第3話

「……」

 目を覚ますと、いつもの天井がいつも通りにありました。そのことにわたしはほっとします。くまさんもいつも通りにわたしの腕の中にありました。

「……わわっ!」

 ふと視線を時計にずらして、わたしはびっくりして大きな声を上げてしまいました。なんと時計の針は、もうお昼を指していたのです。

 わたしはベッドから跳ね起きて廊下に出ます。廊下には埃が積もっていました。随分と長い間掃除がされていないようです。

「……あれ?」

 ですが、リビングには誰もいませんでした。わたしが寝ている間に、お父さんとお母さんはどこかへ行ってしまったのでしょうか。

 わたしは玄関へ行って書き置きがあるかを確かめます。何もありませんでした。一体どうしたのだろうと家の中を歩き回ります。すると、お父さんとお母さんを見つけました。ベッドのあるお部屋です。二人ともまだ眠っていたのです。

「お父さん、お母さん」

 わたしは二人を揺すり起こします。いつもの優しくてキリッとした表情はどこへ行ってしまったのでしょう、二人とも動きが鈍いです。

「もうお昼よ、お仕事はいいの?」

 お父さんがまぶたをこすりながら面倒そうに応えます。

「仕事? ないよ、そんなもの」

「えっ……?」

 驚きで言葉が出ません。お母さんの言っていた、仕事に熱心なお父さんはどこに行ってしまったのでしょう。

「用がないなら起こさないでくれ、愛するマリー。まだお昼じゃないか、一緒に寝よう」

 わたしがびっくりしているのをよそに、お父さんは再びベッドに横になってしまいました。お母さんの方に目を向けましたが、お母さんはもう寝息を立てていました。

「……ほらね」

 いつの間にか後ろにくまさんが立っていました。両手を上げてやれやれといった様子です。

「確かに闘争本能は時に悪にしかならない。でも、それは人間が発展する上で不可欠のものなんだ。人間は人の上に立とうとするからやる気が生まれ、意欲が発達する。それがなければ、人間はただの無気力な猿でしかないんだよ」

 もうくまさんが何を言っているのか理解できません。かがくすいじゅんは進んでいても遅れていてもダメで、とうそうほんのうはあってもなくても悲しい世界を作ってしまうのでしょうか。

「ねえくまさん、わたしはどうすれば良かったの?」

「さあ、それは分からない。それは元から答えなんてない領域の話だ。第一、それはたとえどんな状況にあろうとも、マリーちゃん、君が道を決めるべきものだ」

 くまさんはわたしを突き放します。あの夜、無邪気にわたしとおしゃべりをしてくれたくまさんはどこに行ってしまったのでしょうか。

「安心して、マリーちゃん。まだ叶えられる願いは一つ残ってる。じっくり考えて、君が本当に望んでいることを願うんだ。大丈夫、時間はまだたっぷりある」

 戦争のない世界とか。

 飢餓のない世界とか。

 お願いの出来る数を百個に増やすとか。

 全てがマリーちゃんの思い通りになる世界とか。

 神様に与えられた僕の力は、それらを何でも叶えることが出来るよ。

「わたしは……」

 かすれた声でわたしは祈ります。

 手を組んで目をつむり、息を吸い込みます。

 本当の幸せのある場所へと旅立つために。

「神様、お願いします」

 ごめんなさい。

 わたしが間違っていました。

「元の世界に……帰して下さい」

 お部屋が明るくなって、大きな音がして、そして眠気が襲ってきます。

 薄く目を開けた先には、くまさんのほほえんだ顔が――

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