十三話 一週間後


 儂はいつものように目が覚めると、背伸びをしてから筋トレを始める。

 軽い汗をかいた後は恒例の水浴びだ。

 実に冷たくて気持ちがいい。


「よし、畑に行くか」


 腰に剣を装備して軽装備を装着する。

 あとは黒いローブを羽織ってミスリルのクワを持てば完璧だ。

 体内時計では現在は朝の五時なので、かなり早い起床だろう。

 それでもやるべきことは山のようにある。


 寝室の入り口である本棚を軽く叩くと、奥から声が聞こえた。


「起きてるよー」

「畑に行くから準備をしろ」

「はーい」


 寝室でごそごそと音がすると、扉を開いて出てきたのはエルナだ。

 いつものように軽装備だが、背中には弓を背負い手には杖を握っていた。


「ふぁ~まだ眠い」

「だったら寝ていろ。儂は畑に行くからな」

「冗談よ。私もちゃんと畑に行くから」


 そう言いつつ欠伸を噛み殺しているのを儂は見逃さない。

 眠くて仕方がないのだろう。

 それでも身だしなみは、きちんとしているのはさすが女性だと感心する。


 儂とエルナは空のリュックを背負うと、畑に行くために隠れ家から出発した。



 エルナと出会ってから一週間が経過した。

 言葉が通じなかった儂は、エルナに教わり三日でマスターしてしまった。

 これには儂自身も驚いたが、どうもセイントウォーターの効力のようで記憶力が上昇していたらしい。

 あっという間に言葉は覚えたが、やはりすぐには馴染めなかった。

 そこで儂はこの世界の共通言語だけで生活すると決め、今ではすっかりペラペラだ。

 

 この一週間で変わった事と言えば仕事だろう。

 儂はこの世界に来てからずっとホームレスと変らない生活をしていたのだが、エルナが自給自足だけでは不安だと言うので、冒険者というものになる事にした。

 とは言っても大したことはしない。

 ギルドという施設に行って登録をすれば、後は好きな時に仕事が貰えるというだけの話。色々と制約はあるようだが今は問題にはならないようだ。


 さて、なぜ儂がエルナと共同生活をすることになったのかも、この冒険者という仕事が関係している。


 冒険者は数人の仲間が寄り集まると“パーティー”と呼ばれるらしい。

 仲間になると住む場所を共にしたりと、出来るだけ生活圏を近づける必要があると聞いた。

 仲間なのだから当然だと儂も思うが、別に一緒に住まなくても……と思ったら大間違いだ。冒険者が共同生活などよくある話であり、経費節約などを兼ねて一緒に住むなんて常識なのだ。

 実際に儂は街へ行って冒険者の生活を少しだけ見てきたが、貧乏暮らしというか悲惨なものだった。

 中には大金を儲ける者もいるそうだが、一軒家や屋敷を持つ者など一握りしか存在しない。世知辛い世の中だ。


 話を戻すと、エルナは儂にパーティーの仲間になってほしいと懇願したそうだ。 儂は分からぬまま承諾し、こうして共同生活を始めたのだが、内心はかなり楽しんでいる。

 言葉も教えてもらえるし、やはり美人が傍にいると思うだけで心が癒されるのだ。もちろんハプニングも体験した。エルナはスリムだが胸がかなり大きい。

 

 今ではすっかり儂とエルナは冒険者というよりは、農家の人になってしまっている。



「さぁ、畑に着いたぞ。今日もきっちり働くか」

「じゃあ私は草むしりをするね」


 畑に到着した儂とエルナはすぐに作業に取り掛かる。

 一週間前に受粉させたおかげか、畑には新たな苗がスクスクと成長しているのだ。

 儂は苗に水をやると、もう一つの畑に移動する。

 この一週間に畑をもう一つ増やしてみたのだが、今はまだ芽が出た状態で毎日観察を行っている。

 箱庭の植物は成長速度が異常だ。

 昨日植えた種が、次の日には芽が出ているなんておかしい話。

 だがここでは普通であり、外から持ってきた植物さえも成長速度が跳ね上がるのだ。結論から言うと植物ではなく、この場所が異常だということになるが、収穫した野菜も普通ではない気がしている。


「ふむ、苗は順調だな。やっぱり虫がいないこの環境は育てやすいな。病気の心配もないようだし、理想の菜園と言った所か」

「真一! 今日の分を収穫したよ!」


 エルナが両手に抱えた野菜を嬉しそうに儂に見せる。


「では隠れ家に戻って朝食に取り掛かるか」

「あ、ちょっと待ってあそこに鳥が居るから撃ち落としてくる」


 野菜をリュックに詰めると、弓を取り出して彼女は走り出した。


 エルナは基本的に魔法使いだ。

 いや、この世界では“魔導士”と呼ばれるそうだが、彼女はその魔導士と言うものらしい。

 だが、使える魔法はあまりに弱く、巷ではポンコツ魔導士の名で通っている。

 そんな彼女でも一つ得意なことがある。それが弓だ。

 エルフと呼ばれる種族は森の民と呼ばれ、魔法と弓の才能が生まれつき高いとされているそうだ。

 当然だが彼女もエルフであることから弓は得意であり、スキル弓術はすでに中級まで達しているそうだ。それでもエルフ内では中の中という実力らしいから、上には上が居ると言う事だろう。


 ちなみにエルナが、なぜ弓を使わずにダンジョンに出向いていたかというのには理由がある。

 普通の弓は矢を手に入れなくてはいけない。

 それにはお金がかかり、貧乏暮らしの彼女にはかなりの負担だったようだ。

 そこで目を付けたのが剣だったらしいが、やはり才能はなくスキルも初級にすら達していない。

 そう、エルナは可哀想な子なのだ。

 しかし、儂が与えた古木の弓はそれらを解決してしまう。

 最初はすごい武器だと驚いていたが、今ではすっかり自分の武器として扱っているので喜ばしいことだ。


 そんなことを考えている内に、弓を構えたエルナは二秒ほど狙いを定め矢を射出した。

 矢が命中した鳥は「くけーっ!?」と叫ぶと、地面に落ちた。

 今日も彼女の腕前は冴えているようだ。


「真一! 見て見て! コッコ鳥だよ!」


 鶏のような鳥を掴んでエルナは嬉しそうに儂に見せる。

 そしてナイフを取り出して首を落とすと、足にロープを巻いて木に逆さづりした。


「エルナはそういう作業は速いな。やっぱり森でも同じようなことをしていたのか?」

「うん、エルフの国は森の中にあるし狩りはたしなみだよ」

「じゃあなんでエルフの国から出てきたんだ?」


 儂がそう言うと、エルナの顔がみるみる泣きそうな表情へと変化した。


「だって……エルフは魔法が……私は魔法が……」

「待て! 悪かった! だから泣くな!」


 危なかった。エルナには『魔法』と『エルフの国』は地雷だったことを忘れていた。故郷でどんな目にあったのかは知らないが、きっと忘れたい過去なのだろう。


 鳥の血抜きが終わると、儂とエルナは二十階層へ戻り廃棄場へと足を運ぶ。


「うっ……この臭いだけは慣れないわ……真一はよく平気ね」

「儂はきつい臭いは慣れているんでな、これくらいじゃ何とも思わんよ」


 そう言って儂は死体の山から使える品を回収する。

 廃棄場を案内した当初はエルナも嫌がっていたが、今ではすっかり慣れてしまったようだ。

 元々冒険者というのは死体を見慣れているモノだ。

 ダンジョンで仲間が死ぬなどよくある話。

 そんな基盤があったせいか彼女の切り替えは早かった。

 あとは金の魅力に負けたといったところだな。


「やった! この冒険者銀貨を十枚も持っていたわよ!」

「それは収穫だな。所持していた者に感謝して、大切に使わせてもらおう」


 儂とエルナは死体を漁り終えると、今日の収穫したものを床に広げる。


「銅貨四十五枚と銀貨十五枚に鉄の剣が四本。あとは斧が二本で杖は三本。食糧は干し肉とパンと調味料が少し。今日はまぁまぁじゃないかな」

「しかし、死人がこれだけ出ているのに、どうして毎日来るんだ? やめておこうとかは思わないのか?」


 疑問にエルナは首を横に振る。


「平民が金持ちになれる方法は兵士になって出世するか、商人として成功するか、冒険者で成功者になるかの三つしかないの。この中で一番出世が早いのは冒険者だから、仕方のないこと。誰だって貧乏は嫌だし、有名になってお金持ちになりたいもの」

「出世か……下らんな。金を持ったところで、大切な何かが消えてしまえば意味は無くなる」


 エルナの言葉に吐き捨てるように言葉を漏らした。

 かつて自分が学んだことだったからだ。

 家族を失い、大切にしていた会社も裏切りによって失った。

 何のために稼いでいたのかを忘れてしまえば、金などすぐに消えてしまう。


「真一?」

「ん? ああ、すまん。昔を思い出していただけだ。隠れ家に戻って朝食にしようか」

「…………」


 エルナは儂を見つめて少し不機嫌そうだった。



 ◇



 朝食を食べ終え、儂は荷物の準備をする。

 空のリュックに剣や斧や槍などを詰め込んで、いつでも出発できるように装備を整えた。


「ねぇ真一。この杖って使っちゃダメかな……」


 エルナは部屋の隅にある杖を指差していた。

 儂の鑑定でも読み取れない謎の杖であり、おそらく前住人が使っていた物と思われる品だ。


「大魔導士ムーア様だったか? その人の杖が欲しいのか?」

「あたりまえじゃない! あの大魔導士ムーア様の杖よ! 国宝級の超お宝なんだから!」


 大魔導士ムーアというのは、この世界で千年前に居たとされる魔導士の事だ。

 現在の魔導学の礎を築いた人だともされており、その起こした奇跡は数知れず。 世界中に彼の伝説が残されているほどの大賢者だとされている。

 ここで問題になってくるのが、大魔導士ムーアの余生である。

 彼は大賢者と称えられた後、その姿をくらまし人知れず死んだとされているのだ。

 だが、この隠れ家にはムーアの著名で数多くの書籍が残されている。

 しかもすべて手書き。


 ようするにこの隠れ家は大魔導士ムーアの家だったと言う事だ。

 この事実に気が付いたエルナはガクブルと震えだしたが、欲深い彼女は本の一冊を眺めて気味の悪い笑みを浮かべはじめた。アレは復讐者の目だった。


 そんな大魔導士の杖を欲しがっている訳だが、儂としては別にどうでもいい物だ。欲しいならくれてやる。


「好きなものを持っていけ。どうせ儂には魔法は使えないからな」

「やった! これで私も大賢者に――痛っ!?」


 彼女が杖を触ろうとすると、バチンと電気のようなものが手を弾いた。

 何となくだが予想通り。

 儂も嫌な予感がして杖には一切触れなかったのだから、やっぱり何かあったかと納得した。


「儂の予想だが杖が持ち主を選ぶんじゃないのか? ほら、大魔導士の杖なんて誰でも使えると困るだろうし」

「うぐ……杖も私を拒否するのね……」


 泣きそうな顔だが、拒否をしたのは大魔導士の杖であって自分の杖はしっかりと持っているじゃないか。魔法コンプレックスもここまで来ると病気かもしれないな。


「じゃあ準備は出来たし街へ行くか」


 儂は荷物を背負うと、同じように荷物を背負ったエルナが追いかけてくる。

 そのまま箱庭へ行くと、モンスターを倒しつつ転移の神殿へ移動した。


「地上へ転移するぞ」

「はい」


 黒い石板に触れた儂とエルナは地上へと転移する。

 景色が歪み一瞬だけ暗くなると、地上の景色が目の前に広がっていた。


「着いたな。よし、街へ行くか」


 地上へ行くとすぐに街に向かって歩き出した。

 こうして地上に来るのは今日で五回目だ。

 目的は色々だが、共通していることは金を手に入れる事。

 今の生活は自給自足が可能だが、やはり調味料や生活に彩りをもたらす物は必要だろう。そうなると金が必要になる。

 その為には地上へ出て金を手に入れなければならないのだ。


 街へ向かって歩いていると、エルナが今日の買い物の要望を出し始めた。


「やっぱりそろそろ石鹸が必要だと思うの。セイントウォーターは身体を清潔に保ってくれるけど、良い匂いがした方が素敵よね?」

「却下。石鹸は水を汚す。それにセイントウォーターは石鹸以上の洗浄力があるみたいだからどう考えても不要だ」

「うぐぐ……じゃあ新しい服は!? 私はあまり服を持っていないからいいでしょ!?」

「それも却下。そう言って前回も服を買ったじゃないか。それに儂は知っているんだぞ、お前が服を二十着以上も持っていることを」


 そう言うとまたもやエルナが「ぐぬぬぬ」と唸りだした。

 こいつは貧乏暮らしだったくせに金遣いが荒いのだ。

 まぁその分、別のところで節約をしていたみたいだが、儂に言わせれば無駄金だ。伊達に経営者とホームレスを経験してはいない。


 街へ着くと入り口の兵士に挨拶をする。


「調子はどうだ?」


 儂の問いかけに兵士は苦笑した。


「駄目だな。今日も出世できそうにないみたいだ」

「いいじゃないか兵士が出世できないのは平和な証拠だろ。これでも食って元気を出せ」


 兵士に今日獲れた鶏肉を御裾分けする。

 若い者が落ち込んでいると、つい励ましたくなるのは儂が年寄りだからだろう。 肉を受け取った兵士は笑顔を見せて敬礼する。


「田中殿の気遣い感謝いたす」

「良いってことよ、儂はこの街には住んでいないが世話になる日もあるだろうしな」


 そう言って兵士と別れると、エルナがそっと囁く。


「真一って若いのにお爺さんみたいだよね」


 うぐっ! 儂が密かに気にしていることを……。

 儂らは街の中を歩き一軒の店に入った。




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