二十四話 王都の騎士


 エルナが棍棒で攻撃してくると、儂も同じように棍棒で防御する。

 攻撃はより鋭くなり、軽快に打ち合う木の音が箱庭で木霊した。


 エルナは顔から汗を流し、薄いTシャツは汗で透けている。

 ピンクのブラジャーがチラチラと視界に入り集中力は散漫となった。とうとうエルナの一撃が頭部に当たる。


「やった! とうとう勝ったわ!」

「見事と言いたいところだが、汗で服が透けているぞ。眼に毒なので早く着替えてくれ」

「え? きゃぁぁぁぁぁ!」


 エルナは胸を隠すように逃げていった。

 恐らく小川で汗を流して着替えてくるのだろう。


 さて、儂とエルナがどうしてこんな訓練をしているかというと、先日出会った二人組の冒険者へのリベンジの為だ。

 まぁ、儂はアービッシュとやらには勝ったわけだが、フェリアというエルフ娘にはエルナが屈辱を受けた。そこでエルナを特訓して見返してやろうという魂胆なのである。


 エルナ自身も魔導士には魔導士として勝たなければ意味がないと思っているようで、訓練は非常に乗り気だった。そもそも大魔導士を目指すのなら、フェリアくらい越えられなくてどうすると言う話だ。


 そこで儂はエルナの今までの戦い方と、フェリアのステータスを思い出しながら魔導士の目指すべき姿を計画した。


 まず、魔導士は魔法だけを攻撃手段にしている訳ではないという事。

 杖を持っているのだから、当然だが武器としても使用する。

 しかし、スキルには杖術とやらは存在しない。何故なら槍術のスキルに含まれているからである。

 フェリアのステータスを見た時、槍術のランクが高かったのはそれが理由であると推測した。

 反対にエルナは槍術を所持していない。

 理由を聞くと“才能がないから諦めた”とのたまうのだ。これには儂も怒ることとなった。

 確かにこの世界では、スキルが能力を目に見える形で示しているが、だからと言って向いていないスキルを育てない理由にはならない。才能よりも以前に資質が問われている訳だ。


 一日のスケジュールを管理し、仕事の合間を縫って弓や棍棒の訓練を積み重ねる。

 もちろん筋トレは欠かせない。

 食事も栄養面を考えて儂が丹精込めて作ってやった。

 その甲斐あってか、エルナのスキルは急上昇したのだ。



 【鑑定結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。魔導士学校時代にエルナをイジメていたフェリアを見返すために猛特訓中】


 名前:エルナ・フレデリア

 年齢:19歳

 種族:エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:火・光

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー、フレイムボム、フレイムチェーン、フレイムウォール、フレイムバースト、ライト、スタンライト

 習得スキル:槍術(中級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、地獄耳(中級)、攻撃予測(初級)、不屈の精神(初級)



 少々やりすぎた気もしている。


 弓や槍だけで良かったのだが、調子に乗って格闘技の練習までしてしまった。

 しかも階級を見ると分かるが、エルナは実は近接戦闘の才能があったということが判明した。

 今では儂と無手の組手が出来るくらいなので、かなりの実力がすでにあると見ていいだろう。


 そして、恐ろしいのは攻撃予測と不屈の精神である。


 攻撃予測は敵の繰り出す攻撃が瞬時に分かるというもの。

 今のエルナなら敵の攻撃の1秒先を読めるらしいが、上級になればどれほど成長するのか恐ろしくなる。


 不屈の精神は、スキルが精神に作用する珍しい物らしい。

 効力は文字通り不屈の精神を与えてくれる。

 とは言え、階級が存在することを見ると持続時間は限られているようだ。

 今のところは一日一時間が限界だと見ていい。


 他にも成長したところは見られるが、これだけ上昇すればフェリアを見返すことができるだろう。

 そう、儂の考えた魔導士とは物理攻撃もイケる魔法使いである。

 次に奴らと会った時は、顔面にエルナのパンチをお見舞いしてやるのだ。ククク。


「真一、着替えて来たよ!」


 いつもの赤いローブを羽織り、魔導士スタイルに戻ったエルナの顔は自信に満ち溢れていた。

 以前とは雰囲気も変わり隙が無い印象だ。


「よし、ロッドマン武器店へ行くか」


 儂は身支度を整えると、転移の神殿へ向かった。



 ◇



「おお、田中君久しぶりじゃないか!」


 ロッドマン武器店へやってくると、店主のロッドマンが笑顔で迎えてくれる。

 相変わらず店の中は沢山の武器が並べられ、多くの冒険者達が手に取って購入を考えている様子だ。


「うむ、来るのが遅れてしまってすまない」

「それはいいが、一ヶ月近くも何をしていたんだ? 街じゃあホームレスが現れないって噂になっていたぞ」

「いや、エルナの訓練をしていたのでな。街の者には心配をかけたみたいだな」


 儂はそう言いつつカウンターへ革袋を置いた。


「これは?」

「魔石だ。ダンジョンで拾った物が大部分だが、依頼で珍しい魔石を見つけたので入れておいた」

「珍しい魔石ねぇ。そりゃあ興味深い」


 ロッドマンは革袋を覗くと、一つずつ鑑定を始める。

 しばらくすると「むむむ?」と唸り始めた。


「おい、こいつは闇の魔石じゃねぇか。どこで見つけたんだ?」

「企業秘密だ。ところで値段の方はどうなんだ」

「そうだなぁ、質も悪くねぇし傷も少ないようだし……一つ銀貨五枚ってのはどうだ?」

「それでいい。こっちは買い取ってもらっている身だからな」


 一つ五万円くらいなら高額だ。それが十個以上もあるのだから、こちらとしては大儲けだ。

 もちろん闇の魔石が高値で売り買いされる理由は希少と言うだけではない。

 熱を発生させる火の魔石と同じように、当然だが闇の魔石も特性を持っている。


 闇の魔石は魔法の発生を阻害する働きがあることと、魔法の効果を弱める働きがあることがすでに分かっている。

 なので、対魔法用として闇の魔石は重宝されている。

 儂には魔法無効のローブがあるので用はないがな。


 ロッドマンから金を受け取ると、店主は儂の首にかかっているクリスタルに目が止まる。


「前から思っていたが、その首にかけているのはセイントクリスタルじゃねぇか?」

「その通りだ。コレはダンジョンで見つけて儂が所有している。これも珍しいのか?」


 そう言うと、エルナやロッドマンは驚いたように声を上げた。


「嘘! あの幻の宝石なの!? 全然気が付かなかった!」

「ちょ、ちょっと見せてくれ! 頼む!」


 クリスタルをロッドマンに手渡すと、震える手で眺める。まさに感動したという表情だ。


「そんなにすごい宝石なのか?」

「あのね、セイントクリスタルって言うのは、超希少価値のある宝石なのよ。魔獣や魔物避けになるし、それ以外にも多くの恩恵がもたらされると言われている奇跡の石なの」

「ほぉ、しかし魔獣が儂を避けて行く姿など見たことがないぞ?」


 気になったことを言ってみると、エルナは黙り込んで考え始める。


「……そう言われるとそうね。その辺りは噂に尾ひれでもついたのかしら?」


 エルナは気が付いていないが、儂はセイントウォーターとセイントクリスタルの関係性が気になっていた。

 エルナによれば、セイントウォーターも非常に珍しい天然水らしい。

 しかも多くは水源を王族が管理しており、一般人や貴族ですら入手困難とされている。


 ――が、隠れ家の近くには大量のセイントウォーターが流れているのだ。

 もし、セイントウォーターとセイントクリスタルに関係性があるとすれば、どこかに大量のクリスタルが存在する可能性ある。

 それを考えただけでゾッとした。希少な水に希少なクリスタル。

 それが世間にバレれば、膨大な人間がダンジョンへ押し寄せて来るだろう。

 最後には隠れ家や箱庭は荒らされ、国は儂から取り上げることもあり得るのだ。


 儂はそれとなくロッドマンに質問してみた。


「ところで、セイントウォーターとセイントクリスタルは何か関係があるのか?」

「んあ? そうだな……効果も名前も似ているから関係はあるんだろうな。けどよ、そう言った情報は国に管理されていて、一般人の俺らじゃあ詳しいことは分からねぇな」

「そうか、一般人は何も知らないのだな」


 ひとまずは安心した。

 エルナに隠れ家の事は、誰にも話さないように念を押しておこう。


 ロッドマンからクリスタルを受け取ると、再び首にかけることにする。

 不思議なことだが、このクリスタルを身につけていると心が安らぐのだ。


「忠告だが、あまり人には見せない方がいいぞ。この街にも碌でもない連中ってのはいるものだからよ」

「忠告痛み入る」


 クリスタルを服の下に入れようとしたところで、店に二人の騎士が訪れた。


 一人は金短髪に体格の良い男。

 年も中年くらいで、体には蒼い鎧を身につけていた。

 腰にある大きめの剣は使い込まれ、雰囲気と立ち振る舞いで相当の実力者だと分かる。


 もう一人は女性であり、赤く鮮やかな髪をミディアムヘアーにしている。

 容姿もなかなかのもので、十人居れば七人は振り向くような綺麗な顔立ちだった。

 こちらも同じように蒼い鎧を装着し、腰には細剣だろう武器を装備している。


 二人は店の中をキョロキョロすると、儂のクリスタルに目が止まる。


「そ、それは……!」


 男は驚愕の表情を浮かべると、隣に居た女性が儂に声をかける。


「貴様、その首飾りをどこで手に入れた?」

「これはダンジョンの中で拾った物だ。これを知っているのか?」

「無論だ。それはローガス王国メディル公爵家ご子息の、ノヴァン・メディル様の物だぞ」


 そう言えばコレを手に入れた時に、鑑定結果でそんな感じの事が記載されていたな。

 まさか公爵家子息の物だったとは驚きだ。


「そうか、じゃあお前たちは何者だ? それによってはコレを渡さないこともない」

「無礼な! 我らは公爵家近衛の騎士だぞ! 貴様こそ本当のことを言っているか怪しい! ノヴァン坊ちゃまを何処へやった!?」


 女性騎士は剣の柄に手を伸ばす。


「まて、フレア。どうやら嘘を言っているようではないようだぞ。失礼だが、その首飾りをダンジョンのどこで拾ったか覚えているか?」


 男性騎士が女性騎士をなだめると儂へ質問する。

 廃棄場の事は言いたくないので、どう誤魔化すか問題だ。


「ダンジョンにあった死体から頂いた物だ。場所はもう忘れてしまったが、男性が身につけていたことは覚えている」

「そうか…………では、いかほどでその首飾りを譲ってもらえるだろうか?」

「エドナ―様!?」


 男性騎士は紳士な態度に、この首飾りにお金を払うとまで言っている。

 女性騎士は驚いているようだが、こういった交渉は男性騎士の方が上手だな。

 誰が首飾りを持っているかをもっとよく考えた方がいい。


「ふむ、お前たちは本物の公爵家の騎士のようだな。ならばタダで返そう」

「私たちを疑っているのか!? 無礼な!」


 女性騎士が剣を抜こうとすると、再び男性騎士が止める。


「フレアよ、彼の言った通り我々も怪しまれているのだ。しかも見るところによると、なかなかの実力者。首飾りを見つけてくれた恩人へ無礼な態度は控えよ」

「くっ……エドナ―様の言う通りです。私が間違っていました」

「それでいい。さて、話を戻して、その首飾りをタダで譲ってもらえるのは本当か?」


 儂は首から首飾りを外すと、男性騎士へ差し出す。


「もちろんタダで渡してやろう。ただし、条件がある」

「条件とは?」

「公爵に会わせろ」


 儂の発言に流石の男性騎士も身構えた。


「待て待て、公爵をどうかしようと言う話ではない。儂から頼みごとがあるのだ。こちらとしては会わせてもらえるだけでいい」

「頼み事とは?」

「大したことではない。頼みを聞くか聞かぬかは、公爵自身が決めることだ。それで面会は出来るのか出来ないのか?」

「……」


 男性騎士と女性騎士は二人でコソコソと話を始めた。


 その間に儂は二人の鑑定をする。



 【鑑定結果:グレゴリー・エドナ―:エドナ―家の長男であり、現在は44歳。騎士学校を主席で卒業し、国軍騎士部隊で経験を積んだ後に、メディル家へ近衛長として引き抜かれた。妻と娘二人が王都で待っている為、任務を終え早く帰りたいと思っている】


 【ステータス】


 名前:グレゴリー・エドナ―

 年齢:44歳

 種族:ヒューマン

 職業:公爵家近衛騎士長

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックボール、ロックアロー

 習得スキル:剣術(特級)、槍術(特級)、盾術(特級)、体術A(上級)、体術B(上級)、危険察知(上級)、交渉術(中級)、威圧(中級)、統率力(上級)




 【鑑定結果:フレア・レーベル:レーベル家四女であり、現在は18歳。騎士学校を優秀な成績で卒業後、国軍騎士部隊へ入隊。その後、エドナ―にスカウトされ公爵家へ就職。最近ではエドナ―との実力差に自信を喪失している】


 【ステータス】


 名前:フレア・レーベル

 年齢:18歳

 種族:ヒューマン

 職業:公爵家近衛騎士見習い

 魔法属性:火

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー

 習得スキル:剣術(上級)、槍術(上級)、盾術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、腕力強化(中級)、調理術(上級)



 エドナ―は相当な強さだと分かる。流石は公爵家の近衛長という訳か。

 今の儂でも太刀打ちできないかもしれないな。

 フレアに関してはなかなかの成長具合だが、調理術がかなり気になる。


 二人は振り返ると儂に相談結果を述べる。


「悪いが、すぐには結論は出せそうにない。一度話を持ち帰って相談する必要がある」

「そうか、では首飾りは返しておこう」

「……いいのか? 首飾りを渡してしまえば、公爵様との面談はないかも知れないぞ?」

「その可能性もあるだろうが、公爵ともあろう人物がそのようなことをするとは思えないのでな。ちなみに儂とエルナはホームレスという冒険者パーティーをしている」


 パーティー名を出した途端、エドナ―とフレアの顔色が変わった。

 王都の騎士でも辺境で噂になっている冒険者は耳にしているようだ。もちろんそれが狙いで名前を出したのだがな。


「なるほど、それなりに知名度もある訳か……承知した。ならば公爵様もお前たちを無下には出来ないはずだ。私から念を押して伝えよう」


 エドナーは首飾りを受け取ると、フレアを引き連れて店を出て行く。


「ねぇ、どうして公爵に会いたいっていったのよ」


 エルナの質問に儂は笑いながら答える。


「なぁに、ちょっとした保険だ」

「保険?」


 エルナは意味が分からず首を傾げた。




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