十七話 ドラゴンモドキ

 

 街を取り囲む外壁へ来ると、すでに兵士や冒険者達が攻撃を仕掛けていた。

 幾多の矢が放たれモンスターの身体に突き刺さる。

 魔導士たちは杖を振りかざし火球を直撃させる。

 しかし、草原を駆け抜ける怪物の動きを止められはしない。


 緑色の鱗に赤いまだら模様が毒々しい。

 その足は六本もあり、頭部は角もなくどこからどう見てもトカゲだ。

 縦長の瞳孔が周囲を観察するように、忙しなくぎょろぎょろと動いていた。

 全長約二十mもの怪物が土煙を上げ、猛然とこの街へ向かっていたのだ。


「あれがドラゴンモドキ? 大きいトカゲじゃないか」

「見た目はそう、でもドラゴンだと思った方がいいわ」


 確かに見た目はトカゲだが、その大きさは度肝を抜く。

 横幅だけでも大型トラック二台分は確実にあると思われ、さらに驚かされたのはその生命力だろうか。

 モドキの背中には数百本のも矢が突き刺さり、多くの傷跡が残されていた。

 普通の生物ならとっくに息絶えている筈だ。

 それでも奴に効いた様子は見られない。


「ドラゴンと言うのは、みんなああなのか?」

「ドラゴンは最強の種族よ。モドキとは比較にならないわ」

「そ、そうか……」


 ドラゴンとは会いたくないな。それにモドキともできれば戦いたくはない。

 そう思っていたが、エルナは弓を取り出すと弦を引いて矢を放つ。


「この街は私の大切な場所よ。決して破壊させたりはしない」


 風の矢が射出されると、軌道を変えながら回り込みモドキの脇腹に命中。

 爆発するように霧散し一部を抉った。

 これにはさすがに効いたのか、モドキは動きを止め痛みに悶える。


 それを見た兵士や冒険者達は歓声を上げた。


「次の作戦に移る! 近接戦闘部隊展開!」


 騎士のような人物が声を張り上げると、街の門から兵士達が現れ外壁周辺に整列する。

 そして、兵士達は槍を構えるとモドキに向けて走り出した。

 動きを止めたモドキの身体に兵士の槍が次々に突き刺さり、傷口からはワインのように真っ赤な血が噴出する。

 モドキが一際大きな声で鳴くと、口を大きく開き炎を吐き出した。


「不味いブレス攻撃よ! 逃げて!」


 エルナの叫びもむなしく、強烈な炎は兵士達を炭へと変える。

 吐き続けるブレスは、逃げ出した兵士をも薙ぎ払うかのように消していった。

 様子を見ていた儂とエルナは冷や汗をかく。


「おいおい……ヤバくないか」

「あのドラゴンモドキだよ? 簡単に勝てるわけないよ……」

「じゃあどうするんだ? 他にも兵士はいるのか?」


 彼女は首を横に振ると、儂の眼を見る。


「お、おい、儂に退治しろと言っているのか?」

「今からこの街に居る冒険者が戦うわ、そうなれば私たちもモドキと戦うことになる。もし倒せるとすれば真一しかいないと思うの」

「…………逃げるつもりはないのか?」

「真一が逃げても私は戦うよ。この街は故郷じゃないけど、沢山の大切な人たちが住んでいるの。このマーナの街が私は好きなの」


 儂は頭を掻いて苦笑する。

 56歳にもなってこんな冒険をするとは思っていなかった。

 あの東京の寒空の下で余生を過ごすつもりだったが、どうも運命というのは儂をそっとはしてくれないようだな。だったら日本男児らしく腹をくくるか。


「危なくなったらすぐに逃げろ」

「大丈夫、私は逃げ足は速いのよ」


 儂とエルナは互いに笑みを見せると、門へと走り出した。


 すでに門では多くの冒険者が集まっており、ざわざわと話し合いが行われている。戦いの前の作戦会議という感じだろう。

 そこへ人込みをかき分けて一人の女性が現れる。


「冒険者の皆様! 私はギルド職員です、緊急のご報告がありますので聞いてください!」


 ギルド職員だろう女性は、身軽に外壁の上まで行くと冒険者達に話しかけた。


「たった今、ギルドより緊急依頼を提示いたします! 討伐対象はドラゴンモドキ! 退治された方、もしくはそのパーティーには金貨三十枚の報酬をお渡しします! 戦った方々にも相応の評価をさせていただきますので、奮ってご参加ください!」


 おおおおおおおっ! 冒険者達が声をあげて喜ぶ。

 何処に居たのか分からない冒険者が街中から集まり、あっという間にお祭り騒ぎへと変じた。


「冒険者というのは現金な奴らだな」

「だって金貨三十枚よ? それに名声を得るチャンスだもの」


 エルナも例にもれず興奮したように杖を握りしめる。

 あれ? 弓はどうした?


「おい、お前は弓で戦うんだろ? どうして杖を出している?」

「何を言っているの真一。私は魔導士なんだから、杖を持っているのは当たり前じゃないい」

「……あくまで魔導士だと言い張るのだな」


 きっと周りの冒険者に触発されて、魔導士としてのプライドに火でも点いたのだろう。まぁ、すぐに弓に持ち替えるとは思うが、あまり無茶なことはしてほしくない。


「開門!」


 声と同時にがっちりと閉じていた門が開け放たれる。

 冒険者達は我先にと外へと飛び出し、ドラゴンモドキめがけて駆け出した。

 儂らも流れに任せて走り出すと、まずは回り込むようにモドキの背後へ移動を開始する。


「正面からと背後からの二手に分かれたみたいね」

「おい、エルナ。今のうちにこれを食べておけ」


 バームの果実をエルナに放り投げた。


「なにこれ?」

「感覚を高めてくれる果実だ。かなり役に立つぞ」


 儂も懐から果実を取り出すと走りながらむしゃむしゃと咀嚼する。

 数秒後には訪れる超感覚。

 冒険者達の息遣いや、モドキの心臓の音が手に取るように分かる。


「うわっ!? すごい! みんなの動きが遅く見える!」


 エルナもバームの果実の効果に驚いているようだ。

 儂は超感覚に加え、スキルツボ押しを使う。

 モドキに通用するか不安だが、ないよりはマシだ。

 そう考えたが、目に映るすべての生き物に赤い点が表示されて頭が痛くなりそうだった。

 肝心のモドキの身体にも四つの赤い点が表示され、密かに勝利への確信を感じた。


 一つだけ気づいたことがある。

 エルナを見ると、何故か腰の部分にが表示されているのだ。

 初めてのことで戸惑う。

 好奇心で言えば押してみたいが、もし赤い点と似たような効果があるのなら仲間を苦しめるだけだ。無意味である。

 エルナの腰へ向けていた視線を前方へと向けると、黄色い点を忘れる事にした。


「ぐぎゃぉぉおおお!」


 モドキは激しく暴れ、冒険者達を弾き飛ばす。

 中には大きな足に踏みつぶされ、潰れたトマトのような状態になったものもいる。

 それでも数人が果敢に飛びついては、背中で剣を振り下ろすも鱗を砕くだけで致命傷にはならない。しかも二撃目を繰り出す前に冒険者は次々に背中から振り落とされる始末だ。


 背後に回り込んだ儂らもようやく攻撃に加わわり、モドキの腹部にミスリルの剣を振り下ろした。


「ぐぎゃぁぉおおおおお!?」


 一撃は深々と刺さり、切り口から血液が噴き出す。

 どうやら儂の武器は他の冒険者と違って性能が良いようだ。

 チャンスだとばかりにもう一撃加えようとすると、奴の二番目の足に蹴り飛ばされてしまった。


「うぐっ……」


 地面を二回バウンドすると、なんとか立ち上がる。

 強烈な威力だったが、とっさにガードしたのが功を奏したようだ。

 つい六本足だったことを忘れていた。


「真一! 大丈夫――きゃ!?」


 エルナが駆け寄ってくると、儂はすぐに彼女を脇に抱えてその場から離脱する。 直後に先ほどまでいた場所は炎に包まれた。ブレス攻撃だ。


「不味い、奴は儂に標的を定めたようだぞ」


 振り向くとモドキは、冒険者達を次々に撥ね退け儂に向かって突進していた。

 恐らく、先ほどの攻撃に怒ったのだろう。

 街から引き離せるのは朗報だが、標的にされるのはいい気分ではない。


「真一、そのまま私を抱えて走って!」


 エルナは杖を構えると、魔力を練り上げ魔法を放つ。


「ファイヤーボール!」


 十cmほどの火球が出現すると、モドキに向かって飛んでゆく。

 そして、火球は頭部に当たって消えた。


「馬鹿! そんなものより弓を使え! お前は魔導士じゃなく弓使いなんだよ!」

「嫌! 私は魔導士なの! もう剣士や弓使いなんて嫌なの! 最強の魔導士になるって決めたの!」


 ジタバタと暴れ出すエルナに腹が立った儂は、これでも喰らえ! とばかりに腰の部分にある黄色い点を押してみる。

 

 もし赤い点と変らない効果でもお仕置きには最適だ。


「ひゃんっ――!?」


 エルナはびくんと身体を震わせると、急に死んだように静かになった。


「まさか死んでいないよな?」

「ふふふ……」


 エルナは不気味に笑う。

 彼女の身体から透明なオーラのようなものが現れ始め、周りの景色をゆがめる。握っている杖は小刻みに振動し、エルナ自身から圧力を感じた。


「お、おい、どうしたんだ?」

「かつてないほど魔力が漲ってる……」

「話を聞け! うわっ!?」


 儂を執拗に追いかけるモドキはブレス攻撃を放つ。

 ギリギリで避けたものの、エルナを抱えながらではいずれ当たってしまうだろう。


「真一、今こそ私の真の力を見せてあげるわ!」

「だったらこの状況を何とかしてみろ!」

「いいわ、私の魔導士としての華々しいデビューを見なさい! フレイムバースト!」


 透明なオーラが杖に収束すると、直径五mもの真っ赤な火球が出現し音もなく放たれる。

 そして爆発を起こし黒煙を上げた。

 爆風は地面を焦がし周囲の全てを吹き飛ばす。


「うわぁ!?」


 強烈な爆風が背後から当たり、儂はエルナと一緒に地面へと転んだ。


「いたたた……一体何をしたのだ?」


 起き上がると、エルナは顔から着地していた。

 心配して抱き起そうとすると、気味の悪い笑い声が聞こえる。


「くふふ……くふふふふ……」

「エ、エルナ? 大丈夫か?」


 彼女はバッと立ち上がると、モドキに向けて指をさす。


「どうだ、魔導士エルナの力を見たか!」

「あ?」


 ドラゴンモドキは全身が黒く変色し、ブスブスと煙を立ち昇らせていた。

 しかも爆発の威力はかなりのものだったのか、クレーターもできている。


「もしかして一撃で仕留めたのか?」

「これこそが上級魔法フレイムバーストの威力だ。さぁ、私に吐いた数々の暴言を撤回してもらおう」


 別に暴言を吐いた覚えはないが、魔導士じゃないという言葉を根にもっているのだろう。


「儂が悪かった。エルナは紛れもなく魔導士だ」

「くははははっ! 私の魔導士ライフが今、始まったのだ!」


 調子に乗るエルナを放置して儂はモドキへと歩み寄る。

 あの爆発ではさすがに死んだと思うが、トドメをしておかないと安心できない。


 至近距離まで近づいて違和感に気が付く。

 ドクンドクンと心臓の鼓動が今も聞こえているのだ。

 それに気が付いた瞬間、モドキは動き出しブレスを吐き出した。


「真一!?」


 エルナの声が聞こえた。

 走馬燈のようにこの世界での映像が思い出され、真っ赤な炎が儂の身体を焦がす。




 ――いや、焦がしているような気がした。だが、一向に熱さは来ない。


 眼を開けると、儂の周りだけ炎が消失していた。

 真っ赤な空間の中で儂だけが平然と立っているのだ。


 ニヤリと笑う。


 儂のローブは魔法を無効化することはすでに知っていたが、どうやらブレス攻撃は魔法だったようだ。だとするなら、もう怖い物はない。


 今も吐き続けるブレスを直進し、モドキの口へ剣を突き刺した。


「ぎゃぉおん!?」


 ブレスが消えると、一気に跳躍しモドキの背中へ飛び移る。

 ここからが本領発揮だ。

 

 黒く焼け焦げた鱗を踏みしめ、背中にある赤い点へ剣を突き刺す。

 鱗を砕きミスリルの剣は深々と刀身を沈めた。

 肉が断裂する感触や音が聞こえ、モドキは激しく暴れるが、儂は必死で剣を掴む。


「今、助けるから! フレイムチェーン!」


 じゃらららと音が聞こえると、モドキの身体に赤い鎖が巻き付く。

 エルナが魔法で加勢してくれているようだ。


「これで終わりだぁぁあ!」


 剣を一気に引き抜くと、跳躍しモドキの頭部に剣を突き立てた。

 流石のドラゴンモドキでも脳を破壊されれば生きてはいられまい。

 予想通り奴は動きを止めると、糸が切れたマリオネットのように地面に横たわった。


「やったね! 真一! 私たちモドキに勝ったんだよ!」


 剣を突き刺したまま座り込む儂は、はしゃいでいるエルナを見て苦笑する。

 正直、ローブがなければ死んでいたのは儂だ。


「お前は一体なんなんだ?」


 儂は自身が纏う黒きローブに向けて呟いた。





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