十八話 二体目



 儂は倒したモドキを引きずりながら街まで戻ってくると、多くの冒険者に囲まれることとなった。


「すげぇじゃねぇか! おい、名前はなんて言うんだ!?」

「てめぇスカウトするつもりだろ!? コイツはウチが目を付けていたんだぞ!」

「ねぇ坊や、私たちのパーティーに入らない? 今ならパフパフしてあげるわよ?」


 ヒドイ騒ぎだ。

 儂はもみくちゃにされ、いろんなパーティーからスカウトの嵐に困惑していた。 特に女性冒険者のパフパフに心動かされそうになっている。

 ああ、パフパフなど最高じゃないか。


「散れー!! 真一は私の仲間なの!」


 空で爆発が起き、杖を掲げたエルナが怒気を放っていた。

 冒険者達は突然の出来事に我先にと逃げ出していく。


「お、おい、落ち着け。あまり魔法を連発すると良くないぞ」

「平気よ。私は魔力が多いもの。それより真一は私に何をしたの?」

「はて、何をしたとは?」

「真一が私の腰を押してからすごく調子がいいもの。魔法が使えるようになったのも、きっとあれが原因だと思うの」


 儂はしばし考察してみた。

 スキルツボ押しは、名前の通りツボを押すことが出来る。

 赤い点と緑の点で表示されることにより、悪いツボと良いツボを押すことが出来る訳だが、今度の黄色いツボは特別だったように思う。

 エルナは以前から初級魔法しか使えないことに悩んでいた。

 魔力があるにもかかわらずだ。

 分かりやすく考えるなら、先の詰まったホースだったのではないだろうか。

 だとすれば儂が突いたツボは“治療のツボ”だったと考える方が無難だ。

 もしそうだとすれば、かなり有能なスキルということになる。


「なぁに、気にするな。儂が勝手にやった事だ」


 そう言いつつ儂はエルナに恩を売る。

 五十六年も生きると悪知恵も働くようになるものだ。

 スキルのおかげか分からないが、ここはそうだと言っておく方が彼女の働きも違ってくることだろう。


「やっぱり! じゃあ私が魔法を使えるのは真一のおかげね!」


 彼女は儂に抱き着き「ありがとう!」と連呼する。

 儂の身体に胸が押し付けられ、柔らかい弾力が伝わってきた。

 むふふ、これは堪らんわい。


「真一?」

「オホン……さぁギルドへこいつを運ぶぞ」


 儂は若干興奮しつつモドキをギルドへ引きずって行く。

 危ない危ない、儂の一部が元気になるところだった。

 若さってのは場所を考えないから困る。


 モドキを引きずりながら歩くと、見かけた住人が儂とエルナに喝采をくれる。

 子供たちは「またホームレスだ!」と言ってキラキラした視線を向けていた。

 恐らくムカデの時のことを言っているのだろう。

 知名度は確実に上がっているようだ。


 ギルドの前まで来ると、やはり前回と同じ職員が仁王立ちしていた。


「またですか!? ちゃんと解体して持ってきてください!」

「そうなのだが、どう解体していいのか分からなかったのでな。丸ごと持ってきたのだ」


 そう言うと、職員は大きなため息を吐いて何かを諦めたようだ。

 何事も諦めが肝心とは言うが、若い者がそう簡単にあきらめてはいけないぞと言いたい。もちろん素直に従うつもりはないがな。

 

 ギルド裏の倉庫へモドキを運び込むと、さてどうしたものかと思案する。

 職員に言った通り解体の方法が分からないのだ。

 虎や鳥なら儂も経験はあるが、対象がトカゲともなるとやはり戸惑う。

 魚のようにまずは鱗から剥がすべきか、それとも腹を掻っ捌いて内臓を取り除くか。うーん、難問だ。


 そこへ一人の黒人男性が倉庫へやってきた。

 見た目は中年くらいだが、坊主頭に太い眉。

 身に纏う麻のTシャツは筋肉によって盛り上がり、明らかに素人ではない体格だ。それが証拠に腰には使い古された剣が装備されている。


「うははっ! こりゃあデケェ獲物を狩ったな! おい、お前らがホームレスとか言うパーティーか!?」


 男の言葉に儂は返答する。


「そうだがお前さんは?」

「俺はバドウェルってもんだ。このマーナの街のギルドを取り仕切っている」

「と言う事は支店長と言う事か?」

「正解だ。俺のことはバドって気軽に呼んでくれ」


 彼は儂の手を取って握手をしてきた。

 いきなりのフレンドリーな雰囲気に少し緊張する。

 儂も海外へ行ったことはあるが、どうも外国人のこうした雰囲気は馴染めない。 彼らの友好の示し方なのはわかるが、急にスキンシップを求めてくるのだ。

 まぁそのかわりだが、女性に堂々とハグできるのは嬉しい。

 取引先の女性社員が美人だった時は喜んだものだ。


「では早速バドと呼ばせてもらおう。支店長の君がどうしてここへ来たのだ?」

「そりゃあ簡単なことだ。この街を救った英雄の顔を見に来たのさ」


 彼はそう言って腰にぶら下げていた革袋を儂に手渡した。

 中を見ると金貨が三十枚ほど入っている。


「それは報酬だ。それに加え、ギルドからお前たちに評価も出した」


 更に懐から二枚のカードを出した。

 儂とエルナへ手渡すと、彼は近くにあった椅子に腰かける。


「これは?」

「そいつは冒険者カードって呼ばれている物だ。ランクが中級以上になると、ギルドから発行され身分証明書になる。記載されているのは名前や生年月日くらいだが、カードのランクによって受ける恩恵は変わるから失くさないようにしろよ」


 受け取ったカードは、銅色の名刺程度の大きさの物だった。

 表には儂の名前などが羅列されており、裏にはどこかが発行したなどや、ID番号のようなものも記載されている。


 そこでバドの言った言葉に気が付いた。


「ちょっとまて、と言う事は儂たちは中級冒険者になったと言う事なのか?」

「お前たちが初級冒険者と言う事は知っているが、モドキを倒したこの街の英雄に金だけというのは味気ないだろ? それにドラゴンモドキは上級冒険者でも手こずる相手だ。正当な評価だと俺は思っているね」


 バドは立ち上がると、モドキに近づいて大きな顔を軽く叩いた。


「コイツはこのままでいい。解体はギルドでさせてもらう」

「む、いいのか? ギルドの職員には解体して持って来いと言われたが?」

「はははっ! あの頭の固い職員か! あいつのことは気にしないでくれ! 本部から流されてきたばかりでこの街の事をよく知らないのさ!」


 バドは大げさに手を広げて笑う。

 流れてきたと言うのは、このマーナの街はローガス王国でも辺境に位置するからだ。

 首都である王都は遥か東にあるらしく、ギルドの本部も王都にあると思われる。


「では言葉に甘えて解体はギルドにお任せしよう」


 儂はバドに後を譲ると、そのままロッドマン武器店へ足を向けた。


「お、帰ってきたか! 聞いたぜ、ドラゴンモドキを退治したそうじゃねぇか! この街の英雄だな!」


 儂は適当な椅子に座るとロッドマンの言葉に首をかしげる。


「英雄とは随分な担ぎ方だな。儂はたまたま退治できたと思っているのだが」

「へっ、偶然でも必然でも討伐した者勝ちってよ! この街の危機を救ったのはおめぇらなんだ! もっと胸を張りやがれ!」


 ロッドマンの言葉にエルナが立ち上がった。


「そうよ! 私たちは英雄なのよ! そしていつか私は大魔導士になるの!」

「そうだ! その意気だ!」


 エルナとロッドマンは肩を組んで歌い始めた。

 ご機嫌なところ悪いのだが、そろそろ魔石の値段を教えて欲しい。


 呆れる儂の気持ちを余所に、店内に二人の陽気な歌が木霊した。



 ◇



 モドキを討伐した次の日、マーナの街へやってきた儂を冒険者達が取り囲んだ。 彼らの雰囲気は緊迫しており張りつめた糸のようだった。


「あんた達モドキを倒したホームレスってパーティーだろ!?」

「どちらでもいい来てくれないか! 緊急事態なんだ!」

「お願い! 来てくれたらパフパフしてあげるから!」


 儂はパフパフに生唾を飲み込む。

 何処かに行けばパフパフしてもらえるのか? それはどこだ? 早く案内してくれ。


「真一?」


 エルナの声に我を取り戻した。


「オホン……それで緊急事態とは?」


 冒険者の一人が儂に返答する。


「昨日とは別のドラゴンモドキが現れたんだ! しかも今度は一回りくらいデカイ! 昨日の今日で誰も動けなくて、誰かいないかってところでホームレスの名前が挙がったんだ! 頼む、討伐してほしい! じゃないとこの街が滅んじまう!」

「なに!? 別のモドキだと!?」


 儂は冒険者達に案内されて北側の外壁へやってきた。

 壁の上から周囲を覗くと、すでに多くの冒険者が戦っており地面には死体が散乱している。

 敵であるモドキは原っぱを猛スピードで走り、逃げ惑う冒険者達を追いかけていた。

 昨日のモドキとは違い、体は一回りも大きく走る速度は更に速い。

 太い脚が下されるたびに地面は抉れ、巨大な顔は無感情に人間を狙っていた。


「もしかして昨日のは雌だったんじゃ……」


 エルナの言葉にハッとする。


「そうか! 奴らは雄と雌で行動していたのだ! 儂らが雌を倒したから雄が取り戻しに来たんだ!」


 思いもよらない言葉に冒険者達はざわざわと騒めく。

 しかし儂はすでに腹が決まっていた。


「ねぇ真一、どうするの?」

「決まっている。もう一匹も退治するだけだ」


 儂の言葉にエルナは笑みを浮かべた。


「だよね。大魔導士エルナ様がこの街にはいるもの」

「そ、そうだな……」


 昨日からエルナは自分のことを大魔導士と言って五月蠅いのだ。

 隠れ家にある本を読んではニヤニヤしていたし、調子に乗るのはいいが失敗をしないか心配だ。


 儂とエルナは門から外へ出ると、すぐにバームの果実を咀嚼する。

 さらにスキルツボ押しを使い、視界に赤い点が表示された。

 エルナを見ると、昨日とは違い黄色い点は消えていた。

 やはり魔法が使えるようになったのは、ツボ押しのおかげだったのだろう。


「エルナ、準備はいいか?」

「大丈夫! いつでも行けるよ!」


 儂とエルナはモドキに向かって走り出す。

 外壁からは冒険者や住民からの応援の声が聞こえた。


 モドキは冒険者を追いかけて野原を駆け抜けると、次々に舌を伸ばして人間を飲み込む。まるで人がハエかバッタのような扱いだ。

 対する冒険者も逃げるだけではない、モドキの脇腹へ移動すると足や腹に剣を振るっていた。

 ガキィィンと金属音が響き、剣は弾かれる。

 雌もなかなかの防御力を誇っていたが、雄に限ってはその鱗の硬さは段違いのようだ。鉄の剣では歯が立たないように思われる。

 敵わないと判断した冒険者達はモドキに背中を見せて逃げ始めた。


「不味い! ブレスを吐こうとしているぞ!」


 モドキが口を大きく開いたのだ。

 その先には二十人ほどの冒険者が必死で逃げている。

 このままでは彼らが死んでしまう。


「大丈夫、私に任せて! フレイムウォール!」


 エルナの周囲に透明なオーラが現れ、瞬く間に杖に吸い込まれた。

 次の瞬間にはモドキと冒険者の間に真っ赤な壁が出現する。

 吐き出されたブレスは壁に当たり、炎が壁に吸い込まれていった。


「なんだあれ!? あれも魔法か!?」

「すごいでしょ! あれは中級魔法のフレイムウォールよ! 炎系のものなら何でも吸収しちゃうんだから!」


 壁は音もなく消えると、その間に冒険者達は街に辿り着いていた。

 その間に儂らはモドキの背後に回り込み、攻撃を開始する。


「先に私が魔法を放つわ! 真一は時間差で攻撃して!」

「分かった!」


 エルナが杖を構えると、その先から大きな火球が現れてモドキに直撃する。

 火魔法の上級フレイムバーストという魔法らしいが、これが最高位ではないそうだ。

 

 魔法と言うのはスキルと違って、条件を整えれば覚えると言うものではないらしく、生まれ持った魔法属性と才能により、ある日突然に使える魔法が増えるらしい。

 さらに魔法の階級は初級・中級・上級・特級とランク付けされており、特級を使える魔導士は一握りだそうだ。とは言え上級を使える魔導士も珍しい部類に入るらしく、なんとマーナの街ではエルナだけだというらしい。

 自分を大魔導士だと言いたくなる気持ちも理解できないわけではない。


 火球が直撃した場所はクレーターが出来ており、モドキは全身が黒く焦げていた。しかし、何事もなく目を開くとエルナに向かって突進を始める。


「キャー! 真一! どうにかして!」


 逃げ始めたエルナを尻目に、儂はモドキの背中へ飛び乗る。

 悪いがしばらく囮になってもらおう。


「さぁ、すぐに息の根を止めてやるぞ!」


 ツボへ剣を振り下ろそうとすると、モドキは急停止をする。

 急な動きに儂は前方に放り出され地面を転がった。


「うぐぐぐ……なにが起きた?」


 起き上がろうとすると、視界が暗くなり何かが儂の身体にのしかかる。

 すぐにモドキの足に踏まれたと気が付くと額から冷や汗が流れた。

 奴は雌よりも頭が良いようだ。

 圧し掛かる重量は強烈になり、儂の身体は地面に沈み込んで行く。

 軽く一tはあるだろう殺人的な重さだ。

 耐えている儂も驚きだが、このままでは圧死してしまう。


「くそぉおおお! こんなところで死ぬのかぁぁああ!」


 儂の抵抗はむなしくミシミシと壁が光を遮断していった。


 そして視界は真っ暗になった。




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