二十話 儂は進化するらしい



 畑でいつものように作業をする。

 とは言っても、草抜きと水やりくらいだがやらないよりはマシだろう。

 それに成長速度が速いので、収穫も定期的に行わなければならない。

 今では食糧庫に食べきれない野菜で溢れている。


「しかし不思議な場所だな。栄養なんかはどこから来ているんだ?」


 儂が草抜きをしながらそう言うと、エルナが水やりをしながら返答する。


「もしかして生き物の死体が栄養源だったりして……」

「なるほど! そうかもしれない! 廃棄場で栄養分になった死体は、ダンジョンの各階層へ配分されているのだ! 此処がこんなにも豊かなのは、廃棄場から近いせいだろう!」


 気が付いてみれば簡単なことだった。

 ダンジョン内は独自のサイクルにより、食物連鎖が作られていたのだ。

 しかし、誰が何の為にこんな仕組みを作ったのか疑問だ。

 もちろんモンスターがどうやって発生しているのかは未だに謎と言える。


「ダンジョンの底に何があるか聞いたことがあるか?」

「そうねぇ……踏破した冒険者の噂では、すごいお宝があるとは聞いたかなぁ」

「すごいお宝? どんなふうにすごいのだ?」


 エルナは口元に指を当てて考える。


「さぁ? 王都に行けば分かるかもしれないけど、あいにくここはド田舎だから分からないわ」

「結局のところすべてが謎という訳か。まだ大魔導士の本も読み始めたばかりだから、先は長そうだな」


 儂は隠れ家にある本を読み始めていた。

 大魔導士ムーアの残した本というよりは、ここに住んでいた前の住人として興味を持ったからだ。とは言えこれがなかなか進まない。

 ムーアの書いた字は、読みにくいしかなり癖のある表現をしているからだ。

 この世界の住人であるエルナでさえ、本棚にある辞書を開かないと分からないというありさまである。

 なので儂が読み進める彼の日記も、最初の一ページ目で止まっている。


 畑仕事が終わると、儂とエルナは廃棄場へと足を運んだ。

 死体漁りなど蔑まれる仕事だろうが、金になる以上は遠慮する理由もない。


 いつものように死体の山を見ると、手を合わせて彼らの冥福を祈る。


「ねぇ、前から気になっていたけど、その手を合わすのは何?」

「これは儂の故郷にある、祈りを現す行為だ。儂らは感謝の意味で使っている」

「感謝ね……じゃあどうして見ず知らずの死体に感謝するのかしら?」

「感謝の意味もあるが、今のは祈りを込めてやった事だ。死者へお疲れさまでしたと祈ったと思ってくれ」


 「ふーん」とエルナは返事をすると、儂と同じように手を合わせてお辞儀した。 この世界にも宗教はあるだろうが、祈る気持ちは同じだと思いたい。


 早速、死体の山へ近づくと武器や防具を回収してゆく。

 リュックの中に入った銀貨や魔石などを回収していると、中には珍しい物も発見する。


「これは地図か?」


 開いた羊皮紙にはオーストラリアのような島が描かれていた。

 現時点ではこれが島なのか大陸なのか判断は付かないが、今は島としておこう。

 島の中心には”ローガス王国”と記載されており、周りには多くの国が印されている。

 領地もそれほど大きくはなく、五つの大国に囲まれている小国という感じだ。

 この小国こそ儂が住んでいる国だ。


「なぁエルナ。マーナの街はどのあたりにあるのだ?」

「えっと……この辺かな」


 ローガス王国の東の辺境。確かにド田舎だ。

 すぐ近くには“エステント帝国”と呼ばれる国が記載されている。


「エルナの故郷はどこだ?」

「私の故郷はここ」


 彼女が指さした国は“サナルジア大森林国”と書かれている。

 ローガス王国の左上に位置し、エステント帝国とは隣接しているように見えた。


「大森林国って……」

「これでいいのよ、国を治めているのは御神木様だもの。なにか文句でもあるの?」


 ギロリとにらむエルナに儂は言葉を飲み込んだ。

 御神木様が国を治めているとは何とも奇妙な話だが、魔法がある世界ならそんなこともあるのだろう。いつかは行ってみたいものだ。


 ひとまず地図を懐へ仕舞うと、再び死体漁りを始めた。



 ◇



「ねぇ、スキル拾いって死体には試したの?」


 死体を漁っていた儂にエルナの声が聞こえた。

 確かにまだ試してはいないが、そんなに単純なスキルではないだろう。

 そう思いつつスキル拾いを死体に使った。



 【ケビン・マクレーン:剣術(中級)、体術A(中級)、自己回復(初級):取得するスキルを選択してください】



 儂はきっとひどい間抜け面をしていたに違いない。

 それくらい衝撃だった。

 恐る恐る取得するスキルを選択すると、再び儂の頭の中に文字が浮かぶ。



 【取得するスキルは剣術(中級)、体術A(中級)、自己回復(初級)でよろしいですか? YES/NO】



 YESを選択すると、すぐにステータスを開いて確認した。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(初級)、槍術(初級)、弓術(初級)、体術A(中級)、超感覚(初級)、自己回復(初級)スキル拾い



 確かに取得したスキルが追加されている。

 余りの嬉しさに裸踊りをしたいほどだ。

 エルナが居るので本当にはしないがな。


 これは素晴らしいスキルだ。

 鑑定やツボ押しもなかなかの物だったが、これには敵わない。

 死んだ者からスキルを頂けるなんて、下手をすれば桁違いに強くなることも可能ではないだろうか。勇者田中真一が誕生するのだ。


「ねぇ、どうなったのよ? スキル拾いはできたの?」


 エルナは儂の様子を見て呆れているようだ。

 儂は深呼吸をしてひとまず冷静になる。


「スキル拾いはどうやら、死体からスキルを貰うスキルらしい」

「えぇ!? なにそれ!? 反則級じゃない!」

「うむ、ひとまず儂とエルナだけの秘密と言う事にしておくか」

「……うん、その方がいいわ。きっとバレると大問題になりそうだもの」


 エルナとの会話を終わらせ、儂は手当たり次第に死体からスキルをいただく事にした。どのようなスキルかは回数をこなさなければ分からない。


 儂のステータスは大きく変化した。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(上級)、槍術(上級)、鎚術(上級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、隠密(中級)、危険察知(上級)、超感覚(初級)、自己回復(中級)、スキル拾い



 一つ分かった事がある。

 スキルは同じ階級を何度取得しようが、加算されないと言う事だ。

 剣術(初級)に剣術(初級)を加えても初級のまま。

 なのですでに持っているスキルより、上の階級を狙って取得しないと意味をなさない。


 それでも手に入れたスキルを見れば、どうでもいいと思える。

 もうこれはスキル祭りだ。ワッショイワッショイ。

 

 特に嬉しいのは隠密や自己回復だろう。

 隠密は気配を消すことが出来るようで、エルナが目の前に居る儂を探すほどの効果を持っている。ただし、音や臭いは遮断できないため、使いどころを間違うと危険かもしれない。

 自己回復はその名の通り、回復速度が上昇するスキルのようだ。

 ナイフで腕を切っても数秒で傷口が塞がって行く光景は、感動を通り越して気持ち悪かった。予想だがキュアマシューほどは回復を見込めないと思われる。


 とにかく、今日は大収穫だった。


 儂とエルナは廃棄場を後にして、隠れ家へと戻る。



 ◇



 夕食のシチュー作ると木器に注いでエルナへ渡す。

 準備が終わると二人で食事を始めた。


 スプーンでシチューを掬い取ったエルナは一口食べる。


「美味しい……どうして真一は私より料理が上手なのかしら?」

「そんなことは知らん。むしろ料理が下手なエルナが不思議だ」


 儂がそう言うと彼女は舌打ちする。

 料理が下手という部分には触れてはいけなかったようだ。

 とは言え儂はホームレスになる前に、料理店のアルバイトをしていた時期があるので割と得意だ。

 元々料理は嫌いじゃなかったし、休日には家族に手の込んだ料理を披露したことだってある。あの頃は仲のいい家庭だと思っていたが、儂は随分と勘違いをしていたのだろう。忘れたい過去だ。


「でもこのシチューって料理はパンに合うわね。こんな料理は見たことないし、本当に真一って何処から来たのかしら?」

「前にも言ったが、儂はここがどこかすら知らない。遠き地より迷い込んだ流れ者だ」

「ホームレスってことね。でもそのおかげで私は真一に出会うことが出来たし、ちゃんとした魔導士になることだってできたもの。本当に感謝しているのよ」


 エルナははにかみつつ頬をピンクに染める。

 正面から礼を言われると儂も恥ずかしい。


「気にするな、いいから早く食べろ」

「うん!」


 シチューをスプーンで掬い取ると、とろりとした白いスープが湯気を昇らせる。 口に入れれば、まろやかな甘みと肉と野菜の濃厚なエキスが舌の上で絡み合い、少し入れたチーズが旨みをさらに引き立てる。


 ――が、そんな食事のひと時に文字が現れた。



 【まもなく進化が始まります。進化が完了すると、以前に戻ることはできません。進化いたしますか? YES/NO】



 数秒間、スプーンを持ったまま固まってしまった。

 進化? ど、どう言う事だ?


「なぁエルナ……進化しますか? と聞かれているんだが、どういうことか教えてくれ……」


 儂がそう言うとエルナも固まる。


「進化って……何になるの?」

「いや、それは書かれていないのだが……」

「一応説明するけど、進化って言うのは生物としての階級が上がることを言うわ。エルフならハイエルフになるし、ヒューマンならハイヒューマンよ。でも、進化するのはものすごく珍しいことなの。理由も分かっていないし、中には別の種族になっちゃうことだってあるらしいわ」

「別の種族……」


 悩む。

 このまま進化していいものか。それともキャンセルするか。

 確実なことは、今の自分に満足していると言う事だ。

 もしかすれば進化することで、手に入れたスキルも失うかもしれない。


 エルナを見ると、彼女は笑顔で頷く。


「私は真一がどんな種族になっても離れないわ。大丈夫、きっと素晴らしい進化になる筈よ」

「うむ……」


 確かに恐れていては先へは進めない。

 儂はこの世界で生きると決めたのだ。

 ならばホームレスらしく無遠慮にいただこう。


 表示された文字のYESを選択した。



 【五分後に進化を開始いたします。強い眠気に襲われますので、安全な場所で横になってお待ちください】



 儂は食事を急いで食べると、ソファーに横になる。

 進化をすると決めた以上は覚悟しているが、どのような姿になるのか少しワクワクしている。

 もしかすると腕が四本になるかもしれない。

 ムフフ、実に楽しみだ。


「ちょっと待って! 真一が進化をしている間、私は何をすればいいの!?」

「ん? そうだな、目覚めるまで本でも読んで待っていてくれ。もし長いようだったら、自分で食事を作って食べればいいさ」

「ぐぬぬぬ……料理は苦手なのに……」


 なにやら唸っているが、強い眠気が沸き起こり会話をすることも苦痛になる。

 瞼を閉じると、意識がまどろみに沈みプツリと途絶えた。






「うっ…………」


 目が覚めると、部屋はすでに暗く寝静まっているようだった。

 ひどく喉が渇き、コンロの横にある水瓶から水を掬って飲み始める。

 がぶがぶと三リットルほどの水を飲み干すと、満足してソファーに腰を下ろした。

 なぜ寝ていたのだろうと思考を巡らせ、すぐに進化の事を思い出す。

 そうだ、儂は進化したのだ。


 すぐに照明を付けると、鏡の前へ移動した。


「おおおおぉ! なんだこりゃあ!」


 身体は一回り大きくなり、身長は百八十cmまで伸びていた。

 さらに全身にトライバル柄の唐草タトゥーが施され、首下までしっかりと存在を主張している。

 トドメは髪だ。黒く肩くらいまでだった毛髪が足元まで伸び、透き通るような銀髪へと変じていた。儂はすぐにナイフを取り出すと、髪の毛を適当な長さに切りそろえた。


「これくらいでいいだろう……」


 以前よりも少し長いくらいで満足すると、鏡で顔を眺めてみた。

 少し彫りが深くなり、容姿は整ったかもしれない。

 儂にはなかなかの男前に見えた。


「ふぁ~真一、やっと起きた……」


 パジャマ姿のエルナが寝室から出てくると、儂を見て目を丸くする。


「えっと……どなたですか?」

「何を言っている? 儂だ。田中真一だ」

「ええ!? 真一なの!?」


 彼女は駆け寄るとまじまじと観察する。

 それよりも儂は、自身の身体の力強さに驚きを感じていた。

 漲るパワーに沸々と沸き起こる闘志。

 進化とは恐ろしいほど肉体を強化するらしい。


 ステータスを開くと、なにへ進化したのか判明した。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス(変異種)

 職業:冒険者

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(上級)、槍術(上級)、鎚術(上級)、弓術(上級)、体術A(上級)、体術B(上級)、隠密(中級)、危険察知(上級)、超感覚(初級)、自己回復(中級)、スキル拾い





 儂はホームレス変異種とやらになったのだ。



 第一章 <完>



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訂正報告:唐草模様の入れ墨としていましたが、トライバル柄の唐草タトゥーに変更いたしました。


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