#2 分岐点

 翌朝、目が覚めると枕元におっさんがいた。

「グッモーニン、良い朝だ」

「……おはようございます」

「うむ、寝起きで挨拶ができるなんてなボーイだ」

 ダメだ、頭が覚醒しきっていない。

 ボケた頭を無理やり起こす。さて考えよう、俺は自分の部屋のベッドの上で目が覚めた。すると枕元に見知らぬおっさんが腰かけていた。オーケー、答えは導き出せた。

「母さん警察呼んで!」

「ストップストップ! 待ちなボーイ! 話をしよう!」

 冗談じゃない! なんだこのおっさんは! 不法侵入だ、れっきとした犯罪だ!

「ボーイ、俺は何もボーイが考えてるような者じゃあ断じてないんだ。そこは分かってくれるな?」

「ふざけるな! 朝目が覚めたら枕元に知らないおっさんがいた俺の恐怖と困惑が分かるのかよ!?」

「ドウドウドウ、まあ待てって。俺は、よろしくな」

「よろしくなじゃない! 名前が分かったって恐怖も困惑も消えないからな!?」

「落ちつけボーイ、確かに寝起きで驚かせちまったのは俺の不手際だったかもしれないがな。ボーイにも非があるってもんだぜ、分かるだろ?」

「はぁ? どうして俺が?」

「昨日のことだ思い出してくれよ」

「昨日……」

昨日のこと、いつも通り学校に行って、授業受けて、空飛ぶ女の子を見て、帰りは乙羽を見送って、その後林で……

「もしかして、ペンダント?」

「イグザクトゥリー! ビンゴだぜボーイ、分かってくれたか?」

「もしかしてあのペンダント、あんたのか? 悪かった、返すよ。そこの机の引き出しに入れてるから。ちょっと待ってな」

そうだ、乙羽を見送った後俺は林の中で空飛ぶ少女を探してたんだ。代わりに見つかったのがペンダントだった。それを俺は持って帰っちまったんだった。

「そうだ、あんたあの少女と知り合いか?」

「少女?」

「空飛ぶ少女だよ。金髪のツインテール、分かるかな」

「ん? ああ、あいつか。まあな、あいつのせいみたいなもんだからな。それよりペンダントはまだかボーイ?」

「おかしいな。確かここに入れたはずなんだけど……」

「なんだなんだ、失くしちまったってえんじゃないだろうな?」

「ま、まさか! 間違いなくここにしまったんだけど……」

「おいおい勘弁してくれよボーイ! あれは俺にとってどれだけ大切なものだと思ってんだ!?」

「そんな怒るなよ!」

どうしても見つからない。引き出しを開けて一番上にそのまま置いたはずなのに……

「その、あのペンダント、高いのか?」

「高い? さあね、質にかけたことなんてないぜ、なんてったって世界に一つしかないんだからな」

嘘だろ、そんな高価なものだったなんて……

「ったく、ありゃ俺の宝物だぜ。俺の命だってのによ」

 命くらい大事だなんて、どうしよう……

「ま、冗談だけどな」

「はぇ?」

「ペンダントなら、ここに」

 そう言ってウォールターは自らの左胸をトントンと拳で叩いた。

「なんだ、もう回収してたのか」

「ああ、悪かったなボーイ。さっきボーイに警察を呼ばれそうになったもんでな、いたずらでもし返したかったのさ」

いい歳してやることは子供かよ。

「と、いうことで。俺は用は済んだし出ていくぜ、アディオス、ボーイ!」

 ウォールターは窓を開けて外に飛び降りた。

「はぁ……」

まったく、朝からなんだったんだ。

「風真! 何があったの!?」

「あ、おはよう母さん」

「警察、呼んだ方がいいの!?」

「…………あっ」

 結局あの謎のおっさん、ウォールターとかいう奴が誰だったのか分からず終いだった。




 今日も昼飯は学食だ。

「おい、そりゃさすがにやべえと思うぜぇ?」

「そうだよ、目が覚めたら枕元に知らないおっさんとかホラー過ぎるって!」

「いや、でもよ。実際何もされなかったわけだし」

 相変わらずいつものメンバーで机を囲む。今日の話のネタは俺の朝の出来事だ。

「それで、警察には通報したのですか?」

「いや、してないままだよ」

「もしかすると、そのウォールターって方が失踪事件と何か関係してたりして……」

 失踪事件、ここ最近ニュースを騒がせている。この辺りで忽然と姿を消す人間が増えているとかなんとか。朝のニュースも夕方のニュースもその話題ばかりで、嫌でも目と耳に入ってくる。

「まさか、そんじゃ俺は誘拐されかけたってことかよ?」

「ねーねー! よりにもよって風真攫うなんて趣味が悪いにもほどがあるぜ!」

「しかし、失踪事件の被害者の中には男性も含まれていますし……」

 これまでに失踪した人間はOL、女子高生、サラリーマン、男子高校生、の4人だ。その中の女子高生はうちの学校の生徒だという噂もある。事実、ここ数日ずっと学校を休んでいる生徒がいるらしいし、昨日の教師の緊急会議も併せて考えると間違いなさそうだ。

「あ、ふーちゃんさ。何もされてないって言ってたけどさ、ホントは寝てる間に……」

「バカ、怖いこと言うなよ」

「あははっ、私もふーちゃんは純潔であってほしいよん!」




 放課後、今日は唯が商店街の方に用事があるらしく乙羽の付き添いは一度きりにしてお役御免となった。

 自由な放課後、こんな日はさっさと家に帰るに限る。

 と、思ったのだが、ふと気になることがあって商店街を通り過ぎて林の方へ向かった。

 その理由は一つ、空飛ぶ少女に会えるかもしれないと思ったからだ。ウォールターはあの少女のせいでペンダントを落としたと言っていた。ならペンダントを探しに林に来てたりして。

 なんて考えてはみるものの、どうしても思いつく理由はわざとらしい。要は只の閃きだ、直感だ。会えなきゃ会えないで別にそれでいい、その時はさっさとUターンして家に帰ろう、そうしよう。

 そして林に辿り着いた。さて、少女はいるのか。

 数分歩き回ってはみたものの、それらしい影はなかった。

「ハズレ、か」

 空を飛ぶ少女を見た、その時俺の中で何かが動いた気がした。これが何かのきっかけになるかもしれない、何かがかもしれない。そう思ったのは、男子高校生には普遍的な、ヒーローを夢見る幼稚な憧れだったのだろう。

「バカじゃねーの」

 この世界には魔法が満ち満ちている。

 小さい頃、絵本で読んだことがある。昔、魔法が信じられていなかった時代。科学の時代、魔法は夢、御伽話だった。魔法の時代に生まれ、育ってきたからか、とても滑稽に思える。魔法はのだ。いつもすぐ傍に、潜在的に、活発的に。

 そうなった今、少年は何を夢見るのか。魔法は夢でなく当然の技術であり、欠かせないものとなった。

 答えは簡単だ、少年の心にはいつどんな時でもヒーローを夢見ている。自分は特別な力を持っており、誰かのために悪と戦う、そんなヒーローに憧れているのだ。

 同時にそれが夢だとも承知している。科学の時代、魔法を夢見ても使えないのと同じように。

「帰ろ、腹減った」

 何かを諦めて来た道を戻る。

 帰り着けば俺だけの特別は消える。俺だけが見た空飛ぶ少女、俺だけの元に現れたペンダントのおっさん。

 なんだか、肩透かしを食らった気分だ。

「やっと見つけた! アンタ、ペンダント持ってるでしょう!」

 突然背後から女の子の声が聞こえた。

「昨日、あんたがペンダントを持っていくところ、見たんだから!」

 振り向きたいけど、振り向けない。抑えられない、にやける、笑ってしまいそうだ。俺は特別なんじゃないか!

 なんとか口角を下げ振り向くと、そこには昨日窓のこちら側から見た少女がいた。小柄な身体にはそぐわないぶかぶかのマントのようなコートを羽織っている。

 太陽を力強く照り返していた金髪は、今は夕日に染まって濃いオレンジ色に染まって見えた。

 もう、彼女と俺の間には窓という隔たりは無いのだ。

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