八話 すごい物を見つけた

 

 廃棄場へやってきた儂は、死体の山からめぼしい物を回収してゆく。

 武器や防具はきっとあとあと金になる気がするのだ。それに謎の宝石も。

 面白いのは大体の者が赤い宝石を持っていることだろう。

 やはり火を出す道具として使われていると思うのだが、使い方がいまいちわからない。魔法陣がなくとも使えるのだろうか?


 死体の山を登りつつ天井に視線が向いた。


 やはり天井にある穴の内側には棘があり、そこに黒い布が引っかかっている。

 形から察するに服の一種だと思うが、遠目からなのでどのようなものか判断できない。

 うーん、やっぱり気になる。

 ここからだと遠すぎるのか鑑定もできないし、やはり落として間近で見た方がいいのかもしれない。


 儂は山の頂上へ行くと、背中にある弓を取り出した。

 弦を引くと風の矢が現れ、狙い通りに黒い布へ命中する。


 ――が、矢は消失した。


「あ? 当たったよな?」


 もう一回矢を放つが、やはり黒い布へ当たると矢は消えてしまう。

 不可思議な出来事に首を傾げた。


「魔法が無効化されているのか……?」


 思い当たった事を口にしてみるが、どうも信じられない。

 そこで儂は布を落とすために、空の瓶などを投げ始める。


「落ちろ! 落ちろ!」


 黒い布は厚手なのか、瓶が跳ね返されビクともしない。

 今度は小さめの盾を投げてみる事にした。

 三回ほど投げてようやく命中。黒い布は僅かに棘からズレ落ちる。

 あともう少し。


「渾身の攻撃を受けてみろぉぉ!」


 回転をかけてフリスビーのように盾を投げると、黒い布へ命中しとうとう儂の手元に落ちてきた。


「なんだローブか。これなら儂だって知っている」


 布はローブだった。

 漆黒の布で作られており、触り心地は非常にいい。

 一目で高級素材だと分かるが、変異種との戦いに役に立つとは思えなかった。

 そう思っていたが、儂の勘がこれはいい物だと囁いている。

 とりあえず鑑定をしてみる事にした。



 【鑑定失敗:****:******】



 少しだけ驚いた。

 隠れ家にあった杖と同様に、このローブも今のところは鑑定は出来ないようだ。 もしかすればと思い、ローブを羽織ってみる。



【以前の持ち主がすでに死亡しています。このローブを所有しますか? YES/NO】



 頭の中に言葉が浮き上がり、YESかNOの選択を迫ってくる。

 こんなことは初めてだった。明らかに普通のローブではない。

 儂は恐る恐るYESを選択した。

 恐怖心より好奇心が勝ったのだ。

 その瞬間にローブに光の波が走る。

 儂はとんでもない物を手に入れたのかもしれない。


「と、とにかく今日のゴミ漁りはこれくらいにしておこう……」


 儂は回収した物をリュックに詰め込んで隠れ家へと戻る。



 ◇



「やはり儂も魔法を使うべきだな」


 テーブルに出したままの宝石を見て頷く。

 宝石は赤・青・黄色・緑・橙と五色手元にあるのだが、コンロの中にある宝石を考えると道具として使われている筈だ。

 ただ、指輪やネックレスなども手に入れている訳だが、そちらの宝石とは少し違うことが分かる。

 一見すると赤い石はルビーとそっくりなのだが、中を覗くと光の粒子がキラキラと光っているのだ。こんなことは宝石ではあり得ない。

 その証拠に貴金属の宝石には光の粒子は確認できなかった。

 とするなら、これらは宝石によく似た特殊な石と判断できる。


 儂はコンロに描かれている魔法陣をペンで紙に模写する。

 ペンとインクと紙はこの隠れ家に置いてあったので使わせてもらっている。

 前の住人は書き物が好きだったのかもしれない。


 次に魔法陣の中心に黄色い石を乗せて、手の平をかざしてみた。

 いでよ我が魔力。むむむ。


 …………。


 反応はない。魔法陣に石なら発動すると思ったが、何かが足りないのか?

 そう思って魔法陣に触れると、黄色い石からバチチチと電気が放出された。


「魔法陣に触れて発動した? 儂の指を起動キーとしているのか?」


 もう一度触れてみても石から電気が放たれる。

 コンロの仕組みを思い出してみると、儂は火をつけるためにスイッチを押している。だとするならスイッチから何らかの力が流れ出して、魔法陣を起動させていると仮定した方がいいだろう。

 

 儂は謎の力を“魔力”と呼ぶ事にした。


 さて、次なる疑問は回収したリュックからは、魔法陣らしきものは発見されていないことだ。

 石を発動させるには魔法陣が必要だと思うのだが、どうもその前提が怪しい。

 儂が出来ないだけで、この世界では魔法陣を用いずとも、石の力を使えると思った方が筋が通りそうなのだ。それに儂の属性が“無”と言う事も関係しているのかもしれない。


 話を元に戻すと、儂はこれらの石を変異種との戦いで役立たせることはできないかと思いついた。

 火や電気は攻撃にはかなり有効だ。

 奴が魔法を使う前に攻撃できれば勝機は高まる。


 そこで儂は剣の柄の部分に、黄色い石を埋め込む事にした。

 ミスリルの剣の柄にはちょうど丸い窪みがあるので、そこにはめ込めば強力な武器になるかもしれない。

 という訳で石を硬い物で叩いてみるとあっけなく砕かれる。

 程よい大きさにすると、剣の柄にはめ込み周りに魔法陣を描いて行く。

 木製の柄なのでナイフで削ればいいだけだ。


 お手製の魔法剣が完成した頃には五時間も経過していた。


「作動するか試してみるか」


 剣を握ると、指で魔法陣に触れてみる。

 バチチチチと電気が刀身から放出され、独特の音が部屋の中で木霊する。

 儂が魔法陣に触り続ける限り、電気は持続するようなので連続した攻撃にも使えるはずだ。


「これでリベンジを果たせそうだな、ククク」


 儂は剣を握りしめ笑みを浮かべた。



 ◇



「さて、そろそろバームの果実を食べておくか」


 最初の箱庭へ着くと、リュックからみかんそっくりな果実を取り出す。

 今の儂ならなくとも勝てるとは思うが、慢心は危険だ。

 前回の戦いもそれが原因で油断へと導いた。

 もぐもぐとバームの果実を食べると、超感覚が訪れる。


「む……昨日より感覚が鋭くなっていないか? 隣の箱庭の音まで聞こえてくるぞ」


 儂の肉体は筋肉だけでなく五感も底上げされていたのだろう。

 これでますます勝率は上昇したはずだ。

 

 二番目の箱庭へ到着すると、すぐに剣を抜いた。

 一匹だけだが何かが儂を狙っているのだ。


「ぐるるる……」


 森から現れたのは以前に倒した虎だった。

 儂がどれほど成長したのか確かめるには最適の相手だ。

 すぐにスキルツボ押しを発動すると、虎の赤い点が四つも表示された。

 前回は腹部とお尻のあたりだったハズだが、今はそれに加え背中と前足の付け根に表示されている。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス

 職業:ホームレス

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(中級)、ツボ押し(中級)、剣術(初級)、弓術(初級)



 なんとツボ押しが中級に上がっているではないか。

 ちゃんとステータスを確認しておくべきだったと反省する。

 しかし、中級は赤い点が四つになったのなら、上級はどうなるのか気になる。

 やはり赤い点が六つになるのだろうか?


「ぐわぁおぉん!」


 威嚇をしていた虎がとびかかって来る。

 その動きはスローモーションのように遅く、赤い点を狙うまでもなく倒せそうだ。

 儂は攻撃をかわしつつ虎の首へ剣を切り上げる。


「っううおん!?」


 スローモーションが終わると、首を切られた虎は一回転して地面へ倒れた。

 あれほど恐ろしかった虎が一撃だ。

 近づいてとどめをすると、最初の箱庭へ戻る事にした。

 変異体を早く倒したいが虎の肉を逃す理由にはならない。

 菜園がある箱庭へ着くと解体を始める。

 二回目は手際も良くなり綺麗に毛皮を剥がすことが出来た。

 青と黒の縞模様は悪くない色合いだ。

 肉もバラバラにして大きな葉っぱに一つ一つ包んでおく。


 ちなみに地球の虎はあまり美味しくはないらしい。

 だが、この青い虎は違う。

 牛肉に近いというかとにかく美味なのだ。

 なので昨日のコボルトと違い、放置する気にはなれなかった。

 あとは腐らないことだろう。

 腐らないと言う事は、生肉を貯蔵しておくこともできる。そうなれば熟成肉を作ることも可能だ。実に楽しみである。


 解体を終えるとリュックに肉を詰め込んで出発する。

 二番目の箱庭へ戻ってくると、森の中を臆することもなく突き進んで行く。

 どういった訳か、箱庭の中に居る獣たちが蜘蛛の子を散らすように儂から離れて行くのだ。昨日のコボルトの一件は、箱庭内の序列のようなものを変えてしまったのかもしれない。


 箱庭の中央へ到着すると、昨日と変わらない姿のバームの樹がそびえ立っていた。

 すぐによじ登ると、数個ほどバームの果実を収穫する。

 これほど優れた果実は手放せない。もはやバームの虜だ。


「がうぁぁあああああ!」


 声に下を見ると、森から変異種が歩いて来ていた。リベンジの時だ。

 すぐに枝から飛び降りて剣を抜くと、奴に向けて挑発してやる。


「ワン公よ今日の儂は一味違うぞ! 逃げるのなら今の内だがどうする!」


 変異種は一際大きな鳴き声を上げると、右手から火球を放ってくる。


 待っていたとばかりに火球を避けると、爆発が地面を抉り小さなクレーターを作り出す。

 奴は連続して火球を撃ち続けた。

 儂が魔法に弱いと学習したのだろう、しつこいほど遠距離で狙い撃ちをしてくる。それでも当たらければ意味はないがな。


 儂は素早い動きで避けつつ、次の火球の軌道と着弾点を割り出し、少しずつ変異種へと近づいていた。剣の攻撃範囲に入ればこちらのものだ。

 

 だが、奴の企みに完全に嵌っていたのだ。

 一個ずつ放たれていた火球が二個に増えた。

 辛うじて二つを避けたものの、今度は三つの火球が放たれる。 

 ギリギリで避けると、次の火球はすでに進行方向へ狙いを定めていた。

 どうやら儂が避けることも計算に入れて、数手先を読んでいたようだ。

 詰みである。


 逃げきれなかった儂に火球が直撃する。


「ぐあぁぁぁぁあ!」


 儂は叫んだ。

 前回のように爆発してダメージを負うだろうと思ったのだ。




 …………痛みはない。


「爆発していない?」


 身体を見ると魔法攻撃を受けた痕が見られない。

 変異種も何が起きたのか不思議そうだ。


「がうっ!」


 油断していると次の火球が放たれてしまった。

 そして今度こそ何が起きたのか確認する。


 火球は儂の数cm手前で消失したのだ。


「あ? 消えた?」


 儂が首をかしげると、変異種も首を傾げた。

 そこで黒いローブを手に入れようと躍起になっていたことを思い出した。

 あの時、魔法の矢が刺さらなかったのは、この黒いローブのせいだったのだろう。

 恐らくだが、魔法を消滅、もしくは拡散させる能力をもった特別なローブだったと判断する。


 理由が分かれば迷うことなどない。

 儂は笑みを深めて走り出した。


 変異種は何度も火球を放つが、当たる直前で消失する。

 奴と肉薄すると、鋭い爪を振り下ろされるが動きは丸見えだ。

 今度は掴み掛ろうとしてくると、儂は剣柄にある魔法陣を指で触れる。

 バチチチチと電気が迸り、機能は問題なく作動している。


「昨日のお礼だ!」


 奴の肩から袈裟切りをすると、胸のあたりで刃は止まってしまう。

 しかし、刀身から迸る電撃は変異種を痙攣させ麻痺させる。

 チャンスだとばかりに剣を引き抜くと、奴の首へ渾身の斬撃を落とす。

 宙に頭部が舞い、どさりと地面に転がった。

 身体も重い音を鳴らし地面に倒れる。


「儂の勝ちだぁぁぁあ!」


 両手をあげて勝利の余韻に浸った。

 そしてバームの樹へ抱き着く。


「これでバームの樹は儂のものだ。くふふふ、今後は安心して収穫できるぞ」


 儂が何故こんなにも変異種へ拘っていたかは、バームの樹にある。

 負けず嫌いと言う事もあるが、一番はこの究極の果実バームを手に入れるためだった。

 予想だが、コボルト達はバームの樹を独占していたに違いない。

 だからこそ儂が此処へ来たことで過剰反応を示したのだ。

 そのコボルト達も今はいない。儂がほぼ全滅させたからな。


「さて、昼食にでもするか」


 気分を切り替えると、木の枝で地面に魔法陣を描く。

 中央に赤い石を置くと、その周りを普通の石で取り囲んだ。

 指で魔法陣に触れつつフライパンを石の上に乗せると、赤い石から火が放出される。火力が弱いので赤い石を数個追加すると、火力は強まった。

 

 フライパンに虎の肉を置くと香ばしい香りが漂う。

 焼きあがるとパンに挟みつつガブリと頬張った。

 若い肉体は運動量は高いが、その分だけ腹も減りやすい。

 変異種の死体を横にしながら食事ができるのも、食欲が勝っているからだろう。


「……んん?」


 変異種の死体へ目をやると、まるで泥へ沈むようにズブズブと飲み込まれてゆく。とうとう決定的瞬間を目撃してしまったのだ。


 廃棄場を見てからずっと考えていた疑問がようやく解ける。

 ダンジョンは死体をこうやって回収すると、廃棄場へと移動させるのだ。

 そして風化させ粉状にすると、さらに何処かへと運んでゆく。

 ダンジョンの仕組みが少しだけだが解明できたのだ。


「まるで生き物のようだな……早く生きた人間に会って、詳しい話を聞いてみたい」


 食事を終えると荷物をまとめて新たな箱庭へと出発した。




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