十話 同行者


 食料や水やその他もろもろをリュックに詰め込むと、すぐに隠れ家を飛び出した。


 地上へ出れば今の状況が大きく変わることだろう。

 今は何時で朝なのか夜なのか、ここはどこでどのような場所なのか、モンスターのような生き物の正体など、知りたいことが山のようにある。

 何より人恋しい。

 ホームレスとは言え、話し相手が居なければ孤独だ。


 上に行く為の階段を見つけると、儂は剣を抜いておく。

 この上にはオークが居たわけだが、一匹だけだったとは考えにくい。

 再びオークと戦うことを覚悟しておかなければならない筈だ。


 階段を上ると、ドーム状の部屋はがらんとしていた。

 杞憂だったか? 

 剣は抜き身のままで先へ進む。


 十九階層は以前と変わらずレンガ調の壁や床が続いている。

 モンスターが出なければ、良い場所なのだがなぁなど思いつつ複数の足音に耳が反応する。

 堅い床を犬のような獣が走る音だ。

 それらは急速にこちらへ近づいている。

 恐らくだが茶色い狼の集団だろう。迎え撃つつもりで剣を握りしめた。


「あおーん!」


 足音の主が視界に映る。

 予想通り五匹の狼がこちらへ全力疾走していた。

 牙をむき出しにしてみるからに獰猛。儂は狼に向けて鑑定をする。



 【鑑定結果:キリングウルフ:常に群れで行動し、獲物を見つけると仲間を呼びよせて集団で襲い掛かる。性格は極めて獰猛】



「なるほど、見た目通り碌でもない狼か」


 至近距離まで近づいた狼の一匹が儂へとびかかる。


「ふんっ! 遅い!」


 狼の牙を躱しながら下から切り上げる。

 あっけなく両断され、次々にとびかかって来る狼も全て切り伏せた。

 箱庭の獣と比べると格段に遅いのだ。

 もしかすれば階層ごとにモンスターの強さが変わるのかもしれない。


 儂は犬系統は食べないので狼をそのままに放置すると、ずんずんと先へ進んで行く。十字路に差し掛かると、そのまままっすぐ歩いて行った。


「印があるな。ここが儂が現れた場所か……」


 床にバツ印が付けられた場所を発見して儂は観察する。

 ダンジョンへ現れた場所であり、スタート地点だ。

 近くにあった筈の骨もすでに消えている。


「ん? 骨?」


 違和感に気が付く。

 ここは生き物が死ぬとしばらくして廃棄場に運ばれる。

 白骨化するなどあり得ないのだ。

 しかし実際に儂の近くには人骨があったし、持ち物や装備を持っていた。

 ただ、妙に白さが目立つ骨だなぁなんて思っていた。


「まいったな、ここは本当に謎多き地のようだ。のちのち分かればいいが、真相は闇の中というのは勘弁してもらいたいものだ」


 地図を確認すると、この先に隠し扉があるみたいだ。

 なので儂はスタート地点を目に焼き付けてから歩き出した。


 数分ほど歩くと、行き止まりに差し掛かる。

 とてもこの先に行ける感じはしないが、今までの事を考えるとどこかに仕掛けがあるのだろう。

 そんなことを考えつつ壁を押してみると、軽い力で開いて行く。

 扉の向こう側へ少しだけ顔をのぞかせると、モンスターの気配は感じられなかった。

 そっと踏み出して通路へ出ると、隠し扉はひとりでに閉って行く。

 とうとう儂は隠しエリアから本当のエリアに踏み出したのだ。

 ここからが本番だと気を引き締める。


 儂が居る場所は先ほどと変わらないレンガ調の通路だ。

 何処までも薄暗い道が続き、時々壁にクリスタルの明かりが設置されていて安心感を感じる。

 とは言っても儂の視力は上昇し、今はバームの果実の効果でさらにアップしている。昼間のようにとはいかないが、かなりはっきりと見えるのだ。


 隠し扉の前から進もうとして思いとどまる。


「隠しエリアへの進入方法を知っておかないと、隠れ家に帰れないじゃないか」


 という訳で隠し扉を通路側から押してみると、簡単に開いて行く。

 此処に関してはたいそうな仕掛けは施されていないようだ。

 ただ、見た目は只の壁だ。

 目印なしで見つけるのは至難の業だと思われる。

 儂は目印として壁の一部にナイフで傷をつけておく事にした。


「これでよし。さぁ地上へ行くぞ」


 今度こそ踏み出すと、地図を頼りに階段を探す。

 十九階層は地図で見ると分かりづらいが、相当な広さだ。

 縮小率などを考えると、小さな街がすっぽり入る大きさだと思われる。

 それでも詳細に書かれたこの地図には敬意を表したい。

 どれほどの時間と労力がかかっているのか考えるだけで恐ろしくなるのだから。


 百メートルほど歩いたかと思うところで、儂の感覚に生き物らしき反応が感じられた。

 人間のような息遣いに、話し声が聞こえる。

 心の中で飛び上がった。念願の生きた人間と出会えるのだ。

 我も忘れて走り出すと、さらに百メートルほどで悲鳴が聞こえる。

 獣のような鳴き声に肉を引き裂くような不快な音。

 複数の人間がモンスターと戦っていると判断して儂は全力疾走する。


 辿り着いた場所は凄惨な状況だった。

 壁や天井に血液が生々しく付着し、今も滴っている。

 グチャグチャと咀嚼する茶色い巨体は、散乱した死体の中心で胡坐をかいていた。

 どうやら儂には気が付いていないようで、背中を向けたまま食事に夢中だ。

 すぐにオークだと察した。

 運悪く、ここに居た人間はオークに見つかったのだろう。

 儂の中で沸々と怒りが沸きあがる。

 ようやく生きた人と話が出来ると思っていたのだ。

 その希望をこの豚野郎は打ち砕いた。


 すぐにツボ押しを使うと、オークの背中に二つの点が現れる。

 肩甲骨の辺りと脇腹の辺りだ。

 そっと左手でナイフを抜くと、忍び足で背後から近づく。

 至近距離まで接近すると、迷うことなく背中にナイフを突き刺した。


「ぐがぁぁあああああああ!?」


 掴んでいた肉を手放し激しく暴れる。

 激痛に悶え立てることすらできないようだった。

 右手に持った剣でさらに奴の脇腹へ切り込むと、お手製の魔法剣が電撃を放つ。

オークはがくがくと身体を震わせると、力なく床に倒れた。

 すぐにトドメをするためにナイフで首を掻っ切る。

 恐ろしかったオークも今の儂には敵ではなかったようだ。


「くっ……せっかくの人間が……」


 死体を見て悔しさが訪れる。

 儂がもう少し早く駆けて付けていれば、彼らは死ななかったかもしれないのだ。 そう思いつつ、金目のものを頂戴してゆく。

 彼らの死は悲しいが、それとこれは話が別だ。

 彼らはすでに死んだ。だが、儂はまだ生きている。

 ならば儂の生活の糧にさせてもらう。


 剣や貴金属などを回収すると、彼らに手を合わせた。

 儂のように記憶をもって転生できるように祈る。


「さて、オークをどうするかだな。人を食った獣という部分では抵抗があるが、すでに食べているしな……一応だが足だけ回収しておくか」


 オークの足に刃を入れると、切断してナイフで皮を剥いでおく。

 あとは肉をバラして持ってきていた大きな葉っぱに包んでおしまいだ。

 倫理的に抵抗がないこともないが、儂は腹に入ればすべて一緒という考えだ。

 その生き物が何を食べたかと言う事は大事かもしれないが、よほどでない限りは食べない理由にはつながらない。

 ましてやこのような状況だ。肉があるだけでも感謝するべきだろう。


 荷物をまとめると地図を確認して再出発する。

 きっと生きた人間にすぐに会える筈だ。

 そう思って歩き始めたのだが、すぐに気になる物を発見した。

 パンパンに膨らんだリュックサックだ。


「もしや、他にも人間がいたのか?」


 放り出されたリュックの中を見てみると、毛皮や肉などが大量に詰め込まれている。中には爪や牙など何に使うのか分からない物も見て取れる。

 儂はなるほどと納得した。

 殺された彼らはモンスターを狩る者達だったようだ。

 まぁ、今まで見た多くの死体が剣や槍などの武器を持っていることからも、そういった者が居るんじゃないかと予想はしていた。

 もしくはすべてがそういう者達だったのかもしれない。

 そこで儂は笑みを浮かべた。

 ここではモンスターの素材が金になると確信したからだ。


「モンスターを狩って生計を立てるというのは悪くないかもしれないな。そうすれば死体を漁って手に入れる調味料なんかも大量に手に入れられる」


 岩塩はストックがまだあるが、砂糖や胡椒などはそれほど多くはない。

 贅沢を言えば醤油や味噌も欲しいが、あるかどうかは不明だ。

 あとは米と卵か。日本人として米は欠かせない物だ。

 あるなら購入しておきたい。

 おっと、考え事に夢中になってしまったが、生きている人間がまだいるかもしれないのだったな。とりあえず探してみるか。


 儂はリュックの持ち主が逃げたであろう通路へ入って行く。




 歩き続け数十分。ようやく人影を見つけた。

 体育座りで壁に背中を預け、顔は膝の間に埋めている。

 壁にはロウソク立てに乗せられたクリスタルが周囲を青白く照らし、その人物が女性だと分かる。


 儂は息遣いを聞いて生きていることを確認した。

 生きた人間と出会ったのだ。儂の心はかつてないほどドキドキしていた。

 恐る恐る近づき、揺り起こそうとすると、目の前の人物から声が漏れる。


「ぐがががぁぁぁ。ふがっ…………」


 起こそうとしていた手が止まった。

 この人物はこんな危険な場所で熟睡しているのだ。ますます感動する。

 きっと相当図太い神経をしているに違いない。

 だからこそオークから逃げ延び、こうして生き残ったのだろう。

 儂には非常に興味深い人物に見えた。


 とりあえず起こすために肩を掴んで揺らすと、女性が顔を上げる。

 その顔を見てさらに驚いた。

 その容姿は息が止まるほどの絶世の美女。

 美しい金髪がサラサラと肩や背中を流れ、スキマから尖った耳が見える。

 柔らかそうなピンクの唇は眼が離せない。

 ……が、その口から涎が垂れていた。


「…………」


 金色の透き通った眼が儂の顔をまじまじと見る。

 半眼だった瞼も、次第に開いて行き見開いたかと思うと儂に抱き着いた。


「*ΨΛΦ!! ΛΨξΣ!!」


 聞き慣れない言葉を耳元で連呼し、強く抱きしめてくる。

 怖かったのだろうと思い儂も抱きしめ返し背中をさすってやる。

 すると胸に柔らかい感触を感じた。

 大きく弾力がある感じだ。おおおお、これは……。


「ξΨΔ?」


 何かに勘づいた女性が儂から身体を離す。

 久しく感じていなかった女性の体に、儂の一部が反応してしまったようだ。

 中身は56歳だがやはり体は若いのだ。素直に謝る事にした。


「すまん、あまりにも美人だったので反応してしまったようだ」

「*ΘΨ」


 彼女は頷くと笑顔を見せてくれた。どうやら広い心の持ち主だったようだ。

 儂は背負っていたもう一つのリュックを彼女に差し出す。

 かなり大きなリュックだが、きっと彼女の物だろう。


「ΣΨ*! *ΦξΛ!?」


 彼女はリュックに驚き、理解のできない言葉で話しかける。

 語尾が上がっているのできっと質問だろうが、儂は首を傾げた。

 彼女も首をかしげる。


 ポンと手の平に拳を打ちつけると、彼女はジェスチャーを始めた。

 ガオガオと声を出して熊のような仕草をする。

 次に何かを食べる仕草。最後にリュックを指さした。


「もしかしてオークの事を言っているのか?」

「オーク!」


 ようやく理解が出来て納得した。

 リュックの近くにオークが居た筈だから、どうしたのかと聞きたいのだろう。

 今度は儂がジェスチャーをする。

 剣を振る仕草をすると、次は倒れるような仕草をする。

 最後にリュックを指さした。


「オークΛξΣ!? ξΘ*!」


 唯一聞き取れたのはオークだけだが、彼女はぱぁぁと満面の笑みを見せた。

 どうやら伝わったらしい。

 良かった良かったと思いつつ、何度か頷くと儂は立ち去ろうとした。


「Θ*Λ! ΛΦΨΣ!?」


 が、すぐに引き留められる。

 彼女は首を振って儂の腕をつかんでいた。

 何度も儂と自分を指差して上を指し示す。


「もしかして一緒に地上に行きたいのか?」


 儂は勝手に彼女が帰る手段を持っていると思っていた。

 転移とやらもあるわけだし、魔法でビューンと飛ぶだろうなんて都合のいいことを考えていたが、どうやら見当違いのようだ。

 よくよく考えればそんな物があるのなら、すぐに逃げていたはず。


「オーケーオーケー。儂と貴方は上に行く」


 ジェスチャーを返すと、彼女は儂に抱き着いた。

 また儂の一部が反応してしまうが、少しだけ我慢してもらおう。

 儂だって少しは若さを満喫したい。


 彼女は荷物を背負うと笑顔で頷く。出発しましょと言う事らしい。


 しかし、改めてみると相当な美人だ。

 端整な顔立ちに、胸のあたりまである金のストレートヘア―が美しい。

 長い手足にきめ細かな白い肌、薄手の白い服にぴったりとフィットする革のズボンが魅力を引き立てていた。

 一番目を引くのは軽装備を装着していても分かる胸の主張だ。

 身体がスリムなだけに、大きめの胸は目立っていた。


 いかんいかん。あまり見過ぎては失礼だ。すぐに視線を逸らす。


「Λξ*、エルナ・フレデリア。ΦΨΛ?」


 彼女が自分を指差して名前のようなものを言った。

 最後の言葉は“貴方の名前は?”という意味だと推測する。


「田中真一」

「タナカシンイチ?」

「真一でいいぞ」


 そう言うとエルナは「シンイチ!」と連呼する。

 面白い同行者が出来たかもしれない。



 儂とエルナは地上を目指して歩き出した。




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