第72話 僕という悪意

「地元、凄い雪だったよ」

 彼女からメールが届く…。

「今日は地元に居たの」

「今、こっちに来た」

「自分で運転したの?」


 他愛もないやりとりに思えるだろうか…。


 僕のメールには悪意が込められている。

 悪意というには表現が行き過ぎかもしれない…彼女が正直に答えられないかもしれない質問を返しただけ。


 誰に送ってもらったの?

 そういう意味を裏に込めている。


 昔からそうなのだ、僕は他人に質問するとき相手が返答に困る質問を選んでいる。

 先生にも…上司にも…彼女にも…。

 昔からそうだ…。

 それは、不安の裏返し…実は悪意ではない。

 安心が欲しいだけ…。


 はなから、言葉の裏を想像しなければいい、でも僕は、昔から言葉の裏側を視る。

 どこでも煙たがられる。

 誰よりも現実を受け止められないくせに…その真実を知りたがる…。


 想像に押しつぶされる。

『ゴッホは、なぜ自分の耳を切り落としたか?』

 様々な見解がある。

 狂人だから…嫉妬…当てつけ…癇癪かんしゃく…皆が想像する。

 でも…僕が最も近いと感じるのは

『耳を失う恐怖に耐えられなくなったから…』


 このゴッホの気持ちが解るのは、実は悲しいことだと思う。

 烏滸おこがましくも、僕は狂人と呼ばれるゴッホに自分を重ねることがある。


 高すぎる理想を掲げ…現実に失望し…自分を卑下し続けても、なお自分を信じている。

 でも…現実は…。


 ゴッホは狂人だったのだろうか…。

 どちらのゴッホが狂人だったのだろうか…。

『絵』を描いているときか…『絵』を描いてないときか…。

 描かなければ、常人で在りえたのだろうか…。


 僕は狂人か?

 彼女のことを考えていないときは常人なのだろうか…。

 考えるから病んでくるのか…。


 計算高い悪意。

 アンサーは?

 いいことなんか何も無い。

 知っているのに…解っているのに…。


 ゴーギャンはゴッホと寄り添った、でもゴッホとたもとを別ったのはなぜ?

 唯一の理解者を苦しめることしか出来なかったゴッホ。

 ジレンマが奇行を呼び、それが自分を、周囲を苦しめる…だから奇行が止められない。

 負のスパイラル。


 僕はゴッホを理解できる…。

 いや…狂人とは思ってない。

 ただ、僕と同じ…結果が解っているのに止められないだけの人。

 ただの心脆いだけの人…。


 ゴッホはゴーギャンを繋ぎとめられなかった…僕は、彼女を…。


 大切なのに…傷つけてしまう…。

 それが自分で悔しくて…苦しくて…。


「さすがにドライバーだよ」

 そんな返信に安心するのだ…。

 ドライバーを信用しているわけではない、ただ彼女を信じてるだけ…。


 弟テオに支えられたゴッホは拳銃で自殺を…。

 本当に?

 僕はゴッホを撃ったのはテオだと思っている…。

 正確には自殺に失敗したゴッホに2発目の銃弾を放ったのはテオだと思う。

 僕に最後の銃弾を放つのは…。


 僕の悪意はきっと自分に放つ銃弾だ…。

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