十四話 冒険者パーティー
店の中へ入ると、ブルドッグのような強面の店主がキセルを吸ってぼんやりとしていた。
吐き出す白い煙は、天井に向かって形を変えながら消えて行く。
そんな姿を見て父親を思い出す。
儂の父は随分なヘビースモーカーだった。
父は小さな会社の社員だったが、毎日休まずに出社し帰って来ては煙草を吸っていたものだ。幼いながらに父の吐き出す煙が魔法のようだと思っていた。
だがある日、父は肺がんだと診断され数年後に病院で息を引き取った。
儂は父のようにはなるまいと煙草は吸わなかったが、父の姿だけはずっと脳裏に焼き付いている。だからこそ店主に懐かしさを感じるのだろう。
店主は儂とエルナが来たことに気が付き笑みを浮かべる。
「おお! 田中君じゃないか! また武器を持ってきてくれたのか!?」
「うむ、買い取りをお願いしたい」
廃棄場で回収した武器をカウンターへ置いて行く。
ここは武器屋であり、四日ほど前から何度も足を運んでいる場所だ。
儂が回収した武器や防具を、安値ではあるものの買い取ってもらえるありがたい店である。
店主は武器を鑑定し始めると、次々に値段を紙に書き込んで行く。
その作業は手慣れたものだ。
店主の名前はロッドマン。このロッドマン武器店の三代目店主らしい。
見た目はブルドッグのように頬が垂れさがり皺も多い上に、頭部は壊滅的に禿げ上がっている。唯一残った髪は両側頭部と後頭部だけだ。
服は緩やかな薄いブルーのものを着ており、本人によれば同じ服があと十着はあるのだとか。
儂とエルナはロッドマンの鑑定を見ながら、店内にある椅子に座ってしばし待つことにした。
「ロッドマンはやはりスキル鑑定を使って値段を見ているのか?」
「んあ? そりゃあ持ってはいるが、値段までは見れないからな。こういうのは経験で決めるもんさ」
「ちなみにスキル鑑定のランクは?」
儂が気になったことを質問すると、ロッドマンは指を軽く振って拒否を示した。
「スキルの内容は企業秘密だ。それにあまり他人にスキルの内容を聞くもんじゃないぞ。聞きたがる奴は嫌われるからな気を付けた方がいい」
「そうか、それは知らなかった。儂はこの国では無知なので勉強になる」
「ウハハ、そりゃあ苦労するな。ウチでよければなんでも聞いて行ってくれ。あーでも他人のスキルを知りたいのなら、スキル鑑定のランクを上げれば見られるとか聞いたことがあるな」
ロッドマンの言葉に反応する。他人のスキルが見られるとは、どう言う事だろうか。彼は話を続ける。
「いやな、彼の大魔導士ムーア様は、スキル鑑定で他人のステータスを見通すことが出来たって話らしい。ステータスが分かれば人間を扱うのも簡単だ。そりゃあ大賢者と謳われるのは当然だと思うね」
「鑑定でステータスが見られるのか……貴重な情報を悪いな」
「良いってことよ、それより鑑定が終わったから値段を見てくれ」
儂はロッドマンから紙を受け取る。そこには武器の種別と値段が羅列されていた。一つ一つは安いように思うが、総額は悪くない値段だ。
「これでいい。ちなみに安い理由を聞いてもいいか?」
「おう、これはどれも鉄の武器だ。質も悪いし、中古品として使うには落第点だな。んでもって、こういった安い鉄くずは溶かして新品の武器へと加工するのさ。もっと高値を狙うなら鋼や魔鋼をお勧めする」
「魔鋼?」
「魔鋼ってのは、鋼を造る最中に大量の魔力を吸収した金属の事だ。見た目は紅くて鋼よりも硬度は高い。一番は魔導効率だな、少ない魔力でなおかつ威力も跳ね上がる優れモノって話だ」
そう言ってロッドマンは店の奥から一振りの剣を持ってきた。デザインはシンプルだが妙に雰囲気を纏った感じに見える。
「これが魔鋼の剣だ」
剣を受け取ると鞘から抜いてみる。
鏡のように反射する紅の刀身は、血のように赤く炎のように熱く敵を滅することを想起させる。武器としての概念を現しているかのようだった。
「これはかなりの技物と見た。儂に見せてよかったのか?」
儂は剣をロッドマンに返す。
「これはウチの一番の武器だ。けどこれでも大した事ねぇのさ。世の中にはもっとすごい武器がゴロゴロしてる。こんな殺意を振りまく武器じゃあ敵が逃げちまうだろ?」
ロッドマンの言葉に儂は納得した。
先ほどの剣は確かに殺意が放たれていた。
剣から殺意を感じるとは変な話だが、身を護る武器としてではなく相対するものを殺す為に存在するといった方が正解だろうか。
一言で言うのなら妖刀の類だ。儂はロッドマンが握っている剣を鑑定した。
【鑑定結果:ペドロの剣:英雄ペドロが死ぬまで離さなかった魔鋼の剣。この剣で切り殺した数は星の数ほどと言われており、ペドロを裏切った息子もこの剣で切り殺した】
う、うむ……。やはり、いわくつきの剣だったのか……。
ロッドマンはとんでもない物を持っているのだな。歴史的価値も高そうだ。
「どうした固まって? もしかしてこの剣を鑑定したのか?」
「すまん、つい鑑定してしまったが想像以上の逸品だったようだ」
「謝るこたぁない。鑑定なんて持ってりゃあ誰でもすることだ。それよりこの剣をどうしてウチが持っているか分かるか?」
「誰かから譲り受けたのか?」
とりあえず返答してみると、ロッドマンはニシシと意地の悪い笑みを浮かべた。
「聞いて驚け、ウチは英雄ペドロの子孫なんだぜ? スゲーだろ?」
儂には全くすごさが理解できなかったが、隣に居たエルナが「えー!? すごい!」と叫び始める。そもそも英雄とはなんなのだ?
「真一! あのペドロの子孫だよ! 戦争中には千人切りを達成したってあの伝説の!」
「う、うむ……戦争で活躍したのだな……」
とりあえず相槌を打ちつつ冷や汗を流した。
話が理解できないというのは悲しい物だ。
儂も歴史を把握していれば会話に花を咲かせることが出来ただろう。
という訳で会話を変える事にした。
「では金を受け取っていいか」
「おう、ちょっと待っててくれ」
ロッドマンは革袋を取り出すと、銀貨と銅貨を取り出して儂に渡す。
価値にして五万円くらいだ。
一日の収入としてはかなりのものだろう。
「おお、そうだ。田中君はダンジョンで装備品を回収しているのなら、魔石も見つけているんじゃないのか? ウチは魔石の買取もしているから、もしあれば持ってきて欲しい」
「魔石?」
儂は首をかしげると、エルナが懐から赤い石を取り出した。
「真一、魔石って言うのはこれの事よ。魔力が溜まる場所に生えて、私たちが生活に利用している魔法の石なの。ダンジョンにも時々生えているから、私たち冒険者は魔石を採取してお金にしているの」
「ほぉ、魔石か。ずっと気になっていたんだが、それはどうやって使うんだ?」
「え? 簡単じゃない。自分の属性の石をもって魔力を注ぐだけよ?」
エルナは赤い魔石を持ったまま念じると、小さな火が石の上に現れた。
同時に儂はショックを受ける。
だとするなら多くの人々は火属性を持ち、手軽に魔石をライター代わりにしているのだ。反対に儂は無属性。使えなくて当然だったのだ。
なんだか悔しい。
「くっ、この話は終わりだ。ロッドマンよ、魔石はあるので今度持ってくることにする」
「そりゃあありがたい。魔石は消耗品だから仕入れ先が増えるのは嬉しい話だ」
ロッドマンと別れの挨拶を交わすと、儂はエルナを引き連れて外へと出る。
「ねぇ、真一はどうして怒っているの?」
「怒ってなどいない。ところで魔石には無属性のものもあるのか?」
「そりゃああることはあるけど、効果は石によって変わるかな。無属性って判別できない属性をひとくくりにしているから、特殊なものが多いみたいだし」
「そ、そうか……無属性の魔石はあるのか」
内心でほっとする。儂とて魔法は使いたい。
周りがそんな便利な力を使えるのに、自分だけ使えないのはやはり悲しいだろう。それに無能者のレッテルというのは、一度張られるとなかなか取れない物だ。
「ねぇ、これからどうするの? お金も手に入れたし買い物だよね?」
「……服は買わないからな。それよりも今日はギルドに顔を出そうと思う」
「やった! とうとう私とパーティーを組む気になったのね!」
「…………」
儂はすでにギルドで冒険者の登録を行っている。
しかし、エルナとのパーティー申請は保留にしていた。
そもそもパーティーとしてギルドに登録されることにメリットがないのだ。
ギルドの決まりでは、冒険者はパーティーを組むことで平等に評価を貰うことが出来るらしい。一定の評価を貰うと仕事を優先的に回してもらえるようになるし、報酬もいくらか上乗せされるようになる。
だが、評価を上げるのはパーティーでなくともできることだ。
仕事に関しても必要以上に求めている訳ではない。
生活ができるだけの報酬さえ貰えればそれで充分。
なのでパーティーに魅力を感じていなかった。
「パーティー名は何にしようかな~やっぱり雷竜の爪とかカッコイイよね~」
エルナはニヤニヤと名前を思案しているようだ。
彼女の期待を裏切るのは可哀想かもしれない。
最近は情が移って娘のように感じているのだから、たまには我儘を聞いてもいいだろう。
「分かった。パーティーを組んでやる。その代り名前は儂が付ける」
「え!? 良いの!? ありがとう!」
抱き着かれて豊満な胸が押し付けられる。
柔らかい感触に思わず頬が緩んでしまった。ムフフ。
「真一の眼がイヤらしい! 何を考えているの!?」
「き、気のせいだ。儂はそんなイヤらしい男ではない」
飛び退いたエルナはジト目で儂を見る。
とりあえず言い訳をしてみたものの、興奮したせいで鼻息は荒々しかった。
身体が正直なのは困る。
ギルドへ行くと斧と杖の看板が見えてきた。
建物は神殿のように威厳を保ち、この国では権威ある組織として名を馳せている。“冒険者ギルド”それはあらゆる困難に立ち向かう組織の名前だ。
ギルド内へ入ると、多くの人々が掲示板の前であれこれと話をしている。
掲示板には依頼書がびっしりと張られ、モンスターの討伐や薬草の採取など多種多様な内容が見受けられる。
中には飼い猫を探してください、などと書かれた依頼まであるのだから面白い。
儂は掲示板を横目にカウンターへ向かった。
「パーティー申請をしたいのだがいいだろうか?」
「はい、それではこちらへご記入ください」
受付嬢は儂ににっこりとほほ笑むと、一枚の書類を差し出す。
サラサラと自分の名前とエルナの名前を記入して、少し考えた後にパーティー名を記入した。
受け取った受付嬢が首をかしげる。
「あの……これは……?」
「それで登録してくれ。どうせ、いつまであるか分からないパーティーだからな」
「それでは……」
登録が完了するとカウンターから離れる。
すぐにエルナが儂を捕まえて質問をしてきた。
「名前は何にしたの?」
「なに、今の儂をそのまま名前にしただけだ」
「なんなの!? もったいぶらずに教えて!」
「パーティー名は“ホームレス”にした」
エルナの叫び声が聞こえた。
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