイス通り、遺跡の地下通路は脆い上にすでに穴が開いている箇所も見受けられる。

 下を覗くと、数匹のゴブリンの姿が見える。

 やはりこのような場所は、モンスターの住処になりやすいのだろう。


 儂らは脆い場所や穴の開いた箇所を避けながら先へと進む。

 ひとまず探索をしながら最下層を目指す予定だが、この遺跡は地下三階までしか存在していないらしくそれほど時間はかからないとのこと。


「みんな待って。先に魔獣が居るわ……数は二匹かしら」


 エルナがスキル地獄耳を使って索敵を行ってくれる。

 儂も超感覚を使えば出来ないこともないが、やはりエルナの聴覚には負けてしまう。

 もちろんだが嗅覚においてもペロの方が優れている。よって儂が索敵をする意味はあまりない。


「ぷきゅうう」


 薄暗い通路の先から、二つの丸い物がバウンドする。

 見た目は突きたての餅の如くぷるぷるしており、色は半透明な水色である。

 大きさは大体サッカーボールくらいだが、バウンドするたびにぐにゃりと形を変えて反動でジャンプをしているようだった。


 儂は思わずフレアに質問する。


「……アレは何だ?」

「スライムだ。この辺りでは一番弱い魔獣だが、身体に強い酸性を帯びている。生き物の口や鼻に張り付いて、獲物を捕らえようとしてくる厄介な生き物だ」


 スライムと聞いてRPGゲームを思い出した。

 ゲームを始めると、最初に出て来るモンスターの名前だった筈だ。

 見た目は可愛い感じだったが、現実ではそうはいかないらしい。

 仲間になりたそうな眼をされてもきっとスルーするだろう。


「わぅぅ!」


 ペロが前に出ると、爪を伸ばしてスライムを切り裂いた。

 その動きは訓練の成果が出ているようだ。


 ――が、切り裂かれたスライムは、そのまま分裂して四匹になってしまった。


「わぅぅ!?」


 ペロは驚いてもう一度切るが、やはりスライムは分裂してしまう。

 儂は気になって鑑定を使った。



 【鑑定結果:スライム:最弱の魔獣と呼ばれており、普段は死骸や虫を食べて生きている。生きた生物にも攻撃的であり、時にはドラゴンにすら攻撃をする。体内にある核を壊されると死んでしまう】


 【ステータス】


 名前:スライム

 種族:スライム

 魔法属性:水

 習得魔法:アクアボール

 習得スキル:衝撃吸収(初級)、分裂(初級)、硬質化(初級)、消化力強化(中級)



「ペロ、スライムの核を攻撃しろ」

「わん!」


 動き出したペロは素早かった。

 一瞬で全てのスライムを核ごと両断したのだ。

 儂はすぐに溶けだしたスライムに近づきスキル拾いを使う。


 手に入れたのは衝撃吸収・分裂・消化力強化だ。

 すぐに試してみたいが、大地の牙が居る前ではまずいので今は控えておく。


「よくやったペロ。良い動きだったぞ」

「わんっ!」


 尻尾をぱたぱたと振ってペロは嬉しそうだ。

 ここはペロの実践訓練には最適かもしれない。そこで儂はダルに提案する。


「悪いが、敵との戦闘はしばらくペロに任せてくれないか。ここは実践訓練には最適なようだ」

「別に構わないぜ。ここの敵は俺達には弱すぎるしな」


 ダルの許可も得て、ペロが先頭を歩く事に決まった。

 そこからのペロは水を得た魚のように、ゴブリンやスライムを殺してゆき、そのたびに攻撃が鋭く的確になっていった。その姿はまるで暗殺者のようだ。


 ただ、ペロを人一倍可愛がっているフレアは不満そうな表情だったが、あえて気にしないことにした。ペロは愛玩動物ではないのだ。



 ◇



「ここが最下層だ」


 ダルの言葉に儂らは最下層である部屋の中を眺めた。

 エルナの光魔法で照らす部屋は、遺跡の最下層にしてはがらんとしている。

 正方形の部屋の四隅には、大きな人の顔が彫られた柱が部屋の中心を見つめ、最奥には祭壇のような半月状の舞台が設けられている。


「どうやらこの遺跡には何もないのかもしれませんね」

「無駄足だったみたいね」


 ロイとニーナは部屋の中を探りながら、落胆の色を隠せていなかった。

 反対に儂は、この部屋に何かあるとソワソワしている。

 本能が強烈に叫んでいた。お宝を見つけ出せと。


 部屋を調べ始めて十分ほど経過した頃に、儂は奇妙なことに気が付いた。


「ちょっと待ってくれ、部屋の四つの顔は祭壇ではなく床に向かっていないか?」


 儂の言葉に全員が中央に集まる。

 真ん中から見ると良く分かる。巨大な顔は、部屋の中心に視線を注いでいるのだ。しかも床に。


「こりゃ床に何かあると見た方がいいな」

「もし、お宝があれば大発見よ」

「真一さんに同行していただいて正解でしたね」


 大地の牙が喜び合っているところで、エルナの耳がピクピクと反応した。

 ペロも鼻を鳴らし、何かに気づいた様子だ。


「エアロカッター!」


 何処からか声が聞こえ、儂らの居る床が三角に切られた。

 すぐに魔法攻撃だと分かったが、とっさのことで反応が遅れてしまう。


 がらがらと床は崩れ、暗闇の中へと落ちて行く。

 上を見ると、穴から見下ろすアービッシュとフェリアの顔が見えた。

 奴らはどこからか儂らの事を聞きつけ、後をつけていたのだろう。不覚だ。


 儂らはそのまま穴の奥深くへ落ちていった。






「ぶはっ!」


 水の中へ落ちた儂は、すぐに超感覚を使って現状を把握する。

 どうやら近くに岸があるようだ。すぐにクロールで泳ぎ始める。

 これでも儂は泳ぎは得意だ。


「助けて! あぶっ! 私泳げないのっ!」


 ばしゃばしゃと水面でもがいているエルナを見て助けに近づく。


「おい、儂の背中に掴まれ」

「真一! ありがとう!」


 背中へ抱き着かれると、エルナの胸が押し付けられて気持ちいい。

 ずっとこのままでもいいかもしれないな。


「わぅぅ」


 隣を見ると、ペロが犬かきで岸へと泳いでいた。

 その後ろからはフレアが、鎧を着たまま平泳ぎをしている。

 周りを見ると、ロイやニーナも泳いでいた。ただし、ロイの背中にはダルの姿が見える。

 エルフとドワーフは仲が悪い癖に、変なところは似ているのだな。


 岸へ上がると、それぞれが服が吸い込んだ水を絞る。

 エルナは魔法で明かりを創り、何処から落ちて来たのか周りを確認した。


「あそこじゃないかしら? 高さは二十mくらいね」


 エルナが光りの球を操作すると、白光が周りを照らし地底湖を露わにする。

 その上には確かに儂らが落ちて来たであろう、穴がぽっかりと口を開いていた。


「登るのは難しそうだな……」

「ねぇ、真一の糸で登れるんじゃないかしら?」


 エルナの言葉に少し考えてみる。

 確かに、この地底湖はそれほど広くはないので、糸で足場を作って登ることはできるかもしれない。

 なるほど、それは名案だ。


「おい、脱出もいいがこっちを見てくれ」


 ダルの声に振り向くと、岸のある壁には扉が設置されていた。


「ここが本当の最下層と言う事か?」

「だろうな。どうする? この先にはお宝があるかもしれねぇぞ?」


 ダルたちは笑みを浮かべている。

 これが冒険を生業とする者の醍醐味なのだろう。ならば決まっている。


「もちろん行くさ。儂らは冒険者だろ?」

「それじゃあ問題ねぇな。ロイ、扉を開けてみろ」


 ロイが石造りの扉を押すと、ゆっくりと開いて行く。

 ごりごりと石が擦れ合う音が木霊し、すかさずエルナが光の球を中に入れる。


「うぉぉっ!?」


 儂らは眩しさのあまり、手で目を覆った。

 部屋の中では黄金色が満ち溢れ、強烈に光を反射させる。


 目を開けると、小さな部屋の中を埋め尽くすほど金銀財宝が山となっていた。

 奥にはひときわ目立つ祭壇があり、台に乗った黒い石の棘には腕輪が嵌められている。


「うひょー! すげぇ!」


 ダルは財宝に飛び込んで、手当たり次第にリュックへと詰め込む。

 ロイとニーナも財宝に目がくらみ、肝心の腕輪を見ていない様子だった。


「これだけあれば……どれだけ服が買えるんだろ……えへへへ……」


 いや、エルナも眼がくらんでいるようだ。

 ゾンビのようにフラフラと財宝の山へ近づくと、大きな宝石が付いたネックレスを手に取ってニマニマしている。


 儂は祭壇にある腕輪に近づくと、すぐに鑑定を使った。



 【鑑定失敗:****:*****】



 予想通り鑑定は出来ない。

 腕輪は、黒い輪っかに純黒の石が金細工で装飾されており、非常に高価な品だと分かった。

 明らかに異質な空気を纏っている。


「……ローブが共鳴しているのか?」


 儂のローブが光の波を放つ。腕輪も同じように光が走った。

 この二つは何らかの関係がある物だろうか?


 儂は腕輪を手に取ると、左腕に嵌めてみた。



 【以前の持ち主はすでに死亡しています。この腕輪を所有しますか? YES/NO】



 迷わずYESを選ぶ。

 ダルたちが油断している隙を狙ってのことだが、悪く思わないでほしい。

 本能がこの腕輪を手に入れろと、サイレンのように頭の中で鳴っているのだ。


 腕輪を手に入れた儂は、目の前に小さなウィンドウが開いていることに気が付く。

 ステータス画面に似ているが、記載はなにもされていない。



 【ストレージ】

 ―

 ―

 ―

 ―



 まさかと思い、金の酒杯を握ると手の中から消えてしまった。

 そしてウィンドウには、新たな表示がされている。


 【ストレージ】

 ・金の酒杯

 ―

 ―

 ―



 今度は手当たり次第に念じると、財宝は次々に消えて行く。

 ウィンドウには“財宝”と一まとめになって表示された。


「おおおおお! これはすごい!」


 もちろん“出ろ”と念じれば、先ほどの財宝が床に現れる。

 これはきっと四次元ポケットのような便利な道具なのだ。最高の道具ではないか。


「ダルよ、リュックではすべての財宝は運び出せないだろう? 儂の手に入れた腕輪なら、全てを運び出せるぞ」

「んあ? 腕輪?」


 儂が念じると、部屋の中にあった財宝は全てが忽然と消える。

 慌てふためくダルたちへ、腕輪の事を説明した。


「――てことは、その便利な腕輪の所有者は、真一になっちまったてことか?」

「そう言うことになる。その代わりだが、財宝は全て渡そう。儂らはこの腕輪だけでいい」

「まぁ……そう言う事なら俺達もそれでいいがよ」


 腕輪一個と遊んで暮らせるほどの財宝と比べると、まんざらでもない様子だ。

 嬉しさのあまりニヤケ顔が隠しきれていない。


「えー!! 私たちは腕輪一個だけなの!?」


 問題はエルナだ。儂にブーブーと文句を言って、財宝があればどれだけお洒落な服が買えるか力説する。フレアはペロとじゃれていて財宝はどうでもいいらしい。


「この腕輪は素晴らしい物だ。金などまた稼げばいいではないか」

「ぐぅううう! 真一の馬鹿!」


 エルナは部屋から出て行ってしまう。

 王都に戻れば、服を買ってやった方が良さそうだな。


「さて、ここから脱出しないといけないぞ」

「おう、でもここからどうやって脱出する? ここには上に行くための階段も見かけねぇしよ」

「儂に任せろ」


 部屋から出ると、地底湖の壁へ糸を伸ばす。

 さらに、反対側にも糸を伸ばし、一時間ほどで巨大な蜘蛛の巣を作り上げた。

 面白いのはスキルを使用すると、蜘蛛の巣の作り方が頭の中へ流れ込んでくることだ。

 蜘蛛の巣とは、同じ糸で作られている訳ではない。

 粘着質の糸と、伸縮性をもった糸など何種類かの糸を活用して作り出されている。

 蜘蛛などは、自身が巣に引っかからないように、粘着質の糸を避けて移動することは割と有名な話だ。


 よって儂は今回、伸縮性を重視して巨大トランポリンを作ったと言う訳である。

 それでも穴までは届かない。

 儂は穴に向かって糸を伸ばすと、登り綱を用意する。

 芥川龍之介の“蜘蛛の糸”のように地獄からの脱出を図ろうと言う訳である。


「よし、完成だ。全員上がって来い」


 エルナを先頭に糸の上を綱渡りすると、今度はトランポリンで飛び上がり糸を掴む。

 そのままスルスルと登りきると、穴の上から顔を出して成功したと声を出した。

 エルナの後に続き、一人ずつ地底湖から脱出し最後に儂も脱出。


「さて、すぐに遺跡を出るか」


 儂の言葉にすぐに戦いの準備を整えて遺跡を昇り始める。

 二時間後には遺跡から出ることが出来た。


 その後、王都へ戻った儂らは大地の牙の家に案内され、そこで全ての財宝を引き渡す。

 エルナは最後まで名残惜しそうにしていたが、今回の話を持ってきたのは大地の牙であり、儂らは本当の意味でお宝を手にしたわけだ。過ぎたる欲は、身を亡ぼすと知らなければならない。


 無事に公爵の屋敷に着くと、夕食を食べてベッドへと入る。

 ペロが眠い目をこすりながら儂のベッドに入り、犬のように丸まって眠り始めた。


 儂はアービッシュとフェリアの顔を思い出し、無性に腹が立った。

 奴らは間違いなく儂らを殺そうとしたのだ。


 ならば相応の仕返しをしてやるべきだろう。

 やられたらやり返すのがホームレスのやり方だ。



 眠気を感じ、儂は瞼を閉じた。






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