4.「プリズン」

『ビジネスホテル・ユートピア』は、ビジネスホテルと銘打っている割に居心地の良い宿であった。二人は荒野での疲れを癒やすため、3泊ほどすることにしたのだった。

 サラは、部屋のドアが並ぶ廊下のつきあたりにある、奇妙な機械をじっと眺めていた。

「サラ、何を見ているんだい?」

 ハルスに話しかけられても、サラの視線は機械に釘付けである。

「さっき、この機械からネズミの鳴き声がしたんです」

「ええ、本当に?」

「たしかにしましたよ。チューって」

「ふうん」

 この機械は真っ白な縦長の直方体で、床に着いている部分に十センチほどの丸い穴が開いている。すると、二人の会話の合間に、チュウ、と鳴き声がした。

「本当だ!」

「ね?この機械の中に居るようなんですが…飼ってるんですかね?」

「飼うなら普通、金網とか、見えるようにしないか?」

「ですよね」

 そこに、ホテルの従業員が通りかかったので、二人はこの機械のことを尋ねてみた。

「ご存じないんですか?これは全自動ネズミ駆除器『プリズン』ですよ」

「へえ、これはネズミ取りなんだ」

「ええそうです。ネズミを発見すると、こいつが自動で動き回って後を追うんです。そして、ネズミが食料庫を漁ったり、壁に穴を開けたり、コードを囓っていたりするのを確認すると、すぐにこの穴から吸い込むんです」

「あの、中はどうなっているんですか?」

「そりゃもちろん、3つの部屋に分かれていますよ」

「3つ?」

 ハルスが聞き返した。

「なぜ3つなんだ?」

「そりゃ、留置室、裁判室、刑務室ですよ」

「え、ええ?」

「ははぁ、なるほどです」

 予期せぬ答えに戸惑うハルスと、納得した様子のサラ。

「教えていただいて、どうもありがとうございます」

「いえいえ」

 従業員は去っていった。ハルスはサラに問う。

「いや、悪いが僕には全く意味がわからない。説明してくれないか」

「いいですよ。つまりですね、この『プリズン』は、ネズミをにするための機械だということです」

 数秒固まって、ハルスが答えた。

「ごめん、わからない」

「順を追って説明しましょう。まず、この機械はネズミをただ捕まえるのではありません。現行犯逮捕するんです」

「現行犯…ということは、ネズミが何もしなければ捕まえないということか?」

「さっきの方の説明だと、そのようですね」

「…ああ、なんかわかってきたよ」

「でしょう?続けます。次に、現行犯逮捕されたネズミは留置され、取り調べを受けるのでしょう。たぶん、レントゲンとか撮って、何を食べたか確認するんですかね?」

「だろうな。ネズミは喋れないからなぁ」

 ハルスはおどけて言った。

「ふふ。そして、取り調べのあとは裁判です。だいたい窃盗か器物破損でしょうね、罪状は」

「そして刑務室で刑期を全うするわけか」

「そういうことでしょうね」

「しかし、ネズミに裁判を受けさせるとは!」

「そうですね…」

 珍しく、サラが考え込んだ。そしておもむろに、ハルスに問うた。

「ハルスさん、ネズミを罰する意義というのはどこに有るのでしょうか」

「意義?」

「はい。ネズミは自分のしたことが犯罪だとは思わないでしょう。ネズミは法律を知りませんから」

 ハルスは頷いた。

「それに、自分のしたことを弁護できるはずもありません」

「そう、ネズミは喋れないからなぁ」

「それ気に入ったんですか?」

「いや、別に」

「何より重要なことは…ネズミは刑罰を理解できないということです」

「…なるほど」

 ハルスも考え込んだ。そして、サラは言った。


「後悔という感情が無ければ、罪と罰は成立しません。それは、ネズミも人も同じでしょうね」


 そんなことよりも今後しばらくは電車で旅をしましょう、というサラの声を、ハルスは聞き流していた。ハルスがふと天井を見上げると、監視カメラと目が合った。

 ハルスは今日中にこの宿を出る決心をしたのだった。

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