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「ではでは、さっそくお着替えしましょう。神子様は今すぐ、着ている服をすべて脱いでください」


「そ、それはさすがに一人でやるよ! シビュラは外で――」


「いいえ駄目です。神子様が健康な身体付きかどうか、きちんと確認しなければなりません。アテナ様からも頼まれていますから」


「嫌なものは嫌――うおっ!?」


「問答無用です! 覚悟っ!」


 押し倒しに来るシビュラには、抵抗する暇さえなかった。


 抗戦は五分ほど続き、彼女が降伏する形で決着となる。いくらなんでも着替えを他人の任せるのはパスだ。子供じゃあるまいに。

 扉の向こうに追い出されたシビュラは、泣き真似をしてこちらの気を引こうとしている。


「ううう、遠慮するなんて酷いです……私は神子様の女のに」


「気が早いよ! そういうのはもう少し、仲良くなってからにしてください」


「分かりました! 今夜にでもたっぷり親睦を深めましょう!」


「……」


 余計なこと言ったろうか?

 ともあれ、さっさと新しい制服に袖を通すとしよう。また不意を突かれたら、再び撤退させられる自信もないし。


 ――にしても、ここまで熱烈なアプローチを受けるとは考えもしなかった。シビュラは何が何でも、神子の子供が欲しいってことなんだろうか?


「……騒がしくなりそうだなあ」


 本格的なスタートを切る、新生活。

 女神の細工ですんなり受け入れながら、俺はシビュラが待つ廊下へと向かい出す。



――――――――



 神殿を出ると、人だかりがあった広場の変化に驚く。

 活気がほとんど残っていないのだ。例外なのは、シビュラと同じ白い法衣を着た人達だけ。神殿の中と違って男性も多く、忙しそうに広間を横断していく。


 多分、ここは町の中心なんだろう。神殿の他、周囲にある建物は立派なものばかりだ。人が住むようなタイプには見えないし、行政に関係しているものだろう。あるいは神殿騎士たちか


「……本当、外国に来たみたいだ」


 まあ海外旅行なんてしたことないので、やっぱり参考例はゲームと漫画だけど。

 着慣れていない制服の袖をまくってみると、鷹と雷の紋様が顔を出してくれた。淡い光も放っており、特別な力を宿しているのが直ぐに分かる。


 多分、人狼を撃退した腕は加護の力によるものだろう。加護を与えているゼウス自身の腕……なんだろうか?


「どうかなさいました?」


「うん? いや、ゼウスの加護について、ちょっと気になって――」


 応答しながら振り向くと、学園の制服に着替えたシビュラがいる。

 可憐、としか思えなかった。どこかの社長令嬢に見えるというか。本人が生来もっている清楚な魅力を、制服という規則正しい格好が押し上げている。


 シビュラも多少は自覚があるそうで、くるりと一回転して全体を見せてくれた。


「どうですか? お友達からは、よく似合ってるって言われるんですけど」


「――うん、凄く似合ってる」


「本当ですか? えへへ……」


 赤みの差した頬で、彼女は控えめに頷いてくれた。愛らしいと表現するのがしっくりくる。


 なんだかこう、もう少し色々な方向から褒めてやりたい気分だった。とはいえ湧き出る感情を言葉にし尽くせるほど、自分の語彙は豊富じゃないらしい。


 制服のデザインは男女でほぼ差がなかった。両方とも上はブレザーで、下はスカートかズボン。あとはネクタイかリボンかの違いがある程度だ。


「じゃ、じゃあ行きましょうか。あんまりボーっとしてると、遅刻になっちゃいますからね」


「うん、初日ぐらいはまともに登校したいよね」


「……ぐらい?」


「朝はあんまり得意な方じゃないからね」


 頷くシビュラと一緒に、俺は神殿の階段を下りていく。

 そういえばいくつか疑問を晴らしていない。歩くペースが下がらない程度に、彼女へ質問をぶつけるとしよう。

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