四話 ダンジョン生活の始まり
一見すると倉庫に見える。
埃よけの白い布が至る所に見受けられ、かなり昔にここに人が居たのだと理解させた。
壁や天井はコンクリート造りのように無機質で冷たい印象。
床はフローリングになっており、少々古びて傷だらけだが腐っている感じではなさそうだ。
部屋の中には四つの照明スタンドが立っていて、電球色というのか暖系の赤みを帯びた光が明るく照らしていた。
奥を見ると暖炉のようなモノが見える。
すぐに中を覗き込んだが、煙突の部分には鉄格子ががっちりとはめ込まれており、外へ出ることは難しそうだ。
しかし、最悪はここから外を目指してもいいかもしれない。
ただ、風を感じられないので外と繋がっていない可能性もあり得る。
暖炉のすぐ左側の壁を見ると、そこには大きな鏡がかけられていた。
すぐに駆け寄り自身の姿を確認すると、若かりし頃の自分が居るではないか。
顔はまだ幼さを残すものの、青年へと成長している顔つきと身体。
少々長い黒髪に、彫りの浅い顔が懐かしさを誘う。
「本当に若返っている……昔と全く同じだ……」
自分を確認したことで、喜びと悲しさと少しの恐怖が溢れ出した。
理由は分からないが、儂は若返ったのだ。
人生をやり直せるかもしれない。
同時に“何故?”という疑念が膨らむ。
「…………ここにヒントがあるかもしれんな」
手当たり次第に白い布をはぎ取ると、その下から家具や本棚が現れた。
儂は本棚を眺めると、一冊の本を手に取る。
背表紙は何語か分からない文字が書かれており、表紙にもやはり何語か分からない文字でタイトルが書かれていた。
タイトルの下には魔法陣が描かれ、革で作られているのか妙にすべすべした手触りだった。何となくだが、魔法書という言葉がしっくりくる古い本である。
中をパラパラとめくってみると、のたくった字で何を書いているのか全く読み取れない。しかもどのページも上から下までびっしりと文字がつづられており、相当の知識人が書いたものだと分かる。なんせ手書きだからだ。
「全く読めない……他の本は……」
本を棚に戻すと、別の本を手に取って同じように読み始める。
やはり同様に読み取れず、断片すら理解できなかった。
ただ、挿絵のように魔法陣などが出てくるので、恐らくは魔法の事を書いた本なのだと辛うじて判断できる。
本を読むことを止めた儂は、ソファーに座りゴロンと横になる。
お手上げだ。
ここが死後の世界なのか、そうじゃないのか全く分からないのだ。
それに、これからどうすればいいのかすら分からない。
そんなことを考えていると空腹を感じる。
「そろそろメシにするか」
部屋の中を確認すると、コンロのようなモノを発見する。
長方形の金属の箱に、魔法陣が刻まれているのだ。
見た目がコンロに似ているので、何となくそうだろうと調べてみると箱の隅にボタンのようなモノを見つける。
押してみると、やはり魔法陣から火が現れた。まさしくコンロだ。
「うーん、魔法陣から火が出ているように見えるが、本当はどこからかガスでも出ているんじゃないのか?」
一応だが臭いを嗅いでみる。当然だが無臭だ。
プロパンなどのガスは人工的に臭いを付けているので、実際は無臭だと知られている。
やはり気になるので火を消してコンロの中を開く事にした。
「…………なんだこりゃあ?」
箱の中は赤い宝石のような石が、取り付けられているだけだった。
金属の爪が拳ほどの宝石をがっちりと固定し、周りには何もない。
ただ石があるだけ。
魔法陣が描かれた蓋をひっくり返してみると、小さな機械のようなモノが取り付けられている。意味が分からない。
「こんなもので火がつくと言う事は、機械やガスのおかげってことはなさそうだな。やっぱり魔法で作動していると考えた方がいいのかもな」
信じられない気持ちだが、こうやって実際に体験すると魔法は存在するのだと理解できる。
もしくはそれに近い
実に興味深い。
コンロを元に戻すと、早速リュックから鍋や肉を取り出す。
残念ながら調味料に関しては岩塩しか入っていなかったので、塩だけで我慢する事にした。
ナイフでオークの足を輪切りにして、鍋の中へ放り込む。
フライパンでもあればいいが、あいにく手持ちにはない。
それにこの部屋を漁るほど気持ちにも余裕はない。
若返った儂の胃袋は活発に動き、早く食わせろと催促してくるのだ。
「これくらいでいいだろ」
念のためにかなり焼いておいたが、見た目はどう見ても豚肉だ。
コンロの近くに数枚の皿を見つけたので肉を乗せると、ソファーの前にあるテーブルに置いた。リュックからフォークを取り出し手を合わせる。
「いただきます」
恐る恐る肉を口の中へ入れる。
少しだけ齧ると、肉を味わいつつ毒がないかを確認した。
知らないモノを食べるのはやはり勇気が必要だ。
儂とてゴミに近い物を食ったことはあるが、それは日本の食べ物に信用があるからこそできること。何の生き物かすら分からないモノの足を食べるなんて始めてだ。
「うむ……これは美味いな」
やはり見た目通り豚肉に似ている。
柔らかい肉質に非常にジューシーだ。
噛むたびに肉汁が溢れ、脂の甘みが口の中で広がる。
それにしつこくなくあっさりとしている。
高級料理を飽きるほど食べた儂だからわかる。これは高級豚肉だ。
儂は腹が膨れるほど肉を貪った。
数年ぶりの高級肉に興奮していたのだ。
「ふぅ、眠くなってきた」
ソファーに寝転がると、そのままひと眠りする事にした。
◇
「ふむふむ、ここは二十階なのか」
目覚めてすぐに他の本を調べた。
なんせ棚には二百冊以上もの本が並んでいる。
何も知らない儂にはうってつけの情報源だ。
ただし、文字が読めないから挿絵から判断するしかない。
その中で目に留まった本があった。
中には地図のようなものが詳細に描かれており、所々文字が書き込まれている。そこでピンと来た。これはダンジョンの地図なのだと。
地図を一ページ目から順番に数えて行き、現在地まで数えるとちょうど二十。
この場所も地図に書き込まれていたから非常にありがたかった。
しかし問題が解決したわけではない。
むしろますます謎が深まった気がする。
そもそもここが地下なのか、ビルのような建物の中なのかすら分からないのだ。
「やはり他の階も調べる必要があるな。だが今の儂ではモンスターには太刀打ちできないぞ」
部屋の中をぐるぐると歩きつつ考える。
必死で考えるが、答えはもう出ていた。
儂自身が強くなればいいだけの話なのだ。
それはいいとして、どうやって強くなるかが問題。
「……この部屋に何かないのか?」
部屋の中を探ると、まだ白い布がかかったままのナニかに気が付いた。
すぐに確認するとその下から多くの武器が現れる。
剣や槍などの多種多様な武器が、整理整頓されて立てかけられているのだ。
思わず生唾を飲み込んだ。武器がまるで待ちわびたかのように、白銀の反射光を輝かせたからだ。まさに男のロマン。
剣を手に取ってみると少し重い。使いこなすには訓練が必要だろう。
槍や斧も触ってみるが儂には不向きに感じる。
その中でもひときわ目を引くのが一本の杖だった。
杖は古木を使って作られているのか、非常に風格があり圧力を感じる。
仙人が持っているような古めかしいデザインだ。
手に取ってみようとするも、嫌な予感がしてやめた。
杖自体が重い空気のようなものを纏い、何となくだが拒絶されている気がしたのだ。
「もしかすれば、この部屋の住人の持ち物だったのかもしれんな」
そう呟いて名案が閃く。
「……待てよ。儂には鑑定があるじゃないか。武器を調べれば、ピッタリのものが見つかるかもしれない」
さっそく武器に鑑定をかけて行く。
【鑑定結果:ミスリルの剣】
【鑑定結果:ミスリルの槍】
【鑑定結果:ミスリルの斧】
【鑑定結果:ミスリルの槌】
【鑑定結果:ミスリルの細剣】
【鑑定結果:古木の弓】
【鑑定結果:ミスリルのクワ】
鑑定をやめた。
どれもこれもデザインは違うが、ミスリルとやらで出来ているようなのだ。
弓に関しては違うようだが、かなり質の良いものだと分かる。
そのせいか弦が強く、儂では引ききれない。
これも鍛えないと無理だな。
……クワに関しては何も言うまい。
ふと、先ほどの杖を見て鑑定を使ってみた。
【鑑定失敗:****】
「駄目か。鑑定の階級を上げないと見えないのかもしれないな」
ミスリルの剣を持つと素振りを始める。
若い身体になってから体力が有り余っているのだ。
何かをしないと落ち着かない。
体感で一時間ほど剣を振ると、汗だくになって床に倒れた。
「はぁ……はぁ……これはキツイ……先が長そうだな……」
水浴びでもしようと思い立ち上がると、今も開いたままの入り口の傍にライオンのような石造があることに気が付いた。
人間と言うのは目の前にあったとしても見過ごすことがあると言うが、儂も例にもれず完全に石造をスルーしていたようだ。
近づいてみると、石造の左目に穴が空いている。
指を突っ込んでみると、やはりと言うべきかボタンのようなものが指に触れた。 押してみると、入り口は鎖を引き上げて完全に閉じてしまった。
「ここを造った住人はよほど見つかりたくなかったのだな」
仕掛けを見て苦笑する。
もう一度仕掛けを作動させると、入り口が開いて行き外にある水路が見えた。
以前の住人も水浴びで済ませていたのか、部屋の中には桶とタオルらしきものがあったので拝借する。
服を脱ぐと、浅い水路に腰を下ろし体を洗う。
ここには石鹸などという物はないようなので、タオルで身体を擦るしかない。
しかし若い身体は本当にいい。水に浸かっても気持ちいいのだ。
水を手で掬い取ると、わずかだがキラキラと光っていることに気が付いた。
光の粒子が輝き、幻想的に手の中からこぼれて行く。
儂は感動して何度も水を掬い取った。
「この階にモンスターを見かけない理由は、水にあるのかもしれんな。我ながらいい場所を見つけたものだ」
穴場を見つけたような気分になった。
自分だけの秘密の場所だ。
やはりここを拠点に生活圏を確保する方が賢い。
あとは話し相手でもいれば最高だ。
儂は繁さんを思い出し、儂と繁さんを殺したモンスターに怒りを感じた。
あんな化け物を倒せるほど強くなりたいと願う。
水浴びを終えると、部屋に戻りひと眠りする。
強い眠気が襲ってきたからだ。
目が覚めると、違和感を感じた。
身体が軽く力が漲っているからだ。
寝る前とは別人のように筋肉が張り、見た目からもその違いははっきりしていた。
全体的に筋肉が増えた感じだ。
とは言っても元が中肉中背だったので体格までは変わらない。
せいぜい鍛え始めて一ヶ月くらいの見た目だ。
それでも急激な変化に儂は驚いた。
何が原因か考えてみたが、現状では不明な点が多すぎてわからない。
兎に角、これはすごいことだと小躍りした。
数ヶ月や数年をかけて鍛える肉体が、数日で成長を遂げるとすれば、すさまじいことだ。ここは訓練を続けて、事実かどうかを検証した方がいいだろう。
「さて、準備をするか」
筋肉に驚いたところで儂は荷物を準備する。
これから下の階を探しに行くのだ。
同時にこの階の探索も進める予定である。
準備が終わると、隠し部屋の入り口から歩み出る。
水源近くのライオンの眼を押すと、入り口は鎖を引き上げて閉じていった。
ダンジョン内にこのような仕掛けがないか調べる必要もあるだろう。
少々楽しみだ。
地図を開くと階段がある場所を目指して歩き始めた。
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