3
「――嘘でしょ?」
馬車に乗せられて向かった町は、完全にソレっぽかった。
中世ファンタジーを題材にしたRPGの世界。木とレンガの建物も、歩いている人々の格好も、自分みたいな一般人にはそういうイメージしか持たせない。
窓の外に見える人々は全員が人間で、異種族らしき存在は一人もいなかった。人狼なんて化け物がいた辺り、魔物か魔獣が生息しているのは間違いなさそうだが。
……ともあれ、自分が巻き込まれた謎現象について。
異世界転移、ってやつらしい。
「お会いできて光栄です、神子様。市民達も歓迎してくれることでしょう」
「は、はあ」
隣に座っているのは、最初に腕を掴んできた軍人さんだ。
いや、もうその呼び方は止そう。正式には、神殿騎士という階級の人らしい。神子と神殿と守るのが使命です、と誇らしげに語っていた。
味方、と考えて問題あるまい。嘘を吐いているわけでもなさそうだし、彼以外の大勢も頭を下げていたのは事実だ。神子はよほど権威のある、貴重な存在なのだろう。
でも、どうするべきか。
実は神子じゃなくて異世界人です、なんて言い出すのも勇気がいる。彼らは遭難している人間を見つけたんじゃなくて、神子を見つけただけなのだ。正直になるのは勇気がいる。
「えっと、俺はこれから何をすれば?」
「神殿の運営に関わって頂く、とのことです。詳細は女神様がお話になられると思いますよ。神子様をお呼びしたのもあのお方ですから」
「なるほど」
早々、この状況を作った人物に会えるのか。
会話が途切れたところで、俺は改めて窓の向こうを覗く。どうも広場に到着したらしく、大きな噴水が見えていた。人影もこれまでに比べると多い。
みんな俺達を、馬車のことを見つめていた。それも期待をたっぷり込めた、輝くような眼差しで。黄色い声を上げる者も少なくない。
「す、凄い人だかりですけど……」
「神子様のお顔を一目見ようとやってきたのでしょう。神王ゼウスの子がこの地に訪れるなんて、実に数十年ぶりですからね」
「ぜ、ゼウス?」
ギリシャ神話じゃないか、それ。
ゲームなどで名前は聞くため、昔調べたことはある。神々の王であり、雷帝であり――ギリシャ神話の中でも、トップクラスの女好きである、孫娘にすら手を出す始末。
しかし強大な神なのは間違いない。全知全能の存在として、描写されることもあった筈だ。
はてさて、どういうことだろう。
ここは異世界じゃなかったのか? まあこっちの知ってるゼウスと、騎士の語っているゼウスが同じとは限らない。名前と地位が同じ時点で、かなり怪しいところはあるが。
問い返したいものの、俺は抑えることにした。地球人を異世界に呼び込んだ張本人とご対面なわけだし、疑問はそっちにぶつけた方がいい。
馬車が止まって、騎士の方が先に降りる。開いた扉の向こうに見えるのは巨大な神殿。
俺の後ろ姿が見えたところで、広場の方は大盛り上がりだ。歓声は厚みを増し、その活気に唖然とするしかない。
「では神子様、私はこれで。神殿の中には関係者しか入れない決まりですから」
「そうなんですか? ……分かりました」
悲鳴とも区別がつかない歓声に押されて、俺は神殿の中へと入っていく。
一歩踏み込んだ途端、外の喧騒が一瞬にして消え去った。もちろん、振り返れば彼らの姿は見える。にも関わらず音だけが途切れており、防音性のガラスにでも遮られているような感じ。
「魔法、ってやつかな?」
さすが異世界。地球の常識は通用しなさそうだ。
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