#3 魔法使いの定義

「君、空を飛んでたよね?」

 第一声から意味不明な質問に見えるかもしれないが魔法社会ではそうおかしい話でもない。

「えっ、何、まさか見てたの?」

 目をぱちくりさせてこちらに問い返してくる金髪の少女。

「見てたよ、たまたまだけど。そしてこの林に君が落ちていくところまで」

「おっ、おち、落ちたんじゃないの! 降りたの!」

頭から真っ逆さまに降りるな、危険だろう。

「ていうか、それはどうでも良くて! アンタ、ペンダント拾ったでしょ?」

「拾った、青くてキレイな宝石がハメられたやつ」

「そう、それ!」

 彼女はこちらへ片手を伸ばし、手のひらを差し出してきた。

 とりあえずお手、をしてみた。

「何すんのよ!」

「手を差し出されたから」

「ペンダントよペンダント! さっさと返しなさいって言ってんの!」

分かってはいたが。

「すまん、持ってない」

「は? ちょっと待ってあなた拾ったでしょ!?」

「ああ、拾った」

「持ってないってどういう意味よ!?」

「他の奴に取られたんだ」

「はぁああああああああああああ!?」

鼓膜が破れそうだ。

 だけど分かったことがある。この少女はウォールターと今朝から会ってないようだ。

「大丈夫だよ、君の仲間? 知り合い? そんな人の手に渡ってるから」

「仲間? 何それ、私こっちには一人で来たんだけど」

「そんなバカな、おっさんだよ、おっさん」

「わけわかんないこと言って誤魔化してんじゃないわよ……」

おかしいな、ウォールターはこの少女のことを知ってたみたいなのに、まるでこの少女はウォールターのことを知らないみたいだ。

「君、そういえば名前は?」

「名前? そんなもの教えてどうするのよ」

「いや、何と呼べば良いのか分からないし」

「呼ばなくて良いわよ。あんたが持ってないってならもう良いわ、自分で探すから」

 そう言い残して彼女は何かを呟き、走り出した。

「ちょっと待って、君は―――」

「あんた離しなさいって危ないから!」

「えっ?」

 走り出したかと思った彼女は直後、飛んだ。ぐんぐん高度は上がっていき、下を見下ろすと街中が見渡せた。

「おい! お前早く降りろ!」

「うるさい! なんか今日は飛行魔法の調子が悪いのよ! しかもあんたが捕まってるせいでバランスも取れないしね!」

「良いから降りろって!」

「あんたが手を離せば良いでしょ!」

「んなことしたら! ……いや、違う降りるな飛べ! 進め!」

「はぁ!? いきなり何よ!?」

だ!」




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「もう追ってきてないか……」

「ちょっと、何なのよあれ! なんで追いかけられたのよ!?」

「そりゃ飛んでたからに決まってんだろ。街の真ん中で飛んでる奴がいたら誰かが通報するさ」

「でもあいつらも飛んでたじゃない!」

「許可が下りてんだよ」

「許可?」

「お前、知らねえのか? 警察は超常認定の魔法も、一部は使用許可が下りてんの。小学校で習うぞこんなの」

 ちなみに、犯人の行動によっては霊銃の発砲許可さえ降りる場合もある。というかさっき追いかけられながら何発か撃たれた。

「ちょっとごめん、警察が魔法を使うの?」

何言ってんだ、誰でも使うに決まってんだろ。

「使うよ、警察どころかそこらへん散歩してるおじいちゃんだって使うぞ」

「そんな、嘘……」

どうしたってんだ、鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって。

「ほら、そんなことより、ペンダントの話だ。俺は確かにペンダントを拾ったよ。だけど今朝、ウォールターと名乗るおっさんに返したんだ、そいつが俺のだって言うからな。命と同じくらい大切なものだって。で、そいつはお前のこと知ってるような口ぶりだったぞ。あんたはウォールターのこと知らないのか?」

「ウォールター!? 今あんたウォールターって言ったの!?」

「ああ、そいつがそう名乗ってたぞ」

「ありえない、ありえないのよそれ。何よ、さっきからあり得ないことばっかりじゃない!」

「なんなんだ、落ち着けって、どうしたんだよ」

「あんたも魔法が使えるの?」

「ああ、当たり前だ。ほら」

 指先に赤の霊力を供給、集中、そして放出し形を留める。像をイメージし、エネルギーを与えそれは実体と成る。

「ほら、こんな感じで火を起こすくらいなら小学生でもできる」

「確かに、魔法だわ……」

「赤の霊力を使うのは得意なんだ、は赤の純成だし」

 意味、というのはなんと説明すれば良いか、そのものの本質みたいなものか。霊力の供給源でありもう一つの心臓だとか。難しいことはよく分からない。

「ねえ、魔法使いはどれくらいいるの?」

「どれくらい? んー、そもそも魔法使いって何を以て魔法使いと呼ぶのかにもよるな」

「そりゃ魔法を認識し使用できる人間のことよ」

 魔法を認識し使用できる人間? なんだかおかしなことを言っているなこいつ。

「魔法を認識し、使用できる人間なんてそりゃあ。―――人類全てだろ」

「……だと思った」

「だと思った?」

「この世界、何かがおかしいのよ」

「おかしい? 何が」

「科学は、存在する?」

「存在する、というか、だな。もう衰退した。それらは全て魔法にとってかわったよ」

「年は? 今は何年?」

「2100年だ」

「……なるほどね、そういうわけ」

「どういうわけだ、さっきからお前の質問の意図が全く分からないんだが」

「良い? 私はおそらく、この世界とは別の世界の人間なのよ」




 つまり話はこうだ。彼女がいた世界では現代まで科学が進歩し続けていた。そのため魔法は秘匿されるべきものであり、魔法使いは影の存在だった。そのため魔法に関する法など存在しなかったらしい。こいつが普通に飛行魔法を使用していたのも、それが超常認定法のことを知らなかったからだ。

 彼女がなぜからに来たのか。それは彼女にも分からないらしい。転移魔法か何かを受けたのは間違いないだろうが、そんな魔法が使えるのは余程の大魔法使いのみだ。少なくとも一般人には使える代物じゃない。そして、転移直前の記憶が曖昧だとか。

 しかし転移直後の記憶はあった。アトリエ(魔法使いの仕事場のような場所)のような場所で、目の前には知らない男。ペンダントを取られそうになったので逃げ出したらしい。しかしどうにもこちらに転移してから飛行魔法の調子が悪いらしく、逃げている途中でこの林に墜落、もとい不時着したらしい。

 そしてペンダントとウォールターという男について。あのペンダントは彼女が母から貰ったペンダントらしい。そしてウォールターは、彼女の母の家系の先祖の名前だとか。つまり、ウォールターが生きているはずがないと言う。そもそも彼女の母の家系、ということはあっちの人間だというわけでこっちにいることが有り得ないのだ。

「そういうこと、分かった?」

「ああ、お前の頭がおかしいことは分かった。……ってうおっ! 無言で霊銃を発砲するな! それもこっちでは犯罪だ!」

「不便ね」

「お前みたいな危険な奴がいるからだ」

「まあ良いわ、こっちの情報もあんたのおかげで少しは得られたし。私はウォールターを探すわ、それじゃあね」

「おい待てよ、もう暗いぞ」

「平気よ、こう見えて一流の魔法使いなんだから」

「こっちは誰もが魔法使いだ、つまり不審者や暴漢も魔法を使うんだぞ」

「ま、負けるわけないでしょ!」

「それにな、最近この辺物騒なんだ。不審な連続失踪事件も起きてる。お前みたいな女の子が一人でうろつくのは危険だ」

「何それ、私がその辺の女子供と同レベルだって言いたいわけ!?」

「でもその辺の女子供の方が飛行魔法を上手く使えるぞ」

「そっ、それは……」

「着いてこい、お前一人で闇雲に探すより効率的な方法がある」

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