4

 神殿は真っ直ぐ奥へと続いている。途中に何本も立っている柱は、こっちに来い、と導くようでもあった。

 関係者が一人も見当たらないことに不安を覚えながら、俺は柱に沿って歩いていく。


「ああ、すまないな、迎えに行けなくて」


 凛と響く、少女の声。

 柱の影から、悠々とした足取りで彼女は姿を現した。ドレスに似た真紅のコートを纏い、微笑を浮かべて俺のことを見つめている。


 外の観衆と異なり、瞳に宿っている感情は冷静沈着そのものだ。お陰でこっちの方まで、自然と頭の中は平静になっていく。


 ただ、男としての視点は別だった。

 彼女、結構な美少女である。女性の嫉妬をかき集めそうな白い肌、服の上からも分かるメリハリのついたスタイル。自分なんかじゃ、一生かかっても手に入らない抜群の美人だ。


 髪と瞳はどちらも金色で、それでいて派手ということもない。彼女に合った煌びやかさ、とでも表現すればいいんだろうか。自然と流れ出る気品が、少女を彩るすべてに押し負けていない。


 鋭い視線は敵意というよりも、力強い意志を感じさせる。初対面の人間に、頼りがいがあると一目で納得させるぐらいには。


「――」


 近付いてくる彼女に返事をしなければいけないんだろうけど、緊張感の所為で言葉が出ない。これまでの生活で女性とほとんど縁が無かったんだから当然か。


「おい、どうした? 大丈夫か? 顔が真っ赤だが……」


「あ、ああ! いえいえ、大丈夫ですよ」


「本当か?」


 こちらを覗き込もうと、少女は目の前まで近付いてきた。次第に、息のかかりそうな距離まで縮まっていく。

 更に、


「ふむ」


「っ!?」


 彼女の両手が、頬に触れた。

 本気で体調を気にしているんだろうけど、それじゃ逆効果です美少女さん。思春期の少年は、貴方の親密っぷりに耐えられる構造をしておりません。


 ――などと、心の中で思っても意味はない。一行に戻ろうとしない赤面した俺を、彼女は真剣な眼差しで観察している。


「もしや、召喚した際にドラブルでもあったか? 向こうの記憶は出来るだけ消しているとのことだが……」


「け、消してる?」


「ああ、未練があっても困るんでね。まあもともと無かったというなら謝罪はする。――で、どうなんだ? トラブルはあったのか? 無かったのか?」


「えっと、人狼に襲われましたけど」


「魔獣にか!? 怪我はしていないのか!?」


 頬っぺたを挟んでいた両手は、俺の報告を聞くなり移動を開始する。腕や脇、腹から足に至るまで。年頃の少女にしか見えない彼女だが、何の躊躇もなく身体に触れていく。


 もう、どう対処すればいいのか分からない。ていうか彼女は何者なんだ? 神殿の関係者であることは間違いないんだろうけど。


 満足がいくまで触れ続けて、謎の美少女はよし、と頷く。満足げな顔は、少女らしい無邪気さがあって可愛らしい。


「っと、君の名前を聞いていなかったな。教えてくれ」


「な、七瀬ななせ幸輝ゆきてるです」


「ふむ、ユキテルか。私はアテナ、女神であり処女神だ。君がこの世界で生活するに当たって、全面的に支援させてもらう」


「あ、アテナって……」


「うむ、ギリシャ神話の女神だぞ」


 さも平然と、金髪の美少女は言い切った。

 やっぱりゲームに登場する名前なので、調べた経験はありだ。都市の守護神、知恵と栄光を司る女神。知名度ではゼウスにも負けていない。


 処女神ということで恋愛には消極的な彼女だが、気に入った人間に対しては好意的に接してくれる。さっきの俺に対する態度も、そういう性格が出たんだろう、多分。


 お陰で、ちょっとした失望もある。こんな美人なのに手を出しちゃ駄目だなんて。いやまあ、自分にそんな根性ありませんけどね?


「……ところで、どうして俺はここに?」


「そりゃあ私達が召喚したからに決まってるだろ。詳しい話は奥の部屋でするからな、行くぞ」


「ちょ――」


 またもや彼女はフレンドリー。女性らしい細い指を、こっちの手首に絡ませてくる。

 正直、いつまで理性が持つか心配だった。

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