二十五話 聖獣ペロ


「ふぁぁ~」


 欠伸をしつつ目が覚めると、いつものように筋トレを始める。

 そのあとは剣を握って素振りの練習だ。

 毎日がこれの繰り返しだが、筋肉が目覚めると思考もクリアになって行く。やはり筋肉は最高だ。


 訓練が終わると本棚を叩く。

 最近は夜遅くまで本を読んでいるのか起床が遅いのだ。


「エルナ、朝だぞ」

「……」

「エルナ起きろ!」

「……ふぁ? もう朝?」


 寝室でごそごそと動き出したことを確認すると、儂は荷物の準備を始める。


 今日は畑の収穫日だ。だいたい一週間に一度のペースで収穫日が訪れる。

 常識的に考えれば異常な成長速度だが、ここでは普通のことであり、もはや考えるだけ無駄だと気が付いた。


「おはよう!」


 寝室から出てきたエルナは、薄手のTシャツに薄手のズボン。片手には杖を握っている。

 背中にはリュックを背負っており、同じように弓も装備していた。

 これがエルナの農作業スタイルだ。


 ちなみに儂はいつもの軽装備スタイルだ。

 ホームレス変異種になってからは、農作業や訓練程度では汗をかかなくなったからだ。

 よって今の儂は何度も着替える必要はない。


「さぁ畑に行くか」

「はーい」


 儂とエルナは畑へと向かった。



 ◇



「ねぇ、何度もバームの果実を食べているけど、超感覚なんてスキルが本当に手に入るの?」


 そうボヤくエルナは三つめのバームの果実を咀嚼する。


 畑仕事が終わって二番目の箱庭へやって来た儂らは、バームの樹の根元で朝食を食べていた。

 一見すると危険なように見えるが、今では箱庭内のモンスターは儂に近づきもしない。コボルトなんかは儂の顔を見たとたんに逃げ出す始末だ。


 コボルトの中には儂に餌を貰おうとする奴が居て、恐る恐る近づいて来ると地面にひっくり返って腹を見せる。

 儂も犬は好きなので、干し肉などをやると嬉しそうに食べ始めた。

 それ以来、そのコボルトには“ペロ”と名付け、時々だが可愛がったりしている。


 おっと話が逸れてしまった。


 エルナが何故、バームの果実を食べているかというと、バームの果実でスキル超感覚を取得させようと考えたからである。

 しかし、儂が思っていたよりも時間がかかっている。

 スキル鑑定でステータスを何度も確認するが、超感覚の文字はどこにもない。


 無理だったか……そう思ったところで、エルナが四個目のバームの果実を食した瞬間に変化が起きた。



 【鑑定結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。魔導士学校時代にエルナをイジメていたフェリアを見返すために猛特訓中。現在はバームの果実でお腹がいっぱい】


 名前:エルナ・フレデリア

 年齢:19歳

 種族:エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:火・光

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、ライト、スタンライト

 習得スキル:槍術(中級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、地獄耳(中級)、超感覚(初級)、攻撃予測(中級)、不屈の精神(初級)



「やった! 超感覚を手に入れたぞ!」

「うぷっ……もう食べられない……」


 喜んでいる儂を余所に、エルナは口を押さえて苦しそうだ。


「なんだ、たった四個で腹がいっぱいなのか? 儂なんかもう六個目だぞ」


 そう言って儂はバームの果実を口にする。味はミカンなので実に美味だ。

 バームの果実の効果は、一個食べようが二個食べようが変わらないので、もはやオヤツ感覚である。

 これでコタツでもあれば最高だが、箱庭はちょうどいい気温で保たれているので不要だろう。


 ふとステータスを開くと、儂にも変化が訪れていた。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(変異種)

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(上級)、槍術(上級)、鎚術(上級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、隠密(中級)、糸生成(上級)、糸操作(上級)、糸爆弾(上級)、危険察知(上級)、視力強化(上級)、超感覚(中級)、自己回復(中級)、スキル拾い





 ……む、超感覚の階級が上がっている。

 ということは、バームの果実を食べ続けるとランクアップすることができると見ていいだろう。

 これは大発見だ。

 儂はバームの果実を二十個ほど食べてみたが、その後はスキルに変化はなかった。

 上級になるには今後も食べ続ける必要があるな。


 そろそろ移動しようかと言うところで、ペロがやって来る。


「わぉん!」

「おお、ペロか!」


 六十cm程の身長のコボルトが、儂に抱き着いて顔を舐めて来る。

 そう、ペロはコボルトの子供だ。


 毛並みは茶色だが艶々としていて、柴犬を思わせるような妙な愛らしさを持っている。

 リュックから干し肉を出してやると、木器にセイントウォーターを入れやった。


「わぅぅう……」


 ペロは干し肉を食べきると、セイントウォーターを見て戸惑う。


「ああ、そういえばモンスターはこの水を嫌がっていたな」


 しかし、ペロは意を決して水を飲み干す。


「お、おい! 無理して飲むことは――」


 ペロは喉を掻き毟るように悶えると、全身の毛の色が白色へと変わっていった。

 急激な変化に儂もエルナも目を見開く。


「わ、わぅうう」


 よろよろと立ち上がったペロは木器を儂に差し出す。もっと水が欲しいと言いたいのだろう。


「よく分からんが、水ならまだあるぞ」


 水筒から水を注ぐと、ペロは一心不乱に飲み干す。


 儂は鑑定を使ってみた。



 【鑑定結果:ペロ:セイントウォーターにより性質が変化し、さらに進化したことで聖獣になった。田中真一をご主人様と思っている】


 【ステータス】


 名前:ペロ

 年齢:5歳

 種族:セイントワーウルフ

 職業:なし

 魔法属性:風・聖

 習得魔法:エアロボール、エアロアロー

 習得スキル:身体強化(初級)、爪強化(初級)、知力(初級)



「な、なぁエルナ。聖獣って言うのはなんだ?」

「聖獣って言うのは頭が良くて、私たち人間の味方をしてくれるありがたい生き物の事よ。ローガス王国の長い歴史の中でも、聖獣は幾度となく現れて人間を助けてくれたらしいわ。エルフの国でも聖獣様の石像があるんだから」

「ふむ……じゃあコボルトが聖獣になった時はどう扱えばいい?」

「え? もしかしてペロ君って聖獣なの?」


 だったと言うよりは、今そうなったと言う方が正しい筈だ。

 どういった理屈か分からないが、魔獣がセイントウォーターを飲むと聖獣になるのかもしれない。

 説明にも性質が変わったと書いてあるからな。


「あうぅ」


 ペロは透き通るような蒼い目で儂を見ていた。

 顔は柴犬から狼に変化しているが、耳はしな垂れ子犬のような可愛らしさを滲ませている。

 毛並みもより一層美しくなり、雪のように汚れを知らぬふわふわとした感触だった。


「よしよし、また来るからな」


 儂はペロの頭を撫でると、荷物を背負って転移の神殿へと歩き始める。


 だが、ペロは儂らの後を着いて来ていた。


「これ、着いて来るな。儂らは地上へ行くのだ」

「くぅぅぅん」


 切ない声を上げて儂の足にしがみつく。

 まるで我が子を置いて行くような錯覚に陥り、心が締め付けられた。


「ほら、一緒に行きましょ」


 エルナが手を広げると、ペロは駆け出して抱き着く。


「おい、いいのか? いくら聖獣とは言えモンスターだぞ?」

「大丈夫よ。聖獣様だって分かれば、みんなペロ君を大切にしてくれるわ」

「そうなのか? 儂にはどうも魔獣と聖獣の違いがよく分からないがな……」


 複雑な心境だが、ここはエルナの言う通りペロを地上へ連れて行くことにした。



 ◇



 マーナの街へ着くと、すぐに入り口の兵士に止められる。


「待て待て! その抱いている物は魔獣ではないか!? それを街の中へ入れる訳にはいかん!」

「この子は聖獣様です。魔獣ではありません」


 エルナがそう言うと、ペロは兵士に怯えて震え始める。

 過酷な箱庭で育ったとはいえ、やはりまだ子供なのだ。

 敵意を向ける人間の大人には恐怖を感じるのだろう。


「あ? え? 聖獣様? まさかそんなはずはないだろう」

「じゃあ誰かスキル鑑定を使える人を連れてきてください。確認すればすぐに分かることです」


 エルナの言葉を受けて兵士は儂に視線を向けた。


「田中殿、聖獣様というのは本当か?」

「儂は鑑定が使えるので、ダンジョンで見つけて保護したのだ。それに儂らに懐いているようなので、しばらく傍に置いて様子を見ようかと思っているところだったのだが、街には都合が悪かったか?」

「そう言うことか、ならば確認するまでもない。街の英雄がそうだと言っているのだ、信じない訳にはいかないだろう」


 入り口を守る二人の兵士は、なにやら納得すると道を開いてくれる。

 街の英雄ということになっているが、やはり何度聞いても恥ずかしさを感じるものだ。


「そうだ、この街に聖獣様が来たと領主様にも報告をしておこう」


 兵士がそう言うと街の中へ走って行く。


「なぁ、領主様はどのような人物か知っているか?」


 エルナにそっと聞いてみると、口元に指を当てて考え始めた。


「この街の領主様は有能で良い人って有名よ? 街に聖獣が来たって知れば領主様も喜ぶんじゃないかな」

「そうか、良かったなペロ。お前は皆に愛されるそうだぞ」

「くぅぅん」


 頭を撫でると、ペロは儂の手を舐める。

 こうなるとちゃんと面倒を見てやらないといけないな。


 街の中を歩き始めると、大勢の人の視線がペロへ注がれる。

 そのたびに「ペロという名前の聖獣だ」と言うと、誰もが安心してペロの頭を撫でていった。


「わー! 可愛い! それどうしたの!」


 子供達が集まってくると、ペロを指差して興味を示していた。


「この子は聖獣様のペロ君よ」

「聖獣様だってスゲー!」


 エルナが説明すると、子供たちはペロの尻尾やお尻を撫でる。

 エルナが地面にペロを下ろすと、子供たちがペロの頭を撫でて行く。


「わぅぅ?」


 ペロは子供達がなぜこんなにも楽しそうなのか不思議そうだ。

 儂としてはペロが危害を加えないか少々不安だったが、そういった気配は今のところ見られない。

 むしろ人間や地上の景色に興味を持っているようだった。


「おお、ここに居たか!」


 声に目を向けると、そこには先日の騎士であるエドナーとフレアが居るではないか。


「ここへ来たと言う事は返事は決まったのか?」


 エドナーにそう言うと、彼は胸に手を当てて返答する。


「公爵様がホームレスの田中殿との面会を許可された。客人として王都までご足労願いたい」


 ほぉ、許可が下りたのか。意外と言うべきか? 

 しかし、息子の形見を見つけた恩人を無下にしない点は褒められるべきところだろう。

 ならば会って話をするだけの価値があると見るべきだ。


「承知した。ところでエルナやペロも連れて行ってもいいか?」

「ペロ?」


 エドナーが首をかしげると、足元に居るペロへ視線が移る。


「なっ!? 魔獣の子か!?」

「待って待って! この子は聖獣様よ!」


 エルナが割って入ると、エドナーは剣の柄から手を放す。

 フレアに関しては未だに剣を握っていた。


「失礼した。まさか聖獣様とは……」


 彼はペロの前にしゃがみ込むと握手をする。

 肝心のペロはエドナーとフレアが怖いのか儂の後ろに隠れていた。


「まさか聖獣様を見られる日が来るとは思わなかったな……おっと、先ほどの質問だがもちろん同行を許可する」

「ならいいのだ。ところでその娘をどうにかしてもらえないか?」


 エドナーが横を見ると、フレアが未だに剣の柄を握ったままペロを見ている。


「おい、フレア」

「エドナ―様はお人好しすぎます。本当に聖獣様かどうか怪しいではないですか」

「いや、お前の眼が曇っている。よく見てみろ。あの美しい毛並みに、知性を感じさせる蒼き瞳。まさしく聖獣と言わずしてなんと言うのだ」


 エドナーはペロを大絶賛する。

 彼の言う通り、ペロは見た目からも魔獣とは少し違う感じだ。

 さすが公爵家の近衛騎士長、見る目があると言いたい。


「……確かに魔獣とは違う感じですね。私が間違っていたようです」


 フレアは儂らやペロへ謝罪すると、照れくさそうに質問する。


「え、餌をあげてもいいか?」

「あ? ああ、いいぞ」


 懐から革袋を取り出すと、中から一本の骨を取り出す。

 そっとペロに差し出すと、骨を受け取って食べ始めた。


「はぁはぁ……可愛い……」


 先ほどとは違う反応に儂とエルナはドン引きする。


「……すまない。フレアは無類の犬好きでな、相手が魔獣なら我慢できるのだが、それ以外になるとああなるのだ」


 エドナーはため息を吐いてフレアの頭を殴る。


「今は任務中だ。聖獣様を可愛がりたいのなら旅の途中でしろ」

「は、はい! 失礼しました!」


 儂らはエドナーとフレアが用意した馬車へ乗り込むと、ローガス王国の中心である王都へ向けて移動を開始した。





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