二十九話 デゾリア遺跡探索


「おめぇ、スゲェじゃねぇか!」


 儂の腰を叩いたのは背の低い男だった。

 先ほどまでブラッディートレントに斧を振るっていた者だろう。


「儂はホームレスの田中真一だ」

「おう、俺は大地の牙のダル・ラ・ケブラってんだ。ダルって呼んでくれ」


 お互いに握手を交わす。

 ダルはなかなか話しやすい人物のようだ。彼がエルナの言っていたドワーフという種族だろうか?


「真一! そんな奴と仲良くしちゃダメよ! そいつは頭の固いドワーフなんだから!」


 エルナがやってくると、ダルを指差して大声を上げる。

 ダルもその様子にみるみる表情を変えた。


「その顔は……荷物持ちのエルナ・フレデリアか! てめぇがどうしてこんなところにいる!?」

「へへーん! よく見てみなさい! 私はもう上級魔導士なのよ! あの頃の荷物持ちとは違うの!」

「ふざけるな! どうせはったりだろ! これだからエルフの落ちこぼれは救いようがねぇ!」

「そっくりそのまま返してあげるわ! ドワーフの落ちこぼれ!」


 エルナとダルは、獣のようにお互いに睨み合いながら一歩も引こうとしない。

 儂らはなにが起きたのか分からず狼狽える。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

「そうよ、こんなところにまでエルフとドワーフの争いを持ち込まないで」


 いがみ合った二人の間に割って入るように、顔がそっくりな男女が現れた。


 男性は赤いローブと尖がり帽子を身につけており、短く整えられた若草色の髪と碧い目が非常にハンサムに見せる。こちらは魔導士のようだ。

 もう一人の女性は軽装備を身につけ、かなりスタイルがいいようだ。

 若草色の髪は後ろでまとめられ、少しだけ垂れている前髪が特徴的。

 手には槍を持っていることから、中距離を得意としていることが窺える。


「わぁ! ロイとミーナじゃない! 久しぶりね!」

「エルナさんは相変わらずのようですね……」


 ロイと呼ばれた男性は苦笑いする。

 事情は分からないが、そろそろ儂が出て場を収めた方が良さそうだ。

 すでに村人たちは、ブラッディートレントを村へ持ってゆくための話し合いを始めている。


「ダルとやらここはひとまず、村へ戻ってから話をしようではないか。ブラッディートレントを退治したとはいえ、まだトレントはウロウロしている。村人の護衛を疎かには出来ないぞ」

「うはははっ! その通りだな! なんでぇい、ポンコツ魔導士には勿体ねぇ男じゃねぇか!」

「うがー! 勿体ないとはなんだ! 文句があるならかかって来いクソドワーフ!」


 怒り狂うエルナを脇に抱えると、ひとまずダルたちから引き離した。

 すでに村人たちはブラッディートレントの死骸を担ぎ、歩き出していたからだ。


「わぅぅ」


 いつの間にかフレアに抱えられているペロは、大きなトレントを見ながら目をキラキラさせていた。

 種族は違うが、やはりペロも男の子なのだろう。


 思わず頬が緩んでしまった。



 ◇



 無事に村へ戻ると、儂らはひとまず村の酒場へ移動した。

 どうやら大物を確保できたことで、村からのお礼として御馳走を用意してくれると言うらしいのだ。

 トレントも例年より多く手に入って、村人たちはホクホク顔で嬉しそうだった。


「僕はロイ・ディフィル。大地の牙で魔導士をしています」


 向かいの席で自己紹介をするロイは、礼儀正しく帽子を脱ぐと儂らと握手をした。

 見た目や態度から育ちの良さが理解できる。


「私はニーナ・ディフィル。ロイとは双子なの。大地の牙では中距離攻撃を担当しているわ」


 今度はニーナと握手を交わした。

 二人は双子なのか顔がそっくりである。

 それでも二人とも魅力的なのだから、悔しさと言うものを感じずにはいられない。

 儂もハンサムとして生まれたかった……。


「ダルの紹介は聞いたから、今度はこっちだな。儂は田中真一。ホームレスのリーダーをしている。気軽に真一と呼んでくれ」


 そう言ったところで、ダルが鋭い質問を投げかけてきた。


「真一はヒューマンじゃねぇだろ?」

「……なぜそう思う?」

「俺が勝てなかったブラッディートレントを、あんなにも簡単に倒しちまうのはヒューマンじゃありえねぇ。もしかしてドラゴニュートか?」


 ドラゴニュート? よく分からないが、儂の種族ではないことははっきりしている。

 そこで儂は包み隠さず自分の種族を話してみることにした。


「儂はホームレス変異種という種族だ。珍しい種族だと思うが、同胞を見たことはないか?」

「あ? ホームレス? ……いやぁねぇな。そんな種族を聞いたのは初めてだ」


 ダルたちは首をかしげていた。

 相当珍しい種族か、もしかすれば儂だけと言うこともあり得る。

 しかし、誰も知らないという情報が分かっただけでも収穫だ。今後はヒューマンと偽っていた方が無難かもしれないな。


「じゃあ私の番ね! のちの大魔導士になるエルナ・フレデリアよ! 今じゃあ上級魔法だって使えるんだから!」


 エルナは杖を振りかざしてポーズする。

 知り合いに成長した自分を見せることが出来て嬉しいのだろうが、頭のおかしい子にならないか不安である。今度は精神を鍛える修行をしたほうが良さそうだ。


「私はフレア・レーベル。わけあってこのパーティーに協力している。本来はメディル公爵近衛の騎士だ」


 フレアの紹介に三人はざわつく。

 それもそうだ。公爵の近衛騎士がこの場に居るなど不自然である。

 しかし、フレアの詳しい話は後回しにしてペロの自己紹介をする。


「フレアが抱いているのは聖獣のペロだ。儂らの大切な仲間である」

「わん!」


 ペロは身を乗り出して、三人と握手を交わした。

 儂が握手をしていたのを真似しているのだろう。三人はペロに驚いた様子だった。


「すげぇパーティーだな。公爵の近衛騎士はいるし、聖獣様もいるとは末恐ろしいぜ。特に真一がヤベェ。俺らドワーフは力じゃあヒューマンの二倍は誇っている。そんな俺より力が上だと思うとぞっとするぜ」

「ちょっと! 私が抜けているじゃない! 確かに真一は強いけど、私だってあんなトレントくらいチョチョイのチョイよ!」


 再びエルナとダルの口論が始まった。

 今度は止める気もせず、運ばれてきたエールに口を付ける。

 テーブルいっぱいに料理が並べられ、酒場の中ではすでに村人たちが宴会を始めていた。


「少しお話をしていいですか?」


 ロイが椅子を持ってきて儂の隣に座った。

 彼が居た場所では、現在ダルとエルナが言い合いをしている。

 さしずめ避難してきたと言う事だろう。


「あの二人はいつもああなんです。エルフとドワーフは昔から仲が悪いですからね」

「ふむ、仲が悪いのにどうしてエルナを荷物持ちに雇ったんだ?」


 儂がそう言うと、ロイはダルを見ながら話し始める。


「ダルさんは昔、娘さんがいたそうなんです。流行り病で妻も娘さんも亡くしたそうで、エルナさんと娘さんの姿が被ったんでしょうね。当時、初級魔法しか使えなくて仕事に困っていたエルナさんを、荷物持ちで雇うと言いだしたんです。僕達は反対したんですけど、ダルさんは一度決めたことは変えない人でしてね」

「それで荷物持ちになったと言う訳か。だが、あれじゃあ仕事はやり辛かったんじゃないのか?」

「いえいえ、二人はああ見えて本当は仲が良いんですよ? ダルさんだってエルナさんが上級魔導士になれたことに喜んでいる筈ですから」

「なるほど……」


 ロイの言葉に納得した。ダルとエルナは、いつの間にか酒を飲みながら話をしていたのだ。

 その姿は親子に見えるほど仲が良さそうだった。



 ◇



 翌朝、屋敷で目が覚めるとすぐに出発の準備を整える。

 今日は大地の牙ととある約束をしているからだ。


 エルナ、ペロ、フレアを連れてギルドへ行くと、入り口の辺りに大地の牙の三人が揃っていた。


「おはよう! いい天気だな!」

「おう、今日は探索日和だ! しっかり稼がねぇとな! うははははっ!」


 昨日のトレント討伐依頼で、儂らはかなりの額を手に入れることが出来た。

 日本円にして千四十万円くらいだろう。反対に大地の牙はそれほどは貰えなかった。

 そこでダルから提案を受ける。


 明日は大地の牙と合同で、遺跡探索をしないかと話を貰ったわけだ。

 儂としてはすでに十分な実入りを手に入れている訳だし、この提案に反対する理由も特に思いつかなかった。なにより儂の勘が参加しろと囁いていたのだ。

 それに同業者との親睦を深めておくのも悪くない。

 縁はあるうちに温めておくのが商売のコツだ。


「さぁ、出発するか!」


 儂らは借りた馬に乗り、デゾリア遺跡へと向かう。



 片道三時間ほどで到着した遺跡は、デゾリア遺跡と呼ばれ王都からそれほど離れていない場所に存在する。

 かつてこの地には、巨大な国家があったそうだが今ではその名残しか目にすることはできない。

 デゾリア遺跡は見た目はアンコールワットに似ている。

 大きな沼に囲まれ、中心部には巨大な建造物が静かに存在している。

 ブラッディートレントを倒した遺跡にも似た外観から、同じ種族が作ったことが分かる。


「でけぇ遺跡だろ? この辺りでは最大の物だ。すでに踏破されちまっているが、もしかすればまだお宝があるかもしれねぇ」


 ダルの言葉に全員が頷く。

 踏破されているとはいえ、ここはダンジョンではない。

 よって最下層に何かあるわけでもなく、下手をすれば何も得られない可能性もある。これは正式な依頼ではないのだから。


 儂らは遺跡の中へ足を踏み入れた。


「ほぉ、これは壮観だな」


 遺跡の内部は木々の根が張り巡らされ、人工物が自然の中に埋没していた。

 壁にはいくつもの巨大な顔が掘られており、今でも住人を待っているかのようである。


 遺跡を見ながらダルが話をし始めた。


「かつてこの大陸はヒューマンが支配していた。けど、今の五カ国が協力して大国を滅ぼしちまったのさ。一度はヒューマン達もバラバラに散っちまったが、諦めなかった奴らはこの地に集まって国を作っちまいやがった。それがローガス王国なのさ」

「五カ国はこの国を滅ぼさなかったのか?」

「そう言う話もあったそうだが、当時の五カ国は敗戦したヒューマンに同情的だった。結局、小さな国ならいいだろうってことで認めたのさ。それが五千年くらい前の話だ」


 ふむ、この世界の歴史を知るのは勉強になる。

 儂は転生して半年も経っていないのだからな。まだまだ無知と言える。


 ダルを先頭に、遺跡の内部へ進むと三匹の魔獣が現れた。


「ゴブリンか……面倒だな」


 ダルが武器を構えると、彼から圧迫感を感じた。

 もしやと思いダルに鑑定を使う。



 【鑑定結果:ダル・ラ・ケブラ:ドワーフは生来鍛冶が得意だが、ダル・ラ・ケブラは才能に乏しく冒険者となった。妻と娘が居たが、流行り病で亡くし現在は独り身】


 【ステータス】


 名前:ダル・ラ・ケブラ

 年齢:33歳

 種族:ドワーフ

 職業:冒険者

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール、ロックアロー

 習得スキル:斧術(上級)、鎚術(初級)、盾術(初級)、体術A(上級)、危険察知(中級)、威圧(中級)、鍛冶(初級)



 恐らく先ほどの圧迫感はスキル威圧だろう。

 三匹のゴブリンは一目散に逃げ出してしまう。なかなか便利なスキルだ。


「へへっ、自分より弱い奴には威圧が一番だな。上級になりゃ格上でも通用するらしいが、中級でも十分だ」

「ダル、威圧はどうやって身につけるんだ?」

「あん? そりゃあ魔獣を脅してりゃあいずれは身に着くもんだ」

「脅しか……」


 威圧は便利なので、儂も是非とも身につけておきたい。

 その後、儂らは地下へと行く為の通路を見つけ、デゾリア遺跡探索を本格的に開始するのであった。






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