6.「もしも世界が70億と二人だったら」
二人は公園に居た。
「この次はどこに行きましょうか」
「そうだなあ、もうすぐ冬が来るから南の方に行きたいな」
二人の座るベンチから見える木々は、もう茶色に枯れた葉を僅かに残すのみだった。
「まあ、南に行かずとも、別の街に行けば春かもしれませんよ」
二人の出会った荒野に、季節は無かった。メトロポリスにも。だが汽車の車窓から見た景色には四季があった。紅葉が見えたかと思えば、暑い日差しの中に青々茂る山々が見えたり、桜が見えたり。霜が降りている街もあった。
「この世界の季節はどうなっているんだろうな。僕には全く見当がつかない」
「この世界…どの世界と比較しての、この世界ですか?」
「それは…どこだろう。いや、そもそもなぜ僕はこの世界と言ったんだ?」
「でも、私にもハルスさんの言わんとしていることはわかりました。だから、私の中にも、ハルスさんと同じ世界があるんだと思います」
二人は暫し黙った。風が吹き、枯れ葉と一緒に新聞の切れ端が飛んできた。
「地方紙かな」
「みたいですね。『市役所職員が税金を着服』ですか」
サラは見出しを読んだ。
「ひどいな」
「そうですね…」
ハルスにそう答えて、サラは目を閉じた。
「ハルスさん、私たちはこの街に税を収めていません」
「うん?」
「それでも、税金を着服するのは悪いことだと思い、この街の人に共感できます」
「そうだな」
「それは、この街の人と世界を共有できているということではないでしょうか?」
ハルスは足元の枯れ葉を見ながら答えた。
「そうかな…共有しているのは価値観だけじゃないか?」
サラは目を開け、木にとまった鳥を見つめていた。
「…ハルスさんが朝目覚めたら、世界中の人々が当たり前に全裸で過ごすようになっていたとします」
ハルスは思わずサラの方を見た。
「ええ?」
「世界中のあらゆる人…つまりハルスさん以外の人は、みんな全裸なのです。ハルスさんは、そんな人々を許容できますか?」
「いや…というか僕だけは服を着ていたいが…」
「そうでしょうね。その人々を許容し、世界を共有することはできないでしょう。でもその人々の中では、服を着るという行為が私たちにとっての全裸と同義だったら…どうします?」
「う、ううん、それは仕方なく裸になるしか…」
「では、一緒に私もその世界に行ってしまったとしましょう。どうです?」
「そのときは二人で服を着ていよう」
ハルスは即答した。サラはクスクス笑った。
「でしょうね。……でも不思議だと思いませんか。一人だと心細くてその人々に取り込まれてしまいますが、二人だとそうじゃありません」
サラは足元の枯れ葉を見つめながら言った。
「私は、共有された価値観で周りを見たときに世界が生じるんだと思います。だから、たとえ二人しか同じ価値観の人間がいなくても、もうその二人の世界があるのだと思います」
ハルスは目を閉じて言った。
「サラ、僕と君は、同じ世界に生きているかな?」
サラはベンチから立ち上がって、足元の枯れ葉を拾い、しばらく弄んで、微笑みながら言った。
「…寒いですね。コーヒーでも飲みたいです」
「…ああ、僕もだ」
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