第24話 重ねる?
振り向くとその人は寺田だった。「派遣は使い捨て」と言った人だと思うと苦々しい気持ちでペコッと会釈だけした。
ふわっと心まで温かくなった気がしたコートもこの人のじゃ借りたくない気持ちになって返した。
「遠慮しなくていいのに…」と言う寺田に、遠慮っていうかキモイんです!と言ってやりたい気分だった。嫌いな人がすると心遣いが一気に、かっこつけてるだけって思えちゃう。
「奥村さん…だったよね?」
はい…と小さく返事をする。
「南田はどう?」
どうって…。
「厳しいですけど…日々、勉強になってます。」
それは本当だった。南田の要求は厳しいものだったが、やり甲斐を感じられていた。飯野に教わる機会を与えられて、知識も増えた。
たとえ、それが華のキャリアアップのためで、そのキャリアアップが南田の評価を上げるためだったとしても。やっぱりありがたいことだった。
「ふ〜ん。で、キスもいいわけ?」
え?と思う間も無く壁に押さえつけられた。皮肉にもそこには認証の機械がある。
「なんのことを、おっしゃられてるのか…。」
「とぼけても無駄だよ。俺、見ちゃったんだ。奥村さんと南田がキスしてるところ。」
う…。だから外での認証なんてするもんじゃないのよー!しかも今はそんな間柄でもないのに…。そう思うと虚しくなった。
「でも、寺田さんにはそのことは関係ないんじゃないですか?」
そうだよ。なんでこんな状況になってるのか分からない。だってこの状況、無理矢理キスされちゃう感じでしょ?
嫌な想像を急いで打ち消す。
「奥村さんは知らないの?会社で社員の認証率が分かるだよ。直属の上司はね。」
知らない…。でもだからって、この状況はおかしい!
逃げ出そうとしても寺田は、びくともしない。それどころか口の端に笑みまで浮かべている。もがく華をあざ笑うように寺田は話し続ける。
「それで認証率が低い南田は上司から注意されるダサい奴だったのさ。認証率を注意されるなんて…。ククッ。」
うわ…。嫌な奴。そしてこれがキス税の闇。認証率が低いとダメなんて…税金を収めればいいじゃない!
「それなのに前に褒められてておかしいなと思ったんだ。」
「人のことなんて、どうでもいいじゃないですか。寺田さんに南田さんの認証率なんて関係あります?」
ハハッと馬鹿にした笑いが寺田への腹立たしさを余計に助長させて、華は寺田にますますの嫌悪感を募らせていく。
「あいつがモテないのはいいことだけどな。あいつの認証率が上がると色々と面倒なんだよ。」
そこまで言うと華を一層押し付けて顔を近づけてきた。必死に抵抗してみてもあざ笑う寺田は離れてくれない。
「ちょっと待ってください!寺田さんには…彼女いるじゃないですか!寺田さんこそ仲良く認証してるところを見ましたよ!!」
あぁ。とつぶやいた寺田は少しも力を緩めない。彼女いるのにどうして?
「派遣の子のこと?ハハッ。」
笑った寺田の体が少しだけ離れた。良かった。思い直したんだ…そう思ったのは一瞬だった。
「派遣のいいところを教えてあげるよ。付き合ったり、そういう関係になって、もし気まずくなれば向こうが辞める。だから派遣の女は簡単なのさ。」
なんて人なの!
怒りが顔に出ていたのか、華の顔を見て、また嫌な笑い方をする。
「奥村さんは真面目だね。向こうだってそのつもりさ。お互い様ってやつ。」
そうかもしれない…。だからって!
「じゃ社員の私にこんなことしない方がいいんじゃないですか?」
「それは大丈夫だろ?弱味を握ってる。」
「弱味なんて…。」
フフフッ。反吐が出そうな気持ち悪い笑い声が耳元で聞こえて、ゾッとする。
「奥村さんみたいな子は無理矢理されたことを人に言えないだろうから、今から弱味を握るって言う方が正しいかな?」
なんて人!泣き寝入りなんてしないんだからね!そう思うのに足がガクガクと震え出した。
「私にこんなことしても、南田さんの認証率には関係ないじゃないですか。」
「奥村さんは分かってないな。南田の大切なのだから壊したいんだろ?恨むなら南田を恨むんだな。」
何よそれ。南田さんの大切なんかじゃない。こんな言いがかりで…。
華はだんだん馬鹿らしくなってきた。そもそも守らなくちゃいけない契約もなくなった。不特定多数との接触は極力避けること。だいたいあんな意味不明な契約…。
でも!だからってこの人とは嫌!
そう思っても力では敵わない。お酒臭いにおいが鼻をついて、気持ち悪さが加速する。
もう…ダメ…。
「寺田さーん!部長が呼んでいましたよ!重要な今後の仕事について話したいことがあるそうです。」
店の中から寺田を呼ぶ声が聞こえた。
チッと舌打ちが聞こえ「まぁ近いうちにいつでもできるさ」と解放された。ガクガクと震えながらしゃがみこんだ華を放置して寺田は店の中に入っていった。
こんなことっておかしい…。
震える手で顔を覆った。泣けてしまいそうだった。南田の彼女とでも勘違いされたのか、そのせいでこんなこと…。勘違いというのが余計に辛さを倍増させた。
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