第二章 聖獣とホームレス
二十一話 指名依頼
ドラゴンモドキを倒してから二週間が経過した。
今ではすっかりダンジョン暮らしも板についたが、最近では趣味などを見つけようと実践している。
「うむ……なかなか上手くいかないな」
金づちを持ったまま出来上がった小屋を見つめる。
菜園がある箱庭で食料保管庫のようなものを作ろうとしたのだが、手慣れていないせいか少々不細工だ。至る所に隙間はあるし、ドアは開くたびにギィィと音を立てる。
趣味として日曜大工的な技術を身につけるつもりだったが、これではまだまだ先は長いかも知れない。
エルナによると世の中には大工や石工といったスキルもあるらしいので、スキル拾いで手に入れればもっと早く技術は身につくことだろう。
しかし、それだと趣味じゃない気もする。
「真一、これっていつまで燻せばいいの?」
ぱたぱたとうちわを扇ぎながらエルナが聞いてくる。
彼女の目の前には四角い金属の箱が置かれており、上からはモクモクと白い煙が吐き出されている。
「そうだな……もう頃合いかもしれない」
金属の箱の蓋を開けると、中からは大量の煙が吐き出され一塊の肉が現れる。
表面は茶色く色づき照り光っていた。そう、これは燻製だ。
「美味しそうね……」
エルナはごくりと生唾を飲み込む。
確かに鳥を丸ごと燻製した肉は、今も白い煙を漂わせながら肉汁を滴らせている。儂は肉をナイフで切り取ると、手羽先の部分をエルナに渡した。
「美味しい! できたてって美味しいわね!」
むしゃむしゃと食べるエルナは少し丸くなった気がする。
特に顎周りに肉が付いた気がするのは気のせいではないだろう。
「すこし太ったか?」
びくりと体を硬直させ、エルナは肉を食べる手を止めた。
「な、なにを言っているのか分からないわ……」
あはははと笑う顔は少し硬い。
もちろん原因は儂にあるのだろう。
ホームレス変異種へと進化した儂は、食べる量が以前の二倍近くまで増えた。
出される食事が増えたことで、エルナも徐々に食事量が増えてしまったという訳だ。
「そろそろ街へ行って依頼を受けた方がいいかも知れないな」
「そうよ! 私が太ったのも、真一が依頼を受けないからよ! 全部真一が悪いの!」
と言いつつエルナは手羽先を手放さない。
いつの間にか食いしん坊エルフになってしまったようだ。やれやれ。
儂は小屋へ金づちや道具を仕舞うと、燻製した肉を葉っぱで包みリュックへ詰め込む。
これから街へ行く予定なので肉は弁当みたいなものだ。
「さぁそろそろ出発するか」
「そうね」
エルナは立ち上がると、纏っているローブを左手で払う。
現在の彼女は赤いローブを纏っている。
頭には赤い尖がり帽子をかぶり、使い慣れた杖を右手に握っている。
紛れも無き魔導士の格好だ。
魔導士として覚醒した彼女は、今までの冒険者スタイルを捨てて魔導士の格好を選び取った。もちろん彼女の昔からの憧れであり、ようやく堂々と魔導士を名乗れるのだから当然だろう。
ちなみにだが、魔導士のローブは色で階級を現しているそうだ。
初級は黄色、中級は橙色、上級は赤色、特級は紫色、マスター級は焦げ茶色らしい。
それぞれの階級は使える最大の魔法により決められており、エルナは上級を使えるので赤と言う事だ。マスター級に関しては色々と条件があるらしく、今のエルナには手を伸ばしても届かない存在らしい。
なかなか魔導士というのも奥が深いようだ。
四つ目の箱庭へ来ると、転移の神殿へ足を運ぶ。
石板へ手を乗せると、転移ポイントが頭の中に浮かび上がった。
【転移の神殿へようこそ。転移先をお選びください】
・地上
・五階層
・十階層
・十五階層
【YES/NO】
実はこの一週間で各階層にある転移の神殿を見つけてきたのだ。
エルナが言うには、どうもダンジョン内にはいくつもの転移ポイントがあるらしく、冒険者は転移ポイントを使って移動するらしい。
なので儂はエルナを連れて転移ポイントを見つけ出したという訳だ。
最初は面倒だが後あと役に立つかもしれないからな。
儂は地上を選択し、エルナと一緒に転移した。
視界が変わり、代わり映えのしない地上が目に映る。
転移の神殿にはいつものように冒険者達が列をなして並んでいる。
そんな光景を見ながら、神殿の柱に設置した小さな箱から手紙を取り出す。
「ねぇ、やっぱり転移の神殿の柱に、郵便受けを作るのはどうかと思うのだけれど……」
お手製の郵便受けを見てエルナは不安そうな表情だ。
「仕方ないだろう。儂らはダンジョンに住んでいるし、ギルドも住所不定では困ると言って聞かないからな。仕方なくこうやって郵便受けを作ったんじゃないか」
「そうだけれど……転移の神殿って名前の通り神殿なのよ?」
「そんなことは知らん。儂はなににも縛られないホームレスだからな」
そう言いつつ一通の手紙を開いてみる。内容はギルドからであり、至急来てほしいと書かれていた。
ギルドへは一週間ほど顔を出していないので、もしかすれば指名依頼のようなものが来ているのかもしれない。
指名依頼というのは、依頼者が冒険者を指名して出される依頼の事だ。
もちろんだが、報酬も跳ね上がりギルドからの評価も上がりやすい。大体の冒険者は中級から指名依頼が入り始め、評判が良ければさらに指名依頼が舞い込んでくることになる。
売れっ子になれば仕事を選べるようになり、一躍有名人へとのし上がれるという流れらしい。
まぁ儂にはどうでもいい話だがな。
「ひとまずギルドへ行くか」
儂はエルナを連れてギルドへ行く事にした。
◇
ギルドへ着くとカウンターへ向かう。
受付嬢へ手紙を見せると、しばらくして十枚ほどの紙の束を持ってきた。
「これはホームレス様へ依頼されたものです」
「指名依頼と言う事か?」
「ええ、二体ものドラゴンモドキを退治したということで、指名依頼が出されています。どうされますか? 受けますか?」
儂は十枚の紙を受け取ると内容を確認する。
どれもモンスターの討伐依頼らしく、知らない名前が並んでいる。儂は受付嬢へ質問する。
「これを断ると依頼はどうなる?」
「指名依頼は必ず受ける必要はございません。断られた依頼は格下げとなり、ギルド内の掲示板へ出されることとなります」
「断っても別の冒険者が引き受けてくれるという訳か」
エルナへ依頼書を渡すと、しげしげと見つめて一枚の依頼を抜き取った。
「これがいいわ。これにするべきよ」
渡された依頼を見ると、報酬が異常に高いのだ。
討伐対象はラッピングスパイダーとあるが、どうも怪しい感じがする。
「なぁ、このラッピングスパイダーって言うのはなんだ?」
「大型の蜘蛛よ。捕まえた獲物をラッピングするかのように、綺麗に包むからそう呼ばれているの」
「じゃあどうしてこんなに報酬が高い?」
「さぁ?」
エルナは知らないという感じで肩を竦める。すると受付嬢が説明してくれた。
「その依頼を出した場所はカルネの村という小さな集落です。実はその村では、以前からラッピングスパイダーが大量繁殖しているという報告を受けており、何人もの冒険者が討伐に行ったのですが戻ってきておりません」
「なるほど、それで儂に依頼が回ってきたという訳か」
「……そうなりますね」
儂は納得すると、依頼書を全てカウンターへ出した。
「すべて受ける」
「よろしいのですか? 十件というのはかなりの量だと思いますが?」
「困っている人が居るのなら、見捨ててはおけんだろ?」
そう言うと受付嬢はうっとりとした表情で溜息を吐いた。
「素敵です……さすが街を救った英雄……」
「お、おう……」
これだ。この反応が苦手で儂は街に来なかったのだ。
今の姿へ進化してから、女性の態度が急変した。
それだけではない、ドラゴンモドキを退治したことからホームレスを英雄視する傾向が出始めたのだ。
そりゃあ儂だって褒められるのは嬉しいが、どうも持ち上げすぎのような気がしている。
こういう時に有頂天になると痛い目を見るのは経験から分かっていた。
なので儂は今の街の空気に遠慮気味なのだ。
受付嬢が儂の手を握ろうとすると、エルナが杖で女性の手を払う。
その眼は冷たく氷のようだった。
「真一、依頼場所へ行きましょうか」
「お、おう……」
やはり女性とは分からない生き物だ。
街で馬を借りると、早速カルネの村とやらへ直行する。
どうやらエルナが村の場所を知っているらしい。
「しかし、馬というのは難しいな。“進め”と“止まれ”を教えてもらったが、言う事を聞いてくれない」
「そりゃあそうよ、馬は人をちゃんと見ているもの。もちろん私は御覧の通りよ」
先を行くエルナは馬を上手に操っていた。
森の中に続く小道はどこまでも続き、鮮やかな緑の葉が風に揺れながら木漏れ日が降り注ぐ。空気も新鮮で、時々ウサギのような動物が道を横切っていた。
「そろそろ村に着くわよ」
「それはいいが、雰囲気が変わったな……」
片道一時間ほどの距離に村はあるそうだが、森の奥へ行くほど雰囲気は怪しくなり木々の間に白い糸がいくつも見え始めた。すでにスパイダーの縄張りに入っているのだろう。
「言っておくけど、ラッピングスパイダーは群れで行動する魔獣だから気を付けてね」
「前から思っていたのだが、魔獣と魔物の違いは何なんだ?」
「魔獣は魔法を使う動物の事よ、魔物は知恵のある魔獣ね。魔物になると言葉をしゃべるから本当に厄介な相手よ」
むぅ、言葉をしゃべるのか。それは危険かもしれない。
知恵がある獣と言うのは、人間を見れば分かる通り、自身よりも強い相手を倒してしまうほどの力を秘めている。
猿から進化した人間が、百獣の王に勝ってしまうのも優れた知恵があるからだ。
なので、魔物には十分な警戒心を持っていた方が良さそうだ。
「見えたわ! あれがカルネの村よ!」
エルナが指さした先には小さな集落があった。
木製の外壁で覆ってはいるものの、建物の屋根や外壁には白い糸のようなものがまとわりついている様子が窺える。
「手遅れだったか?」
「まだ分からないわ。兎に角、村の中へ入りましょ」
馬から降りると村の門から中へ入る。
村は小さく木造の平屋が五十軒ほど目に入るが、どの家からも人気はなく異様な静けさに包まれていた。
「妙に静かだな……」
「蜘蛛の足音が聞こえるわ。警戒をして」
エルナは長い耳をピクピクと動かし杖を構える。スキル地獄耳のおかげだろう。
基本的に索敵は儂が担当しているものの、彼女のスキルの方が優秀なのだ。おかげで儂が気が付く前に敵の居所を見つけてくれる。
「ぐぎぃぃぃ!」
不快な声と共に、建物の屋根から白い蜘蛛が顔を出した。
それも一匹や二匹ではない。三十匹近くの蜘蛛がゾロゾロと現れたのだ。
その大きさは一m程もある。
「真一!」
「心配するな。危険察知が反応していないと言う事は、儂の方が強いと言う事だ」
剣を抜くと蜘蛛が一斉に儂へととびかかって来る。
スキル超感覚を発動させると、周囲の景色がスローモーションになり、十五匹ほどの蜘蛛が空を飛ぶようにゆっくりと儂に向かって来ていた。
次々に両断すると、グロテスクな断面を見せながら地面へと落下してゆく。
SFホラー映画さながらの気持ち悪さだ。
すぐに蜘蛛の死体へ鑑定を使ってみた。
【鑑定結果:ラッピングスパイダー:大型の蜘蛛であり、群れを成して狩りをする習性を持っている。その牙には毒があり、獲物に噛みついて毒を流し込むと、糸でラッピングをするかのように獲物を包み込む】
【ステータス】
名前:ラッピングスパイダー
種族:ラッピングスパイダー
魔法属性:土
習得魔法:アースウォール
習得スキル:糸生成(中級)、糸操作(上級)、視力強化(初級)
「良いスキルじゃないか、ありがたくいただこう」
儂はスキル拾いを使うと、ラッピングスパイダーのスキルを取得する。もちろんすべてだ。
「真一! まだ残っているわよ!」
「分かっている」
屋根に居る蜘蛛達は、お尻を儂に向けると糸を噴射した。
「フレイムボム!」
膜のように広がった蜘蛛の糸を、エルナの中級魔法が灰に変える。
それだけにとどまらず、初級魔法であるファイヤーアローを連発して蜘蛛を確実に仕留めていった。
「三十匹は殺したが、まだいるだろうな」
蜘蛛の死体を見ながら儂は呟く。
というのも蜘蛛と言うのは、一回の産卵で大量に生まれる。だとすれば最低でも数百はいるだろう。
「ちょっと待って……声が聞こえる……」
エルナは耳をピクピク動かし、音の発生源へ歩き出す。
儂とエルナは一軒の家への中へ踏み込んだ。
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