魔法社会の異端学

陸陸人

#1 魔法社会の基礎学

 「世界は科学に満ちていた」

 過去の何とかっていう偉人の言葉である。

 100年以上前、世界では科学が信じられていた。火が燃えるのも科学の力、車を動かすのも科学の力、メガネをかけるとよく見えるというのも科学の力。とにかくこの世界に存在する全ての物体、現象は全て科学で説明できる

 火を起こしたいなら赤の霊力を使えばいいし、車を動かすのは黄の霊力の応用で事足りる、メガネをかけるとよく見えるだなんてそんなのメガネという自体の能力だというのに、なんと面倒な解釈をしていたものだろう。

 そういう時代のお話は歴史の授業でしかもう知ることのない世界だ。

 今の時代、魔法は当たり前の文化になっている。

 今年は2100年、21世紀最後の年だ。街中見渡せば魔法の賜物がそこら中にある。例えば。青の霊力を用いて動く二輪車だ。科学の時代では似たようなものがあったらしい、確か、自転車とかいう名前だ。サドルの下部に前後のタイヤにチェーンで繋がったペダルなるものがあり、それを両脚で回転させることによりタイヤも回転、前進するらしい。これがまた体力を浪費するらしい、科学なんてそんなものだ。魔転車ならハンドルから青の霊力を送り込むだけで良いから疲れない。

 魔法は、科学より優れている。人間は進歩したんだ。




 魔力板に板書を書き込む教師の話は上の空、窓の外の空は今日も蒼い。

「なんだあれ」

 遠い空を眺めていると鳥のような何かが飛んでいるのが見えた。

「ヘリ、じゃないよな」

 空を飛び回る何かを観察し続けると、なんとなくこっちに向かってきてるように見えた。決してこちらへ一直線というわけではなく、ふらふらと四方に揺れながら結局こちらへ進んでるといった風だ。

 じわじわと近づいてくるそれは空飛ぶ女の子だった。太陽を照り返す金色のツインテールがここから見ても目立っている。

「あっ……」

落ちた。商店街の向こう側の林に落ちやがった。

「おい、おいって。おーい、風真、三ツ門風真みつかど ふうまくーん」

「……ん? なんだよ」

「なんだよ、じゃねえよ。さっきからずっと呼んでんのに窓の外見てやがってよぉ」

 こいつは隣の席で中学から同じクラスの天野川龍あまのがわ りょう。寝癖かセットしてるのか分からないツンツン頭と高身長が特徴のバカだ。

「いや、それがさ。女の子が飛んでたんだよ、生身で」

「飛んでた? バカ言うな、飛行魔法は超常認定受けてる魔法だぜ。街中で使えるもんか、警察が飛んでくるぞ」

「だよな、でも飛んでたんだよ。金髪のツインテール」

「どこだよ、いねえぞ?」

「落ちたんだ、向こうの林に」

「落ちた? んだそりゃ。風真お前、見間違いってやつだぜそりゃ」

「おい天野川!」

「うぇいっ!」

 先生にバレたか、こいつ声がでかいからな。

「授業中だぞ私語はするな」

そう言って先生は微かに指先を龍に向けて動かす。

「うおっ重てぇ!」

先ほどまで俺の席の方に少しだけ身体を乗り出していた龍は見るからに自分の席にまっすぐと

 青の霊力の応用、重力操作の魔法だろうか。

「天野川、そのまま教科書14ページ立って読め」

「重くて立てませんけど!」

「じゃあ座ったまま読め」

「えっと……

 魔法世界においての霊力の基礎、五大霊力。

 赤の霊力は熱に関するエネルギー、破壊の概念。

 青の霊力は運動に関するエネルギー、沈静の概念。

 黄の霊力は電気に関するエネルギー、拡散の概念。

 白の霊力は光に関するエネルギー、集中の概念。

 黒の霊力は暗黒物質・ダークエネルギー、消滅の概念。

 科学は宇宙空間に存在する暗黒物質の解明ができず、

 以降その立場は魔法に譲られた。」

「そこまで。分かるか、今の時代科学は時代遅れってもんじゃない。

 もはや過去の遺物だ、全ては魔法の劣化みたいなもんだ」

 五大霊力、魔法社会において欠かせないモノだ。

 科学の時代において、エネルギーと呼ばれあらゆる物体、現象の元となっていた。しかしそれらは全て魔法の登場により5つの霊力に分類された。あらゆるはたらきは5つの霊力でその現象を賄え発生させることができるからだ。

 また、第5霊力である黒の霊力、これこそが正に科学の時代との決別に大きな影響を与えた。

 科学で解明しきれなかった宇宙空間に存在する暗黒物質、これを全て黒の霊力として認めることによって科学の時代は終わりを告げたのだ。




「大丈夫か龍」

魔法基礎αの授業が終わり昼休み、俺と龍は食堂に来ていた。

「大丈夫なもんかよ! あんの斎藤のヤロー、授業終わるまで解かねえままでよぉ。

 身体が痛いのなんのって……」

「これに懲りたら授業中の私語は慎むんだな」

「けっ……

 それより飯だ飯。空いてる席は……」

「混んでるな」

 うちの学校の食堂は美味いと評判で、それが目的で入学する生徒もいるくらいだ。だから当然、いつ食堂に来ても生徒で賑わっている。

「ったく、爆破魔法で吹っ飛ばせりゃあなぁ。席なんて余裕で取れるのによぉ」

「魔法で一般人を殺してみろ、それが最後の晩餐になるぞ」

「わーってますよ。探せ探せ」

食堂内を見渡してみるが、確かに混んでて空いている席が見当たらない。外のテーブルは空いてるかもしれないけど、まだ風が少し寒くて敵わないし、できれば室内で昼食を取りたいんだけど。

「おーい! ふーちゃーん! こっち空いてるぜーい!」

「おっ」

 食堂の窓際の席から大きく手を振って叫んでるあいつは皆木唯みなぎ ゆい。小柄な身体とショートカットにカチューシャが特徴で、あれも龍と同じく中学からの俺の友人というか悪友みたいな奴。

「唯が席取ってたっぽい」

「おう、そりゃ助かるねぇ!」

 席に着くともう一人相席者がいた。

「こんにちは、三ツ門君、天野川君」

「おっすおっす、席取ってやったんだ感謝しろよなん♪」

 こちらの黒髪ロングが似合う和風美人は桜良乙羽さくらら おとはさん。唯とは何かと真反対なタイプなのにどうしていつも一緒にいるんだろう。

 ガサツとお淑やか、バカと優等生、貧乳と巨乳、赤の純成と青の純成。

「おいこらー、なぁにさくらんのおっぱいジロジロ見てんだい?」

「乙羽ちゃんのおっぱい見てただぁ!?」

「見てねえ見てねえ」

「ホントかなぁ…… ふーちゃんすーぐやらしいこと考えるしなぁん」

「んなことより食おうぜ。あ、龍一切れ寄越せ」

「てめっ! 一切れって四分の一だぞこらぁ!」

「こっちゃ全部やるから」

「漬物全部とハンバーグ四分の一で成立するかよぉ!」

「漬物なめんなよ?」

「ほんと子供だよねー、さくらんもそう思うっしょ?」

「ふふふっ、そうですね、みんな楽しいです」




 全員食べ終わって一息ついたところで、ふと話を切り出したのは唯だった。

「ねえ、ニュース見た? 昨日の」

 ニュースというと、最近街を騒がせている事件がある。

「連続失踪事件、ですか?」

「そうそう! なんか物騒だよねー、さくらん帰り道だからさ、気を付けなよん」

「そういや先生も言ってた気がすんぜ、商店街方面の生徒は一人で帰らないようにって。先生たちその後緊急会議あるってな。それで今日下校ちょっと早いんだろ?」

「うん、なんか被害者の中にうちの生徒も交じってたらしくってさ」

「そういや噂になってんなぁ。失踪あれマジだったんか」

「怖いですね……」

「だからさ、ふーちゃん帰り道さくらん送ってあげてよ」

「俺が?」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ?」

「ダメダメ、さくらんみたいなおっぱい大きいカワイ子ちゃんが狙われるのよん?」

「待てよ、俺家結構通り過ぎるんだけど?」

 乙羽は商店街とその奥の林を抜けたところにある高級住宅地に住んでいる。俺は商店街の中だ。実際に歩いてみると20分は無駄に歩くことになる。

「えー、着いてってあげなよん」

「風真が嫌なら俺でも良いんだぜぃ?」

「龍はダメ、あんたがさくらん襲いそう」

「襲わねーよ!」

「あの、私一人で大丈夫ですから……」

キーンコーンカーンコーン。

「あっ、時間。そんじゃ、帰りはさくらんよろしくねふーちゃん!」

「ったく、分かったよ」




「お待たせ、んじゃ帰ろうか」

「はい、よろしくお願いします」

 放課後、唯に頼まれたし乙羽と一緒に帰ることにした。事実、危ない事件が起きてるんだから女の子を一人で帰らせるのは気が引けるってものだ。

「唯ちゃんもお節介ですよね」

「ん? ああ、でもその通りだと思うよ。危険は危険だし」

「でも唯ちゃんだって女の子です。唯ちゃんも一人で帰るのは危険だと思うんですけど……」

「そりゃ大丈夫だろ、龍が一緒に帰ってるだろうしな」

「そういえば、あの二人家が近いんでしたね」

 近いも何もお隣さんだ。俺と二人は中学からの仲だが、あの二人は幼稚園からの幼馴染だとか。

「仲良しですもんね、あの二人。それに三ツ門君も」

「中学からの仲だしな、ずっとつるんでたし」

「羨ましいです、そういうの」

「羨ましい?」

「はい、私、そういう仲良しなお友達いませんでしたから」

「そうなのか」

「だから、そういう親友、みたいな関係が羨ましいんです」

「今は?」

「へ?」

「今は、どうなの。まだいないと思ってる? 仲良しなお友達」

「そうですね、クラスでもあまり馴染めていないような気がしますし……」

「そう、でも唯がいるだろ。俺と龍も、親友だと思ってるけど?」

「ふふっ、ありがとうございます。そうですね、唯ちゃんに三ツ門君、天野川君がいるので今はとっても楽しいですよ」

「なら良かった」

 他愛ない話をしながら帰り道をゆっくりと歩く。着くころには日も沈みかけて、夕日で風景が橙に染まっていた頃だった。

「ここまでで良いですよ。送ってくれてありがとうございました」

「どういたしまして、それじゃ気をつけてな」

「はい、また明日!」

 そう言って乙羽は駆けて行った。

 さて、と。俺がなんでここまで送ったりしたかというと、ちょっと用事があったからだ。もちろん乙羽が心配だってのもあるけど。

 ここまで乙羽の歩幅に合わせてゆっくり歩いてきた道を、駆け足で戻る。住宅地と商店街の間にある林。俺はここに用があった。

「まさかまだいるとは思えねえけど……」

 授業中に見た空飛ぶ少女、林に落ちたのは間違いない。枝草をかき分けて道からそれて闇雲に進んでみる。

「見つかるわけねえか」

 1時間くらい歩き回っただろうか。いい加減疲れてきたから諦めて帰ることにし、道に戻る。

「ん?」

 ふと、光る物が目に付いた。

「ペンダント? 宝石かこれ?」

 青く輝く宝石がはめ込まれたペンダントだ。この宝石が本物なら高く売れそうだと思った。

「……貰おう」

 俺はそのペンダントをポケットに入れ、走って家路についた。


「ウソ、無い、無い…… どこで落としたのよ……

                 ……」

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