第22話 明け方のメール

「桜雪サンタさんありがとう」

 きっと小説を読んだのだろう。

 GODIVAのチョコレート、喜んでくれたのだと思う。

 彼女の好物だ。

「仕事行く前に、10分時間取ってほしい、キーホルダーを渡したい、ひと目でいいから逢いたい」

 そんな内容のメールだった。


「朝は無理だよ」

 それだけ返した。


 キーホルダー。

 彼女から食べ物以外を貰うのは初めてかもしれない…いや、きっと初めてだ。


 また…僕の『心』と『頭』が乖離したように動き出す。

『心』は、ただただ嬉しくて…今からでも彼女に逢いたくなる。

 僕のために…何かをしてくれる。

 その気持ちだけで嬉しい。

『心』は彼女で満たされるように…渇いた土がスコールを浴びた様に彼女を取り込もうとする。

 ひび割れた土は、潤され色を変える…彼女の色に…。


『頭』は、キーホルダー…クリスマスに逢った人、全員に配ってるんじゃないのか。

 バレンタインの義理チョコのように。

 そんな考えも同時に過る。

『頭』は彼女を拒む…ガラスが雨を弾く様に、激しく音を立てて雨粒を砕いて地面に叩きつける。

 砕けそうな僕を守る様に固く閉じ込めるように…。


 いつからだろう…。

 彼女を風俗嬢としてではなく、一人の女生として接したのは…。

 ただ…愛おしくて、彼女の心に触れてみたくなったのは…。

『触れた…』と感じたのは…気のせいだった?


 いつからだろう……。

 彼女の風俗嬢としての一面を探すようになったのは…。

 その美しさに…言葉に…裏を垣間見るようになったのは…。

『気づいた…』と冷静に戻った…あるいは?


『嫉妬』そんな簡単な感情じゃない…と思う、思いたい。

 僕は、彼女がどうなれば満足なんだろう?

 僕の隣で、笑っていてくれればいいのだろうか。

 僕は、彼女を閉じ込めたいのだろうか。


 以前、18歳年上の女生と付き合っていた。

 ちょうど、今の僕と彼女の歳の差が逆転したような関係。

 彼女は当時、僕に言ったことがある…。

「お金があれば…この家から1歩も外に出したくない…」

 その気持ちが、今の僕には少し理解できる。


 もちろん…彼女も、僕も、そんなことはしない…。

 そんな経済力もないし…なにより、それは彼女を人間として扱わないこと。

 行き過ぎた比喩表現だ。


「ずっと隣にいてほしい…」

 それが本音なんだと思う。


 掲示板に書き込みがあった…。

「そんなことしてるの?彼氏が可哀想だ…」

 僕は彼氏と彼女から呼ばれたことは無い。

 でも…彼女に好意を寄せる僕は…可哀想なんだろうか。


 可哀想…とは他の男に身体を売っている彼女を黙認するしかない男が可哀想なんだろうか。

 それとも…そんなことすら知らずに付き合っていることが可哀想なんだろうか。


 朝には逢えないよ…。

 逢えば抱きしめてしまうから…彼女しか見えなくなるから…。

 僕の『心』と『頭』は乖離している。

 でも…僕は…彼女を愛しているから…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る