三話 ステータスって何なんだ?


 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス

 職業:ホームレス

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(初級)、ツボ押し(初級)



 これがステータスとやらだ。

 馬鹿馬鹿しいが、ひとまずこれが事実だと理解して見てみることにする。


 まず気になったのは年齢だ。

 儂はどうやら17歳になったらしい。()は中身という意味だろう。

 もちろん56歳は正解であるものの、今の身体は若々しく力に満ち溢れている。 これは事実だと受け止めることが出来る。

 信じがたいがそうなのだから仕方がない。


 次に気になったのは種族だ。

 人間だと思っていたが、どうやらホームレスという種族だったらしい。


 なるほどなるほど…………。


 ――ってそんな訳あるかい! 

 儂はずっと人間だし、生まれた時からホームレス認定などされちゃあ親を泣かせちまうだろ! この項目には断固抗議を申し出たい!


 ……ふう(深呼吸)


 しかしまぁ、種族がホームレスとなっているのなら、様子を見る必要はあるかもしれない。

 ここは現世ではないのだ。

 もしかすれば地獄では、生前の行いが種族に反映されるのかもしれない。

 そう思う事にした。


 次は職業だ。

 これもホームレスだが、特に異論はない。

 考え方によっては仕事と言ってもいいかもしれない。とするならこれはある意味で正解だ。


 次に魔法属性。

 魔法属性があると言う事は、魔法が存在すると言う事に他ならない。

 嘘だろう? と思うがあんな化け物を見た後では否定もできない。

 きっと魔法はあるのだろう。


 儂とてかつては魔法や超能力に憧れた時代が存在する。

 黒歴史だってちゃんとあるのだ。だが、いまや56歳だぞ。

 厳しい社会で鍛え上げられ、常識と現実の鎧を着こんだ儂が今さら魔法など……。

 

 ――嬉しすぎて手が震えてきたぞ!

 早く魔法が見たい! 儂に魔法を授けてくれぇ!


 おっと、興奮し過ぎた。落ち着け。

 まだ情報収集の途中だ。


 次に目を引くのは習得魔法。

 なしと書かれているのだから、今は魔法は使えないのだろう。

 魔法属性をよく見ると、そちらは“なし”ではなく“無”と書かれている。

 とするなら儂は無属性だと理解できる。

 いずれは無属性の魔法を使えるようになりたいものだ。


 さて、次は習得スキルだ。これが一番重要な気がする。

 習得済みは鑑定(初級)とツボ押し(初級)であり、恐らくは先ほどの赤い点もこれの効果だと思われる。確証はないが、何となく勘がそう囁いているのだ。

 問題はこの二つのどちらが赤い点を表示したかである。

 鑑定が敵の弱点を教えてくれたと考えることもできるし、ツボ押しが泣き所を教えてくれたとも考えられる。


 そこで儂は二つのスキルを意識して使ってみる事にした。ものは試しだ。


「むむむ……あの巨人の種族はなんだ……」


 鑑定を巨人に向けて念じると、頭の中に言葉が浮かび上がる。



 【鑑定結果:オーク】



 やった成功だ! 

 しかし、あの巨人はオークという種族だったようだ。

 そう言えばゲームをしたときに、そんな敵がいたような気もする。

 やはり閻魔様はゲーム好きなのだろう。


「よしよし、今度はツボ押しだ」


 自分の身体で試してみると、全身に緑色に光る点と赤く光る点が現れた。

 赤は先ほどのオークに試したので、今度は緑色の点を自分に試してみる。


 足裏にある緑色の点を突くと、妙に体が軽く感じた。

 先ほどの恐怖や興奮も落ち着きを取り戻し、冷静な思考が急速に回転を始めた。 これがツボ押しの効果ならスゴイ。

 マッサージ店経営どころか、マッサージの神と崇められることだろう。


「赤い点がスキルによって現れたことは確定したな。しかし、どちらも初級と言う事は中級や上級があると言う事だよな? ふーむ、スキルはどうにかして鍛えた方が良さそうだな」


 試しにナイフに鑑定を使ってみると、思わぬ結果が表示された。



 【鑑定結果:ミスリルナイフ】



 んん? ミスリルってなんの金属だ? 

 よく分からないが、良い金属なのだろう。

 儂は見た目から鋼なんて表示されると思っていたが、どうも地獄はよく分からないもので溢れているようだ。


 儂は立ち上がると、オークとやらの右足をナイフで切断する事にした。

 

 手持ちにある干し肉やパンは非常に少ない。

 なので、オークを食料にする事にしたのだ。

 そりゃあ儂だってカニバリズムは嫌だが、こんな食糧の乏しい場所で贅沢など言っていられない。

 それにオークは人の形をしているが、明らかに人間とは違う感じだ。

 どちらかと言えば人型の豚だろう。


 オークの肉は切断すると、綺麗なピンク色が現れた。

 表面の皮はがさついて、美味しそうには見えないが中身は確かに豚肉に近い感じ。悪くないと納得する。


「持ち運べるのは片足だけだな。どこかにリュックでもないか……」


 部屋の中を見渡すと、人間の死体の中にリュックを背負った者を発見する。

 少々血が付いているが、まだ使えない程ではない。

 中を見ると、水や食料がいくつか残されていた。


「あんたの持ち物をいただくぞ。すまんな」


 死体に手を合わせると、儂はリュクサックを背負う。

 この中には食糧だけでなく道具も入っていたので、良い物を見つけたのかもしれない。


 死体を改めてよく見ると、どれも革鎧を身に着け屈強な男ばかりだ。

 ほとんどが白人男性だが、中には黄色人種や黒人の姿も見受けられる。

 彼らは腰に剣を帯び、まるでファンタジーの世界から飛び出したような雰囲気だ。


「日本人は……いないな」


 死体の中に日本人らしき姿はなかった。心の中で久しく孤独感が漂う。

 ホームレスになった時も日本人に囲まれていた。

 孤独を分かち合う仲間もいた。

 だからこそ、いつしか本当の孤独を忘れていたのかもしれない。

 ここに居るのは儂だけなのだ。


「へっ! 孤独がなんじゃい! 儂はホームレスじゃぞ! そんなもの遥か昔に受け入れたわい!」


 オークの足をリュックに突っ込むと、部屋の中をさらに探索する。


「お? 階段?」


 部屋の隅に階段を発見した。

 階段の先は暗く、湿った空気が吹きあがってくる。

 それにかすかにだが水音も聞こえる気がした。儂はここで迷う。


 もし地上があるとするなら、上に行くべきか下へ行くべきか不明だ。

 しかし、今の儂には水はもちろん食糧もままならない。

 それに狼やオークなど、モンスターと正面から戦えるほどの力も持ち合わせていないのだ。

 先ほどの勝利は運が良かっただけ。

 殺されていたのは儂の方だったかもしれない。


「ここはひとまず下へ行こう。水があるのなら、人がいる可能性だって捨てきれん。まずは生活圏を確保するのだ」


 そう決めると階段を迷うことなく下る。



 ◇



「ぶっはぁ! ここの水は美味いな!」


 儂は水路に流れる綺麗な水を掬い上げ、ゴクゴクと飲み干した。


 階段を下りた先には水路があったのだ。

 ダンジョンの様子も様変わりし、レンガ調だった壁がコンクリート造りのようになり、床には水路が設置されている。

 古い時代の水道という感じだ。

 横幅は三mほどだが深さはそれほどでもなく、脛あたりまであるかないかというくらい。なによりその透明度だろうか。

 非常に透き通っていて、匂いも無臭だった。

 生水を警戒したが喉の渇きには敵わず、一口飲みほしたところでその美味さに気が付く。


「ふぅ、こんなに美味い水を飲んだのは久しいな」


 満足した儂は、水路の両端にある道で壁に背中を預ける。


 改めて降りてきた階を確認する。

 水路に沿って道が続き、壁にはロウソク立てが設置されていた。

 ロウソク立ての上には小さなクリスタルが置かれ、仄かに青白い光を放っている。幻想的な光景だ。


「この水はいいな。この辺りに生活圏を築いてもいいかもしない。きっと他の人間だっているはずだ」


 儂は水筒を取り出すと、念の為に水路の水を汲み上げる。

 この水路もどこまであるか分からない以上、水を確保しておくことは重要だ。

 ホームレスがどうして公園に寝床を構えるかというと、あそこにはトイレも水道もあるからだ。水を確保することは路上生活では基本中の基本である。


「さて、早速生活できる場所を探さないといけないな。しかし、水路の上流を目指すべきか下流を目指すかだな」


 上流を目指せば当然だが水源に辿り着く。

 下流なら恐らく海か湖に行くだろう。

 なのでひとまず下流を目指す事にした。

 運が良ければ、ここから出られるか人と出会うはずだ。


 歩き出すとリュックの中にある鍋や水筒がぶつかり合う。

 死体漁りで必要な物を手に入れたのは良かったが、音が目立っているのだ。

 もしこの階にモンスターが居るなら、儂は良い獲物のように思う。


 水路の横をただひたすらに歩き続け、体感で一時間ほどしたところで水路の終点を見つけた。


「なるほど、こうなっているのか……」


 続いていた水路は途切れ、その先には暗闇が広がっていた。

 巨大な縦穴に水路の水が滝のように降り注ぐ。

 念のために底を覗き込むが、やはり暗闇が広がっているだけだった。

 しかも着水音すら聞こえないのだから、どれほどの深さなのか恐ろしくなる。


「参ったな……本当にここはなんなんだ。地獄だと思っていたが、もしかすれば大きな勘違いをしているのかもしれない」


 ダンジョンの中を見ていて、大前提が違っていることに少しずつ気が付いていた。死後の世界だと思いたかったが、やはり眼にするものは想像と大きく違っている。

 何より儂の若返りだ。

 容姿は鏡がないのでわからないが、間違いなく身体は若い。


 だとするなら一つの仮説が頭をよぎる。

 死後と言えば、天国や地獄などの概念だけではない。そう輪廻転生だ。

 もし、儂が若返ったのではなく、というのなら納得できなくもない。実際に儂は一度死んだのだからな。

 

 問題はこの場所だ。

 ここが地球ならば、いつか日本へ帰ることが出来る。

 あの後、東京がどうなったのか知りたくもある。

 しかし、ここが儂の理解できない遥か遠い場所ならば、日本へは帰ることはできない。永遠にだ。


 天井を見上げてため息を吐いた。

 こうやってグルグルと不安要素を考えるのが儂の悪い癖だ。

 リスク回避ばかり思い浮かべる。

 そんな男など面白味もないだろう。

 妻が儂を見限ったのも男としての魅力のなさだ。


 あれから二十年以上は経つ。

 息子は元気だろうか……。


「元気を出せ田中真一! 儂はもう立派なホームレスじゃないか! くよくよ悩んだところでどうにもなるまい!」


 自身を奮い立たせ、来た道を戻る事にした。


 再びスタート場所へ戻ってくると、今度は上流を目指して歩き出す。

 すでにこの階へ降りてきてから、三時間は経過している気がする。

 そろそろ食事をしておきたいところだが、安全が確保できない場所での油断は避けておきたい。


 さらに一時間ほど水が流れる逆の方向を歩き続け、ようやく水源へとたどり着いた。


 全長三m程のライオンのような石造の口から、大量の水が放出されている。

 それは水路に流され、緩やかにも美しく水路を満たしていた。

 水源ゆえか神聖な場所のようにも感じる。


「両端の壁には向かい合うようにしてライオンの顔か……三つのライオンとはなかなか洒落ている」


 水源であるライオンの像に近づき少し撫でると、思っていたよりもすべすべしていた。

 それにつなぎ目もなく、一塊の岩からライオンを削りだしたと予想できた。

 細工も高度で非常に腕のいい職人が作ったことがわかる。


 今度は壁にあるライオンの顔へ近づくと、違和感を感じ取った。

 左目だけ穴が空いているのだ。

 反対側のライオンの顔を見ても、両目はちゃんと存在している。

 やはりおかしい。

 興味が沸いた儂は、恐る恐る目の穴へ指を入れる事にした。


「指の先に出っ張りが……」


 ぐっとボタンのようなモノを押し込むと、ガコンッと何処からか音が聞こえた。 床に小さな振動が走り、何らかのカラクリが動き出した感じだ。


 ガラガラガラッ  ガコンッ

 

 そんな音に水路を見ると、天井から鎖で下ろされる隠し扉のようなモノが目に入る。

 儂は強烈に感動した。

 映画で見るような仕掛けが、目の前にあるのだ。

 我も忘れて隠し扉の中へ駆けあがった。


「うわっ!?」


 暗闇だった視界が突如として光に包まれる。

 どうやら照明スタンドのようなモノが、自動的に作動したようだ。

 褐色の温かい光が周囲を照らし出す。


 ようやく目が慣れる頃に、儂はそこが何なのかを確認できた。


 そこは一言で言うのなら倉庫のような場所だった。




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