第9話 for Dear from Liar

『ちょっと頼りたいんだけど…バファリン買ってきて』

 仕事が終わると、そんなメールが届いていた。

 昨日から顎が痛いと言っていたが。


 今日は100Kmほど離れた市にコンパニオンとして出勤中のはずだ。

 その後、またこの街に戻ってデリ嬢をやるつもりらしい。


 彼女は、ほとんど休まない、毎日のように働く。

 それほどの金が必要な理由を、僕は知らない…。

 そんなせいなのだろう…掲示板に彼女の書き込みは多い。

 大概は、ロクでもない書き込みだ。

 今日の書き込みは酷かった…。


 正直…いい気持ちはしない。

 いや…あるいは真実かもしれない。

 確かめる気もないし…その術もない…真否は自分の心に委ねられるだけ…。


 頭痛薬と、プリンを2個買った。

 顎が痛くても食べれそうなもの。

 アパートの玄関のノブに掛ける…。

 もちろん、合鍵など持っていない。

 僕が彼女に近づけるのは、ここまで…この玄関までだ。


 一度、ノブに食べ物を掛けた時、鍵が掛かっていなかったことがある。

 出勤のはずだが…そう思い、呼び鈴を押したが反応は無い。

 ドアを開けると真っ暗だ…一応、声を掛けてみるが誰もいない…。

 僕は、そのまま外に出て彼女にメールした。

 彼女は出勤中だった、鍵をかけ忘れたらしい。

 そのまま帰ったのだが…。


 彼女の事を知ろうと思えば…そのまま部屋に入るのだろうか?

「入ってないよね?」

 彼女もソレを心配していた。

 僕は入っていない…なぜ?

 彼氏はいるのかな…どんな生活をしているのだろう…おそらく大概の男なら入室したのではないだろうか…。

 僕は入れなかった…入らなかったのではない…入れなかったのだ。

 怖かった。

 もし…彼氏の写真でも見てしまったら…あるいは…もっと他のナニカを知ってしまったら…。


 目の前の真実に手を伸ばす勇気が僕にはない…。


「そんな泥棒のようなマネはしないよ」

 嘘だ…紳士ぶっても、それは本音じゃない…ただ臆病なだけ…目を閉じただけ…。


 僕が許されるのは、彼女がいるときに玄関で立ち話するところまで…。

 靴は脱がない…。

 それが、今の距離だ。


 僕は、玄関にプリンと頭痛薬を掛けたあと、彼女にメールした。

「迎えに行こうか?」

「〇〇市だよ?そのあとも戻って仕事でるんだよ」

 迷惑だったかもしれない…当然、移動の手段はあったはずなのだから。

 僕は、下道で2時間30分掛けて彼女を迎えに行った。

「バファリン、早い方がいいだろ?」

 そうメールして…。

 それも嘘だ…掲示板が気になっただけ…彼女のことが気がかりなだけ?

 いや…違う…他の誰かといて欲しくない…それが一番近い気持ちだろう。

 11時というから近くのコンビニで彼女に薬を飲ませるミネラルウォーターを購入した。

 冷たいものが好きだから5分前に買ったのだが…彼女が来たのは、それから1時間30分後だった。

「ゴメンね、待たせて」

「薬と水…ぬるくなっちゃったよ」

「うん…ありがと…顎じゃなくて歯みたい…」


 そのまま、高速に乗り1時間30分、痛い…痛い…と繰り返していた。

「寝てていいよ…」

「店に電話しなきゃ…忙しくなさそうだったら…このまま…ホテルで休みたい…エッチはしないけど…一緒にいたい…」

 彼女が店に電話する…。

 遠回しに…歯が痛いから行きたくない…そんな内容だった。

 でも…いつも指名されてる客が待ってるとのことだった…。


 彼女から聞いている…ストーカーだ…。

 金に成るうちは客として扱うそうだが…僕は複雑な気持ちになる。

 往復200Km…6時間を費やして…そんな男のもとへ、彼女を送り出すのだ…。

 自分の存在に疑問を覚える…。


「また…ごねると面倒くさいから…行くよ…」

 彼女に委ねられた選択…彼女は、ストーカーを選んだ。


 彼女を事務所の前に降ろす…。

 虫歯移るといけないから…そう言って、頬にキスをする彼女。

 軽く…唇を重ねた。

「行くね…」

 そう言って彼女は事務所の中へ消えた…。


「顔が見たかっただけだから…」


[嘘つきからfrom Liar愛する人へfor Dear…]



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