第60話 黒猫の写真

 僕のスマホに、彼女の写真が何枚か保存してある。

 写真は嫌がると思って、あまり撮らないようにしていたので数枚しかない。

 カメラを向けると、小首を傾げて、少し口を尖らせた表情をつくる。


 昨年の夏、花火がしたいというので連れて行った。

 夕食を食べて、そのまま海岸に行くかと思ったが、ホテルに入りマッサージチェアで、くつろぐ。

 彼女はマッサージチェアの無いホテルには行きたがらない。

 ホテルを出る頃には夜が明けていた。

 お盆とはいえ、まだ夏、海岸に着くころには完全に明るかった。

 花火って夜するものだと思っていた。

 真夏の早朝から、線香花火に火を着けるとは思ってなかった。

 そんなことを言うと、ケラケラと楽しそうに笑っていた。

 互いに寝てないこともあり、このときの彼女の写真は、眠そうな目で映っている。


 桜が散った頃に花見に出かけたり、彼女に付き合っていると季節感や時間の感覚がズレてくる。

 今までの当たり前が、当たり前に崩れていく…。

 僕の目の前の彼女は、朝だから花火をしないとか、花が散ったら花見をしないとか、そういうことには、こだわらない。

 今日は花見の日だから…花見に行く。

 花火するって決めたから、花火をするのだ。

 大切なのは、決めたことを守ることであり、必ずしも桜が必要ではないのだ。


 他人とは、こだわる部分が違う。


 僕にしてみれば、もう桜は咲いてないのだから、小雨の降る公園を歩く意味はないと思ってしまう。

 明るい海岸で花火しても綺麗なのか?と考えるのだが、彼女はソコが違う。


 そんな彼女を見ていると退屈しない。

 というか…パターン通りに考えてる自分が可笑しくて自嘲してしまうのだ。


 子供のような表情で、線香花火に火を着けて、マジマジと見つめる彼女、時折見せる表情は寂しげで…海岸に人気ひとけが無ければ、抱きしめたくなる。


 今でも、彼女に逢いたくなると、彼女の写真を眺める。

 写真だと、実物より顔が細長く写るような気がする。

 写真より実物の方がいい。


 初めて写真を撮ったのは昨年の春。

 突然、なにを思ったのか、買い物途中にコスプレの衣装を持ってきた。

「コレも買う~」

 そんなことを言って、カゴに放り込んだ。

(また無駄遣いを…)

 そんなことを思ったが、まぁ本人がしたいというなら止める理由も無い。

「後で、写真撮ってね」という彼女の言葉に驚いた。

 僕は、それまで彼女の写真を撮ったことが無かったから…。

 嫌がると思ってた。


 そんなわけで、彼女の最初の写真は、黒猫のコスプレをした写真となったのだ。


 僕の可愛い、愛おしい、黒猫の写真。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る