7.「善人の、善人による、善人のための政治」
サラとハルスは、バスを乗り継いである街に辿り着いた。
別に行くあてはない二人だが、バスの中吊り広告で紹介されていたその街の石畳が非常に美しいのを、サラが気に入ったのだ。せっかくだから行ってみようじゃないかというハルスの提案で、いま二人はその石畳の街の広場に居るのだ。
「これは何でしょうね、今日はお祭りですか?」
「祭りだとしたら、ずいぶん変わった祭だな」
広告の写真にあった石畳の広場は、街の住人たちで埋め尽くされていた。みな中央を向き、真ん中で叫ぶように話す男の声に聞き入っていた。
「あの、今日はお祭りか何かですか」
サラは一番外側にいた男に話しかけた。
「ん?ははは!いや、祭りじゃないよ!あんたら観光客か?今日は間が悪かったな!これは議会さ」
「議会?」
ハルスがオウム返しに聞く。
「そうさ。俺たちの街では半月に一度、こうやって街の住人全員が参加する議会があるんだ。民主主義だよ!いいだろう?」
「ほう」
サラは興味深そうに、その議会を見回した。
「つまり直接民主制を取っているわけですね」
「ああ。民主主義ってものはいいもんだ!昔はこの街も貴族の領主が居たんだが、革命でやっつけてね。それからというもの、争いもなく、適度な税金のおかげでみんな豊かになった。民主主義万歳だよ!」
ハルスはその言葉に、少し不安を覚えた。そんなにうまい話があるのだろうか、と。
「明日は、議会は開かれませんよね?」
「ああ。今日だけ」
「わかりました。ありがとうございます」
サラはハルスを促し、議会から離れた。
二人は街から少し離れた丘の上から、まだ続いている議会を見下ろした。
「ハルスさん」
「うん?」
「こんなことが議題に上がったらどうしますか…。それは、あらゆる生命体を傷つけることが可能です。人に対して使用されれば、少なくとも出血、悪ければ死、です。そんな危険なものなのに、たった千円も有れば買えてしまいます。あらゆる家庭が、それを保持し、いざとなったら使える状態にしてあるのです。こんな危険なものは販売を規制し、所持を禁止すべきだ…どうです?」
「まあ、危険性はよく分かるから賛成だが…その、具体的に何だ?」
「包丁です」
「ぷっ!」
ハルスは吹き出して笑った。
「たしかに嘘じゃない!おもしろいな」
「肝心な部分を知らなくても、人は賛否を表せます。今あそこで行われている採決も…さっき演説していた人の話を聞いていない人、非常に多く居ました。私たちが話しかけた男の人も、聞いていませんでした」
「たとえ聞いていても、騙されることはある、か」
下の議会では採決が始まろうとしていた。
「私たちは、人間が基本、善人だと思っています。公正で平和を愛するものだと」
「…!そうか、それが民主主義の前提にあるのか」
「そうです。正確な情報が与えられた場合、人は正解を選ぶ…という思い込みですね…。ところで、いま採決をしているの、どんな内容か聞きましたか?」
「いいや」
「隣の街との交易が赤字になって5年になるそうです。そこで黒字転換のため何らかの品目を多く買うように圧力をかけるべきかどうか、についてだそうです」
「それは…あまり穏やかじゃないな」
「そうですね…あ、賛成多数のようです」
「おや」
議会の8割以上の人々が挙手していた。
「ハルスさん、私は、人というのは平和を愛する生き物ではなく、正義を愛する生き物だと思います」
「どうしてだい?」
「人は、平和を守ろうとするのと同じ言葉で、戦争を始めるからです。正義のために、と」
太陽が傾き、夕方になりかけていた。
「明日は広場を見に行くか?」
サラは少し考えて、答えた。
「いえ…またバスに乗って、別の街に行きましょう」
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