二十六話 ホームレス王都へ行く


 王都までの道のりはそれほど長くはない。

 マーナの街から馬車で二日ほどの距離だと言えば、かなり近く感じるだろう。

 自動車なら一日で着くくらいだ。


 馬車は黒塗りで貴族が乗るような高級感漂う代物だった。

 それを毛並みの良い二頭の馬が引いているのだから、儂らに対する好待遇が窺える。

 運転手はエドナーであり、フレアとは交代をしながら馬車を操っている。


「ペロ様は本当に毛並みがよろしくて可愛らしい」


 エヘエヘと笑みを絶やさないのはフレアだ。

 エドナーが馬車を運転している間、ずっと儂らの傍に座りペロを抱いている。

 ペロもフレアに対しては、無害だと理解したのか成すがままに抱かれていた。


 その光景を見たエルナが横で囁く。


「ペロ君って男の子だよね? さすがに丸出しっていうのは不味いかも……」


 そう言われてペロの下半身を見ると、今は毛におおわれているが確かにアレが見える。

 ふむ、王都に着けば衣類を購入しなければならないな。


「ところでフレアよ。この馬車は魔獣に襲われないのは何か秘密があるのか?」


 儂は馬車に乗ってからずっと気になっていた。

 多くの魔獣が馬車を見たとたんに逃げ出すのだ。とするならこの馬車に何か秘密があるのだろう。


「ああ、この馬車には魔獣避けの特殊な薬草を大量に積んでいる。奴らは臭いで馬車には近づけないのだ」

「ほぉ、特殊な薬草か。時々、旅人を見かけるが、彼らもその薬草を持っているのか?」

「そうだな。薬草が効かない魔獣も中にはいるが、現在でも旅の必需品として普及している。王都では比較的安い値段で手に入るぞ」


 馬車の臭いを嗅いでみると、確かに線香のような香りが感じられる。

 ペロを見ると、時々くしゃみをして臭いを嫌がっている様子が見て取れた。

 ただし、聖獣だからなのか拒絶反応を示すほどではないようだ。


「じゃあ薬草を使って、ドラゴンモドキを追い払えたんじゃないのか?」


 儂が疑問を口にすると、エルナは首を横に振る。


「モドキみたいな大型魔獣になると嗅覚が鈍いのよ。だからいくら魔獣避けの薬草を用意したところで、無視されておしまいってこと。効果があるとすればセイントクリスタルやセイントウォーターじゃないかしら」

「セイントクリスタルはやはり魔除けには有能なのか……」


 実は一つの仮説を思いついていた。

 儂の黒いローブは魔法を無効化する。

 だとすれば、セイントクリスタルの効果すらも無効化していたのではないかと言う事だ。

 もちろんあくまで仮説だ。もしかすればセイントクリスタルに、元々そのような魔除け効果はなかったとも考えられる。


 しかしだ、儂はセイントウォーターの恩恵を受けてダンジョンで生活をしている。

 とするならセイントクリスタルもまた同じ力を秘めていても不思議ではない。


 まだまだ推測の域を出ないが、可能性は十分にあると判断しておくべきである。

 このローブはどこまでの性能を秘めているのか疑問だ。


「わぅぅ」


 ペロがフレアから解放され、儂の傍に急いで座る。

 その蒼い目はまるで父親を見る子供のようだ。儂はペロの頭を撫でてやった。


「そろそろ王都に着くぞ」


 フレアは景色を見ながら緊張感を滲ませている。

 言葉通り馬車の外では道行く人の数が増え、石畳で舗装された道が地平線に見える街へと続いていた。


 快晴の空に緑鮮やかな広い草原。

 のどかな景色の中心には、巨大とも呼べるローガス王国の首都が居座っていた。


「これが王都か」

「私も王都に来たのは初めてよ。これで世界で一番小さい国だって言うんだからすごいわよね」


 そう、このローガス王国は五つの巨大国家に囲まれた世界一小さな国だ。

 良くここまで生き残ったと驚嘆を禁じ得ない。圧倒的な差が他国とはありながらも、この国は今日まで存在しているのだ。


 馬車は王都の中へ入ると、色とりどりの建造物が目につく。

 オレンジ色の三角の屋根に、壁はパステルカラーが目を楽しませるのだ。

 それでいて雰囲気を壊さない調和は感動を呼び起こす。まさに中世ドイツの街並みに似ていた。


「へぇ、お洒落な人も多いわね」


 エルナは女性らしく都会のファッションを楽しんでいるようだ。

 だが、何故か儂をチラ見する。


 ……そんな目をしても服は買わないからな。


 馬車は人だかりの多い道を進むと、大通りに出て一軒の屋敷の前に停車した。

 門番がエドナーと会話をすると、門を開け始める。

 馬車は小さな庭園を抜けて屋敷の入り口へ到着した。


 儂らは馬車から降りると、エドナーを先頭に屋敷の中へと足を進める。


「大きな屋敷だな。さすがは公爵家と言うべきか」


 公爵家の屋敷はレンガ造りの三階建てだ。風格があり年代も古いように思われた。


「いらっしゃいませ」


 屋敷に入ってすぐに執事が挨拶をする。

 見た目は老人だが、紳士服の着こなしはもちろん立ち振る舞いに隙が無い。只者ではなさそうだ。


 すぐに鑑定を使った。



 【鑑定結果:モーガン:メディル公爵家執事。若かりし頃は冒険者として名を馳せ、のちに主従関係を結んだ前メディル家当主のはからいにより公爵家へと勤めることとなった】


 【ステータス】


 名前:モーガン

 年齢:77歳

 種族:ヒューマン

 職業:執事

 魔法属性:水

 習得魔法:アクアボール、アクアアロー

 習得スキル:鑑定(初級)、剣術(中級)、斧術(特級)、体術A(上級)、危険察知(特級)、威圧(中級)、統率力(中級)、



 執事のくせになかなかの強さだ。元冒険者と言うだけのことはあるかもしれないな。

 危険察知が特級と言うのはなかなか真似できないことだ。


「それでは私に着いて来てください」


 執事が歩き出すと、儂らも後を追う。

 後ろからはエドガーとフレアがぴったりと張り付き、儂らを監視しているようだった。


 三階へ上がると、執事はとある部屋のドアを叩く。


「ご当主、客人をお連れしました」

「……中に入れよ」


 ドアの向こうから声が聞こえると、執事はドアを開けて儂らへ入るように促す。


「貴殿らが客人か……好きなところへ座れ」


 部屋の中心にあるソファーに一人の男性が座っていた。


 黒髪をオールバックにしており、鼻の下には切りそろえられた髭が主張している。

 眼の下にはクマが出来ており、頬はやつれた感じだ。

 仕立ての良い服を身に纏っているもののどこか覇気がない印象を与えた。


 儂らは対面のソファーに腰を下ろすと、メディル家当主が口を開くのを待った。


「……息子の形見を見つけてくれて感謝する」

「儂らとしては偶然だ。たまたまダンジョンで見つけて、首飾りを見つけたので手に入れた」

「そうか……息子の死に顔はどうだった?」

「知らぬ方がいい。ダンジョンはモンスターであふれておるからな」


 公爵は沈黙した。

 儂もクリスタルを手に入れた時はよく覚えている。

 頭部のない遺体のバッグからクリスタルが出て来たのだ。

 それが本当に公爵の子息だったのかは分からない。ただ、首飾りを持っていたと言う事はそうなのだろう。


「だから冒険者などになるなと言ったのだ! 馬鹿息子め!」


 突然、当主がテーブルを叩いて怒りを露わにした。


 普通に考えればおかしい話だ。

 貴族でも上位である公爵の子息が冒険者などになるはずがない。何か事情があるのだろうか?


 当主は呼吸を整えると、服の襟元を正して謝罪する。


「失礼、我が息子のノヴァンはこの家の長男だったのでな。つい、怒りをぶちまけてしまった」

「それは構わないが、公爵家の長男が何故冒険者になったのだ?」

「たわいもない理由だ。王都で活躍する冒険者に憧れて家を飛び出したのだ。結局、帰っては来ぬとはな……」


 息子を失う気持ちは理解できた。儂もかつては人の親だったのだ。


「他に子供はいるのか?」

「息子が二人居る。家督を継がすのには申し分ないが、それでも我が子を失う痛みは消えはしない」


 儂とエルナは何も言えなかった。

 分かっていたが、貴族と言えども人の子であり親なのだ。


「くぅぅん」


 ソファーに座っていたペロが立てると、メディル家当主へ歩み寄る。


 そして、当主の手を取ってぺろぺろと舐めた。


「なんだこの生き物は? 魔獣か? しかし……心が和らぐようだ……」


 ペロがぺろぺろと手を舐める度に、当主の顔は覇気を取り戻しているようだった。


「なんとも不思議な感覚……悲しみが吸い取られたかのようだ……」


 当主はペロの頭を撫でると「ありがとう。もう大丈夫だ」と柔和な笑みを見せる。


「ペロ君は聖獣様なんです。きっと不思議な力で癒してくれたのかもしれません」

「なるほど聖獣様であったか。ならば我が気持ちが救われたのは聖なる力のおかげか」


 エルナの説明に当主は頷いた。


「申し遅れた。私はメディル家当主のアルメド・メディルと申す。メディル公爵とでも呼んでくれ」


 儂は話を切り出せる状況が整ったことを見計らい、ここへ来た目的を話し始めた。


「ではメディル公爵、一つ聞くが侯爵家とはどのような関係なのだ?」

「んん? 侯爵家だと? とするならグロリス家か?」

「そうだ。そのグロリス家とは繋がりはあるのか?」

「あるにはあるが……何か問題でもあるのか?」


 儂はマーナの街で出会った二人組の冒険者の話をした。


「――という訳で、侯爵家が儂らにちょっかいをかけて来るかもしれないのだ」

「グロリス家の三男は王都では有名だ。一時は天才ともてはやされたが、その傲慢な性格から今では敬遠されている。冒険者になったと言うのは初耳だったがな」


 公爵はしばし考えるとペロに視線を移した。


「私からも条件がある。一週間で良い、聖獣様を貸してもらえないか?」

「ペロを?」

「無論、聖獣様の親である君たちをこの屋敷に泊めてもいい。その代わりだが、私から侯爵家に厳重注意をしておこう」


 一週間ならそれほど長くはない。

 それにペロの不思議な力が、公爵の悲しみを癒してくれるのなら同じ親として見過ごすこともできない。子を失った事実は消えないが、今を生きるための気力を消してはいけないのだ。


 まぁ、儂はペロの親ではないのだが、ここはそう言うことにしておいた方が良さそうだ。


「分かった。それでは一週間だけお世話になろう。侯爵家のことはよろしく頼む」

「もちろんだ。ところで君は若いのに、随分と落ち着いているな。まるで古くからの友人と話をしているような気分になってしまった」

「ふはははっ、こう見えて儂も修羅場は潜ってきているからな。若輩者だが、公爵殿の助けになるのならいくらでも話を聞こう」


 その後、儂は公爵から亡くなった長男の話を聞いて雑談した。

 儂はノヴァンという若者を知らぬが、こうして彼を知る者が記憶に留めることこそ死者への一番の弔いではないかと思うのだ。



 ◇



「父上! 早くマーナの街に居るホームレスへ兵を差し向けてください! 奴らは俺を虚仮にしたのですよ!」


 アービッシュは父親であるグロリス侯爵へ声を荒げる。


 ここは王都にあるグロリス邸の書斎だ。

 机ではグロリス侯爵がペンを書類に走らせながら、息子のアービッシュの話を聞いていた。


「……なぜそのホームレスとやらに兵を差し向けねばならない?」

「何度も言っているではありませんか! 侯爵家の息子であり、天才である俺が大衆の面前で虚仮にされたのです! これは許し難き蛮行! 直ちに兵を派遣して奴らを処刑台に送るべきです!」

「お前は冷静さを欠いている。たった二人の冒険者に侯爵が兵を派遣するなど、負けを認めたようなものではないか。何より兵を街にやるだけでいくら費用が掛かると思っているのだ」

「それでもやるべきです! 二日前は俺の話を聞いて、父上も賛成してくれていたではありませんか! どうしたのですか父上!?」


 侯爵は手を止めると、引き出しから一枚の羊皮紙を取り出してアービッシュに放り投げる。


「読んでみろ」


 羊皮紙を拾い上げたアービッシュは内容を確認して絶句した。


「公爵家から厳重注意……? 公爵家が認める冒険者に、挑発的な行為をすることを禁ずる……なんですかこれは?」

「見ての通りだ。公爵家から冒険者にちょっかいを出すなと警告が出たのだ」

「嘘だ……」


 アービッシュは羊皮紙を床に落とし恐怖に戦慄いた。

 公爵家はこの国で、上から三番目の権力を持つ上位の存在だ。

 侯爵家の三男が逆らっていい相手ではない。


「お前が絡んだ冒険者は公爵家公認の者達だったようだな。今後は冒険者遊びをもう少し控えろ」


 グロリス侯爵は言い捨てると書類に集中する。


 アービッシュは部屋から出ると、怒りのあまり歯ぎしりをした。


「ホームレスめぇぇええ!」


 彼の中であの銀髪の男が薄ら笑いを浮かべる。

 あの男のすべてが憎い。殺してやりたい。アービッシュの中で憎悪が燃え上がった。


「アービッシュ様」


 声に振り返るとフェリアがほほ笑んでいる。


「今は機嫌が悪い……後にしてくれ」

「ホームレスが王都に来ているらしいですわよ?」


 その言葉にピクリと反応する。


「それは本当か?」

「ええ、王都のギルドで噂になっていますわ」


 アービッシュはニヤリと笑った。





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