二十三話 ライバルの出現?


 依頼を終えた儂らは、夕日が見えるころにマーナの街へ帰還した。


 背中にはマザーを背負っているので、街へ入った途端に多くの人が目を向ける。

 モンスターが生息する世界に住んでいるとはいえ、街にいる多くの人はそれらとは無縁の生活を送っていたりするものだ。そのせいか儂の狩ってくる魔獣は珍しいらしい


「お兄ちゃん、またモンスターを狩って来たの?」


 街の子供達が集まり、その中の少女が儂へ質問する。

 どうやら子供たちの中ではホームレスというパーティーは注目の的らしい。


 儂は女の子の頭を撫でると、背負っていた蜘蛛を地面に下す。


「すごいだろ? これはラッピングスパイダーマザーという魔獣だ」

「わぁぁ! 大きいね!」


 子供達は蜘蛛を指でツンツンしながら興味を示していた。

 それにつられて大人たちも蜘蛛を見物しにやってくる。中には冒険者らしき者達もいて、どこで獲ったなど、どれくらいの強さだったなど質問の嵐だ。


「真一、そろそろ行かないと夜になっちゃうわよ?」

「おお、そうか。それじゃあまたな」


 人々に挨拶をすると、儂は蜘蛛を背負ってギルドへ向かう。



「またですか!」


 ギルド前に来ると、いつものギルド職員が怒っていた。

 ベリーショートの赤毛がボーイッシュに見せているものの、整った可愛らしい顔立ちが非常に魅力的である。スタイルはスレンダーなようで、胸はささやかと言った方がいいだろう。


「すまんな、どこが素材になるのか分からなくて丸ごと持ってきた」


 職員は舌打ちすると、背後に回って儂の担いでいる蜘蛛を眺める。

 しかし、職員は黙り込んだ。


「これって……ラッピングスパイダーマザー?」

「うむ、倒すのはなかなか苦労したぞ」

「…………分かりました。倉庫へ運んでください」

「感謝する」


 儂はそのままギルド裏の倉庫へ向かった。


「なぁ、どうしてあの職員は大人しくなったのだ?」

「真一はよく分かってないみたいだけど、ラッピングスパイダーマザーはかなり珍しいのよ? しかもこれだけの大物だから、流石に職員も文句を言えなくなったんじゃないかしら」

「そう言う事か……だが、あの職員には目を付けられてしまったようだな」


 倉庫へ着くと、先客が焚火で肉を焼いていた。しかも椅子に座って酒を飲んでいる。


「はははっ、またシエルを怒らせたようだな」


 ギルド支店長のバドだ。

 白い歯を見せて儂らに笑いかける姿は妙に親近感を誘う。

 とりあえず儂は蜘蛛を床に置くと、バドに近づいて先ほどの職員の事を尋ねた。


「あの子はシエルというのか。どうして儂らに噛みついて来るのだ?」

「前にも言ったが、シエルは王都から来た職員だ。向こうは規則が多くて、ああいった頭の固い輩が多いのさ。そんなわけで、ホームレスのやり方が何かと癇に障るのだろう」

「ほぉう、それでは都会の冒険者は随分と肩身が狭そうだな」

「その通りだ。冒険者よりもギルドの方が力が上だからな、横柄な職員が多いのは有名な話だ。その点、こっちじゃ冒険者が居なければ街も護れないからな。犯罪でも犯さない限りは大目に見ている」


 バドの話を聞いてマーナの街が性に合っていると感じた。

 儂も日本人であり東京生まれの東京育ちだ。

 多くの決まりごとに囲まれながら生きてきたが、ホームレスになると決めた時にそういうしがらみは捨てる事にしたのだ。

 今では自由を何よりも愛している。


「ところで、それはラッピングスパイダーのマザーか?」


 バドが蜘蛛を指差して聞いてくる。


「そうだが、鑑定の為には職員を呼んできた方がいいのだろうか?」

「それなら俺が見てやる。こう見えて魔獣の鑑定は出来るからな」


 蜘蛛を調べ始めると、懐から革袋を取り出して数枚の金貨を渡してきた。


「金貨五枚だ。状態もいいし、これだけ素材があると店も喜ぶだろう」

「店?」

「ギルドってのは、素材を冒険者から手に入れると防具屋や魔道具屋へ卸すんだよ。店は素材を加工して、仕入れ値の倍にして売るわけだ。それを冒険者が購入してまた素材を手に入れるってのが世の中の流れだ」

「なるほど、そういう仕組みだったのか。なかなか面白い話だ」


 儂がそう言うと、エルナとバドは顔を見合わせて呆れているようだった。


「……しかし、随分とデケェな。これくらいになると、上級クラスに片足を突っ込んでいるな」

「上級クラス?」


 バドの言葉に首をかしげる。


「魔獣や魔物にも階級ってのがある。下から、初級クラス・中級クラス・上級クラス・特級クラス・マスタークラスって感じだ。言っておくが、この分類は大雑把だからな?」

「と言う事はこの蜘蛛は中級クラスか……ちなみにドラゴンモドキは?」

「アレは上級クラスだ」


 ほぉ、そう言う事だったのか。通りで皆が慌てる訳だ。

 エルナに聞いた話だが、この街には上級以上の冒険者が一人もいない。

 最悪と呼び名の高いモヘド大迷宮が近くにあるのにだ。

 理由は簡単。上級になった途端に王都へ旅立ってしまうからだ。

 この国ではモヘド大迷宮は冒険者の修行場として栄えており、過酷な戦いに身を置くことで実力を上げることが流行っているらしい。

 実際にモヘドで鍛えた冒険者が王都で有名になった事例が多数あるらしく、マーナの街は初級、中級冒険者の巣窟と化している。


 もちろんモヘド大迷宮を踏破しようという猛者もいるらしいが、ある一定の階数を超えると急速に難易度が跳ね上がり、あっという間に全滅してしまうそうだ。

なのでこの街に住む冒険者達は、低層で実力を付けながら上級冒険者を目指し、達成すると都会へ出て行ってしまう。彼らの欲しいものはモヘドにはないからだ。


「前回や今回の事を見ると、ホームレスの実力はもう上級だな。あと数回の依頼達成で上級のランクへと上げてやれるが……どうする?」

「どうするとは?」

「いや、お前らも王都へ行くのかと思ってな」

「今のところは王都には用はないな。儂はダンジョンに住んでいるし、今の暮らしは悪くないと思っている。儂はこの街が好きだぞ?」


 バドは満面の笑みを浮かべると、儂の手を取って固く握手する。


「きっとホームレスは、この街にはなくてはならない存在になる筈だ。俺でよければいつでも相談に来てくれ」

「こちらこそよろしく頼む」

「わ、私もいますよ!」


 エルナもバドと握手をする。

 二人そろってホームレスだからな、エルナを忘れてはいけない。


 そろそろ帰ろうかと思った矢先に、バドは思い出したかのように口を開く。


「そうだ、ギルドにホームレスを探しているって奴が来ていたぞ」

「儂らを? どんな奴だ?」

「二人組の男女で、どちらも中級冒険者らしい。王都から来たと言っていたが、この街で噂になっているホームレスに随分と興味があるらしい。とりあえず今日は依頼で出払っていると伝えておいたが、まだギルド内に居ると思うぞ」


 儂はエルナの顔を見た。


「嫌な予感がするわ……」

「儂もだ……」


 こういう時の勘は大体当たるものだ。

 しかも同業者となると、どんな理由で儂らを探しているのか気になる。

 厄介ごとでなければいいが……。


 ひとまずバドに別れの挨拶をすると、儂らはギルド内へ向かう。



 ◇



「いつになれば戻ってくるんだよ! 早くホームレスを連れて来い!」


 ギルド内へ入ると、青年の怒鳴り声が聞こえた。

 カウンターへ視線を向けると、二人組の男女が受付の職員へ罵声を浴びせていた。


 金短髪である男は、顔立ちは一目で美青年と思えるほど端整である。

 身長も高く百八十cmはあるだろう身体に、引き締まった筋肉が程よくついていた。

 身に纏う軽装備はどれも白銀に輝き、特に腰に装備している剣は使い込まれているものの、手入れが良くされているのかピカピカと輝いている。


 もう一人の女性は紫のローブを身に纏い、紫の尖がり帽子をかぶっている。

 長い金髪は全体的に緩いパーマがかかっており、金の双眸は少し吊り上がっているためか気の強い印象を抱かせる。

 こちらも容姿は整っており、美人と言っても差し支えない。

 そして、彼女の耳は長く尖っていた。


「ですから、いくら待ってもこちらとしては、呼び出しなどは出来ない状況ですので――あ! 田中様!」


 顔見知りの受付嬢が儂を見て声をあげる。

 できればもう少し様子を見たかったが、ずっと対応をしていたであろう彼女としても、一刻も早く解放されたいだろう。儂らは二人の男女へ近づいた。


「儂らを探していたみたいだな、一体何のようだ?」


 質問をすると、男はいきなり剣を抜く。

 そして、儂の喉元へ切っ先を突き付けた。


「俺の仲間になれ。お前らは俺の支配下に入るべきだ」

「……」


 儂は男の剣をあえて避けなかった。

 スキル剣術(上級)になると、見ただけで相手に攻撃の意思があるかないかが分かるからだ。

 

 そんなことよりも、男の言葉に儂は激しく呆れている。

 というのも、いきなり剣を抜くのは礼儀知らずであり、非常に無礼な行為だ。

 流石に鞘当てなどの文化はないが、地球でも異世界でも剣を抜けば敵意を向けているという表れなのである。


「アービッシュ様、あまりの実力差に相手が怯えてしまっていますわよ?」

「当然だ。俺の実力は中級レベルではないからな、それよりも俺に従うか早く決めろ」


 魔導士であろう女は、儂の様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。

 男は剣を儂に突き付けたまま余裕の表情を見せていた。急に現れて仲間になれとは随分と傲慢だ。


 儂は二人に鑑定を使う。



 【鑑定結果:アービッシュ・グロリス:グロリス家の三男。剣の才能に恵まれており、王都では天才と噂されている。甘やかされて育ったために、非常に世間知らずであり傲慢である】


 【ステータス】


 名前:アービッシュ・グロリス

 年齢:17歳

 種族:ヒューマン

 職業:冒険者

 魔法属性:火

 習得魔法:ファイヤーボール、ファイヤーアロー

 習得スキル:剣術(特級)、槍術(中級)、盾術(中級)、体術A(中級)、身体強化(上級)



 【鑑定結果:フェリア・ベネッセ:ベネッセ家の次女。魔法の才能に恵まれており、生まれながらにして二属性持ちである。プライドは非常に高く、エルナ・フレデリアを敵視している】


 【ステータス】


 名前:フェリア・ベネッセ

 年齢:19歳

 種族:エルフ

 職業:冒険者

 魔法属性:水・風

 習得魔法:アクアボール、アクアアロー、アクアウォール、アクアキュア、

スピアーレイン、アクエリアスリカバリー、エアロボール、エアロアロー、

エアロカッター、エアロウォール

 習得スキル:槍術(上級)、弓術(上級)、地獄耳(中級)、危険察知(中級)



 確かに実力を誇る理由が分かる。

 アービッシュの剣術は特級に達しており、特に身体強化は気になるところだ。


 フェリアに関しても魔導士としての実力の高さを窺わせる。

 魔導士としての階級もエルナよりも一つ上であり、弓術も上級を持っているのはさすがと言った所だろう。

 しかもエルナに対し敵対心を持っていると言う事は、二人は知り合いなのだろう。

 それが証拠にエルナはギルドに入ってからずっと儂の後ろに隠れている。


「あら、もしかしてそこに居るのはエルナじゃなくて?」


 フェリアはわざとらしくエルナに声をかける。

 その眼は玩具を見るような、愉悦に満ちたものだった。


「フェ、フェリア久しぶりね……」


 怯えた様子でエルナはフェリアの前に進み出る。


「その態度は何なの? フェリア様でしょ?」


 フェリアは薄笑いを浮かべてエルナに詰め寄った。


「ま、待ってよ! 見て! 私も上級魔法が使えるようになったのよ! あの頃の私とは違うんだから!」

「……へぇ、使えるようになったんだ。でも、結局は私よりも下よね? だったら昔のように私の靴でも舐めてもらおうかしら」


 エルナは唇を嚙みしめて震える。

 何となくだが、二人の関係が見えた気がした。


「おい、早く答えろ! 俺の仲間になるか否かを!」


 アービッシュが剣を向けて儂に怒鳴る。

 どうもこの二人は気に食わない。はっきり言えば嫌いだ。ならば答えは決まっている。


「断る」


 儂の返答にアービッシュは舌打ちする。


「この俺がどういう者なのか知らないで言っているんだよな?」

「どういう者かは関係ない。儂は気に入ったものとしか仲間にならないと決めているのだ。お前たちはエルナを悲しませた、そんな者達と仲間になるなど吐き気がする」

「いいだろう。俺の実力を体で教え込んでやる」


 アービッシュは常人では見えないであろう剣速で切り下す。


 ――が、儂はスキル超感覚を発動させると、奴の剣を最小限度で見切った。


 ついでにスキル視力強化を使うと、さらに動体視力は跳ね上がり動きが手に取るように理解できた。例え相手が剣術(特級)を持っていたとしても、避けることは可能なのだ。


「今のを避けるか……ならこれはどうだ!」


 さらに速度が上がった剣は連撃を繰り出す。

 だが、儂の眼はそれでも奴の剣を確実に捉えている。

 もしかすればスキルにもランクというものがあり、剣術よりも超感覚の方がはるかに上なのかもしれない。


「もういいだろう」


 攻撃を避けていた儂はアービッシュへ一瞬で接近すると、腕と胸元を掴んで何もない壁へ投げ飛ばした。


「へぐっ!?」


 壁へ激突した奴は背中を強打したらしく「フェリア! 回復してくれ!」と腰を押さえながら叫び続ける。随分と間抜けな光景だ。


 フェリアが駆け寄ると、杖を掲げて魔法を行使する。


「アクアキュア!」


 アービッシュの身体が蒼い光に包まれると、急速に体が回復した様子だった。

 それを見て儂はエルナに質問する。


「アクアキュアというのは?」

「水属性の中級魔法よ。大きな損傷は回復できないけど、軽傷なら一瞬で治癒するわ」

「ほぉ、キュアマシューを魔法にしたような効果だな」


 フェリアの肩を借りてアービッシュが立ち上がると、儂に殺意の籠った眼で視線を投げかける。


「よくも投げ飛ばしたな……うわさを聞きつけて、仲間にしてやろうと此処まで来た俺をよくも……」

「この方はグロリス侯爵家の御子息ですわよ! 今回の事は王都に報告させていただきます!」

「好きにするが良い。儂は今のお前たちと死んでも仲間になる気はない」


 アービッシュとフェリアは儂らに罵声を浴びせると、ギルドからようやく出て行った。

 儂とエルナだけでなく、一部始終を見ていた冒険者や職員も安堵する。

 どうやらギルドに迷惑をかけてしまったようだ。


「エルナ、大丈夫か?」

「うん……でも、私もっと強くなるわ」


 エルナは泣きそうな表情で杖を握りしめる。


 儂はそっと抱きしめると「大魔導士になれ」と言ってやった。

 きっとエルナなら大魔導士になれる儂はそう思うのだ。




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