十六話 街に何かがやって来た
倉庫に見知らぬ男がやって来て、ジロジロと二股ムカデを眺めはじめた。
見た目は初老だが、白人男性と言う事もあってか妙にダンディな雰囲気を纏っている。
髪と髭は白髪が混じっており、無精ひげという訳ではなくきちんと整えられていることが分かった。身体には橙色のローブを纏い、その手には杖が握られていることから魔法使いだと察する。
「ふむふむ、非常に状態がいい。なにより予想よりも素材が多いのはありがたい」
男性がブツブツとそんなことを言っているので、儂はすぐに懐から依頼書を取り出して確認した。依頼者はダフィーという人物らしいが、詳細は載せられていない。
「一つ尋ねるが、貴方はもしやダフィーと言う人物か?」
「ん? その通りだが君は?」
「儂はこの二股ムカデの依頼を引き受けた田中真一だ。そこに居るのは仲間のエルナ」
自己紹介をすると、男性は儂の手を取って力強く握手をする。
「ありがとう。君がこんなにも多くの素材を持ってきてくれたおかげで、私は患者を助けることが出来る」
「患者? もしやこのムカデは薬になるのか?」
「そうなのだ。このアイスピードの甲殻がとある病に効くらしいのだが、珍しい魔獣でなかなかお目にかかれないのだ。幸いこの街のダンジョンには三階層に亜種が居ると聞いたもので、ずっと依頼を受けてもらえる者を待っていた」
「そうだったのか……」
詳しい話を聞けば、どうやら隣町に難病にかかっている少女が居るそうだ。
医者である彼は一ヶ月以上もこの街に滞在し、依頼が達成される日を待っていたとか。
儂は医者の熱意と、苦しんでいる少女が助かるという話に胸を打たれた。
「ではこれが報酬だ」
彼から革袋に入った報酬を受け取るとすぐに中を覗く。
確かに報酬は依頼書通りの額だ。
数枚の銀貨を抜き取ると革袋を彼に返した。
「んん? これはどういう意味だね?」
「医者と言う事は、この依頼料も患者の家から支払われているということになるのだな? ならば儂は半額でいい。残った金で患者に栄養のある物を食べさせてやってくれ」
「しかし……これは正当な報酬だ。ましてやこれだけの素材を持ってきてくれた君に申し訳ない」
「つべこべ言うな。儂はそうすると決めたのだから、これ以上は受け取るつもりはない。行くぞエルナ」
儂はエルナを引き連れて倉庫から出て行く。
去り際に医者がお辞儀をしているような気がしたが、それよりも難病の女の子が助かればと心で願う。
「真一、良いところあるじゃない」
ニヤニヤと声をかけてくるエルナはなんだか嬉しそうだ。
「儂は病の少女が不憫に思っただけだ。それにあの医者に恩を売っておけば、後あと助かることもあるかもしれんからな」
「へぇ素直じゃないね。本当は全額返したかったって顔をしているよ?」
むむ、顔に出ていたか?
儂としては全額返したかったが、流石にそれは不味いと思ったのだ。
かといって報酬をそのままもらうのも遠慮したかった。儂の気持ちが許さない。
「いつまでもニヤニヤしていないで帰るぞ」
「はーい」
儂とエルナは街を後にしてダンジョンへと帰宅した。
◇
いつものように儂は畑で農作業をしていた。
依頼を受けて三日が経過したが、特に変わったことはない。
いや、一つだけあったな。
儂の肉体がさらに強くなったと言う事か。
そして、ステータスも成長を見せた。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス
職業:冒険者
魔法属性:無
習得魔法:なし
習得スキル:鑑定(上級)、ツボ押し(中級)、剣術(中級)、斧術(初級)、槍術(初級)、弓術(初級)、体術A(初級)
とうとう鑑定が上級に達したのだ。
しばらくステータスを見ていなかったので、まったく変化に気が付いていなかったことが悔やまれる。
あとは剣術が中級になった事だ。
その他にも数多くスキルが追加されているが、実はこの辺は予想がついていた。
儂は剣の訓練の他にも、最近では斧や槍などを練習している。
オールマイティーにこなせるほうが、戦いを有利に運べると考えたからだ。
それにスキルという簡単に技術が身につく
体術に関しては身に覚えがない。
もしや戦闘中に使った蹴りやパンチが反映されたのかもしれない。
ただ“A”という部分に興味がそそられた。
儂の知り合いで格闘技を好む経営者がかつていたのだが、武術には蹴りやパンチの他に関節技や投げ技などがあると教えてくれた。
そんなことを思い出すと、スキル体術にはいくつかの種類があってもおかしくはないと思うのだ。そう考えると体術Aというのは理解できる。
きっと体術Bもあるのだ。
そして、注目すべきは職業がホームレスから冒険者に変わった事だ。
とうとう儂は職についたのだ。
ただし、種族がホームレスだから何も変わらない。
「このハサーイって美味しいのよね~」
草むしりをしていた手を止めると、エルナの方を見る。
今は山積みとなった野菜をリュックに詰めているが、ハサーイを掴み嬉しそうな表情だ。
「なんだ随分と珍しそうな言い方だな。ハサーイくらい地上にもあるだろ?」
「分かってない! 真一はこの場所のすばらしさが分かってないよ!」
「お、おう……」
突然、怒り始めたエルナに儂は目を白黒させる。
「真一は地上の市場を見て何か思わなかった?」
そう言われてみれば、地上の市場にはここにある野菜が売られてなかった。
時期的なものが関係していると思っていたが、違うのだろうか?
「ここにある野菜や果物はどれも高級食材よ。手に入れようとすれば遠くの国へ行かないといけないの。でもここはそんな野菜達が一緒に育つわ。しかも時期なんて関係なく成長も早い。ここがどれほどすごい場所か分かっておかないと、きっと奪いに来る人がいるはずよ」
むぅ、奪われるのは非常に困る。
儂は此処で生活することを楽しいと感じているのだ。
エルナの言う事はもっともだ。儂もこの場所のことはもっと口を固くしておいた方がいいな。
「ありがとうエルナ。うっかり誰かに言ってしまうところだった」
「ふふん、そうでしょ? 私は頼れるパートナーだからね」
そう言いつつエルナはモモンの実を木からちぎって齧りだした。
おい、つまみ食いをしていないで仕事をしろ。
儂はエルナを見ていて閃いた。そうだ鑑定上級を試してみるか。
【鑑定結果:エルナ・フレデリア:フレデリア家の次女。魔導士としての血統は最高だが、初級魔法しか使えず、ポンコツ魔導士としてマーナの街では有名である】
【ステータス】
名前:エルナ・フレデリア
年齢:19歳
種族:エルフ
職業:冒険者
魔法属性:火・光
習得魔法:ファイヤーボール、ライト
習得スキル:弓術(中級)、地獄耳(初級)
「やった! 見えた!」
儂は思わず飛び跳ねた。
とうとう他人のステータスも見ることが出来たのだ。
しかしエルナのステータスは何とも言えないな……。
弓が辛うじて戦力になるが、やはり元々魔導士として鍛えていたことが原因だろう。
使える魔法も一度だけ見せてもらったことがあるが、ファイヤーボールは十cm程度の火の玉が出るくらいだし、ライトに至っては照明専用だ。
ふと、見慣れないスキルに目をやると、地獄耳とあった。
まさかと思うがあの地獄耳だろうか? まさかなと思いつつエルナの耳を見ると考えを改める。
彼女の耳は大きいのだ。こんなスキルがあったとしても不思議ではない。
「ねぇ、さっきからなにを喜んでいるの?」
「いやな、他人のステータスが見えるようになったみたいだから喜んでいるのだ」
「え!? 他人のステータスが!? ひょっとして……」
彼女は顔を真っ赤にして木陰に隠れた。
「真一のエッチ! 他人のステータスはむやみに見るものじゃないのよ!」
「む、そうかそれは悪かったな。一つ聞くがスキル地獄耳はなんなのだ?」
木陰に隠れつつエルナは答えてくれる。
「地獄耳って言うのはエルフに多く現れるスキルよ。発動時には聴覚が二倍になるから、索敵には重宝するの」
「だがステータスには初級と書いてあるが?」
「そりゃあランクアップすれば、さらに聞こえる範囲が広がるわよ。でもスキルって言うのは使わないと成長しないし、成長度合いも才能なんかが関係しているから、必ずしもランクアップするとは限らないみたいだけどね」
「ほぉ、やはりスキルは使ってこそ光るのだな。面白い」
鑑定をやめると、未だにエルナは顔を赤くしていた。
心なしか眼も潤んでいる。
「真一は私のステータスを見ちゃったのね……」
「うむ、見たな。代わりに儂のも見るか? ステータスを開けば他人でも見ることはできたはず」
儂はステータスを開くとエルナに見せてやる。
「うわぁ、すごい。騎士並みのステータスじゃない。あれ? 種族がホームレスになってるよ? 年齢の横にも年齢の記載があるし……」
「よく分からんが儂はホームレスという種族らしい。56歳というのは精神年齢だな。実年齢より中身は老けていると思ってくれ」
「ヒューマンじゃないんだ……中身は私よりも年上だし……」
エルナはステータスを見ながら何故だか嬉しそうだった。
変わった奴だと思う。
ステータスの見せ合いを終えると、収穫した野菜を担いで隠れ家へと戻る。
そのあとはすぐに出発の準備をして装備を整えた。
今日は地上へ行く日だ。
◇
「これで全部だ」
儂は背負ってきたリュックから大量の魔石をカウンターへ乗せた。
赤や青や緑の色とりどりの石が、山積みとなりキラキラと光りを反射する。
ここはロッドマン武器店だ。
以前に魔石を持ってきて欲しいと言われたので、今日は倉庫の整理もかねて一気に処分する事にした。
その数は二百三十五個。
「こりゃあまぁ随分な数だな。考えていたよりも桁が違っていたみたいだ」
「買取はダメなのか?」
「いやいや、むしろ多い方がこっちも嬉しい。魔石ってのは消耗品って話をしただろ? だいたい五cm程度の石は使い続けりゃあ一ヶ月で消えちまう。それにこういうのは質が悪いし、予想よりも早く消費しちまう時もあるのさ。そんな時の為にみんな買い込んで行く」
ロッドマンの話に儂は関心をもった。
質が悪いと話が出たが、質が良い魔石とはどのような物を言うのだろうか。
「質の良い魔石はどんな感じなんだ?」
「おう、質のいい物になると透明度が高くてキラキラ光るって噂だぜ。まぁ世の中には質が高い上に、拳よりデカいサイズもあるらしいからな、それくらいになるといくら使ってもなかなか減らねぇって話だ。二千年くらいは保つんじゃねぇか?」
儂とエルナはギョッとした。
隠れ家のコンロはまさにそのクラスの魔石だからだ。
エルナですら「大きな魔石だね。しばらく交換しなくて済むよ」なんてのんきなことを言っていたくらいだ。
生唾を飲み込みつつロッドマンに質問する。
「も、もしそのサイズの物を見つけて売れば、どれくらいになるだろうか?」
「あ? そうだな……国宝級じゃねぇか? ウチでは買い取れねぇよ」
ここここ、国宝級!? 儂、普通に使っているぞ!?
「国宝級……」
エルナが黒い笑みを見せる。きっと金になると歓喜したのだろう。
あとで売らないように説得しないといけない。
「まぁちょっと待っててくれ。すぐに鑑定を終わらせるから」
ロッドマンは魔石をルーペで覗き込むと、すぐに紙にサラサラと書き込む。
見た目はブルドッグだが仕事ができるオーラを纏っている。
今後とも彼とは仲良くしたいものだ。
「こっちだ! 早く集まれ!」
外から慌ただしい声が聞こえ店内から覗くと、大勢の人がどこかに向かって走っていた。兵士や冒険者がほとんどのようだが、その表情は張り詰めた緊張感を感じさせる。
「ロッドマン、外が騒がしいようだぞ」
「あん? ああ、もしかすりゃあ“ドラゴンモドキ”が来てんじゃねぇか?」
「ドラゴンモドキ?」
儂は首をかしげるも、エルナはよほど驚いたのか眼を見開いたまま固まった。
「少し前からこの街に近づいているって噂を聞いてた。多分、冒険者か兵士が何とかしてくれるとは思うが、今さら逃げても遅いしな。上手く撃退してくれりゃあ助かるんだがよ」
ロッドマンは魔石を鑑定しながら話をしているので、儂の質問には答える気はないようだった。その代り再起動したエルナが疑問に答えてくれた。
「真一、ドラゴンモドキって言うのは、ドラゴンに似た大型のトカゲの事よ。性格は凶暴で人間を好んで食べる厄介な魔獣なの。以前、この街へモドキがやってきた時は百人以上の冒険者と兵士が殺されたわ」
「そう言う事か。地上にも手強いモンスターが居るのだな」
儂はスッと立ち上がる。
「ロッドマン、儂はそのモドキとやらを見てくる。金は後から貰いに来るので用意しておいてくれ」
「おう、モドキはブレス攻撃をしてくるから気を付けろよ」
「うむ、気を付ける」
儂とエルナは店を飛び出し、兵士達が向かっている方向へと足を進めた。
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