十五話 モンスター退治
エルナは儂の胸倉をつかむと怒り狂う。
「ホームレスなんて恥ずかしくて名乗れないじゃない! どうしてそんな名前にしたのよ! ああ、やっぱり私が記入すればよかった!」
「そんなに慌てることか? 儂もお前も住む場所はあるが、実際にホームレスではないか」
儂がそういうと「いやー!」と今度は耳を塞いで叫ぶ。騒がしい奴だ。
ホームレスとパーティー名を申請したが、面白いことにこの世界でもホームレスという言葉は存在する。
意味もほとんど同じなのだが、若干異なっていることも名前として選んだ理由だ。
地球ではホームレスとは家がなく路上や公園で生活する者をそう呼ぶ。
そう考えると今の儂はホームレスではないのかもしれない。
しかし、この世界のホームレスというのは“流浪者”という意味を持つ。
要するに住所を定めず所在不明者がホームレスと呼ばれているのだ。
そうなると儂は確実にホームレスである。
実にカッコイイではないか。流浪者だぞ?
儂は時代劇は好きだし、かの有名な“るろう〇剣心”も読んだものだ。
まさに男のロマンだな。
「まぁ落ち着け。ホームレスという名前が有名になれば、だれも気にしなくなるものだ。それに少々インパクトがあった方が依頼も増えると儂は思うぞ?」
そう言いつつエルナを説得すると、ようやく彼女はヤル気に満ちた目で復活した。
「そうね! 私が有名になれば名前なんてどうでもいいわよね! ヤル気が出て来たわ!」
「そうだそうだ! それでいいぞエルナ!」
「じゃあ新しい依頼を受けてくる!」
「待て! 今日は……!」
止める間もなく彼女は掲示板へ走っていった。
今日は依頼を受けるつもりじゃなかったのだが仕方がない。
機嫌を悪くするよりマシだろう。
◇
昼食を終えた儂とエルナは、引き受けた依頼を達成するためにダンジョンへと向かった。
「なぁエルナ。結局、どんな依頼を受けたんだ?」
儂はエルナの後ろから声をかける。
すでにダンジョンに入って二階層だが、エルナは地図を見ながら黙々と先を急いでいた。
「行けば分かるわ。真一は実力があるからきっとすぐに終わるはずよ」
「そうなのか? 他の冒険者をよく知らないから儂がどの程度なのか不明だが、達成できると踏んでいるのならそれに従ってやろう」
「はぁ、本当に真一って何処から来た人なの? 自分の実力は分かってないし、言葉も通じなかったし、基本的な事は無知だし、ダンジョンに住んでいるし……ダンジョンに住んでいるし」
「なぜ二回言う? そもそも儂がダンジョンに住んでいるのは、あそこが住みやすいと感じたからだ」
エルナは呆れた表情を見せて再び地図に目を向ける。
彼女には遠い国からやってきたと言ってある。
なので地球の事や生前のことなどは一切話はしていない。
話したところで理解をしてもらえるとは思えないからな。
秘密がある男はカッコイイと思うのだ。ククク。
それに別世界へ来たとはいえ、今までの生活を急に変えようとは思えない。
儂は狭い人間社会に嫌気がさしたからこそホームレスになったのであって、人間を嫌いになった訳でもなければ死にたいと思ったわけでもない。
もちろん田舎に移住して農作業でもすればよかったのかもしれないが、生まれ育った東京を離れる気にもなれなかった。ようするに儂は半端者という訳だな。
「真一! 魔獣よ!」
エルナの声で儂はすぐに剣を抜いた。
「ぢゅうう!」
グレイヴラットと呼ばれる灰色の
こいつらはモヘド大迷宮の、二階から四階まで出てくる死肉を好む魔獣らしい。 性格は臆病で、一匹では逃げ出すが二匹以上になると攻撃を仕掛けてくるという面倒な生き物である。
体長は大体三十cmほどだが、大きい物になれば一mを超えるのだとか。
「さぁ、真一の出番よ!」
エルナはささっと儂の背後に隠れると、後ろからグイグイと背中を押してくる。 あとで説教だな。
「せいっ!」
鼠は呆気なく切り殺され、残り二匹もとびかかってくるものの、躱しつつ二匹を空中で両断した。手応えのなさに闘争心はすぐに消えて行く。
「もう少し強い敵と戦いたいものだ……」
「やっぱり真一は強いわ! 動きが全く見えないもの! 確実に中級冒険者くらいの実力はあるわ!」
「前々から思っていたが、上の冒険者はどれくらいの強さなんだ?」
エルナは少し考えてから話し始めた。
「冒険者は初級・中級・上級・特級・マスター級って分かれていてね、特級になるとダンジョンを踏破するくらいの実力を備えているわ。その上のマスター級はダンジョンを踏破、もしくはギルド委員会から認められた者だけが名乗ることを許されていて、世界でも数えるくらいしかいないそうよ」
「ギルド委員会?」
「ギルド委員会は、ギルド内にある上級組織よ。運営や方針などを決めるらしいからギルドの支配者たちと考えた方がいいわ」
聞けば聞くほどギルドと言う組織は面白い。
地球にはなかった冒険者という職業もそうだが、その母体であるギルドもやはり謎に包まれているようだ。
なんせギルドは国から独立した組織だというのだから奇妙である。
やはりこの世界は好奇心を掻き立ててくれる。
再び歩きだした儂とエルナは三階層へと到達した。
「そろそろ出てくるはずだわ……」
「それで依頼は何なのだ? そろそろ話してくれてもいいだろう?」
「そうね、隠す必要もないし言うけど、三階層でよく出没する魔獣が居るらしいの。そいつの素材を欲しいって依頼者が居て報酬も高めなのよ」
「……儂が聞きたいのはそこじゃない。どうしてそれを選んだのかだ」
儂が問い詰めると、エルナは言いにくそうな表情を見せる。
やはり一癖ありそうなものを見つけてきたのだろう。
そうでなければ報酬が高いなどおかしい。
「えっと……私もこの依頼が張り出されているのは前々から知っていたんだけど……危険だからだれも受けないというか……無視していても問題ないからというか……」
「早く言え。どんな奴を相手にするのだ」
「この三階層には“二股ムカデ”って言うのが居て、性格は温厚でこちらから攻撃しないと襲ってこない魔獣なの。でも怒らせると凶暴だし、今まで依頼を引き受けた人たちも帰ってこないから…………ね?」
なんだその“言わなくても分かるでしょ”みたいな説明は。
そりゃあ危険な魔獣だが、放置してもいいのなら誰も受けないだろう。
それにだが報酬も三階層にしては高めというレベルと思われる。
だったらあえて無視をして、さらに下の階層で値段の良い魔獣を狩った方が効率がいい。
しかし、儂は興味をそそられた。
二股ムカデなどと言う魔獣を見てみたいのだ。
それにムカデの肉というのも食べてみたい気もする。
「いいじゃないか。二股ムカデを狩ってやろう。奴が居る場所へ案内してくれ」
「さすが真一ね! これでホームレスは有名になるわよ!」
有名になるのか? と儂は首をかしげたが、とりあえずエルナの案内する方向へ足を進めた。
一時間ほど歩くと、空気が冷たく感じ始めた。
床には薄い氷が張られており、パリパリと踏むたびに音がする。
疑問を感じた儂は先を進むエルナへ質問した。
「どうしてこんなに寒いのだ?」
「そりゃあそうよ。二股ムカデは氷属性の魔獣だもの。無知な真一に説明をしておくけど、魔獣や魔物って言うのは魔法を使う生き物の事をそう呼ぶからね?」
「ん? じゃあ魔法を使わない生き物は何というのだ?」
「普通に動物って呼ぶわよ。家畜やペットが部類に入るけど、その他にも魔法が使えない動物は結構いるのよ? その辺りを勘違いしないでね」
ふむ、儂はてっきり魔獣や魔物とやらがこの世界では一般的な動物だと思っていたが、どうも一線を引いた生き物のようだ。やはり摩訶不思議な世界だと思う。
「そろそろね……」
エルナは地図を仕舞うと弓を手に取った。
すでに通路は冷凍庫のように冷たく、天井にはつららも確認できる。
さらに進むとドーム状の部屋へと行き着いた。
「いたわ!」
彼女が指さした方向には大きなムカデが居た。
全長約十五mもあり、横幅は一mほど。
体は堅い甲殻に覆われ、全体的に青い色をしている。
すぐに鑑定を使ってみた。
【鑑定結果:アイスセンチピード(亜種):アイスセンチピードの亜種とされており、属性は氷である。数はそれほど確認されておらず、珍しい魔獣である】
ほぉ、珍しいのか。
だったら放置するのは惜しいと思うのだが、あえて無視をした方がいいというのも気にかかる。とするならエルナはまだ何か隠しているのかもしれんな。
「さぁ、戦うわよ!」
弓を引き絞ると、風の矢が出現し二股ムカデの目に射出された。
「ぴぎゃぁぁああああああ!」
不快な鳴き声が部屋の中で木霊すると、ムカデは儂を狙って動き出した。
スピードは考えていたよりも速く、薄氷の上をすべるように動く。
儂もすぐに剣を抜いて切りかかろうとするも、足元がつるつると滑り体勢が維持できない。
「ちょ、真一! 何しているの!」
エルナは矢を放ちムカデをけん制する。
「あああ、足元が滑ってそれどころじゃない! 少しだけ時間を稼いでくれ!」
必死で床に剣を突き立てて体制を整えようとするが、この部屋の床は異常に足が滑るのだ。恐らく今までの冒険者達もこの床でやられたのだろう。
このままではまずいと思い、懐から火属性の魔石を取り出す。
「これで何とかしてくれ」
剣の柄の黄色い魔石を取り外すと、赤い魔石をはめ込んだ。
すぐに魔法陣に触れると、刀身から炎が噴き出る。
みるみるうちに床の氷を溶かし、部屋の中は熱気で充満した。
「よし! これで戦える!」
すぐに走り出すと、ムカデに袈裟切りをお見舞いした。
――が、甲高い音を立てて剣は弾かれた。
「ぴぎゃぁぁぁああ!」
攻撃されたムカデは儂に顔を向けると、口から強烈な冷気を放出する。
床は凍り付き、儂の周囲は氷柱が覆っていた。
「真一!?」
エルナの声が聞こえる。
だが、儂の纏う黒きローブがその力を発揮した。
氷はローブの力によって消失してゆき、何事もなかったかのように消え去った。 その様子を見たエルナもムカデすらも驚きで身体が硬直する。
すかさずスキルツボ押しを使うと、ムカデの頭部に一つずつと背中の辺りに二つほど赤い点が表示された。
果たして甲殻の上から効果があるのか? そんなことを思いつつ儂は背中の赤い点に剣を突き立てる。
メキッと甲殻は砕かれ、剣の先端がムカデの体内へ埋没した。
まさに“弱点”だったのだろう。
「ぴぎゃぁぁあああああああああ!!」
ムカデは激しく暴れる。
剣を握ったままの儂は暴れ馬に乗っているかのように激しい揺れに耐える。
まだトドメをしていないからだ。
「喰らえ!」
柄の魔法陣を触れると、刀身から炎が一気に噴き出した。
炎はムカデの体内を焼き、全身から沸騰したように泡が現れる。
妙に嗅ぎ覚えのある臭いが鼻を刺激し、ムカデの甲殻は赤く変色した。
ムカデが息絶えたと思う頃に剣を抜き一息ついた。
「やった! 真一すごいじゃない! どうやって魔法を防いだの!?」
駆け寄ってきたエルナは、キラキラした目で儂に質問を繰り返す。
「たいしたことではない。このローブが魔法を防いでくれたのだ」
「ローブ?」
儂がローブを見せると、エルナはジロジロと観察し始める。
「うーん、高等魔導士の物かしら? それにしても魔法が消えるなんて現象は初めて見たけど…………」
うーんうーんと唸り続ける彼女を余所に、儂はムカデの甲殻を剥がして焼けた身を口に入れてみる。
「やはりか……ムカデを食べたのは初めてだが、味はカニに近いな。なかなか美味い」
むしゃむしゃとムカデを食べると、エルナは儂を見て苦悶の表情だ。
「よくそんなの食べようと思えるわね。気持ち悪くないの?」
「見た目は悪いが、なかなか美味だぞ? お前も食べてみろ」
「遠慮しておくわ……」
そう言いつつもムカデを触ることには抵抗がないらしい。
エルナは甲殻を剥がし依頼された素材を調達していた。
「そんなことをせずにすべて運べばいいじゃないか」
「あのね、こんな大きな物をどうやって運び出すのよ。冒険者ってのは依頼された物をギルドに……」
儂は大きなムカデを担ぎ上げた。今の儂にとってこれくらいは軽い。
「ほら、いくぞ」
「う、うん……」
何か言いたそうな表情だが、ギルドに持って行ければ文句はない筈だ。
それに依頼者も沢山の素材が手に入って嬉しい筈だと儂は思う。
そう思って地上まで出ると、ダンジョンへ入ろうとしていた多くの冒険者達は儂に驚いていた。まぁ大きなムカデを引きずりつつダンジョンから出てくれば誰だって驚くだろう。
「ほら、みんな驚いているじゃない」
こそこそと話しかけてくるエルナは恥ずかしそうにしていた。
確かに人の目を集めているが、そもそもそれが目的ではなかったのか?
有名になるとはそう言う事だと思うのだが。
「小さなことは気にするな。それにホームレスの名が知られるには、これくらいしないとインパクトが足りないだろう?」
「そ、そうね。真一の言う通りかもしれないわ。インパクトが大事だもの」
エルナは儂の言葉に簡単に丸め込まれた。実にチョロイ娘だ。
この子の行く先が非常に心配である。
街へ入ろうとすると、門番である兵士に止められた。
「待て待て、それをどこへ持ってゆくつもりだ?」
「へ? そりゃあギルドに決まっているじゃないか」
「そ、そうか……しかし大きいな。ダンジョンにはこんな生き物が居るのだな……」
「それじゃあ」
兵士はムカデを見ながら感心していた。
やはり魔獣を丸ごと持ってくる冒険者は珍しいようだ。
儂も三階層でなければ、素材だけにしていたかもしれないからな。
街の中を歩くと、人々が足を止めて儂を見物していた。
子供たちは「スゲースゲー」と連呼して儂の後ろについて来る。
それに何度も「どこのパーティーなの!?」と聞いて来るのだ。
そのたびにホームレスと名乗った。
ギルド前に到着すると、入り口の前に仁王立ちするギルド職員を発見する。
赤毛に整った可愛らしい顔の女性だが、眼は吊り上がり怒っている様子だ。
「魔獣を丸ごとなんて困ります。とりあえずギルドの裏に運び入れてください」
「悪いな」
職員の指示に従い、ギルドの裏へ行くと木造の倉庫があった。
なんとか倉庫内へ運び入れると、儂は一息つく。
「いい運動になったな」
リュックから水筒を取り出すと水を飲んだ。だが、職員は怒り顔だ。
「普通は素材だけを持ってくるものです! こんなにあってもギルドが困るだけです!」
「言い分は分かるが、依頼者はもしかすると他の部分の素材も欲しいかも知れないではないか。ギルドと言うのは依頼者を無下にするものなのか?」
「うっ……」
職員は痛いところを突かれたという感じだ。
しかし儂は間違ったことを言ったつもりはない。
仕事というのは命令されたことだけをするのではない。
そこからさらに発展させてこそ、良い仕事をしたといえるのだ。
顧客が何を求めているのかを探るのは当然ではないか。
それに依頼者が他の素材を必要ないというのなら、後は儂が処理するだけの話。 ギルドに迷惑をかけるとすれば、倉庫を借りるくらいだ。
「わ、分かりました! では今後はこういったことがあれば、倉庫に運び込んで下さい! 私はもう知りません!」
職員はプンプンと怒りながら倉庫から去っていった。
そんな姿を見て内心で笑う。
儂が経営していた会社にも居たものだ。
ああいう常識を破ることに過剰反応を示す社員が。
「やっぱり良くなかったのかな……」
エルナはしょんぼりとしていた。
「気にするな。何が良かったのかは後から分かるものだ。自信を持て」
「うん……」
そんな話をしていると、倉庫に一人の男性が入ってきた。
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