十九話 不思議なスキルを手に入れた
「あぐぐぐ……」
強烈な圧力に何とか耐えていた。
モドキはこのまま儂を踏みつぶす気のようだが、そうやすやすと殺されてやるものか。
一度死んだ身だが、もう一度転生するとは限らない。
今度こそ本当に地獄へ行くかもしれないのだ。だから死に物狂いで耐える。
「ぐぎゃおおおおお!?」
大きな振動が起きたと思えば、地面が激しく揺れる。
真っ暗だった視界も明るさを取り戻し、重かった足が儂の上から離れていった。
「大丈夫、真一!」
駆け寄ってきたエルナに抱き起され、儂は彼女の肩を借りて何とか立ち上がる。 すぐに周りを確認すると、モドキは白い煙を纏いつつ逃げていた。
「エルナが助けてくれたのか?」
「当然でしょ。私は大魔導士よ」
「そうだな、流石は大魔導士様だ」
儂はよろけつつもエルナの頭を撫でる。
彼女が居なければ本当に死んでいただろう。
大魔導士というのはともかく感謝したい。
「あう……」
エルナは顔を赤くした。
おっと、あまり女性の頭を撫でるものじゃなかったな。
しかし、こんな状態ではまともに戦えない。
撤退か継続かを早く判断しないと、モドキもいずれは戻ってくるはず。
そこで儂はとあるキノコを思い出す。
「そうだ! キュアマシューがあったじゃないか!」
背負っていたリュックからキュアマシューを取り出すと生のまま噛り付く。
触感は椎茸のようだが、しっとりとしていて悪くない味だ。
鍋に入れて食べればきっと美味しいだろう。
数秒後に擦り傷や体の痛みが消えていった。
まるで映像を倍速で見ているような回復速度に儂は驚く。
いや、エルナすらその効果に驚いているようだった。
「キュアマシューってこんなに効果があるんだ……」
「なんだ、見たことないのか?」
「そりゃあそうよ、キュアマシューって高いのよ? 使うより売る方が冒険者にとっては普通だし」
「なるほど」
これだけの効果なら高値もうなずける。
だが、これだけの物と知ってしまった以上は、売るのは勿体ない気がする。
今後はもしもの為に売らずにとっておこう。
「ヤバいわ……もう戻ってきた」
エルナの声を聞いてモドキを確認すると、奴はこちらへと再び向かって来ていた。上級魔法を二発受けて平然としているとは、やはり耐久力は前の奴とは段違いだ。
「エルナ、昨日のモドキに使った鎖の魔法は使えるか?」
「うん、使えるけどそれほど長くは動きを止められないわよ?」
「何分くらいだ?」
「……十秒よ。悔しいけど私の拘束力より向こうの力の方が強いの」
うーむ、十秒か……。
すぐに勝負を決めなければ、こんどこそやられるかもしれない。
「分かった。それでもあの魔法を頼む」
「いいわ、でも死なないでね」
エルナは杖を構えると儂とは別の方向に走り出した。
しかしモドキの眼は儂を捉えて離さない。完全に標的にされているようだ。
「トカゲ野郎こっちだ! ついて来い!」
儂はエルナが向かった反対の方向に走り出す。
モドキも追いかけるように方向を変えた。
「いいぞ、そのまま着いて来い」
走りながら儂は剣の柄の魔石を交換する。
赤い石から黄色い石へと変えたのだ。これで電撃を放つことが出来る。
なんせ奴は炎を吐くのだから耐性があってもおかしくないのだ。
だからエルナの上級魔法も効きにくいと考えるべき。
ちなみに儂の手元には五色の魔石があるが、今回は黄色にしてみた。
炎と言えば水で対抗しがちだが、青い魔石を剣に嵌めたところで水がちょろちょろと流れ出るだけだ。
だとするなら堅実に黄色い魔石で攻撃した方が利口である。
「ぐぎゃぁおおお!」
いつの間にかモドキは真後ろへと迫っていた。
奴の方が足が速いのだから当然だが、迫力はすさまじい。
映画で見るどんな映像よりも恐怖を感じた。
「エルナー! 魔法だー!」
儂の声はエルナの耳に届き、彼女は杖を掲げる。
透明なオーラが体を覆い、向こう側の景色を歪んで見せた。
迸る彼女の魔力が杖に収束すると、わずかに地面に波が起きる。
「フレイムチェーン!」
力強い言葉が発せられると、ドラゴンモドキの身体に真っ赤に発熱する鎖が巻き付いた。
鎖は手足を縛り、熱せられた鎖はモドキの鱗を焦がしてゆく。
突然のことにモドキは地面を転がり、必死で鎖を振りほどこうと暴れはじめた。
「しめた! これでやれるぞ!」
儂は剣を構えると、のたうつモドキにとびかかる。
「――ふぐっ!?」
奴の尻尾が儂の胴体に直撃し、吹き飛ばされてしまった。
いくらバームの果実で感覚が上昇しているとはいえ、儂の筋力が向上している訳ではない。
見えない角度からの攻撃や不意打ちにはギリギリで分かったとたとしても、体が反応しないのだ。今回も奴の動きを読み切れず攻撃を受けてしまった。
「うぐっ……」
なんとか立ち上がると、すぐに剣を構えて走り出す。
まだ十秒は経過していない筈だ。まだやれる。大丈夫だ。
至近距離に近づいたところで、奴を拘束していた鎖がブチリと音を立ててちぎれた。次に起こしたアクションは儂への攻撃だった。
「ぐぎゃぁお!」
振り抜かれた前足が儂に直撃し、ガードした左腕がミシミシときしんだ。
強烈な衝撃が全身を突き抜けると、視界がグルグルと回り地面へ激突する。
「真一!!」
エルナの声が聞こえるが、すぐには立てなかった。
あえて言うのなら、まるでダンプカーに轢かれたような衝撃。
それでも生きているのが不思議だ。
何とか剣を杖代わりに立ち上がると、ボロボロの身体で深呼吸する。
「まだやれるぞ! かかって来いトカゲ野郎!」
走り出すとモドキは口を大きく開いた。ブレス攻撃だ。
モドキが空気を吸い込むと、一気に吐き出される炎は地面を焦がす。
儂は足を止めず走り続けた。この黒いローブがある限り魔法には無敵だ。
ブレス攻撃は悪手だと思い知らせてやる。
開いた口へ剣を突っ込むと、柄にある魔方陣へ触れる。
「ぶぎゃぁお!?」
電撃が奴を感電させ身体を震わせる。
その様子を見ていたエルナへ声をかけた。
「エルナー! 鎖だー!」
頷いたエルナは杖を掲げ魔法を放つ。
「フレイムチェーン!」
じゃらららと鎖がモドキの身体へ巻き付き手足を縛る。
感電した状態では抵抗もできず、まな板の鯛のごとく地面へと転がった。
だが、これで終わりではない。
「これがホームレスの力だ! 見たかトカゲ!」
儂はモドキの頭部へ剣を突き刺した。
ドラゴンモドキは動きを止め、縦長の瞳孔は大きく開いて行く。
勝ったのだ。
「疲れた……」
地面に倒れると、剣を放り出して空を見上げる。
流石に今回はきつかった。そのかわりだが、勝利の余韻は儂を痺れさせる。
これほどの充足感は何年ぶりだろうか。
会社が一部上場した時よりも喜びが大きい。
これが生きている実感とでもいうのだろう。
「やったわね! モドキを二体も倒すなんてすごいじゃない!」
エルナは儂に抱き着き頬にキスをした。
これも勝利のご褒美だと思えば、戦った甲斐がある。
ただし、先ほどから眠気が押し寄せてきて、起きているだけで苦痛だ。
一刻も早く眠りにつきたい。
「おい、ホームレス! すごいじゃないか! 昨日と今日で二体ものドラゴンモドキを討伐するとはなかなか出来ない事だぞ!」
声に体を起こすと、バドが驚いた様子でモドキを眺めていた。
「ああ、かなり手こずった。昨日より強い個体だったようだ」
エルナの肩を借りて立ち上がると、すぐにリュックからキュアマシューを取り出して咀嚼する。やはり生よりは天ぷらや煮物に合いそうな味だ。
「受け取れ」
バドから放り投げられた革袋を受け取ると、昨日より重みが感じられた。
中を覗くと金貨が四十枚も入っているではないか。
「多くないか?」
「おいおい、これだけの大物だぞ? それくらいが妥当だ。それに二回も街を救ってくれた英雄に出し惜しむ方がどうかしている」
バドは白い歯を見せてHAHAHAと笑う。
きっとバドがアメリカへ行けばすぐになじむことだろう。そんな気がした。
「ところでバドが此処へ来たってことは、ギルドまで運ばなくていいってことか?」
「ご名答。ギルドの倉庫はまだもう一体のモドキを解体中だ。だから街の外で解体を終わらせてしまおうと思ったのさ」
「じゃあ手伝わせてもらえないか?」
バドは口笛を吹くと「どういった気の変わりようだ?」と質問する。
「いやな、いつまでも素人丸出しの解体では困るだろ? だからこの際、勉強させてもらおうと思ってな」
「ははははっ! さすが英雄は一味違うな! いいぞ、ウチの解体組は腕がいいから勉強になる筈だ! 気になったことは何でも聞いてやってくれ!」
儂は眠気と格闘しつつも、今後の為に解体を覚える事にした。
◇
「ふぁ~随分と寝たな」
ソファーから体を起こすと、いつもの日課の筋トレを始める。
モドキとの戦闘でおもい知ったのだ、筋肉は我が身を救うと。
今後も鍛錬は怠らない方がいいだろう。
「真一! ようやく起きたの!?」
寝室から出てきたエルナは何故か心配した表情だ。
「ようやくとは?」
「あなた一日中寝ていたのよ!? 本当に心配したんだから!」
「一日中……?」
儂は体を起こすとステータスを開いた。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス
職業:冒険者
魔法属性:無
習得魔法:なし
習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(上級)、剣術(上級)、斧術(初級)、槍術(初級)、弓術(初級)、体術A(初級)、超感覚(初級)、スキル拾い
やはりというか儂のステータスは変化していた。
まずはツボ押しだろう。
中級だったのが上級へと変わり、剣術も上級へと変化している。
次に超感覚だ。恐らくだがバームの果実を何度も食べたせいで、スキルとして体が覚えたのだと思う。
今後はバームの果実を食べずに超感覚が使えるようになったのだ。
非常にうれしい。
問題はスキル拾いだ。
これに関しては階級も表示されておらず、他のスキルと比べると異質に感じる。 どのようなスキルかすら予想できず使いどころが分からない。
「なぁエルナ。スキル拾いというスキルを知っているか?」
「はぁ? そんなの初めて聞いたわ。というかそれってスキルなの?」
そう言われても、スキル一覧に乗っているのだからスキルなのだろう。
言葉としてはスキルを拾うという意味になると思うのだが、拾うがいまいち理解できない。何処から拾うのだ?
試しにエルナにスキル拾いを使うと、頭の中で文字が表示された。
【取得失敗:スキル拾いの対象ではありません】
……駄目か。
しかし対象があると言う事は、何かからスキルを取得できると言う事らしい。
ひとまずスキル拾いを後回しにすると、今度はツボ押しをエルナに使う。
視界に四か所の赤い点が表示され、緑の点も同じ数だけ表示された。
「むう、上級になれば点の数が増えるという訳ではないようだな」
とりあえずエルナの脇腹にある緑の点を押してみると、その効果はすぐに訪れた。
「はぐっ!?」
眼を見開いたエルナは、寝室へと走って行く。
すぐに戻って来て本棚を閉めると、ドアを力強く締める音が聞こえた。
どうやらトイレへ入ったようだ。
数分後に戻ってくると、顔を赤くして枕で儂を殴る。
「便秘を解消してくれるならそう言って! 急に来たからびっくりしたじゃない!」
「す、すまん。まさか便秘解消のツボだったとは……」
謝罪の意味も込めて今度は肩甲骨の間にある緑のツボを押してみると、またもやエルナは目を見開く。
「なにこれすごい……力が溢れるみたいに調子が良くなったわ……」
「む、そこは血流の改善だったのか」
儂はツボ押し上級を考察する。
エルナを見るとその効果は跳ね上がっているように見えた。
とするなら赤い点を押した場合は、今まで以上に戦闘で重宝するかもしれない。 緑の点も押す場所を間違えないようにすれば、仲間のサポートもできるはずだ。うむ、悪くない。
「今後はエルナの背中のツボを押すようにしよう」
「それはいいけど、あまり脇腹は押さないでね……私がしてほしいときに声をかけるから……」
彼女の笑顔は堅い。
儂もあんなことが急に起これば遠慮するだろうな。すまんエルナ。
とりあえず儂は身支度をすると、畑へ行くために隠れ家から飛び出した。
一日中寝ていたとは不覚だ。
もしかすると今まで眠気が襲ってきた時も、同じように熟睡していたのかもしれない。
その代り、今まで以上に身体は引き締まり、肉体は強化されているように感じた。今ならモドキを片手で倒せる気がする。
しかし、これはほんの準備段階だと言う事に儂は気が付いていなかった。
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