第59話 寝顔
ここ十何年、恋人の寝顔というものを見ていない。
それは、普通の恋愛をしていないからだ。
不倫じゃ、寝顔はなかなか見れない…。
彼女と泊まりで出かけたことは無い、そんなわけで、ここ十何年、女性の寝顔を見ていない。
彼女は、スッピンを見られるのを極端に嫌がる。
女性とは、そういうものなのかもしれないが、本人曰く、ヌボーッとしているからだそうだ。
僕が知る限り、風俗嬢で化粧を落とさない嬢と、ほぼスッピンでくる嬢だとスッピン嬢は本番ありの嬢が多いように思う。
彼女は、バッチリメイクしている嬢だ。
メイクをしない嬢に聞くと、1日に何回も風呂入るのに化粧なんてしてられないそうだ。
彼女は長風呂だった…今でもそうだが、湯船に楽々と浸っていたのを覚えている。
汗をかかないのか、化粧落ちしていた印象は無い、冷え症ではあるかもしれない。
だから、彼女を呼んでいたときは、お風呂のお湯を溜めて待っていた。
長い手足を伸ばして湯船に浸かる彼女を見て、自由な嬢だな~と思っていた。
不思議と、そういうところが嫌じゃなく…むしろ気に入ったわけだが。
こういう風に逢う様になってからも、その自由さは変わらない。
今年の冬は、タイヤの交換をお願いされた。
自宅に工具はあるので、朝から彼女のアパートに車を引き取りにいった。
朝というのは、彼女にとっては1日の終わり、8時くらいに寝て、16時くらいに起きるのだ。
僕が車を取りに行くのは当然、朝8時だ。
彼女の寝る時間…シャワーを浴びて…スッピンなのだ。
大分、ためらっていた。
車に挿しといていいよ、と言うと、盗まれたらいやだと言う。
郵便受けから、鍵だけ出してくれればいいと言うと、なんだか悪い気がすると言う。
結局、玄関で渡すということになり、アパートへ向かった。
そろ~っとドアが開くと、メガネを掛けたスッピンの彼女がいた。
確かに、印象は違うが美人だと思った。
「変じゃない?」
照れながら聞いてくる彼女に、普通の女の子だと思った。
「可愛い」と言ったか、「綺麗だよ」と言ったか覚えてないが、綺麗だと思った。
部屋着も初めて見た。
本当に、こうしていると、普通の女の子だ。
「部屋あげられなくてごめんね…」
そこは、あがろうとは思ってなかった。
たぶん、とても嫌がるだろうから…。
「桜雪ちゃんなら…無理やり部屋にあげろとか言わないと思ったから…」
「うん…言わないよ」
「うん…ごめんね…でも…スッピン見せるだけでも…少しだけ…前に進んでいると思って…」
そんなに嫌なことなのか、と思った。
僕は、別に見たいとも見たくないとも思わない、だが、彼女にとっては特別なことなのだろう。
これじゃ…彼女の寝顔なんて、当分は見ることはないだろう…。
スッピンに興味は無いが、互いの隣で眠れるくらいに安心できる仲になりたい…。
僕は、眠るのが下手だから…。
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