二十七話 トレント討伐依頼

 

 目が覚めると、高級ベッドから抜け出し筋トレを始める。

 この世界に来てから日課となったトレーニングだが、やはり体を動かすと清々しい気持ちになる。

 儂には筋肉が必要だと確信できるのだ。


「わぅぅ」


 儂の姿を見てペロもベッドから出ると、同じようにで筋トレを始めた。

 スクワットをしているが、腰の落とし方を見るとなかなか筋がいい。

 きっと立派な筋肉を手に入れることだろう。


 さて、メディル公爵に条件を出されて一週間ほど泊まることになった訳だが、すでに今日で三日目となっている。

 昨日は王都を見物するだけで終わったが、今日はギルドへ顔を出そうと思っていたりするのだ。

 ギルドの本部とやらを見てやろうという魂胆である。


「よし、終わりだ。よく頑張ったな」


 筋トレが終わると、ペロの頭を撫でてやる。

 白い毛がふわふわとしていて実に心地よい。


「わぅぅ」


 麻のTシャツに半ズボン。

 服を着たペロは人間の子供のようで良く似合っていた。


 昨日の王都観光でペロの服を購入したのだが、儂やペロよりもエルナが夢中になった。

 ペットに服を買うような感覚なのだろう。

 あれもこれもと服を選びだし、付き添いで来ていたフレアと一緒にペロを着せ替え人形の如く玩んだと言う訳だ。

 正直なところ女子の感覚と言うのは理解できないが、二人のセンスの良さは認めるところだ。

 特に機能性を考えて麻の服を選んだ辺りは感心する。


 筋トレを終えたペロは、眼を擦るとベッドへ戻ろうとした。

 ペロは儂を親のように思っているのか、同じ寝床で寝たがるのだ。

 儂としても男同士で何かあるわけでもないので、寝床が同じだとしても気にはしない。

 それにペロは可愛い。甘えて来る我が子のようで、傍にいるだけで心が安らぐのだ。

 だが、それゆえに甘やかすことはできない。

 許してばかりでは立派な大人には成長しないからな。


 儂はペロの後ろ首を摘まむと、ベッドから引き離す。


「くぅぅん……」

「駄目だ。目が覚めたのなら起床だ。外で訓練をするぞ」


 しょぼんとしたペロを連れて儂は屋敷の外へ出る。


「おや、お早い起床ですな」


 庭へ出ると、執事のモーガンがジョウロで花に水をやっていた。

 まだ朝の六時くらいだが、彼はぴしっと紳士服を着こなし隙がない。

 元冒険者とは思えないほど、気品がある落ち着いた雰囲気だ。


「執事殿おはよう。今日もいい天気だな」

「そうでございましょう、この時期の王都は晴れ日が多いですからね。しかし、トレントが繁殖してしまうのが困ったものです」

「トレント?」

「おや、ご存知ない? トレントとは動く植物魔獣のことですよ。樹に擬態し、通りかかる獲物を襲っては養分にするのです。恐らくこの時期は、ギルドで討伐依頼が出されていると思いますよ」


 儂はモーガンの話に興味を持った。

 植物魔獣とは非常に興味深いではないか。

 襲ってくるとはいえ、自ら動く植物はどのような物か見てみたい。

 やはり食虫植物に近い形態なのだろうか?


「なるほど、ギルドで依頼を探してみるとしよう」


 儂の言葉にモーガンは頷くと、何かを思い出したかのように話を切り出す。


「では冒険者の先輩として助言しておきましょう。トレントには斧を持ってゆかれた方がよろしいかと」

「む、斧か? ならば武器屋で購入しなければいけないな」

「それでは私の斧をお貸しいたしましょう。倉庫に鋼鉄の斧が眠っていたはずです」

「おお、それはありがたい。是非、貸してもらいたい」

「ええ、構いませんよ。ギルドへ行く前に声をかけてください」


 話がまとまると、儂らはモーガンと別れ訓練を始める。

 訓練と言っても、素手の殴り合いのようなものだ。

 さすがに体の小さなペロに真剣を握らせるわけにもいかないので、今のところは体術を覚えさせることにしている。


 ワーウルフと言うだけあって、ペロの俊敏性と打撃力はなかなかのものだ。

 儂の蹴りを避けると、小さな体を駆使して背後へ回り込もうとする。

 繰り出される拳や蹴りは、儂の身体をわずかだが後ろへ下がらせた。


「いいぞ、今度は爪を使ってみろ」

「わぅっ!」


 ペロの指先から鋭い爪が刃物のように伸びた。

 長さは五cmくらいだが、十分な脅威だ。常人ならこの時点で勝ち目はないだろう。

 それくらいの能力をペロはすでに持っていた。

 とは言え、儂自身もなかなかの強者だと思っている。

 持っているスキルの数や種類もあるだろうが、やはりホームレス変異種になってからは段違いに強くなったと感じるのだ。


 スキルを使わずともペロの動きが読めるのは、これまでの経験と並外れた身体能力のたまものである。

 ギリギリで爪を避けつつ、ペロの腹部へ軽いパンチをお見舞いした。


「きゃうん!?」


 思っていたよりも威力があったのか、ペロは地面へバウンドをするとうつぶせのまま動かなくなった。


「お、おい、大丈夫か?」


 拾い上げてみると、ペロは白目をむいて気絶していた。

 ちょっと訓練に熱が入りすぎたようだ。少々反省する。


 儂はペロを抱いたまま屋敷の中へ戻ることにした。



 ◇



「ワーウルフって言っても、ペロ君はまだ子供なのよ! 気絶するまで訓練しちゃダメよ!」

「すまん。やりすぎたと反省している」


 公爵の屋敷を出た儂らは、ギルドを探して街の中を歩いていた。

 その途中で、朝の訓練を話すとエルナに怒られてしまう。


 もちろんだが、儂も何も考えずにペロを鍛えようとしている訳ではない。

 ペロの種族であるワーウルフは、強い魔物として有名でありコボルトの上位種族とされている。

 知能も高く身体能力は相当らしい。

 そんな優れた種族の子供であるペロを、幼いころからしっかりと育てれば素晴らしい聖獣になることは想像に難くない。もちろん今後も継続されるであろう冒険業の相棒としても期待できるのだ。


「わぅぅ」


 話を聞いていたペロはエルナに首を振ると、儂の足に抱き着いて見上げて来る。

 まるで“まだまだ頑張れるよ”と言っているような表情だ。


「心配するな、訓練は続ける。その代りだが、今後はもう少し手加減する」


 儂はペロの頭を撫でて笑顔を見せた。


「まぁいいわ。それよりも、ギルドへ行くにはこの道で合っているの?」


 エルナは大勢の人が行き交う道を見て疑問を口にする。


「執事に聞いた話では、こっちの方角にギルドがあると聞いたぞ? 見ればすぐに分かると言っていたが……」


 周りを見ると、趣のある街並みに異国情緒があふれている。

 白人や黒人が路上に置かれた椅子に座り、楽しそうに会話を交わしつつ酒を飲む。

 家のベランダでは女性が洗濯物を紐に吊るし、手すりに居る猫は欠伸をしながら尻尾を揺らした。

 子供たちは木の棒をもって、激しく打ち合っている。

 そんな建物が並ぶ最奥に、一際目を引く建物が見える。

 神殿のような建物がそびえ立ち、人々が吸い込まれるかのように入り口へ入って行く。

 建物の正面には、斧と杖がでかでかと刻まれていた。


「おい、あれじゃないのか?」

「そうみたいね。やっぱり王都のギルドになると大きいわね」


 確か王都のギルドは本部だった筈だ。とするならこの国の冒険者が集う場所と言う事だろう。

 儂らは建物を眺めつつ、ギルドの中へと踏み入った。


「うわぁー、すごい人の数ね!」


 ギルドの中はそれはもう多くの人で溢れかえっていた。

 奥には二十人もの職員が並ぶ受付カウンターが備えられ、左側には何枚もの掲示板が設置されている。

 右側には鑑定所があり、職員が冒険者が持ってきた素材を熱心に鑑定している。


 エルナの驚きは儂も同意した。

 マーナの街とは比較にならない程、規模が大きく活気に満ちている。


「わぅぅ……」


 ペロは人の多さに怯えたのか、儂の足に縋り付いていた。


「ねぇ、せっかく斧を借りたんだし、トレントの依頼を受けるんでしょ?」

「ああ、ひとまず掲示板へ行くか」


 儂らは人だかりのできている掲示板へ行くと、彼らはペロを見てギョッとする。

 だが、しばらくすると何事もなかったかのように掲示板を見始めた。


「随分と反応がドライだな」

「そりゃあそうよ。田舎では考えられないかもしれないけど、都会では魔獣をペットにする人もいるらしいわ。それでもかなり珍しいみたいだけれど」

「ほぉ、ペットにか。と言う事は彼らには物好きな人間に見えたと言う事か」

「そう言う事ね」


 魔獣を飼いたいという気持ちは理解できなくもない。

 人間からみれば魔獣は恐ろしくもあり、同時に憧れも抱く生き物だと思うのだ。

 飼ってみたい。従わせてみたい。そのような願望を抱く人間は多いことだろう。

 ならば実行に移すのが人間と言う生き物。

 不可能かどうかはやってみて判断する、そんな挑戦の繰り返しで人類とは英知を築き上げるものだ。


 もしかすれば、いつかは魔獣や魔物が人間と共存する時代が来るかもしれない。


「さて、トレントの依頼を探すか」


 思考を切り替えた儂は掲示板を眺める。


「トレント絡みの依頼は多いな」


 掲示板には十枚以上の依頼書が張り出されている。

 モーガンが言っていた通り、この時期はトレントが繁殖するせいだろう。


「あ、これなんかいいんじゃない?」


 エルナが指さす依頼は、トレントを十体ほど倒してほしいというものだった。

 報酬は銀貨三十枚とまずまずの値段である。


「場所はプラハの村か……王都から近いようだし受けてみるか」

「トレントなんて私の魔法で吹き飛ばしてやるわよ」


 エルナは得意気に宣言する。

 倒してくれるのはいいが、依頼書にはトレントをできるだけ破壊せずに殺してほしいと書かれている。木っ端微塵にすると報酬が出ないのだ。


「……とりあえず依頼を受けるか」


 儂は依頼書を剥がすとカウンターへ持ってゆく。



 ◇



 王都で馬を借りて、片道二時間ほどでプラハの村へ到着した。

 村は山の麓に造られており、主な産業は木材加工である。

 聞いた話ではトレントは良質な木材として有名なため、この時期は村の男が総出でトレントを狩るらしい。冒険者はもしもの時の用心棒と言う事だ。


 儂は村長に依頼内容に間違いはないかを確認する。


「依頼書に書かれている十体の討伐は本当か?」

「もちろんです。今年はトレントが大量繁殖していまして、例年と比べ山を下りて来る数が多いのです。我々も他の冒険者に指名依頼を出して討伐に当たっていますが、どうも上手くいっていないようなので新たに依頼を出したと言う訳です」

「む、他の冒険者が来ているのか?」


 これは予想外だ。どうやら儂らは援軍みたいなものらしい。

 しかしだ、だとするなら十体どころでは終わらないのではないだろうか?


「村長殿、もしやと思うが、安い報酬で事を済まそうと依頼を出したのではあるまいな?」

「ま、まさか! そんなことはしませんよ! ちゃんと見合った額をお支払いします! 銀貨三十枚は最低報酬です!」

「ならばいいのだ」


 最低報酬とは、条件ギリギリで依頼を達成した場合に対し払われる金の事だ。

 もちろん条件を満たしていない依頼は報酬ゼロ。

 反対に依頼者が満足のゆくレベルで依頼を達成すると、最低報酬に気持ちの分だけ上乗せされる。

 これは冒険者と依頼者の間に結ばれる暗黙のルールであり、依頼者が報酬を上乗せしなかったとしても処罰されるような事はない。

 ただし、あまりにも悪質な低額報酬で冒険者を働かせる行為は、ギルドによって固く禁じられており、破れば罰金刑が課せられる。


「それで先に来ている冒険者は、なんと言うパーティーなのだ?」

「上級冒険者の“大地の牙”というパーティーです」

「うげぇ、大地の牙だって……」


 村長の言葉を聞いてエルナは表情をゆがませる。


「なんだ、知っているのか?」

「知っているも何も、そのパーティーで荷物持ちをした事があるの。二人のヒューマンは良かったけど、リーダーのドワーフはとにかく頭が固くて話を聞かないのよ。思い出しても腹が立ってきたわ」


 そう言って今度は怒り顔になる。本当に表情豊かな奴だ。


「ペロ様はふわふわで最高であらせられる……はぁはぁ」


 儂はペロを抱くもう一人の同行者に目をやった。

 赤い髪を振り乱し、ペロの後頭部へ顔をフンスフンスと押し付けるその姿は確実にアウトだ。

 警察を呼べば御用間違いなし。


「おい、トレントを討伐したことがあると言うから連れて来たが、まさかペロが目的だったんじゃないだろうな?」


 そう言うと、興奮していたフレアはキリリッと表情を引き締め返答する。


「それもある。当主様からペロ様に何かあってはいけないと、私が同行するように命令されたのだ。それと私は元々山育ちであり、トレント退治も何度も経験している。同行者としては最適だと思うぞ?」

「それはありがたいが、ペロに構って仕事を放棄するなよ? 今はホームレスのメンバーとして同行してもらっているからな」

「無論だ。私は公爵近衛騎士だぞ」


 フレアはそう言いつつ、ペロをさわさわと撫でる手は止めない。

 エドナーが居ない状態で本当に大丈夫だろうか。心配である。


 儂らは村長の家を出ると、早速トレント退治に出発した。




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