九話 転移とやらが出来るらしい
三つめの箱庭へたどり着くと、ひとつ前と同じような森が広がっていた。
地図によるとここにも何かがあるようだが、やはり文字が読めないので何があるのかは分からない。
ひとまず先へ進むとすぐに見慣れない物を見つける。
地面に倒れている枯れた木の幹に、数百ものキノコが生えているのだ。
見た目はブラウンマッシュルームだが、成長してかなり大きな物も見られる。
ここでも儂は疑問を感じる。
微生物などが繁殖できない環境であるとして、カビや苔はどうして繁殖できるのかと言う事だ。
キノコはカビの一種であり、菌糸と呼ばれる小さなものが寄り集まって出来たもの。儂が考えたダンジョンのルールには違反しているように思う。
「植物は例外だとでも言うのか?」
とは思いつつも、キノコが食べられるかどうかを鑑定してみる。
実際の所、食料になればどうでもいいのだからな。
【鑑定結果:キュアマシュー:枯れ木に自生するキノコ。治癒効果に優れ、軽傷であれば数秒で治癒してしまう。非常に美味なことで知られ、大きさによっては高値で取引されることもある。別名は延命茸】
儂は袋を取り出すと、キュアマシューをパンパンになるまで収穫した。
こんな便利なキノコがあるのなら採らないわけがない。
それに高値で売られるとするなら、人間と出会った時に交渉に使えるかもしれない。いい場所を見つけたと嬉しくなる。
その後もコボルトや大きなトカゲと出会いつつも、全てを切り下し先へと進む。
この箱庭にはキノコが多く自生しているようで、キュアマシューの他にもシターケ(椎茸)やマイターケ(舞茸)などの多くのキノコを収穫することが出来た。
しかし、一つ疑問が残る。
鑑定では『ミスリルの剣』と表示されるのに対し、野菜やキノコは地球名では表示されない。
そこで儂は考えた末に仮説を立てた。
剣というのは地球においても同じ認識だ。
反対に野菜やキノコは似ているだけで、別物の可能性が高い。
儂が白菜だと思っているハサーイも、白菜ではないのだから認識が一致するわけがないのだ。鑑定はその微妙な違いで表示されていると考える。
うむ、気が付いてみれば大したことではなかった。
儂は次なる箱庭へ移動する。
この二十一階層は地図によると四つの箱庭で構成されている。
なので次の箱庭が最後だ。
通路を進むと着いた先は予想通り森だった。
モンスターの気配に注意しつつ箱庭の中心部へと歩みを進める。
地図には箱庭の中心部に書き込みがされていた。
きっと菜園やバームの樹のようないい物があるだろうと期待してのことだったのだが、辿り着いた先にあった物は、見事に儂の予想を裏切っていた。
白い石で造られた直径十mほどの丸い舞台に、周りにはギリシャ神殿のような柱が取り囲むようにして並んでいる。その中心には黒い石板が置かれていた。
「建造物? 石碑? なんなんだ……」
舞台へ近づくとそっと足を乗せてみる。
特に異変はないので、建造物の中へ踏み入ると気になった石板へ歩み寄る。
「何を書いているか分からないな」
黒い石板にはのたくった字で三行ほど文字が刻まれていた。
もしや前の住人の墓か? などと考えてみるが、死んでいるかどうかも不明なのだから失礼かもしれない。
そっと石板へ触れると、頭の中に言葉が浮かんだ。
【現在の田中様は転移先が存在しない為、移動することが出来ません。一度、地上に出るか、転移ポイントの発見をしてください】
「転移? なんだそりゃあ?」
もう一度、石板へ触るが同じ言葉が表示されNOを突き付けられる。
言葉から察するにここから移動できると考えていいのだろうが、その為には地上に出るか転移ポイントとやらへ行く必要があるらしい。
そう言えば有名RPGゲームをした時も魔法で移動した覚えがあった。
行ったことのある町へビューンと飛んでゆくのだ。
あれと同じだと思えばいいのだろう。きっとそうだ。
儂は興奮して鼻息を荒くする。
「ここが使えるようになれば、隠れ家にすぐに戻って来られるに違いない。これはいい物を見つけた。ダンジョン万歳だ」
儂は小躍りをして喜びを表現する。
「そうだ、一度下の階も見ておこう」
そう呟いて箱庭の中を探索するも、何故か階段が見つからない。
地図には確かに二十二階があるにもかかわらずだ。儂は首を傾げた。
地図を何度も見ていると、二十一階層には階段が存在しないことが判明する。
しかし、地図は三十階層まで記されている。不自然だ。
そこで十九階層を確認すると、その理由がはっきりと分かった。
十九階層の一部の壁に書き込みがされており、その奥に儂がオークと出会った部屋があったのだ。
ようするに儂の住んでいる場所は隠しエリアだったという訳だ。
そりゃあ誰とも会わない筈だとしょんぼりした。
「まてまて落ち込むのはまだ早い。今の実力なら十九階層を制覇することも可能かもしれない。あの茶色い狼たちも今なら勝てるはずだ」
そうと分かれば落ち着いてはいられない。
儂は来た道を素早く戻り、隠れ家へと帰宅した。
◇
「エルナ、荷物を失くすなよ? そのためにお前を雇っているんだからな」
「わ、分かっています」
私は光魔法で周囲を照らしながら仲間へ返事をする。
背中にはパンパンに膨らんだリュックと、腰には護身用に購入した鉄の剣が重い。
私はエルナ・フレデリア19歳。うら若きエルフだ。
両親は魔導士で、エルフの国だけでなく他国でも名の通った超有名人だ。
じゃあ娘の私もその才能を受け継いでいると思われがちだが、そんなことはないと断言できる。
魔力はかなり多いらしいけど、どういう訳か初級程度しか使えないのだ。
属性だって火と光の二属性持ちなのに、宝の持ち腐れと言わんばかりに持て余している。
同期の魔導士は大体が中級や上級を覚えて、貴族の屋敷や王宮へ就職してしまった。
そればかりかイケメンの彼氏なんて作って、独り身の私をあざ笑うのだ。
火魔法の上級が使えたらすべてを燃やし尽くしてやるのに。
そんな私は仕事口もなく、誰でもなれるという冒険者に身を落とした。
冒険者は基本的に魔獣や魔物と戦って生計を立てているけど、時々手に入る魔石なんかも収入源にしている。
あとはギルドから依頼されるクエストなんかで生活をおくっているのが普通だ。
でも、私が今住んでいる町の近くにはダンジョンがあるので話は少し違ってくる。
ダンジョンは世界各地に存在していて、凶暴な魔獣や魔物の巣窟だ。
魔石や鉱物などが豊富に採取出来て、時々予想もしないお宝が出てくることで有名なのだ。
それだけじゃない。
誰がいつ何のためにどうやって造ったのか分からない場所なだけに、多くの研究者や興味のある者がダンジョンの事を知りたがっている。
なので最下層に到達した者は、学者に情報を渡す代わりに栄誉と金を約束されているのだ。
ダンジョンの最下層へ到達したって話は全くないわけではない。
いくつかのダンジョンはすでに踏破されており、最近では誰がどこのダンジョンを踏破するか競争しているくらいだ。
その中で最悪のダンジョンと呼ばれているのが、ここ“モヘド大迷宮”だと言われている。
理由はモンスターが強すぎること。
一つの階層でもとてつもなく広いのに、出てくる魔獣や魔物も強力だ。
そこら辺のダンジョンが生ぬるいほどの難易度で、もっとも踏破が難しい迷宮として有名なのだ。
仲間になった冒険者パーティーが勇気と無謀をはき違える人種だと気が付いたのは、モヘド大迷宮に来てからだ。
私自身たいした魔法が使えないのでただの荷物持ちだけど、傍から見ていると恐怖を抱くほどリスクを選び取るから泣きたくなる。まだ死にたくはない。
「なぁ、この辺りって怪しくないか?」
「そうね、十九階層では行方不明者が多いみたいだし、かなり危険な魔獣か魔物が潜んでいるのかもしれないわ」
男の冒険者と女の魔導士が会話をしている。
このパーティーは私を含めて五人。
というか私は正式な仲間ではない。契約を結んだ仮初の荷物持ちだ。
私はエルフだからヒューマンの女性に比べると、力も素早さも高いし少しばかりなら魔法だって使えるのでこう見えて重宝されている。あとは耳が良いことかな。
このパーティーは中級冒険者だし、今はすでに十九階層だから実力の高さがうかがえる。
同時に恐怖心も沸き起こる。
四人が死んでしまうと、私は生きては出られないのだ。
だから今日はもう帰ろう? なんて心の中でお願いしているのだけれど、どうも嫌な予感がしていた。
「よし、じゃあ今日は二十階層に行けば野営をするぞ」
「え!? でももうリュックはいっぱいですけど……」
パーティーのリーダーの提案に私は抗議する。
「お前は黙って荷物を背負っていればいいんだ。空のリュックならまだあるだろ? 二つや三つくらい背負って見せろ。まぁ、俺の女になるというなら引き返してもいいがな」
リーダーの男は私をニヤついた顔で眺める。
事あるたびに自分の女になれというから吐き気がする。
最初はリーダーが嫌だったので荷物持ちを断ろうと思っていたけど、仲間に女性もいるから大丈夫かもと安易に引き受けたのが間違いだった。
魔導士の女性は私がどうなろうと我関せずを通しているし、他の二人の男性も私に興味がないのかイチャイチャしている。
あ、うん……男同士でってことね。
とにかく私に好意を示しているリーダーが野放しだから、ことあるたびに自分の女にならないかなんて迫って来るからうんざり。
私はガツガツした男より、大人っぽくて落ち着いた人が好きだから興味なんて欠片もない。お断り。
なのでいつも通りリーダーに返答する。
「もう少しお互いのことを知らないと付き合えないです……ごめんなさい」
「くっ……ま、まぁいいさ。すぐに俺のカッコよさを知って惚れるはずさ」
きっとリーダーはモテない人なのだろう。女の直感で察した。
「ちょっと、荷物持ちを口説いていないで剣を構えなさい! 敵よ!」
魔導士の女性が杖を構えると、通路の曲がり角からぬうっと巨体が現れる。
茶色い皮膚にだらしなくたるんだ腹。
豚鼻に口からは鋭い犬歯がはみ出ていた。
その眼は白目が黄色く、私たちを見る視線は飢えた獣のように知性を感じさせない。
オークだ。私は全身が震えた。
「やばい! どうしてこんなところにオークが!?」
「そんなことよりも攻撃よ! 魔法を撃つから時間を稼いで!」
私は四人から離れて曲がり角に身を隠した。
オークはその巨体から非常に恐れられている。
脂肪が分厚く攻撃は効きにくく、一度摑まると勝ち目はないほど腕力が強い。
何より恐ろしいのは人間の女を好んで食べると言う事。
時には犯して子供を産ませることもあるらしく、女性がもっとも嫌悪する魔獣の一匹だ。
心の中で怖い怖いと思いつつ、四人を応援していた。
まだ死にたくないし処女のままで天国へ行くなんてありえない。
素敵な男性と結婚して、温かい家庭を築いて可愛い子供を二人くらい産む予定なのだ。だから四人とも勝ってほしい。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
叫び声が聞こえ壁から覗くと、リーダーがオークに掴まれ引き裂かれていた。
仲間は懸命に剣を振るうけど、オークの身体には切り傷すら付けられない。
「これを喰らえ! ロックバレット!」
魔導士が放った中級土魔法は一m程の岩を飛ばすものだ。
岩がオークに直撃すると、数メートルほど弾き飛ばした。
魔法攻撃の衝撃によりオークから解放されたリーダーは、床に血だまりを広げるだけ。すでに絶命していた。
「ぐがぁああああ!」
オークが立ち上がると、怒り狂ったように叫び声をあげた。
そして走り出すと、男性冒険者を掴んで引きちぎる。
降り注ぐ血の雨と臓物に魔導士は立ちすくむ。
「に、逃げて! 早く逃げて!」
私は魔導士に声をかけると、ようやく彼女は逃げ始める。
が、すでに遅かった。
もう一人の男性冒険者を殴り殺すと、動き出した魔導士を素早く捕まえる。
オークは魔導士を手の中に収めたことで嗤い始めた。
私は恐怖のあまり荷物を置いて逃げ出す。
ここに居ては私も危ないという判断だったのだが、何処に逃げようと私に生きる道はない。
ここはモヘド大迷宮の十九階。
自力で地上へ戻れる可能性は限りなくゼロに近い。
「もう、疲れた……」
私はいつしか床に座り、壁に背を預けた。
脳裏にお母様とお父様が浮かんで涙がこぼれる。
先立つ不孝をお許しください。
だんだんと眠気が訪れ私は瞼を閉じた。
できれば眠っている間にひとおもいにやってほしい。
そんな最後の願いが浮かんでから意識は闇へと沈んだ。
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