十一話 ホームレス地上へ出る


 美人同行者を連れて行くこととなった儂は、エルナとやらに地図を手渡す。


「あーこれで道を教えてくれ。代わりに儂が戦う」


 ジェスチャーを交えながら話をすると、彼女は頷いて地図を受けとった。

 どうやら分かってくれたようだ。

 そう思っていたが、地図を開いたとたんに狼狽え始めた。


「ΣξΘ!? ΨΛ*!」


 地図を儂に見せて何かを訴えている。

 言っていることが分からないので、とりあえず落ち着くように促した。

 一体どうしたというのだろうか。


 エルナは一ページ目に書かれている文字に注目しているようだった。

 何度も「ムーア!」と連呼する。

 ムーアというのは人の名前だろうか? だとすれば大きな収穫だ。

 隠れ家の前住人の名前が判明したかもしれないのだ。

 しかし、彼女は随分な慌てようだ。


「ムーアって言うのはそんなにすごいのか?」

「*ΨΣ!」


 よく分からないが、すごい人物なのだろう。

 確かに地図だけにとどまらず、前住人が書き残した書籍はどれも価値がありそうだった。

 もしかすれば儂はすごい発見をしたのかもしれないな。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 目的は地上を目指すことで前住人を調べることではないのだ。

 儂はエルナに地図を見ながら案内をしろとジェスチャーする。


「ΨΣΘ」


 理解したのか、すぐに十九階のページを開いて確認し始めた。

 見た目だけではなく、性格も素直でいい子のようだ。

 現在地を把握した彼女が行くべき方向を指差す。


 こうして儂とエルナは地上を目指してダンジョンを進み始めた。



 ◇



「てりゃ!」


 儂は体長一m程のドブネズミのようなモンスターを切り殺した。

 動きは素早いが、噛まれなければなんてことのない生き物だ。

 

 現在は三階層まで来ており、もうじき地上へ出ることが出来そうだ。

 此処までの所要時間は十五時間ほどであり、何度も休憩を挟みながらようやく目前まで迫っていた。

 一つ興味深いことに気が付いたのだが、階層を上がるごとに目に見えてモンスターが弱くなっていたことだろう。キリングウルフやオークなどは十九階層に生息しているようで、十八階層では姿を見かけなかったのだ。

 三階層まで来るとネズミやイモムシのようなモンスターが現れるようになり、あまりの手ごたえのなさに儂の闘志は消える寸前となっていた。

 弱すぎるのだ。

 戦いばかりを求めている訳ではないが、やはり満足感は箱庭ほどではない。

 あそこは命の奪い合いが成り立っていた。

 強くなった儂ですら油断をすれば危ういのだ。

 ああ、あれほどのスリルが懐かしい。


 そんなことを考えていると、エルナが儂の肩を叩く。


「ΦΨΣ」


 もうすぐ階段が近いと言っているのだろう。

 歩き出すと二人の男性と一人の女性でチームを組んだ者達とすれ違った。

 さすがに地上に近いせいか、人とすれ違うことが増えたように思う。

 とは言え話しかけるような事はしない。

 儂が話しかけようとすると、エルナが止めるのだ。

 理由は分からないが、ダンジョン内ではあまり話しかけてはいけないと察した。 それに見ず知らずの男が話しかけてくると警戒されるかもしれない。

 なので儂はすれ違う人々を観察しつつも声はかけられないのだ。


 ダンジョン内を進み続けると、階段を見つけた。

 二階層と一階層はそれほど広くはないらしいので、地図を確認しつつ素早く進むと、一時間ほどで一階層にある最後の階段へと到達した。


「とうとう地上か……」


 階段の前で興奮する儂を見てエルナは首をかしげる。

 言葉の通じない彼女には分からないだろうが、この世界に来て初めての地上なのだ。興奮しないわけがない。

 なんせこの世界が死後の世界で天国か地獄か、はたまた儂の知らない世界なのかを証明することになるのだ。階段を昇った先に何があるのかまだ知らない。


「ΦΣΔ!」


 エルナが早く行きましょと儂を急かす。

 階段を一歩一歩昇ると、光が強くなっていった。日の光だろう。



「おおおお……」



 目の前に広がる光景に感嘆を漏らす。

 晴れ渡る青空に、緩やかな風が草花を揺らしている。

 どこまでも続く地平線には森が見え、山々が遠くにそびえ立っていた。

 後ろを振り向くと、地面には下へと続く階段が見える。

 儂は此処から出てきたのだと納得した。予想通りダンジョンは地下にあったようだ。


「ΦΣ*」


 いつの間にか目の前に居た若い男性に声をかけられると、グイッと押しのけられる。

 思わずムッとしたが、周りを見ると多くの人々が列をなしてダンジョンへ潜ろうとしていることが分かる。儂は進路妨害をしていたらしい。


「*ΘΛΨ!」


 エルナに手を引かれて移動すると、なにやら怒っている様子だ。

 きっと入り口で立ち止まっていた事を注意しているのだろう。

 マナーを知らないので大目に見て欲しいが、言葉が通じない以上は言い訳もできない。


 ふと、周りを見ているとダンジョンの入り口の他に、人が集まっている場所を見つける。白い柱のようなものが建ち並び、人々は中心にある黒い石板に手を乗せると次々に消えて行くのだ。


 箱庭にあった遺跡だ! 

 儂はエルナの説教の途中で走り出す。


「ΛΨ!?」


 またもやエルナが怒っているが、それどころではない。

 アレがあるとすれば、転移とやらが可能になる筈だ。

 予想通りなら隠れ家に戻ることもできるはず。


 列に並んでいた人々が転移した隙を狙って、儂は黒い石板へと触れる。



 【転移の神殿へようこそ。田中真一様は一ヶ所の転移ポイントが登録されています。今すぐに転移されますか? YES/NO】



 ひとまず儂はNOを選んだ。

 恐らくだが箱庭にある遺跡へと飛ぶのだろう。

 それさえ確認できれば今は用がない。

 しかし、これは転移の神殿というのか、覚えておいて損はなさそうだ。


「Ψ*Θ?」


 エルナが不思議そうに儂を見ている。

 今さら転移の神殿に何の用? みたいに思っているのだろう。

 だが儂には必要な事だ。

 地上に出たからと言って隠れ家を手放す考えはない。

 なんせ、儂はこの先もダンジョンに住むつもりなのだからな。


「さぁ、街へと案内してくれ」


 エルナにそう言うと彼女は理解できたのか、遠くに見える街らしき場所を指差す。


「マーナ」


 マーナの街という意味だろう。

 儂は頷いてエルナと一緒に街へと歩き始めた。



 ◇



 二時間ほど歩き、ようやく街の入り口へとやってきた。

 近くで見るとかなり大きな街のようで、雰囲気は中世のドイツを思わせる。

 どの建築物も色とりどりの壁に、三角の屋根が特徴的であり、石畳はデコボコも少なく高度な技術が惜しみなく使われているようだ。


「ΨΨΘ」


 エルナが“行きましょ”という感じで儂の手を引っ張るので、街の中へ足を踏み入れた。

 入り口には鎧をまとった兵士もいたのだが、どうやら街には自由に出入り出来るようだ。ホームレスとしては警察のような存在は苦手なので、これからも関わりがないことを祈りたい。


 街の中へ行くと、至る所で屋台のようなものを見つける。

 どれも美味しそうで良い匂いがしているのだが、今の儂には金もなければ値段も分からない。


「ΘΨ*? ξΣβ?」


 エルナが屋台の前に行くと、懐から何かを取り出して店主に渡した。

 そして、串に刺さった肉を二つ受け取る。


「ΛΨ!」


 串焼き肉を儂に差し出した。


「い、いいのか? 儂は金を持っていないぞ?」

「ΨΔ*!」


 彼女は串焼きを儂の手に握らせると、もう一本をむしゃむしゃと食べ始める。  奢ってくれると言う事なのだろう。

 儂も肉に口を付けると、なかなか美味いのだ。

 ただ、肉はやはりオークと比べると脂身が少なく堅めに感じた。

 食事を終えると、エルナは儂をどこかへと連れて行く。

 そろそろ別れようかと思っていたのだが、雰囲気的にそんな感じではないのだ。


 彼女に連れられ、とある建物へ行き着いた。

 白い石を基調とした神殿造りの大きな建物が存在感を放ち、多くの人々が建物へ飲み込まれるかのように入って行く。

 看板には斧と杖が描かれており、やはり文字は読めない。


「*ΛΨ!」


 エルナは儂の手を引っ張り、建物の中へと誘導する。

 建物の中は単純な構造だった。

 受付の女性が並ぶカウンターと、張り紙をした大きな掲示板がいくつも置いている。一見すると銀行のように見えるが、雰囲気は殺伐としていた。

 多くの人々は白人や黒人であり、時々黄色人種を見かけるが日本人らしき姿は見かけない。

 彼らは腰に剣や背中に弓を背負い、杖を握った者もよく見受けられる。 

 そんな人々はこぞってこの建物へ入ろうとしていた。

 光景を見て儂はピンときた。

 ここはもしかして、ダンジョンで狩りをする者たちの集まりではないのだろうか。


 そう考えると、だんだん理解が及び始めた。

 きっとここでモンスターの素材などを依頼して、ハンターのような者たちがダンジョンで獲って来るのだろう。

 その証拠にモンスターを描いた張り紙が掲示板にいくつも張られている。

 多くの人は、それを眺めては張り紙を剥がしてカウンターへと持ってゆくので恐らく正解だろう。


 しかし、エルナは儂の手を引いて建物の奥にある階段へと連れて行く。


 ……ん? 仕事を受けるのではないのか?


 階段を昇った先には、広い部屋が広がっておりやはりカウンターが設置されていた。


「ΘΨ*Λ」


 そう言葉してエルナは背負っていたリュックをカウンターへ乗せる。

 すぐに受付の男性がリュックの中身を確認すると、奥のテーブルの上へ持って行き一つ一つ確認を始める。

 儂とエルナは椅子に座ると、しばらく待つこととなった。

 もしやここでモンスターの素材を鑑定しているのでは? と様子を見ていると、エルナから何かを手渡された。


「ΛΛ*」


 預けていた地図だ。

 彼女はジェスチャーで“これは価値のある物、奪われないようにして”と仕草する。 確かにそうだ、儂にとってこの地図は非常に価値のある物なのだから、奪われるような事があっては困る。リュックへ本を入れると、きつく口を縛った。


「**ΨΦ!」


 鑑定をしていた男性がエルナを呼んだ。

 そして、リュックと数枚の銀貨のようなものを受け取る。

 あれだけの量だったのだ、きっとかなりの値段になったに違いない。

 戻って来たエルナの顔は暗かった。


「そんなにお金にならなかったのか?」

「ΦΨ*……」


 彼女が見せた手には二十枚の銀貨が握られている。

 これがどれほどの価値か分からない以上は何とも言えない。

 彼女の表情を見る限りでは、いい値段ではないことだけは分かった。


「そうだ、儂も念のために素材を持ってきていたんだ」


 儂はカウンターへ近づくと、リュックから素材を次々に取り出す。

 ついでにキュアマシューを含んだキノコも出して、鑑定をお願いする。


「ワァオ、ΨβΛ……」


 男性は感心したように言葉を吐くと、全てを奥のテーブルに移動させ熱心に鑑定を始めた。もしかしていい値段になったりするのだろうか。

 そうだとすれば、この街で調味料を購入することが出来そうだ。


「ΨβΛ*Θξ!?」


 エルナが儂の肩を握って激しく揺らす。

 何度も「ΨβΛ!?」と訊ねてくるので来るので、素材の中の何かに反応しているのだろう。彼女は儂のリュックを漁ると、一つのキノコを取り出して指さした。


「ああ、キュアマシューか。なんだ、そんなに珍しいのか?」


 そう言ってみるものの、エルナは“これはすごい価値があるのよ!”と言いたそうに仕草を繰り返す。

 そうかそんなに価値があったのか。

 箱庭でたくさん生えていたので、珍しい程度のものだとばかり思っていた。


「ΨΘξ、タナカシンイチ」


 名前を呼ばれ、カウンターへ行くと男性から五枚の金貨を受け取る。

 エルナの時と考えると、かなりの金額のように思う。

 何も知らない儂でも金と銀の価値くらいは理解しているつもりだ。

 エルナを見ると羨ましそうな表情をしていた。

 そして、手に持った銀貨を儂に差し出す。どう言う事だろう?


「Θξ*……」


 もしや助けてもらったお礼とでも言いたいのか? だとすれば心外だ。

 儂はエルナと出会ったことで十分に満足している。

 彼女との短い旅は楽しかったからな。


 儂は首を横に振り、銀貨を受け取ることを拒否する。


「その心だけでうれしい。ここでお別れだが、またいつか会える日を楽しみにしている」


 手を振って立ち去ろうとすると、エルナが儂の腰へ抱き着いて全力で引き留める。


 な、なんだ!? なぜ引き留める!? 


「*ξβΛ! ΛΨΘ!」


 彼女が大声で喚くと、周りに居た人々が儂を見てコソコソと話し始めた。

 分かるぞ! 今、碌でもないことを口走っただろ!?


「分かった、分かったから放してくれ」


 観念した儂がそう言うと、彼女はぱぁぁっと笑顔になった。

 よく分からないが、ついてきたいと言っているのだろう。

 まぁ美人と過ごせるのは嬉しいので、儂としても悪い話ではない。




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