十二話 エルフって何だ?

 

 建物から出た儂とエルナは、とりあえず買い物をする事にした。

 この世界の文化を見るには最適だと考えるからだ。


「エルナ、市場へ案内してくれ」

「イチバ?」


 彼女は首をかしげる。

 とりあえず儂はジェスチャーで市場へ行きたいとお願いする。

 すると伝わったのか、彼女は儂の手を取って街の中を進み始めた。


「イチバ!」


 彼女が案内した先は酒場だった。

 そこで儂は紙とペンを取り出すと、さらさらと市場の絵を描いて見せる。


「これが市場!」

「イチバ? ……ΨΔ*!」


 ようやく理解したのか、今度こそそれらしい場所へ案内された。

 多くの露店が所狭しと並び、箱や台に置かれた野菜や果物が山積みされている。 店員は声をあげて客寄せを行い、客はお金を払うと商品を受け取って立ち去って行く。市場は活気に溢れ、どこも商売繁盛と言った感じだ。


 店を眺めつつ目新しい野菜や果物を手に取ってみると、試しに鑑定を使ってみた。



 【鑑定結果:ププの実:ローガス王国で採れる一般的な果実。酸味が強く、料理に用いられることが多い】


 【鑑定結果:キャベツィ:ローガス王国で採れる一般的な野菜。あっさりとした味に心地のいい歯ざわりが癖になる。多くの料理に用いられる】



 なるほどと思いつつ、ついでにエルナも調べてみると面白い情報が記載されていた。



 【鑑定結果:エルナ・フレデリア:種族はエルフ。年齢は19歳。フレデリア家の次女であり、初級魔導士であることをコンプレックスにしている。最近のマイブームは田中真一を観察することである】



 19歳とは随分と若い。あ、いや、儂も若いのだったな。

 とするなら儂よりも年上になるのか……妙な感じだ。

 それにしても種族エルフとはなんなのだ? 

 エルナは儂と違って耳が長く尖がっている。

 種族的特徴だと思えば納得もできるが、他にも儂とは違うのだろうか。

 ……まぁ、種族ホームレスの儂と比べるのは間違っている気もするから詮索は止めておくか。


 儂は野菜や果物を選ぶと、店員に金貨を渡す。


「Ψβ§!?」


 金貨を見た店員はギョッとした表情を見せた。

 すぐにエルナが金貨を店員から取り上げると、代りに銀貨を手渡す。


「§*Ψ! ξξΛ!」


 何故かエルナは儂の頭にゲンコツを落とした。

 殴られた儂は頭の中がハテナで埋め尽くされる。何故、殴られた?

 エルナは銀貨を取り出すと、儂の前で銀貨と金貨を並べる。

 そして紙に絵を描いて、金貨が銀貨の百枚分の価値があると教えてくれた。


「なるほど、儂はかなりの金額を出したと言う事なのか。そりゃあ儂が悪いな」


 露店なんかで十万円や百万円なんかを出せば、誰だって困る筈だ。

 エルナが怒ったのもうなずける話である。

 念のために金貨に鑑定を使うと、嬉しい情報が得られた。



 【鑑定結果:ローガス金貨:ローガス王国で流通している金貨。価値は下から銅貨・銀貨・金貨・聖銀貨となっている。金貨は銀貨百枚の価値があり、ローガス王国では金貨一枚で一年暮らせると言われている】



 一年暮らせるとはかなりの額だ。

 だとすれば円に換算すれば、百万円くらいだろうか?

 説明に遊んで暮らせるとは書いていないところを見るに、やはりそれくらいだろう。

 じゃあ露店に百万円も出そうとした儂は馬鹿じゃないか。

 穴があったら入りたい……。


 店員から野菜と果物を受け取ると、エルナに礼を言って金貨を一枚だけ手渡す。 きっと彼女なら儂の行動を先読みしてくれるに違いない。

 すると彼女は適当な店に入って、靴を購入してくると儂の前に置いた。


「靴?」


 彼女の手には銀貨の詰まった革袋が握られているが、なぜここで靴を買ってきたのだろうか? 

 そう思って自分の靴を見てみると、ボロボロで穴が空いているではないか。

 元々死体から回収した靴なので、すでに使い古されていたことを思い出す。

 エルナは儂をよく観察しているようだ。


「ありがとう。大切に使わさせてもらう」


 靴はサイズもピッタリで、履き心地は抜群だった。

 エルナも儂の様子を見て嬉しそうだ。やはり心の綺麗な良い子なのだろう。


 その後は二人で市場を周り、野菜や果物や肉を大量に購入した。

 だが儂の探している店は市場にはないようだった。

 そこでエルナに聞いてみることにする。


「胡椒や砂糖はどこで売っているんだ?」


 彼女は不思議そうな顔だ。

 儂は懐から胡椒の入った瓶を取り出して彼女に見せる。


「§*Ψ」


 理解したのか街の中心部へ移動すると、露店ではなく商店へ案内される。

 看板には鍋と黒い実が描かれているので、調味料店だと思われる。

 なにより店の中からは香辛料の臭いが漂っていた。

 店内には箱に入った沢山の香辛料や岩塩が置かれており、主に女性客が購入をしているようだ。

 中には軽装備に身を包んだ男性が、カレー粉のようなものを見つめながら考え事をしている。

 儂はとりあえず店員に胡椒と砂糖を欲しいと要求すると、言葉が通じなくても分かるのかすぐに用意してくれる。

 少しだけ舐めてみるが、確かに胡椒と砂糖だった。


「これでいい、とりあえず五百gずつ購入したい」


 五百g欲しいとジェスチャーすると、店員は頷いて麻の袋に入った胡椒と砂糖を差し出す。するとエルナがそっと店員に銀貨十枚を手渡した。


「銀貨が一枚一万円くらいだとすると、五百gで十万円か……かなり高額だな。死体から胡椒があまり出てこないのも頷ける」


 以前からそんな気はしていた。

 死体漁りで岩塩や胡椒を手に入れていたが、岩塩よりも胡椒の方が圧倒的に入手頻度が低かったのだ。砂糖などは百人に一人持っていればいい方だ。


 胡椒と砂糖を受け取った儂は笑みを浮かべる。


「これで生活に張りが出てくるな。他の香辛料も気になるが、今はこれくらいにしておこう」


 調味料をリュックへ入れると、そろそろ隠れ家へ帰ろうと街を歩き始める。


「§Δ*!?」


 エルナは儂を引き留め、何処へ行くのだと言葉を発していた。

 だんだんと表情や仕草で何を言っているのか分かってきたが、この子はどこまで着いて来るつもりなのだろうか?


「家に帰る、お前も家に帰れ」


 儂は地図を取り出すと、指差して家に帰るとジェスチャーした。


「βΛΨ!? Ψξ!?」


 エルナは驚いた表情を見せると、頭を抱えて呆れた様子だ。

 なんだか馬鹿にされている感じだ。

 すると彼女は儂の手を取って何処かへと連れて行く。


「なんだなんだ!? どこへ連れて行く!?」


 しばらく歩くと、一軒の宿のような場所へ到着した。

 彼女は儂にここで待つように指示すると、宿らしき建物の中へ飛び込んで行く。


「なんだ一体……」


 二十分ほどすると、大きなリュックがパンパンになるほどの荷物を背負ってエルナが出てきた。

 手には杖を握り、息は乱れている。

 かなり急いで準備をしたのか、リュックの口からはブラジャーが垂れさがっていた。


「ΨΘξ! §Δ*Ψ!」


 “さぁ、行くわよ!”といった感じで、荷物を背負って彼女は歩き出す。

 そこでようやく気が付いた。

 彼女は儂と一緒に住むと言っているのだ。


「まてまて! 儂は一緒に住むとは言っていないぞ! それに年頃の女性が儂と寝床を共にするなど、危ないじゃないか! 考え直せ!」

「§*Φ!」


 説得しても彼女は全く聞く耳を持たない。

 一体どうゆう事かさっぱり理解できない儂は頭を抱えた。

 もしや儂が心配で一緒に住むと考えたのだろうか? 

 そうだとすれば確かにありがたいが、そこまでしてもらう義理はない。

 何より年頃の女性が儂について来るというのがやはり心配だ。

 こう見えて儂は聖人君子などではない。

 エロ本も読むし、風俗だって行ったことがある普通の男だ。

 それに今は若い身体だ。どうなるか儂にも分からない。

 やはり危険だと思われる。


 進み続けるエルナに説得を試みるが、彼女は儂の手を引いたまま応じようとはしない。

 気が付けば街を出てしまい、とうとうダンジョンへと戻って来てしまった。

 仕方がないので、彼女を隠れ家へ連れて行くことにする。


「儂について来てどうするつもりなのだ……最近の若い者の考えは分からんな……」


 ブツブツ言いつつ、儂はエルナを転移の神殿へ引っ張ると黒い石板へ手を乗せる。



 【ようこそ転移の神殿へ。田中真一様は一か所の転移ポイントが登録されています。このまま転移されますか? YES/NO】



 迷わずYESを選択した。

 直後に訪れるぐにゃぐにゃした感覚。

 周りの景色も歪み、体も頭の中もかき混ぜられたかのように眩暈と吐き気が儂を襲う。それでもエルナの手だけは握っていた。

 彼女も儂の手を握りしめ、離そうとはしない。

 なんとなく妻を思い出した。




 目を開けると、そこは箱庭だった。

 成功だ。予想通りここは地上へと繋がっていたのだ。


「うははははっ! やったぞ! これで地上へいつでも出られるぞ!」


 箱庭の原っぱを走りながら飛び跳ねる。


 喜ぶ儂を余所に、地面に座り込むエルナは周りをキョロキョロと眺めていた。

 豊かに草木が生い茂っているが、上を見上げると天井が見える。

 周りは壁に囲まれ、異質な場所だとすぐに分かるだろう。

 ここが儂の家であり庭なのだ。


「せっかく来たのだ、儂の隠れ家を案内してやる!」


 彼女の手を引くと、箱庭を横断してゆき一番目の箱庭へ彼女を案内した。


「ここが儂の畑だ! 美味しい野菜が――んぁ!?」


 畑へ案内すると、儂はギョッとした。

 植え変えた筈の野菜が花を咲かせているのだ。

 時間的にどう考えてもおかしい。

 急いで布を取り出すと、花を撫でて受粉をさせてやる。

 これで野菜が増えるはずだが、植物に詳しいわけではないので少々不安だ。

 ここには風がなく受粉を助ける虫も居ないので、どうやって今まで増えていたのか疑問だがやらないよりはましなはずだ。


「Φ§*」


 エルナは畑を見て感心したように眺めていた。

 土に触れることも苦手ではないのか、指で土を摘まむと匂いを嗅いでいる。


「よし、ひとまずはこれでいいだろう。じゃあ隠れ家に行くか」


 彼女の手を取って先へ進む。

 彼女が本気で儂と住む気なら、もう少し色々と教えてあげたいがやはり寝床を見せた方が早いと思うのだ。

 こんな狭い場所で男性と二人きりなんて無理と言うに違いない。

 むしろそうあるべきなのだ。


 水路のある階層へ上がると、エルナは飛びつくように水路へ近づき水を凝視した。


「Ψ*§Σ!?」


 水を手で掬うと、勢いよく下へ落とす。

 落ちた水はキラキラと光の粒子が瞬き、幻想的に光が放たれた。

 もしかすれば彼女はこの水の正体を知っているのだろうか。

 そう思った時、儂はこの水に鑑定を使っていないことに気が付く。



 【鑑定結果:セイントウォーター:魔力を大量に含んだ神秘の水。その効力は魔獣と魔物を寄せ付けず、飲む者には様々な恩恵をもたらす】



 やはり普通の水ではなかったようだ。

 これだけの水を儂は水浴びや飲み水として利用しているのだが、マズイだろうか。そう思うと後ろめたさが沸き起こる。


 エルナは水筒を取り出すと、水を汲みゴクゴクと飲み始めた。


「水を飲むのもいいが、先を急ぐぞ。ほら、いくぞ」


 手を引くがエルナは執拗に水を飲もうとする。

 それどころか杖を構えてムムムと何かを念じる。


「ΨΣΦΛ!」



 ――しかし何も起きない。

 

 初級魔導士と言うことにコンプレックスを抱いているとあったので、きっと水を飲めば強い魔法が使えるとか思ったのだろう。不憫な子だ、と涙が出そうになったがここは我慢する。


「ほら、行くぞ」


 手を引くと今度こそついてきた。

 しょんぼりしているが、よほど魔法が使いたいのだろう。

 最初から使えない儂としては理解できない気持ちだが、この世界では魔法と言うのは大きなステータスなのかもしれないな。


 隠れ家へ到着すると、向かい合ったライオンの目に指を突っ込む。


「これが儂の家だ」


 ガコンッと見えない仕掛けが動き出し、天井の一部が開き始めた。

 足場が鎖によって水路ギリギリまで下ろされ停止する。

 隣を見るとエルナは完全に固まっていた。

 何が起きたのか分からない、そんな表情だ。


「ほら、中へ入るぞ」


 呆然とした彼女の手を引いて隠れ家へ入ると、照明スタンドが自動点灯して儂が戻ってきたことを歓迎した。

 各部屋の中を確認してみるが、ここを出て行った時と変らないままだ。

 儂は荷物を床に置いてフライパンを取り出すと、オークの肉を焼き始める。

 市場でパンも買っておいたので、今日の食事は豪勢だぞと思いつつエルナを見ると、彼女は床に座って固まっていた。

 再起動までまだ時間はかかるようだ。


 肉をパンに挟んで皿にのせると、スープを器に入れてテーブルへ置く。

 匂いにつられて動き出したエルナは儂の顔を確認する。


「お前の分だ。美味いかは分からないが、食べてみてくれ」


 そう言って儂も床に座ると、肉とパンに噛り付いた。


 儂と彼女は無言のまま食事を終え、互いの部屋を決めることにする。

 ベッドがある場所がエルナの部屋だ。

 儂はリビングのソファーを寝床にすることで決まった。



 こうして儂はよく分からないまま、エルナという女性と共同生活を送ることとなったのだった。




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