二十二話 親蜘蛛

 

 一軒の家に入ると、エルナは部屋の中をウロウロし始める。


「誰もいないな……」


 儂も家の中を探索するが、どの部屋も人気がない。

 誰かが使っていただろうベッドは、布団が乱れ急いで逃げた事を窺わせる。


「きゃぁぁぁ!」


 エルナの悲鳴が聞こえすぐに駆け付けると、子供部屋であろう場所で三人の男性が糸によってグルグル巻きにされていたのだ。ご丁寧に足先から顔まできっちり包み込み、リボンのように結び目まで付けられている。


 死体を見て驚いたのか、エルナは床に座り込んでいる。


「大丈夫か?」

「ええ、少し驚いただけよ……」


 彼女は立ち上がると深呼吸をした。

 覚悟はしていたものの、こうやって死体を見ると気味の悪さを感じる。

 向こうは人間を餌としか見ていないのだろう。


「あ、また声が聞こえたわ」


 エルナは歩き出すと、リビングの辺りにふらふらと歩いて行く。

 そして床に耳を当てると、何かの儀式のように杖で床を叩きだした。


「もしかして下に誰か居るのか?」

「真一も探して。恐らく隠し扉があるはずよ」


 儂も床を探し始めると、一部の床だけ色が違う場所を発見する。

 叩いてみると軽い音が返ってくるので、ナイフを差し込んでこじ開けてみる事にした。


「当たりね」


 外れた床下から階段が現れたのだ。


 恐る恐る階段を下りると、暗闇の中で多くの悲鳴が聞こえた。


「エルナ、ライトを」

「分かったわ」


 彼女が魔法を使うと、地下空間が明るく照らされ、六十人ほどの人の顔が浮かび上がった。部屋は十m四方の小さな空間だったが、男女や子供が身を寄せ合い怯えている。


「儂らはホームレスという冒険者だ。依頼を受けて来たのだが、ここで間違いないな?」


 そう言うと一人の老年男性が立ち上がった。


「おおお! 指名依頼を受け取ってもらえたのか! ありがとう! 一刻も早くあの蜘蛛どもを退治してくだされ!」

「それはいいが、避難している者はこれで全てか?」


 儂の質問に老人は表情を暗くする。


「残念ながら生き残った村人はこれで全員じゃ。蜘蛛と戦った男衆も死んでしまい、我らに出来ることと言えば街へ助けを呼ぶくらいじゃ」

「そうか……大変だったのだな。だが、儂らが来たとなればもう安心だ。必ずや村を蜘蛛どもから取り戻してみせる」

「おおおお! なんと心強い言葉! よろしく頼みます!」


 儂は老人と握手をすると、ひとまず地上へ出る事にした。



 ◇



「それでどうするの? きっと森の中にわんさかいるわよ?」

「あの老人――村長の話によると、この村から西へ行った洞窟に蜘蛛の巣があるらしい。そこを叩けばひとまずは安心だろう」

「でも、全てが巣に居る訳ではないでしょ? 他の蜘蛛はどうするのよ」

「それにはこれを使う」


 儂は足元にある三人の死体を指さした。

 亡くなった者には悪いが、村の為ということで使わさせてもらおう。


 スキル糸生成を使うと、指先から一本の糸が飛び出す。丈夫で伸縮性のある糸だ。

三人の死体を糸で括ると背中へと担いだ。


「へぇ、魔獣のスキルって便利ね」

「まさかモンスターのスキルまで拾えるとは思わなかったが、使ってみると意外に便利だぞ。今ならスパイ○ーマンにもなれるな」

「スパイ○ーマン?」


 エルナは不思議そうな顔だが、ああいったヒーロー物は男の子のあこがれだ。

 特に縦横無尽にビル群を飛ぶあのヒーローは人気も高い。

 息子がTVを見ながら真似していたことを思い出してしまうな。


 儂とエルナは森の中へ踏み入り、現れる蜘蛛達をことごとく殺しながら、巣があるだろう西の洞窟を探した。


「あれが西の洞窟か……」


 体感で二時間ほど歩くと、大きな岩にぽっかりと口を開いた穴を見つけた。

 中からは時々蜘蛛が這いだしており、糸で丸めた獲物を中へ運び込む様子が見て取れる。

 蜘蛛のようだが、蟻に近い生態をしているのかもしれない。


「ここまで来たけど、死体はどうするの?」

「こうする」


 儂は死体を洞窟の正面に投げ捨てた。すると、死体に気が付いた数匹が近づく。


「エルナ、フレイムボムだ!」

「え!? フ、フレイムボム!」


 死体に集まっていた蜘蛛は悲鳴を上げて焼け死ぬ。


 儂はすかさずスキル隠密を使い、エルナを後ろから抱きしめた。


「ちょ、ちょっと……こんなところで……」

「静かにしろ。悲鳴を聞きつけて仲間がやってくるはずだ」


 案の定、仲間の悲鳴を聞きつけ蜘蛛達がわらわらと集まり始めた。

 森の中から現れた蜘蛛達は、まるで儂らに気が付いていない様子。真横を通って行く蜘蛛すらいるのだから、隠密の力は計り知れない。


 スキル隠密とは面白いことに儂だけでなく、接触した人間の気配まで消してくれる優れものだ。

 最初はスキルがどこまで作用するかの実験だったのだが、街でエルナに使ってみると誰もが儂とエルナを無視し始めた。そこでピンときたわけだ。


 そんなことを考えている内にも、蜘蛛は集まって山となって行く。

 すでに総数は四百を超え、気持ちが悪いほどうじゃうじゃと蠢いていた。


「エルナ、フレイムバーストだ」

「う、うん」


 耳を赤くしたまま彼女は杖を掲げ、上級魔法を蜘蛛達に放つ。


 爆音とともに真っ赤な炎が立ち昇り、蜘蛛達は一瞬にして灰へと変わった。

 クレーターが出来た場所には、赤々と光る炭と未だ漂う黒煙が上級魔法の威力を知らしめる。


「そ、そろそろ離して……」

「ん? おお、すまんすまん」


 抱きしめていたエルナを解放すると、彼女は顔を真っ赤にしながらモジモジする。

 やはり年頃の女性に抱き着くことは控えた方がいいだろう。

 きっとセクハラだと思ったに違いない。


「しかし、これでほとんどの蜘蛛は殺したんじゃないか?」

「そうだと思いたいけど……」


 その時、儂の背筋を電流のようなものが走った。スキル危険察知だ。


 すぐにエルナを抱えてその場を離脱すると、儂らの居た場所が一瞬で糸で埋め尽くされた。何かが爆発して大量の糸が飛び出した感じだ。


「クギィィィィイイイ!」


 洞窟から三mほどもある、大きな蜘蛛が姿を現した。


「くっ、親蜘蛛か。 もしやとは思っていたが、やはりそう簡単には終わらないようだな」


 親蜘蛛は尻を向けると白い球体を飛ばしてくる。

 儂はエルナをわきに抱えたまますぐに逃げ出した。


 直後に白い球体は爆発し、大量の糸をまき散らす。

 どうやらアレは親蜘蛛だけが使える特殊な糸のようだ。


 森の中へ逃げ込むと、親蜘蛛は木々の間を瞬間移動するがごとく素早く移動する。蜘蛛の跳躍力が凄まじいことは知っていたが、超感覚でも姿を追うのでやっとだ。


「真一、私が魔法を使うわ!」


 脇に抱えたエルナは杖を掲げると、フレイムボムを連発する。


 しかし、エルナの攻撃を親蜘蛛は綺麗に避けていた。

 それどころか、すでに儂の背後に迫ってきているのだ。


「仕方がない、ここは直接対決だ!」


 エルナを地面に下すと、剣を抜いて親蜘蛛と相対する。

 奴はガチガチと牙を鳴らして儂を威嚇していた。


「クギィィイイイ!」


 親蜘蛛は素早い動きで肉薄すると、儂の身体へ牙を立てる。

 大きな牙が二の腕へ深々と突き刺さったのだ。


「ぐぎゃぁああああ!」


 牙の先からは毒が流し込まれ全身へ猛毒がめぐる。

 忘れていたが、ラッピングスパイダーは毒をもった蜘蛛だ。


「真一!?」


 エルナの声が聞こえ、もう終わりだなと死を覚悟する。



 が、痛みはあってもしびれなどは訪れない。

 むしろ痛みで目が覚めたような気分だった。


「いつまで噛んでいるんだ蜘蛛野郎!」


 噛みついている蜘蛛を掴むと、一気に上へ持ち上げてバックドロップした。


「ピギィイイイ!?」


 大きな蜘蛛が腹を見せてジタバタしている。

 そこへスキルツボ押しを発動して、足の付け根に現れた赤い点へ剣を突き刺す。


「トドメだ!」


 剣の柄にある魔方陣へ触れると、バチバチと独特の音を鳴らして電撃が刀身に流れた。蜘蛛はビクビクと身体を震わせ、口から大量の泡を吐くと全身を弛緩させる。死んだのだ。


「ふぅ、なんとか勝てたみたいだな……」

「真一! 貴方大丈夫なの!?」


 エルナは儂に駆け寄ると、おろおろと狼狽えた様子で腕の傷を見つめている。


「これくらいはなんてことない。それよりも儂は大発見をしたぞ」

「へ? 大発見?」

「うむ、どうやらホームレス変異種という種族は毒が効かないようだ。しかも見てみろ、もう傷口も塞がり始めている。再生能力も格段に上がっている証拠だ」


 儂の腕はすでに出血が止まっていた。それどころか、徐々に再生しているようにも見える。もちろんスキル自己回復の恩恵もあるだろうが、それにしてもこの再生能力は異常だ。


「それでも心配だわ。キュアマシューを食べて」


 エルナから渡されたキュアマシューを食べると、再生速度は急上昇しあっという間に傷は消えてしまう。まだまだキュアマシューは手放せない感じはする。


 殺した親蜘蛛を鑑定すると、面白い情報が記載されていた。



 【鑑定結果:ラッピングスパイダーマザー:ラッピングスパイダーの母親であり、一年に一度大量の卵を産む。その牙には猛毒が秘められており、例え獰猛な魔獣でもマザーにだけは近づかない】


 【ステータス】


 種族:ラッピングスパイダー

 魔法属性:土

 習得魔法:ロックアロー、ロックウォール

 習得スキル:糸生成(上級)、糸操作(上級)、糸爆弾(上級)、視力強化(上級)



 儂はスキルの糸生成と糸爆弾と視力強化をスキル拾いで取得した。

 使うか分からないスキルだが、もしかすれば役に立つかもしれないからな。


「そう言えばスキルの上限はどこまであるのだ?」

「えっと……初級、中級、上級、特級と上がっていくんだけど、条件が揃うと統合されて上位スキルになるって聞いたことはあるかな。でもそんなにスキルを持っている人も珍しいし、特級まで上げられる人も稀だから、詳しくは分からないわ」

「むう、上位スキルか。なかなか面白そうだな」


 儂は親蜘蛛を担ぐと、巣へと歩き始めた。


「ねぇ、村は反対方向よ?」

「まだ終わっていない。巣をちゃんと焼き払っておかなければ、別の蜘蛛がやって来て巣を作るかもしれん」

「それもそうね」


 儂らは西の洞窟へ戻って来ると、中を探索する事にした。


「うぇ、人骨ばかりじゃない……」

「それだけこいつらは多くの村人を襲ったと言う事だ」


 薄暗い洞窟の中を進むと、ひんやりとした空気が奥から漂い始めた。

 二十mほど進んだところで行き止まりに突き当たる。


「ここで終わりか……ん? これは何だ?」


 行き止まりの壁には紫の結晶が生えていたのだ。

 五cmほどの大きな物は三十個ほどだが、ビー玉程の小さなものを合わせると千は下らない。


「わっ! コレって闇の魔石だよ!」

「珍しいのか?」

「あたりまえじゃない! 闇と光の魔石は、なかなか手に入らないことで有名なんだから!」


 ほぉ、それは朗報だ。

 儂は親蜘蛛を地面に置くと、闇の結晶をバキバキとへし折って行く。


「待って待って! こういうのは、ちゃんと根元から掘るものよ! 見えていないだけで、本当は大きい物だったりするんだから!」

「そうか……じゃあナイフで掘り出すか」


 ナイフで壁を削ると、魔石を丁寧に採取してゆく。

 こういうことに無知なので、エルナの指摘はありがたかった。

 きっと儂だけでは、キズものの魔石を量産するだけだったことだろう。


 四十個ほど集めたところで洞窟を出る。


「本当にいいのね? もう魔石は手に入らないかもしれないわよ?」

「いいから早くやってくれ」


 エルナがフレイムバーストを放つと、洞窟の入り口が破壊され瓦礫に埋まった。

 これで此処を巣にする魔獣はいなくなるはずだ。




 儂らは村へ戻ると、村長や村人へ蜘蛛達を退治したことを伝えた。

 誰もが抱き合って喜び、村に平和が戻ってきたと歓喜したのだ。

 そんな姿を見て嬉しくなった。

 それだけではない、誰かの役に立ったという充足感に満たされた。


「やはり噂通りの英雄でしたか……これは報酬です。こんな小さな村ゆえ、色を付けることはできませんでしたが、どうかお受け取り下さい」


 じゃらりと鳴る革袋を受け取ると中を確認する。


 金貨三枚に銀貨が二十枚。


 三百二十万円くらいの価値だと思われる。

 彼らの命の値段だと考えれば、安いのか高いのかは分からない。

 しかし、これが彼らの出せる精一杯なのだから受け取るしかないだろう。


「確かに受け取った」

「ありがとうございました。冒険者ホームレスの活躍は、きっとこの村で語り継がれることになりましょう」

「い、いや……そこまでは……」


 村長の言葉に儂は面食らう。

 活躍を語り継ぐなど、まるで勇者のようではないか。恥ずかしくて死ねる。


「いいじゃない、ホームレスはいずれ有名になるんだし。なんせ大魔導士エルナ様がいるパーティーだもの」


 エルナはお気楽な思考で笑っている。

 有名になると言う事がよく分かっていないようだ。数年後に泣きついて来ても儂は知らんぞ。


 村長に挨拶をすると、儂らは村を後にした。


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