二十八話 トレントの巣


 山の中へ踏み入ると、木々や雑草が生い茂り薄暗い印象を受ける。

 心なしか肌寒さも感じ、異世界の山林は怪しい空気を漂わせていた。


「何が出てきてもおかしくない雰囲気だな」

「それはそうだ。この山は古くからトレントの住処として知られている。大人の男でも一人では立ち入らないほどだぞ」


 返答したフレアはペロを抱いたままだ。いい加減、解放してやってほしい。


「ちょっと待って、声が聞こえるわ……」


 エルナが長い耳をピクピクと動かす。

 スキル地獄耳のおかげだろうが、流石は森の住人と呼ばれるエルフだ。

 いつも以上に頼もしさを感じる。

 彼女は儂らを率いて森の中を山道に沿って歩き始めた。



 ふと、耳にコーン、コーンと音が聞こえた。

 誰かが木を切っているのだろう。

 山育ちではないが、木を切る音と言うのは懐かしさを感じるものがある。


「戦っているみたいよ、合流してみましょ」

「うむ、そうだな」


 エルナの指示する方向へ歩き出すと、四人ほどの男が三m程の何かと戦っていた。


 焦げ茶色とも言うべき表面に、細い腕が二本生えている。

 頭部には緑の葉っぱが蓄えられ、足があるだろう場所にはクネクネと根っこが蠢いていた。

 眼はなく口もない。ただ儂は、すぐにトレントだと思った。


「くそっ! こいつ堅いぞ!」

「早くしろ! いつまでもこいつを留めておけないぞ!」


 三人の男はトレントにロープをくくりつけ、必死にその場へ留めようとしていた。

 もう一人は斧を握り、懸命にトレントの腰の辺りへ刃を打ち付ける。

 そのたびにコーン、コーンと軽快な音が木霊した。

 ただ、刃は思ったよりも進んでいない感じだ。


 儂は状況を見て助けるべきだと判断する。


「エルナやペロはロープの方に行ってくれ、儂が斧で切り倒して見せる」

「分かったわ。でも、無理だと思ったら声をかけて、私がトレントを魔法で吹き飛ばすから」

「わぅぅ」

「では私もペロ様と一緒にロープを引くか」


 それぞれが役割を把握すると、男達の元へと駆け寄った。


「そこをどけ、今からこいつを切り倒してやる」

「お、おお……」


 木こりの男へ声をかけると、儂に驚きつつも素直に後ろへ下がる。

 トレントの横幅は七十cm程だ。そこへ付けられた傷は五mm程度。

 明らかにトレントの防御力が勝っている。


 儂は背中に背負っていた鋼鉄の斧を、トレントに向かって構えた。

 刀身は五十cmもあり両刃。柄は九十cmと長く、使い古されているせいかグリップはボロボロだった。

 それでも綺麗な鋼色は健在であり、鈍く太陽光を反射させる。


「モーガン、武器を借りるぞ」


 斧をゴルフクラブのように振り上げると、まさしくゴルフをするかのように斧をトレントに叩き付けた。


 ゴンッと耳慣れない音が響き、刀身は深々とトレントの身体へと食い込む。

 今の一撃で半分ほど切ってしまった。そんなに力を入れていなかったのだが……。


 斧を抜くと、先ほどと同じようにもう一度切り込む。

 トレントは切断され、叫び声も挙げないまま動かなくなった。死んだのだろう。


「あんたすげぇな! どこの誰だ!?」


 後ろで見ていた木こりの男は、驚きつつ笑顔で声をかけてきた。


「儂らは依頼でやって来た、ホームレスというパーティーだ。手こずっていたようなので勝手に手伝わせてもらったが、獲物を横取りしてしまったか?」

「いやいや、アンタたちが来てくれて助かった。想像以上に堅いトレントだったもんで困っていたんだ」

「堅いトレントか……」


 儂は興味本位からトレントを鑑定すると、木こりが手こずっていた理由が明らかになる。



 【鑑定結果:トレント(変異種):突然変異によって生まれた特殊な個体。一般的なトレントよりも堅く力も強い。木材として非常に優れている】


 【ステータス】


 名前:トレント(変異種)

 種族:トレント

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール、ロックウォール

 習得スキル:硬質化(中級)、脚力強化(中級)、植物操作(初級)



 儂はスキル拾いで、硬質化・脚力強化・植物操作を取得した。

 どれも使えそうなスキルなので、大収穫と言った所か。


「ところで大地の牙とやらはどこにいる?」


 木こりの男へ話しかけると、彼は山頂の辺りを指さした。


「大地の牙は、村の男達を引き連れて頂上に向かって行った。あそこには昔からトレントの巣があると言われているんだ」

「トレントの巣?」

「ああ、トレントってのは植物に見えるが、これでもれっきとした魔獣だ。こいつらは産卵の時期が来ると、巣に集まって大量の卵を産むらしい。今年は数が多いから、巣に何か異常があったんじゃないかって噂になっているのさ」

「それで巣に向かったのか……」


 事情が分かれば話は早い。儂らもトレントを倒しながら頂上へ向かえばいいのだ。


「よし、儂らも頂上へ行くことにする。ところで、このトレントはどうするのだ?」

「気にしないでくれ。こいつは俺たちで村へと運ぶ。きっといい木材になるぞ」


 木こりたちはトレントを担ぐと、えっほえっほと山道を下り始めた。

 なかなか山の男と言うのはたくましいようだ。


 儂らは再び山道を歩き始めると、二体のトレントが出現する。

 細い腕を振り回し、根っこである足で地面を掴みながらゆっくりと移動する。

 人の歩行速度と同じくらいだろうか。実に遅い。


「前から思っていたけど、トレントって足が遅いよね……」

「その代り腕力や握力はかなりの物だぞ。私も幼い頃に腕を掴まれたことがあるが、骨折して大変な目にあった」


 エルナとフレアがトレントを見ながら会話をしている。


「わぅぅ!」


 フレアの腕から飛び出したペロが、トレントへ駆け出した。

 俊敏な動きで二体のトレントをかく乱すると、儂に向かって吠える。


「いいぞ、ペロ! そのまま引き付けておけ!」


 ペロがトレントを引き付けている間に、儂は二体に向けて左手を向ける。

 使うはスキル糸生成と糸操作だ。

 手の平から白い糸が飛び出すと、二体のトレントへぐるりと巻き付き近くの樹へ縛り付けた。

 暴れるトレントは強靭な糸により身動きできない。


「わぅぅ!」


 ペロは儂の腕に飛び込んできた。

 ぺろぺろと顔を舐め、“頑張ったよ!”とばかりに嬉しそうである。


「よくやったペロ。訓練の成果が出ていたぞ」

「わんっ!」


 儂はペロを地面に下すと、斧を構えて二体のトレントにトドメをする。

 振り下ろした斧は一撃で一体を切断し、二撃目でもう一体も絶命した。

 切ってみて分かったが、先ほどの変異種と比べるとかなり脆い。

 これが一般的なトレントかと少々驚いた。


「トレントを一撃とは、田中殿は強いのだな」

「そうだと言いたいところだが油断は出来ない。敵はまだまだいるからな」


 ひとまず全員へ気を引き締めよと注意すると、儂は殺したトレントを山道へ転がす。

 こうしておけば、発見した村人が村へと運んでくれるはずだ。


 再び歩きだした儂らの前に、今度は見た事のない魔獣が姿を現した。

 子供のような体に、全身は濃緑に染まっている。

 皮膚は老人のようにカサカサで、それでいてやせ細った印象を受けた。

 鼻はテングのように長く先は尖っている。それでいて眼は三白眼。

 頭部は髪もなく、ツルツルである。服は薄汚れた布切れを腰に巻いているだけ。

 一目で極悪人だと思ってしまうような印象的な魔獣だった。


「あぐぅぅううう……」


 牙をむき出しにして敵意を向ける。

 儂はすぐに鑑定を使った。



 【鑑定結果:ゴブリン:知能は低く身体能力も低い。一説には人種族の亜種だと言われているが、現在まで魔獣として認識されている。オークと共に女性に嫌悪される】


 【ステータス】


 名前:ゴブリン

 種族:ゴブリン

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール

 習得スキル:腕力強化(初級)、危険察知(初級)、強制妊娠



 うむ……非常に醜悪な魔獣だ。

 見た目もそうだが、特に強制妊娠などというスキルが凶悪。

 女性が嫌う理由も理解できる。紛れもなく害獣だな。


「ファイヤーボール!」


 エルナが叫んだ瞬間、杖から十cmほどの火球が射出された。

 火球はゴブリンの顔面へ直撃し、上顎より上の部分が吹き飛ぶ。即死のようだ。


「容赦がないな……」

「当り前よ! ゴブリンは女の敵よ! 気持ち悪い!」

「その通りだ! ゴブリンは根絶やしにするべきだ!」


 エルナとフレアはゴブリンに強烈な嫌悪感を抱いている様子だ。

 ここに多数のゴブリンなど居れば、きっと二人によって血の海と化していただろう。


 儂はスキル拾いを使って、ゴブリンのスキルである腕力強化を取得した。

 強制妊娠は使う場面が思いつかないのでスルーする。求めているのは戦闘と生活に役に立つスキルである。


 儂らはその後もモンスターと戦いながら山頂を目指し、四時間ほどでようやく目的の頂上へとたどり着いた。



 ◇



「この辺りが頂上だと思うが……エルナ何か聞こえるか?」


 エルナに声をかけると、彼女は耳をピクピクさせ音を探る。


「この先で大勢が戦っているわ。多分だけど、苦戦しているようだわ」

「と言う事は、大地の牙と村人はトレントの巣を見つけたのか」

「そうだと思う。早く助けに行きましょ」


 儂らは音を頼りに草をかき分けて進むと、開けた場所へとたどり着いた。

 すぐに眼に飛び込んだのは池だ。透明度が高く蒼い。

 池の中心部では遺跡が存在していた。古びた石造りの建物が朽ちかけているのだ。


「くそっ! こいつ異常に堅いぞ! 斧を跳ね返しやがる!」

「ダル! 早くしろ! もう、俺達じゃあ抑えきれないぞ!」


 遺跡の中心部では複数の男達が、十mもの大きなトレント相手に綱引きをしていた。

 ロープをトレントにくくりつけ左右から引っ張っているのだ。対するトレントも細い腕を振り回し暴れていた。

 トレントを倒そうとしているのは一人の男だ。

 身長は百三十cm程度だと思われるが、体格はがっちりとした大人の男である。

 ぼさぼさの赤毛の髪に、口元には豊かな髭が蓄えられている。身体には鉄製の鎧が装備され、手には片刃の斧が握られていた。


 男が斧をトレントへ振り下ろすたびに、甲高い音が聞こえる。

 まるで金属同士を打ち合わせたような硬質的な音である。

 それでもトレントの身体には五cmほどの傷が出来ている。


「ただのトレントとは違うようだな」

「そのようだな」


 フレアの言葉に返答しつつ、儂は大きなトレントへスキル鑑定を使う。



 【鑑定結果:ブラッディ―トレント:トレントの上位種であり、非常に硬く身体も大きい。トレントの育成を早め、自身の養分へと変える共食い行為が確認されている。名前の由来は身体が血のように赤い為である】


 【ステータス】


 名前:ブラッディ―トレント

 種族:ブラッディ―トレント

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール、ロックアロー、ロックウォール

 習得スキル:硬質化(上級)、脚力強化(上級)、植物操作(上級)



「どうやら、あの魔獣はブラッディ―トレントらしいぞ」

「え!? ブラッディ―トレント!?」

「知っているのか?」

「知っているも何も、ブラッディ―トレントはエルフの国では有名な魔獣よ! 数は少ないけど、現れるとトレントを増やして街や村を襲うんだから!」


 エルナの話によれば、ブラッディ―トレントは上級の魔獣らしい。

 防御力だけなら特級にも引けを取らないと言うから面倒な話だ。果たして儂の攻撃が効くかどうか。


「ひとまずあの者達を手伝うか」

「そうね、それがいいわ」


 儂らは駆け出すと、遺跡へ通じる橋を渡る。

 男達へ合流するとすぐにロープを引っ張るメンバーへと加わった。


「あんた達は誰だ!?」

「儂らは村でトレント退治を依頼された冒険者だ! ここはひとまず助力する!」

「それはありがてぇ! たまには村長も気が利くじゃねぇか!」


 ロープを引っ張る村人の一人が声をかけて来たので、事情を説明したわけだが村長は随分と慕われていないのだなと苦笑する。

 それよりも、トレントとの綱引きはなかなかの重労働のようだ。

 こちらも百人以上が左右から引っ張っているにもかかわらず、トレントはゆっくりだが前に進んでいた。 スキル脚力強化が使用されているせいだろう。


 ならば儂も本気を見せねば男ではあるまい。

 スキル腕力強化と脚力強化を使用すると、わずかにだがトレントは後ろへと下がり始めた。


「すげぇ! この兄ちゃんが来てからトレントが引っ張られ始めたぞ! おい、大地の牙! 早く切り倒せ!」

「うるせぇ! こっちも必死で切ってんだよ! 硬すぎて刃が全然進まねぇ!」


 男達は早くしろと捲し立てるが、斧を持った男の攻撃は効いている様子はなかった。

 これでは埒が明かないと、儂はロープから手を放す。


「お、おい! どうして手を放すんだ!?」

「心配するな、必ず儂が勝たせてやる」


 儂はスキルツボ押しを使用する。

 視界には膨大な緑の点が表示され、儂は男達の背中にある点を指で突いて行った。

 身体強化のツボだ。これでひとまずは時間が稼げる。


「うぁおおおおお! なんだこりゃあ! ビンビン力が湧いてくるぞ!」

「引けー! 引いて引いて引きまくれー!」


 力が強化された村人は、トレントをすさまじい勢いで後退させて行く。

 その間に儂は斧を握ると、トレントの足元へ移動する。


「くそっ! 全然切れねぇ!」

「おい、儂に代われ」


 斧を持った男を横へ押しやると、今度は儂が斧を振り下ろす。

 ゴオンッと金属を切ったような音が木霊すると、横幅五m程もあるブラッディ―トレントの胴体に深さ五十cm程度の切り傷が出来た。


「マジかよ……」


 後ろで声が聞こえるが、儂は今度は本気で斧を振り下ろす。

 ゴォォンッと音を響かせ、斧はトレントの中心まで切り込んだ。

 スキル腕力強化と脚力強化の同時使用のおかげだと思うが、基礎能力の高さもあってのことだ。

 ホームレス変異種は並の種族ではないと言う事だろう。


 斧を引き抜くと、切った場所より少し下から今度は切り上げるように斧を振るう。

 木の伐採とは、ただ切るだけではない。切り口を三角に抉ることにより、木の重みだけで倒れるようにするのだ。

 儂もそれを真似てトレントを倒すことにした。


「ふんっ!」


 トレントの足の部分へ斧を切り込むと、何とか三角に抉ることに成功した。

 メキメキメキとトレントは抉られた方向に倒れ始める。

 男達はロープを手放すと、倒れる方向とは逆方向に散っていった。


 ドォンと遺跡の床に横になったブラッディ―トレントは、あれほど暴れ回っていたことが嘘のようにピクリともしなくなったのだ。


「うぉぉおおおおおおおお!」


 村人たちは勝利の雄たけびをあげた。

 儂たちは上級魔獣のブラッディ―トレントに勝ったのだ。





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