第22話 対峙する?

 しょんぼりする華に声がかけられた。

「ちょっといいかな?」


 連れてこられたのはファミレスだった。向かいに座るその人は華を睨んでいた。

「あなた湊人のなんなのよ。」

 ドラマのようなセリフ…。でも…。

「なんでもありません。」

 本当に今はなんでもない。契約関係でもなければ…そうだな言ってみれば、ただの同僚ってことになる。

「嘘つかないで!キスしてるとこ見たことあるんだから!」

 華の向かいに座る女の人は怒りに任せて言葉を発した。怒りで眉間によったしわのせいで台無しだけれど、綺麗な人だった。

 この人が南田さんに嫌がらせする人?綺麗だし、そんなことしなくても他にいくらでもいそうなのに…。

 黙っている華にイライラした様子でまた罵りの声を上げた。

「別に私は湊人じゃなくたっていいの。なのに湊人は全然私になんの興味も持たなくて。どうかしてるのよ。だから分からせてやりたくて!」

「分かります!」

 華の前のめりな力強い同意に女の人は意表を突かれたような顔をした。

「南田さんはどうかしています!私なんて南田さんに振り回されるだけ振り回されて、私が南田さんを好きだと思った途端に…捨てられたようなものです!」

 華の剣幕に押され、女の人は「そう…」とだけ言った。華は口に出したせいで、どんどんムカムカしてきて強い口調でまくし立てる。

「なのに私の周りの人はみんな南田さんの味方ですよ?許してやってくれだ、信じてやってくれだの。私の友達でさえ「南田さんの良さを分かってない」て言うんです。あんな人、ただの無表情の変人冷血男です!」

 はぁと息をついた華にさきほどまで罵っていた女の人はアハハハハッと笑った。

「あなたバッカみたい。」

 馬鹿…。女の人はまだ笑っている。笑い過ぎて出た涙を拭きながら、今度はしんみりして話し出した。

「あなた可哀想な子ね。なんだかあなたを見てたら馬鹿らしくなっちゃった。私もあなたみたいに血相を変えてたのかと思ったら…滑稽で。あんな男のために。」

 滑稽…。そりゃそうだ。馬鹿みたいと思うのに…でも…好きになってしまった自分はもっと馬鹿だ。

 女の人は取って代わったように落ち着いた口調で話す。

「私もムキになってたのは分かってたの。でも引き際が分からなくなってたのかもね。それに湊人の友達が「湊人なんてやめて俺にしろ」って言うのよ。それが余計に…。でもそうね。その人にしてみようかしら。」

 事の発端は女の人なのに一人で答えを出して、帰るようだ。

「あの…いいんですか?」

「湊人のこと?あなた見てたらよくなっちゃった。あなたは…上手くいくといいわね。不思議ね。今は応援したいくらい。」

 フフッと笑ったその人は綺麗だった。

 こんな人をここまで狂わせちゃう南田さんってどんだけ…。

 華は自分がとんでもない人を好きになってしまったのではないかと思っていると、ふと見たことのある人が視界に入った。


 女の人が座っていた背中側にいたのは南田の友人でSEだと言っていた宗一だった。

 宗一は女の人が帰っていくのを確認してから華に話しかけた。

「良かったね。思いの外、丸く収まった。」

 丸く…収まったのかな?まぁ南田さんへの嫌がらせは無くなりそうだけど。

 華がスッキリしない気持ちでいると宗一はまた言葉を続けた。

「あなたのお陰で俺の恋は成就しそうだ。」

 ウィンクをする宗一に華は唖然とする。

「南田さんをやめて俺にしろって言う人って…。」

「そう俺のこと。」

 なんなの!?やっぱり変人の南田さんの友達はやっぱり変人ってこと!?だってここにいたってことは、つけてきたっていうか…そういうことでしょ?

「お礼にいいことを教えてあげる。湊人のこと頭良くて難しい言葉を使うし理解できないって思ってるだろ?」

 何を急に…。

「それはあれだけ理論武装されたら…。」

「ハハッ。理論武装でもなんでもないよ。あいつはただ難しい言葉で自分を守ってるだけ。」

「守って…る?」

「そう。難しい言葉で武装してるだけって言えばいいのかな?それを剥いだら…ハハッ。」

 武装は武装なんじゃない。でもなんだろう。剥いだら…。

「じゃ。南田を見捨てないでやって!」

 う…。ここにも南田さんの味方する勝手な人がいた。

 軽やかな足取りで帰っていく宗一を恨めしげな視線で見送った。


 騒動は日に日に落ち着きを見せた。南田が部長に呼び出されたのは、メールのひどい内容が本当のことなのかの確認だったらしい。嫌がらせだと分かると特にお咎めはなかったようだった。

 南田はあの後は何事も無かったように仕事をしていたし、華は前よりも詳しくなった知識で順調に仕事をこなしていた。

 ただ二人の間柄は騒動があった前よりももっと前の何も無かった頃に戻ってしまっていた。


 テレビでは未だにキス税を賛成する人と反対する人が議論する番組もあったが、あまりにも賛成派が増えたせいで政治家さえも反対の声を上げることに躊躇するようにまでなっていた。下手に反対すれば今後の政治生命に関わるとの考えが見え隠れしていた。

 華はそんな政治家にもうんざりして、最近はキス税のことがニュースになっても、すぐに番組を変えるほどに期待しなくなっていた。


 そして華は今さらながらに南田が連絡先を教えてくれなかった本当の理由が分かった気がしていた。嫌がらせメールを華が受け取る懸念からだったのだろう。

 それに華も嫌だったから提案しなかったものの、スマホのアプリでも認証はできたのだ。手軽で人気のあるそれを南田が提案しなかった理由。そしてもしかしたら連絡先を教えなかった真実はこちらかもしれない。

 華のことを信用していなかったから…。華もいつか自分に嫌がらせするんじゃないか、連絡先を悪用するんじゃないか、そう考えられていたのかもしれない。

 やっぱり所詮はただの契約関係。そして今はそれ以下。ただただ悲しくなるだけだった。

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