5
居住スペースの一画にある居間で、俺は女神アテナと向き合っている。
部屋にはテーブルがあって椅子があって、あとは花瓶が飾られている程度。神様が住んでいるんだから豪華絢爛、というわけではないらしい。
この時代における、ごく普通の家庭が持っている光景――なんだろうか? 部屋の広さも手ごろで、なんだか自分の家に戻ってきたような感覚さえあった。
と言っても、自宅を離れてからまだ半日も経っていない。どちらかといえば安堵感の方が大きかった。
「騎士達から説明は受けていると思うが、君には神殿代表者の一人となってもらいたい。……ここ最近、人々の不安が増しているんでね。神王ゼウスの神子であるユキテルがいれば、多少は軽減できるというわけさ」
「ちょ、ちょっと待ってください! その神子っていうのは……」
「神の加護を与えられた特別な人間のことだよ。文字通り神の子である場合もあるし、赤の他人である。ほら、右腕を見るといい」
指示に従って、制服の袖を巻くってみる。
変化は直ぐに確認できた。手首の辺りに、雷を纏った鷹の紋様が刻まれている。……試しに擦ってみるが、痛いだけで薄れたりはしなかった。
「その刻印が、ゼウスの加護を得ている証拠だ。揉め事があったりしたら、それを見せるといい。神子以外のヤツはまず平伏する」
「神子だった場合は?」
「力尽くでどうにかしろ。ゼウスの加護は最上位の能力があるから、戦闘で後れを取ることは有り得ない。私のような神が相手でも互角に戦えるだろうな」
「……」
なんか、待遇が過剰すぎやしないか?
まあ異世界召喚に巻き込んだ謝意も込めてるんだろうが、ここまでトントン拍子だと逆に怪しい。しかもこっちには、彼女達に協力する理由などないのであって。
「どうして俺なんです?」
試しに、聞いてみた。神様相手に失礼かな、と一抹の不安は過るものの、向こうは顔色を変えていないので良しとしよう。
「単純に外部の人間が欲しくてね。こっちの世界から人を選ぶとなると、生活している都市の利益に繋がりかねない。で、たまたま君が召喚に引っ掛かった」
「要するに誰でもよかったと?」
「ざっくばらんに言うとそうなる」
これは酷い。
しかし不思議と、彼女達に対する反感は湧かなかった。さっき言われた、記憶を消している、とかの影響かもしれない。ここに来る直前のこと以外、靄がかかったように思い出せないのだ。
こうなったら切り替えていこう。説明を聞く限り、安全な地位を与えられたのは間違いなさそうだし。
「具体的には何を?」
「神子達が通う学園に行ってほしい。宣伝にはもってこいだし、君も年頃の少年だ。青春を謳歌したい気持ちはあるだろう? 可愛い女の子も沢山いるしな」
「……なんだか、処女神とは考えられない発言ですね」
「いやだって、ユキテル君はゼウスの――父上の加護を与えられてるんだぞ? 何もせずとも女が寄ってくるさ。ああ、気に入った子がいたら付き合っても構わんからな? 私は処女神だがとやかく言わん」
「なんでそこ緩いんですか……」
「だから、不可抗力なんだよ。父上の加護を持つ者が異性と関係を持つのは、呼吸と同じ領域なんだ。ユキテル君は適性も高いから、諦めた方がいいぞ」
「え、じゃあアテナ様も大変なのでは?」
「な、何を言ってる。私は実の娘だぞ? 加護の対象になんてなるわけないだろ」
でも自信はないようで、多分、と最後に付け足してくる。――心なしか、こちらに向ける視線が少し熱っぽいような。大丈夫かこの処女神。
それでも彼女は深呼吸しただけで、以前の平静さを取り戻した。短く咳払いをして、途切れた会話も再会させる。
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