二話 とりあえず生きるために歩き出す


 儂は薄暗い中で自分の身体を確認した。


 肌は水をはじくように張りがあり、まるで若返ったようだ。

 それに顔には髭が生えてない。それどころか皺もなく若返ったようだ。

 体は力が漲りまるで――。


「若返っているぞ! なんだコレ!? どうなってんだ!?」


 今は裸だが、寒さすら感じない。

 何処かの民族みたいに裸で小躍りしてみたが、先ほどの出来事を思い出して床に座り込んだ。


「アレは何だったんだ? 隕石は降るし、化け物は出るし。繁さんまで……くそっ」


 あの時、儂は殺された。それは間違いない。

 走馬燈が見えたわけだから、ここは天国か地獄だろう。


 見た限りでは薄暗く冷たい通路が続いているだけのようだが、どこまで続いているのだろうか。

 

 もしや現世で犯した罪により、永遠に迷宮で彷徨わねばならぬのだろうか。


 そんなことを考え視界を彷徨わせていると、白い塊のようなモノを見つけた。

 近づいて見ると、人の白骨化した死体だった。

 頭部である骸骨は砕かれ半分になっている。

 全身の骨も同様に砕かれていた。

 死んだというよりは殺されたという感じだ。


 死体の身体には革の胸当てや、脛当てなど見慣れない物が身に着けられていた。

 それに腰にはナイフと傍にはバッグが落ちている。


「これはいい、服を手に入れられるかもしれない」


 バッグの中を漁ると、着れそうな服が一セット入っていた。どうやら運がいい。

 革の胸当ては思ったよりも綺麗なようで、迷わず胸に装着した。

 最後にナイフを腰に装着し完成だ。


 さらにバッグの中を漁ると、干し肉とパンが出てきたがギリギリまだ食べられるようだ。内心でほっとした。今日の食糧は確保できたわけだ。


 そこまで考えておかしいことに気が付く。

 ここが地獄や天国なら食糧なんて必要ないのではないのか? 

 それに胸当てやナイフもだ。

 どうしてこの死体は死後の世界で死んでいる?


 頭の中で疑問が膨らむ。


「まずは人を探すべきだな。疑問に答えてくれる者が居るかもしれん」


 念のために自分が現れただろう場所に、ナイフでバツ印をしておいた。

 もし現世に戻れるチャンスがあるとするなら、最初の場所がそうだろう。

 だとすればここから離れるのは危険かもしれない。


 しばらくここで過ごす事にした。





 儂の体内時計は非常に正確だ。

 これは経営者時代から養い、ホームレスになってからはさらに研ぎ澄まされた数少ない特技。そのせいか、人の何倍も時間を長く感じる。


 体感時間で三時間だろうか……。


 一向に何も起きない。

 寝ては起きてを繰り返しているが、ただ腹が減るだけの空虚な時間だ。


 しかし、ここが地獄なら繁さんはいるのだろうか? 

 もしそうだとすれば嬉しい。

 ああ、いやいや友人が地獄に居て嬉しいなんて不謹慎だ。

 ここはいない方が嬉しいというべきだろう。


「だが実にダンジョンによく似た地獄だな……」


 儂はこう見えてTVゲームくらいはしたことがある。

 若い頃は有名RPGゲームなんてものも経験したわけだからな、ダンジョンという概念が理解できないわけではない。

 

 それでも地獄がダンジョンに似た場所なのは不思議だ。

 きっと地獄の閻魔様はゲーム好きなのだろう。


 あおーん!


 耳に狼の遠吠えのような音が聞こえた。すぐに体を起こしナイフを構える。


「うかつだった。なにも人間だけとは限らないではないか。ここは地獄だぞ」


 あおーん!


 狼の声はさらに近くに聞こえた。不味い。

 儂はすぐに走り出す。


 遠くで狼と何者かの叫び声が聞こえたが、無我夢中で通路を走り続けた。

 そして開けた場所へとたどり着く。


 その部屋はドーム状で、中心には山積みにされた人の死体が置かれていた。

 近寄ってみるが腐臭はそれほどしない。

 壁にはクリスタルのような小さな結晶が、ロウソク立ての上で仄かに発光し部屋全体を明るく見せていた。


 がるるるるっ!


 狼の唸り声が聞こえ、儂は死体の山へ潜り込む。

 隙間から目を出すと、部屋に四頭の狼が現れた。

 いずれも体が大きく全長約二mはあるだろう。

 全身を覆う茶色い毛が、まるでハイエナのように見せる。


 なんだあの生き物は? 狼か? にしては大きすぎるぞ。

 隙間から狼を覗きつつ周囲を窺う。


「くんくん」


 狼の一頭が儂の潜む死体を鼻で嗅いだ。

 腐臭で儂の臭いが誤魔化されると思うのだが、実際のところは分からない。

 もしかすれば、ここに潜んでいることがバレるかもしれない。


 額から一筋の汗が流れる。


「あおーん!」


 一頭が遠吠えを発すると、他の三頭も同じように鳴き声を発する。

 そして、通路の奥へと走っていった。


 た、助かった……。


 そう思ったのもつかの間、床が僅かに揺れ始め、次第にその揺れは大きくなってゆく。まだ何かいるのかと悲鳴をあげたくなった。


「ぐがぁぁぁぁぁ!」


 腹に響くほどの鈍重な声が部屋に木霊した。

 隙間から視線を彷徨わせるが、声の主は見えない。

 今度は一体どんな化け物が出てくるのかと恐怖が這いあがる。

 

 どんっと目の前に太い柱が現れた。

 茶色の表面に、ガサガサとした像の皮膚のような分厚い皮が印象的。

 恐る恐る柱の上へと視線を向けた。


 毛のない頭部。分厚い唇に豚のような鼻。

 鋭く尖った犬歯が口からはみ出ており、その眼は白目が黄色く何の感情も伝えない。あるのは食欲だけだろう。


 身長約三mもの全裸の巨人が、人間の死体を貪っていたのだ。


「……!?」


 思わず悲鳴をあげそうになった。

 あまりに醜く、恐ろしい化け物に儂は身体が震えた。

 今も、視界の端では床にぼたぼたと血がしたたり落ち、巨人の食べているモノが何であるかをまざまざと伝えてくる。


 ど、どうするべきだ? ここは逃げるべきか? 

 けど、外には化け物が……。


 そう考えている内にも、死体の山はどんどんと減って行く。

 巨人の食欲は底なしなのかと聞いてみたくなる勢いだ。

 このままだといずれ、儂の隠れている場所が暴かれるのも時間の問題。


「だったら一か八かだ! これでも社長だった男だぞ! 大博打は得意だ!」


 ダッと死体から抜け出した儂は、ナイフで巨人の足を切りつけて距離をとった。

 ここで通路に逃げてもさっきの狼が居るはずだ。

 戦うか殺されるかの二択しか存在しない。

 だとすれば、複数を相手にするよりも巨人一体を相手にする方が何倍もマシだ。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 巨人は足を切られたことに気が付き、後ろにいる儂に顔を向けた。

 その顔はみるみる内に憤怒の色に変わり、怒りからなのか床を両手で激しく叩く。


「化け物め! 捕まえてみろ!」


 部屋の中を走りだし、巨人の隙を狙う事にした。

 図体がデカいだけに足は遅い。

 儂を追いかけてドシンドシンと床を踏み鳴らし、捕まえようとがむしゃらだ。

 どうやら回り込んで捕まえるという知恵はないようだ。


「問題は奴の弱点か……こっちはナイフ一本と勝ち目は薄いな……」


 自身の持ったナイフを見ると、白銀の反射光を放つ。

 随分と品質のいいナイフなのだろう、物を見る目に長けた儂だからこそわかる。 けど、ナイフだけではあんな化け物には到底太刀打ちできない。

 

 そこで巨人を見ると、奴の膝の部分が赤く光っていることに気が付いた。

 よく見ないと分からないほどの小さな赤い点だ。

 目をこすってみたが、やはり赤い点は変わらず巨人の両膝に固定されている。

 あれはなんだ?


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 奴の膝に目をとられている隙に、巨人の攻撃範囲に入ってしまっていたようだ。 壁際を走っていた儂に向かって鈍重な腕を振り下ろす。


「よっ!」


 攻撃は壁を粉砕し、深々と巨人の右腕が突き刺さった。

 だが間一髪避けた。

 ぎりぎり奴の股下を潜り抜けると、すかさず右膝裏の赤い点にナイフを突き立てる。

 どんな意味があるか分からないが、奴を倒せるチャンスになればいい。


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 巨人は大きな悲鳴を上げると、なぜか床に倒れた。

 そして右ひざを押さえて暴れる。

 ……いや、痛みに苦しんでいるのだ。

 もしかすれば赤い点は、奴の泣き所だったのかもしれない。


 チャンスとばかりにもう一つの膝裏へナイフを突き立てると、巨人はまるで駄々をこねる子供のように、両手を激しく床に叩き付けた。

 

 相当な激痛なのだろう。

 とはいえここで見逃してやるわけにはいかない。

 

 巨人の背中へ飛び乗ると、ナイフを振りかざし奴の首へ突き立てる。

 勢いよく鮮血が切り口から噴き出すが、儂は力を込めて首を掻っ切った。

 声にならない声を吐き出し、巨人は徐々に体が冷たくなってゆく。

 死んだのだ。


「ふぅ、生き物を殺すというのは気分が良い物ではないな。それが人型だと罪悪感がなんともいえん。しかし……今頃手が震えてきたぞ」


 巨人の傍に座り込むと一息ついた。

 水でも飲みたいが、あいにく持ち合わせていないのでここは我慢する。

 それよりも先ほどの赤い点だ。

 生きていてあのようなモノを見たのは初めてだった。


「幻覚……という訳ではなさそうだな」


 ここは地獄だ。もちろん儂の予想だが、今は地獄と信じよう。

 そして、地獄に落ちてきた者はもしかすれば特殊な力を発現するのかもしれん。 儂の赤い点の力もその一種なのではないだろうか? 


「繁さんのような霊能力に儂も目覚めたと言う事か?」


 その時、儂の中で何かが弾けて脳裏に文字が浮かんだ。

 

 “ステータスオープン”

 

 そんな文字だ。ゲームでもない現実でステータスを見ようなんて笑える話だ。

 けど、本能が言葉を口に出せと叫んでいた。

 儂は我慢しきれず唱えてみる。


「ステータスオープン」


 言葉とほぼ同時に目の前に、青い小さな半透明のウィンドウが開いた。

 まるでPCのウィンドウが空中に浮いているかのようだ。



 【ステータス】


 名前:田中真一

 年齢:17歳(56歳)

 種族:ホームレス

 職業:ホームレス

 魔法属性:無

 習得魔法:なし

 習得スキル:鑑定(初級)、ツボ押し(初級)



「なんだこれ…………」


 唖然とする。ウィンドウに儂の情報が記載されているのだから。

 しかも見慣れない言葉が、平然と書かれている。


 魔法? スキル? え? は?


 それよりも気になったのは種族だろう。

 種族ホームレスってなんだ。馬鹿にしているのか。

 こいつを書いた奴をぶん殴ってやる。




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