七話 冒険をしてみよう
一時間ほど弓の練習をすると、急に狙った所に当たり始めた。
練習をしたのだから当然だと言いたいが、あまりに急激な変化に違和感を感じたのだ。
「そう言えばステータスを見ていなかったな。もしかすれば変化があったのかもしれない」
そう思ってステータスを開くと、確かに新たなスキルが追加されていた。
【ステータス】
名前:田中真一
年齢:17歳(56歳)
種族:ホームレス
職業:ホームレス
魔法属性:無
習得魔法:なし
習得スキル:鑑定(中級)、ツボ押し(初級)、剣術(初級)、弓術(初級)
剣術と弓術が追加されている。
儂の訓練の成果がスキルに反映されたと言う事なのだろう。
だとするなら急に矢が当たり始めたのは、弓術の補正が発動しているからと推測する。
「スキルは便利だな。それに訓練を積めば、スキルを身につけることもできるという訳か。ゲームみたいでなかなか面白いじゃないか」
試しに剣を振ってみると、確かに動きが格段に上がっていた。
意識しなければ、体にスキル補正がかかっているとは気が付かないほどだ。
スキルを試してみたいという好奇心が膨らむ。
駄目だ駄目だ。
儂は出来るだけ安全な道を行くと決めている。
好奇心に負けて死んでしまっては元も子もない。
…………だが、新たな食材を探す必要はある。
そうだ、食糧確保のために冒険をしないといけない。
決まりだ。儂は冒険にでる。
思い立ったら吉日とばかりにリュックを背負うと、剣を握って出発だ。
向かうは虎が出てきた二番目の箱庭。
あの先にきっと未知なる食材が眠っているに違いない。
こう見えて儂はグルメなのだ。
箱庭へ着くと、戦った場所に血の跡が残っていた。
やはり森の中には多くの獣の鳴き声が聞こえ、肌がわずかにピリピリする。
それでも昨日ほどの恐れを感じないのは、肉体が強くなったからだろう。
もしかして精神すらも強くなっているかもしれない。
儂は剣を握りしめ、神経を研ぎ澄ませる。
何かが近づいている気がするのだ。
「がうぅぅ」
草むらから人影が現れた。シルエットは人間だ。
しかし、異常に毛深く手足には鋭い爪が生えている。
頭部には犬のような顔があり、生えそろった牙は唾液で濡れていた。
儂の感想は茶色い犬人間だ。
すぐに鑑定を使う。
【鑑定結果:コボルト:犬のような頭部を持った魔獣。人の形をしているが人語を解さず、その性格は非常に獰猛だとされている。集団で行動するため周囲には警戒が必要である】
目の前のコボルトに注意をしつつ周囲に視線をやると、確かに何かが居るような気がする。
いきなり多数との戦いとは思ってもみなかったが、不思議と心に余裕があった。
「がうっ!」
目の前に居たコボルトが攻撃を仕掛ける。
鋭い爪を突き立てようと腕を振り下ろすが、儂には遅く感じる。
初撃を避けると、追いかけるようにもう一本の腕が振り下ろされる。
タイミングを見て儂は剣を振った。
「きゃぅん!」
コボルトの左腕が宙を舞い鮮血が飛び散る。
隙を見せたコボルトの腹に蹴りをお見舞いすると、数メートルも飛んで行き木に激突した。軽く蹴ってこの威力とは驚きだ。
「がうっ!」
背後の草陰から一匹のコボルトが飛び出してくる。
それが合図だったのか数匹のコボルトが森の中から飛び出した。
「そこに居ることは分かっていた!」
背後のコボルトを振り向きざまに横薙ぎで切り捨てると、とびかかって来るコボルトたちの爪を避けつつ確実に仕留めて行く。
最後の一匹を袈裟切りで殺すと、自分が倒した敵を確認した。
「全部で六匹か。これを儂が倒したとは信じられんな」
地面にはコボルトの死体が散乱している。
木に激突したことで絶命したコボルトも入れると六匹。
運が良かったというのは無理があるかもしれない。
これが儂の今の実力なのだ。
「それほど心は乱れないな。スキル剣術は精神も補正してくれるのかもしれん」
剣に付いた血を布で拭うと、抜き身のままで周囲を警戒する。
どうやらひとまずは安心のようだ。
儂はコボルトの死体を観察すると首を横に振る。
「犬の肉は駄目だな。流石に人型な上に犬であっては食べられない」
コボルトの死体を放置すると、先を進むために森の中へ入って行く。
戦えることが分かったのなら、この先に何があるのか知ることが出来る。
引き返すのはもう少し後でもいい気がするのだ。
それに地図にもいくつかの書き込みが見られるので、この箱庭にも前住人の遺産があるかもしれない。
本当に前の住人はどんな奴だったのか気になるところだ。
森の中を進むと、ひとつ前の箱庭とは違った植物が多く自生していた。
中には毒があったり攻撃をしてくるものまであるから恐ろしい。
鑑定がなければどうなっていたかとぞっとする。
箱庭の中央辺りまで来ると、大木を発見する。
葉っぱは赤く、太い幹は強靭な生命力を伝える。
根は地面から盛り上がるほど張り巡らされ、地面に生えた苔が風格を高めているようだった。
堂々としたその姿に儂はしばし見とれる。
「なかなかの大木だな。樹齢は千年といったところか?」
大木へ近づくと、枝の間に実のようなものを見つける。
リンゴほどの大きさの果実が至る所に実っているのだ。
【鑑定結果:バームの果実:バームの木の実。滋養強壮に優れ、五感を鋭くする効果をもたらす。持続時間は半日ほど】
儂は笑みを浮かべる。
こんなにいい食べ物があったとは驚きだ。
樹に飛びつくとゴキブリのごとくよじ登って行く。
昔から木登りは得意な方だ。
適当な枝で腰を掛けると、バームの果実をちぎりとる。
見た目は完全にみかんだ。
薄いオレンジ色の皮を剥ぐと、中からオレンジ色の果肉が出てくる。
やはり中身もみかんだ。半分に割ると一口だけ食べてみる。
甘さと酸味が広がりみかん独特の風味が広がる。
あっさりとしていて噛むたびに果汁があふれ出るのだ。
きっとコタツに入ってTVを見ながら食べると、最高に美味い果実だろう。
やっぱりみかんじゃないか!
心の中でツッコミつつも手と口が止まらない。
あっという間に食べ終えると、不可思議な感覚が訪れる。
音と臭いが洪水のように押し寄せ、視界は一気に広がった気がする。
肌は敏感になり毛穴の一つまで意識できるような気がした。
味覚は……バームの果実の後味が美味しい。
それよりも聴覚・嗅覚・視覚・触覚の感覚増大はすさまじい。
箱庭の中に意識を広げたように、生き物の息遣いか感じ取れるのだ。
超感覚ともいうべきだろうか、とにかくすごいとしか言いようのないほど新しい世界が見える。
「これなら次の箱庭へ行ってもいいかもしれないな。効力があるうちに探索を進めた方が良さそうだ」
儂は木の枝から飛び降りようとして思いとどまる。
「もう二つくらいは貰っておくか」
バームの実を二つほどちぎると、今度こそ枝から飛び降りる。冒険の再開だ。
――が、着地と同時に周囲の森からぞろぞろとコボルトが現れた。
しかも数は二十匹と多い。
「がるぅ……」
コボルトたちは儂に唸り声をあげる。すでに臨戦態勢のようだ。
儂は剣を構えると、とびかかってきた一匹を切り捨てる。
それが合図となったのか、コボルトたちは一斉に儂へ攻撃を開始した。
獲物を見つけた蟻のように殺到するコボルトを、儂はギリギリで避けながら剣撃を加える。
景色がスローモーションのように遅くなり、時間が引き延ばされた。
高まった感覚は背後の敵さえも捉え、攻撃の瞬間に発せられる気配が明確に伝わってくるのだ。
だが数が多すぎる。
腕を切ったところで、再び立ち上がって襲ってくるのだから厄介だ。
「これじゃあキリがない!」
儂はスキルツボ押しを発動した。
コボルトの腹部と太もものあたりにも赤い点が表示される。
迷わず赤い点へ剣を突き立てると、コボルトは激痛に悶え地面に転がる。
これはいいかもしれない。
ナイフを抜くと、すれ違いざまにコボルトたちの赤い点を突き刺してゆく。
このスキルは切るのではなく、突かなければ効力を発揮しない。
あくまでツボ押しなのだ。
全てのコボルトが動けなくなると、剣でとどめをする。
「ふぅ、終わったか……」
全てを殺した儂はバームの樹の根元に腰を下ろす。
周囲を確認すると、地面には二十匹ものコボルトの死体が転がっていた。
沸々と自信が湧いてくる。儂は強くなったのだ。
それにまだまだ体力的にも余裕がある。今ならどんな敵でも――。
「ぐるるるるぅぅ」
森の中から一匹の獣が現れた。
姿はコボルトとそっくりだが、体格は1.5倍ほど大きく毛色も小豆色と異質だった。
コボルトだがコボルトではない生き物と儂は認識する。
【鑑定結果:コボルト変異種:コボルトが何らかの要因にて変異した特殊個体】
鑑定をしてみたが、どうやら突然変異で生まれたコボルトらしい。
顔も犬というよりは狼に近い感じがする。
儂は立ち上がると剣を握りしめた。
向こうは仲間を殺されてお怒りのようだ。
逃がしてくれる感じではない。ならば戦うのみ。
「ぐるぁぁああっ!」
変異種は小さな挙動で駆け出すと、大口を開けて儂に接近する。
一気に首へ噛みつこうというのだろう、けん制の意味も込めて剣を振ると奴は素早く後ろへ飛び退いた。
明らかに武器に警戒心を持っている。
ただのコボルトとは頭の出来が違うようだ。
だったらと儂から接近すると、奴は回り込むようにして移動を行う。
攻撃のチャンスを伺いつつも威嚇の唸り声だけは絶やさない。
儂が狩られる側のような気がして嫌な感じだ。
「もういい、行くぞ」
痺れを切らせた儂は、一気に駆け出した。
動きはコボルトと大して変わらないのだから、すぐに切り伏せて終わりだ。
そう考えて剣を振り上げると、変異種は立ち止まったまま右の手の平を儂に向けていた。
「がうぅぅっ!」
手の平から直径三十㎝ほどの火球が出現し高速で放たれた。
「あげぇ!?」
腹に重く熱いものがぶつかったと思うと、爆発音が響き儂の身体は後方に飛ばされる。勢いのあまり木に背中を強打すると、激痛が腹部や背中を襲う。
「うぐぐぐ……」
剣を杖に立ち上がろうとすると、すでに目の前には変異種が腕を振り上げていた。咄嗟に避けると儂の後ろにあった木は呆気なくへし折れてしまう。
不味い不味い不味い! 逃げないと死ぬ!
儂はもてる限りの力を振り絞って逃げ出した。
後ろからは変異種が猛スピードで追いかけてきているが、儂の脚力の方が上なのか距離は縮まらない。
必死で箱庭の出口へ着くと、通路を走って菜園がある箱庭へ逃げ込む。
その頃には奴の姿はどこにもなかった。
やはりここにはモンスターは入って来られないのだろう。
だが、安心できない儂はそのまま隠れ家へと帰る事にした。
◇
隠れ家に戻った儂は眠りに眠った。
戦いの疲労とダメージが大きかったせいだ。
「う……」
体を起こすと、違和感に気が付く。
痛みがないのだ。
謎の攻撃と背中を強打したせいで、激痛に苦しんだあの痛みがどこにもない。
それどころか体には力が満ち溢れ快調といえる。
服を脱いで鏡の前に立つと、そこには変化を遂げた自分の肉体が映っている。
筋肉はますます引き締まり存在感を増していた。
鉄のように堅く、柔軟性も失わずに両立している。
それだけではない、むしろ痩せた印象を与えるほど肉体は凝縮されていた。
体が速くも強力な攻撃を繰り出せるように、進化している印象すらうかがえる。
腹部に受けた火傷の後も綺麗に消え去り、何もなかったかのようだ。
儂は変異種を思い出すと悔しさが滲んだ。
アレはきっと魔法だったのだ。
敗因は魔法の存在を失念していたことだ。
まんまと儂は敵の懐に飛び込んで返り討ちにあった。負けて当然だ。
そのあとは無様に逃げ出して生き延びた。
「リベンジだ。儂がどれだけ負けず嫌いか思い知らせてやる」
とは言っても魔法を使う相手にどう立ち向かったらよいものか悩む。
こちらから行けば魔法を撃たれる。かといって受けに回ればいい的だ。
どうにか魔法を封じなければならない。
もちろん避け続けてもいいが、それでは命がいくつあっても足りないだろう。
「とりあえず廃棄場にでも行くか。なにかいいものが見つかるかもしれん」
儂はリュックを背負うと、隠し部屋から飛び出した。
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