五話 廃棄場

 

 探索を開始した儂は、地図を見てあることに気が付いた。


 この階の中心部だけ正方形に塗りつぶされているのだ。

 柱にしてはかなり大きな空間にも感じる。

 気になった儂はその場所へと向かう事にした。


 二時間ほどで辿り着き、壁や辺りを調べてみるがそれらしいものは確認できない。

 隠れ家のように秘密があると睨んだのだが、勘違いだったようだ。

 ただ、中心部について少しだけ書き込みがみられるので気になる。


 再び歩きだすと、三時間ほどで階段に行き着く。

 時間を考えれば相当な広さだと分かるが、歩いて移動していることも考えると時間は短縮できそうだ。

 それに回り道をしていることも原因だろう。

 目的は探索なので急ぐ必要はない。


 階段は下へと続き、先は真っ暗だ。

 念のためと剣を抜いて階段を下りる事にした。


「…………」


 長い階段を下り切った儂は驚きから沈黙した。


 高い天井から降り注ぐ光。遠くに見える壁。

 緑豊かな木々が生い茂り、地面には腰ほどもある草が生えている。

 鳥のような鳴き声も聞こえ、別世界に来たような錯覚を起こした。

 視界に広がるジャングルは何なのかと、すぐに地図を確認する。


「なるほど、この階は箱庭のような部屋がいくつもあるのか」


 箱庭の一つが目の前に広がるジャングルのようだ。

 とりあえず剣を抜き身のまま、ジャングルの中を探索する事にした。



 【鑑定結果:エブの木】


 【鑑定結果:モヤフの木】


 【鑑定結果:ゴムゴムの木】



 植物を片っ端から鑑定するが、どれもこれも知らないモノばかりだ。

 実を成している木も見かけるが、食用かどうかも判断できず手が出せない。

 そこで虫が食べているものなら大丈夫だろうと探してみるが、虫自体が見つけられなかった。ここは不自然なほど昆虫がいない。


「虫がいない? じゃあ時々飛んでいる鳥は何を食べているんだ?」


 儂は首を傾げた。

 身を伏せて木の上に居る鳥を観察すると、赤いオウムのような鳥が黄緑色の木の実をむしゃむしゃと食べているではないか。

 早速その実を探すと、すぐに発見した。

 一つだけ千切り観察してみる。見た目は完全に桃だ。


「匂いは甘いな。触った感じも桃のようだし、違うのは色だけか?」


 薄い皮を剥くと下から黄緑色の果肉が現れる。

 しばし迷うが思い切って一口齧ってみた。


「なんだこの甘い果物は!」


 香りと甘さが口の中で突き抜けた。

 瑞々しくも熟れた桃の味だ。しかし、その糖度は想像を超える。

 高級白桃を遥かに超える甘さ。

 美味すぎていつの間にかすべてを食べきっていた。


 もう一個、謎の桃をちぎると鑑定をする。



 【鑑定結果:モモンの実:非常に甘みが強く幻の木の実と呼ばれている。食用である】



「幻の木の実だったのか。道理でこれほど美味いはず……ん?」


 すぐに鑑定結果に解説がついていることに気が付いた。

 今まで解説などなかったはずだ。急いでステータスを開いてみる。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス

 職業:ホームレス

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(中級)、ツボ押し(初級)



 儂は飛び跳ねた。鑑定が中級になったのだ。

 いやはや鑑定は便利な力だ。

 名称だけでなく説明までしてくれるとは、鑑定様に足を向けて眠れない気持ちだ。ありがたやありがたや。


 目に入る木の実を鑑定してゆくと、ほとんどが食用だと言う事が分かった。

 しかも多くは幻と呼ばれる品種のようで、中にはすでに失われたというものまであったのだ。

 そこで儂の勘が囁いた。

 あまりにも食用に傾いているのは、隠れ家を造った住人が植えた可能性があるからだ。

 人間は水だけでは生きては行けない。

 なので食料をこの階で作っていたのかもしれない。


 それが証拠に、地図には多数の書き込みが見られた。

 地図を頼りに部屋の中を移動すると、今度は野菜のようなものを発見する。


 草が生い茂っているが、その下には盛り土のような農耕の跡が見られる。

 どれほどの年月が経過しているかは分からないが、忘れ去られた野菜が草の間で力強く生えている。

 大根の葉っぱのようなものを引き抜くと、白く太い根っこが現れた。

 ついでに鑑定する。



 【鑑定結果:ダイコーン:味は薄いが水分が多く、非常にあっさりとした味わい。漬物などによく利用され、調理法は多岐に渡る。食用である】



 大根じゃないかとツッコみたくなるが、たまたま似たのかもしれない。

 むしろ見知った野菜があったことを喜ぶべきだ。

 その他にも白菜に似た“ハサーイ”やジャガイモに似た“ジャガーイム”など多くの野菜が収穫できた。これなら自給自足できそうだ。


 儂はかつての菜園だった場所を蘇らせるために、数時間をかけて草抜きを行った。クワなどを持ってくればよかったと少し後悔したが、リュックに収穫した野菜を詰め込むと先を進むことにする。


 道なき道を進み部屋の出口へと行き着くと、次の部屋に繋がる通路が奥へと延びている。地図ではこの先にも箱庭がいくつもあるとされているので、ここは本当かどうか確かめておきたいところだ。


 薄暗い通路を十分ほど歩くと、次の部屋へと足を踏み入れる。

 鬱蒼と茂る森。

 やはり同じようにジャングルが広がっていた。


「ちょっと雰囲気が変わったな……」


 先ほどの部屋は人工の箱庭という感じだったが、この部屋は本当のジャングルのように獣の気配と言うか妙に肌がピリピリする。

 本能がこれ以上行くな、と言っているような気もするのだ。


「これは引き返した方がいいかもしれない」


 そう思って振り返ると、入り口を一匹の生き物が塞いでいた。

 全長二mもあり、全身には青と黒の縞模様が威圧を放つ。

 その牙は鋭く生来の捕食者であることを訴える。

 大きな虎のような生き物が唸り声をあげる。


「ひっ……」


 儂は恐怖心から後ずさりした。

 誰だってそうだろう、虎に睨まれて平然としている奴はそうはいない。

 虎は恐怖の対象だ。それでも震える手で剣を構えた。

 逃げたところで後ろはジャングル。虎の独壇場だ。


「ぐるるる……」


 唸り声をあげつつ虎は姿勢を低くした。儂を狩るつもりらしい。

 そうはさせまいとスキルのツボ押しを発動させる。

 

 虎の身体には二つの赤い点が表示された。

 一つは腹に。もう一つはお尻の辺りだ。


「かかって来い! ほら、どうした! 来いよ!」


 手を広げて必死で虎を挑発する。

 肉食獣は獲物が逃げると追いかけたくなる本能を持っている。

 反対に自分よりも大きく、戦う意思を持っている生き物には警戒心が強くなるのだ。何処かで知った受け売りの知識を信じて、挑発という威嚇を続けた。


「ぐるぁああああ!」


 虎は一瞬の隙をついてとびかかってきた。

 とっさに剣を盾にしつつ前足や牙を防いだが、勢いのまま押し倒されてマウントをとられてしまう。


「がうっ! がうっ!」


 刀身に噛みつく虎の顔が至近距離で迫る。

 前足はとてつもない力で儂を地面に押し付け、ここから逃げ出すことは至難の業だ。


「くっ……こちとら一回死んでんだ! 怖いものなんてねぇ!」


 なんとか腰に装備していたナイフを抜くと、虎の腹部へ表示されている赤い点へ突き刺した。


「ぐがぁぁぁぁ!?」


 虎が飛び退き、地面で苦しむように転がる。

 痛みに悶えているのだろう。

 すぐに立ち上がると、剣を握りしめて虎へ近づく。


「儂の勝ちだ!」


 虎の首に剣を振り下ろした。

 ごろりと頭部が転がり地面に真っ赤な血が広がる。

 儂は腰が抜けて地面に座り込んだ。


「ははは…………虎に勝っちまった」


 不思議なことに恐怖よりも充足感の方が大きかった。

 オークに勝った時よりも虎に勝ったという方が儂には自信になったのだ。


 立ち上がると虎の死体を担いで、ひとつ前の箱庭に戻る事にした。



 ◇



「どうも上手くいかないな……むぅ」


 モンスターが居ない箱庭で、虎の解体を始めたのだがこれがなかなか難しい。

 うろ覚えの知識を総動員してなんとか終えたころには五時間も経過していた。  初回はこんなモノだと思いつつ、次からはもっと上手くやりたいものだ。


 一つ気が付いたことだが、この箱庭には小川が流れているようだ。

 壁の小さな穴から水が流れ、部屋を横断するように流れを作っていた。

 最終地点は反対側の壁であり、再び小さな穴へ水は流れ込んでいる。

 川の水を掬ってみると、やはりと言うべきかキラキラと光の粒子が見られた。

 この小川のおかげでモンスターがいないのかもしれない。

 ただ鳥が生息しているのは奇妙だ。先ほどの虎はモンスターで、この部屋に居る鳥はそうではないと言う事なのだろうか。疑問が残る。


 肉を調達した儂は、ひとまず隠れ家へ戻る事にした。

 今日の調査は地図の確認が第一だ。

 偶然にも野菜や肉も確保したのだから、今日はここまでにしておく方がいいだろう。それに儂が居を構える二十階ももう少し探索をしておきたい。


 階段を上り二十階へ戻ると、儂は塗りつぶされた中央が気になって足を向ける。 再び調べるがやはり入り口のような場所はどこにもなかった。


「気になる……気になって仕方がない! 文字さえ読めれば、この塗りつぶされた部分がなんなのか分かるというのに! くそっ!」


 歯噛みしつつ儂は隠れ家へ戻る事にした。

 いつまでも探索に時間を割いている訳にはいかない。

 今日も剣の訓練が待っているのだ。

 ただ、虎と戦ったという精神負担があったせいかかなり疲れを感じていた。

 隠れ家からそれほど離れていない道で、少し休憩することにする。


「よっこらしょ――あぎゃ!?」


 床に腰を下ろして壁に背中を預けたとたんに、儂は後ろへ転げ落ちた。


「いたたた……一体何だ?」


 尻を強く打ったので擦りつつ周りを確認すると、薄暗い通路がまっすぐ何処かへと続いている。

 転がって入ってきただろう壁を見ると、滑り台のような傾斜があった。

 しかし、入り口らしき場所は完全に閉まっている。

 どうやら壁を押すと、仕掛け扉が開いてここへ落ちてくるみたいだ。


「天井が低いな。二十階と二十一階の間にある感じか?」


 ここから出るためには先へ進まないといけない。

 恐る恐る通路を行く事にした。


 しかし、地図には先ほどの仕掛けの場所には何の書き込みもされていない。

 以前の住人も知らなかった仕掛けを、儂が見つけたとは考えられないだろうか。

 そう思うとすこしワクワクする。

 隠れ家に続く大発見となれば、もうここに住むつもりだ。

 もう誰にも住所不定などと呼ばせはしない。


 そして、通路は終わりを迎え大きな部屋へとたどり着いた。


 正方形の部屋の四方には、ロウソク立てのような物が備え付けられ、その上にはやはり小さなクリスタルが乗せられている。

 クリスタルは光りを放ち、部屋の中をぼんやりと照らしていた。


 部屋の中央には何かが積み重なり山となっている。

 山に近づき、それが何なのかを知ることとなった。


 膨大な死体の山だ。

 人やそうでない生き物などの死体が積み重なり、巨大な山と成しているのだ。


 すぐに地図を開くと、やはり部屋の大きさと形が塗りつぶされた場所と一致する。

 ここが二十階層の中心であり謎の場所だ。

 運よく入り口を発見してしまったらしい。


「しかしここは……」


 山に近づくと、いずれも腐敗はしておらず干からびた状態だ。

 上の方はまだ原型をとどめているが、下の方に行くと風化が進み粉状になっていた。さらにその粉は、部屋の床に空いた穴へと少しずつ吸い込まれているようだ。


 ここは廃棄場だと気が付く。

 どこからか殺された人や獣を回収して廃棄する場所なのだ。

 そうだとしか思えない。


 その時、天井からドサドサと何かが落ちてきた。

 すぐに視線を移すと、天井に穴が空いているではないか。

 山の頂上には血まみれで、こと切れている白人男性の姿が見えた。

 ここは廃棄場であり、ゴミ捨て場のようだ。


「ダンジョンで死んだ生き物はここへ運ばれてくると言う事か? ますますわからない。ここは本当になんなんだ?」


 ふと、山の中にリュックを背負った死体を見つける。

 儂としては死体漁りなどしたくはないが、生きるためには仕方がない。

 リュックを回収して中を確認した。


「干し肉にパンか。これは……」


 瓶に入った黒い粉状のものを見つけて匂いを嗅いでみる。

 どうやら胡椒こしょうのようだ。いい物を手に入れた。

 他にも小さな宝石のような物を見つけて儂は首を傾げた。

 ビー玉程の赤い宝石。

 何処かで見たような気がするのだが……そうだ、コンロだ!


「ふむ、もしかするとこの宝石のようなものは一般的な道具なのかもしれない。回収しておいて損はなさそうだ」


 そのあとも死体を漁り食料や道具を回収する。

 ここでも鑑定が大活躍だ。

 分からないものはとりあえず鑑定をしていると、中には珍しい品物も見つける。



 【鑑定結果:メディル家の首飾り:セイントクリスタルと呼ばれる希少価値の高い水晶を加工して造られた首飾り。メディル家では代々長男へと引き継がれる】



 ハッとした。もう誤魔化しようがない事実に気が付いたのだ。

 間違いなくどこかに人間の町があり、そこでは人々が長く生活を営んでいる。

 豊かな生活圏が確保されているのだと。


 見たこともないモンスター。

 どこまで続いているか分からないダンジョン。

 現代ではあり得ない服装に装備。

 魔法やスキルの存在。

 儂の全てがここはだと断言していた。



 異世界へ転生したのだ。




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