3.「語り得ぬものには、沈黙せねばならない」
二人がしばらく荒野を彷徨っていると、突然目の前に高層ビル群が立ち並ぶメトロポリスが現れたものだからハルスはしばらく唖然としていたが、サラは何食わぬ顔で街へと足を踏み入れた。
「綺麗な街ですね。荒野に比べると」
「いや…もっといろいろ気にすべきことがあると思うが…」
「多分、このくらいで驚いていたら、この世の中は生き抜けませんよ」
「そ、そうか」
しかし、たしかにサラの言うとおり、この街は建物も道行く人も、ありとあらゆるものが綺麗であった。綺麗すぎるくらいに。
「なんだか恥ずかしくなってきたぞ…」
「格好が少しボロいですからね」
荒野を彷徨った二人は、塵と埃で薄汚れていた。道を行き交う人々は皆、格調高いスーツに身を包んでいた。しかし、彼らが二人を気にする様子はない。
「とりあえず、宿で休みたいな。なぜか現金は持っているから」
「無機質なビルばかりで、場所がよくわかりませんね。そうだ、こういうときはお巡りさんに訊くんですよ!」
「ああ、交番か」
二人はメトロポリスの大通りを歩いていき、駅のような場所にたどり着いた。だが、交番は無かった。
「普通は駅のすぐ近くに交番の一つでもあるものだが…」
「ちょっと尋ねてみましょう」
サラは人の良さそうなサラリーマン風の男性に声をかけた。
「すみません、このあたりに交番はありますか」
「んん?何ですか?」
「交番です」
サラリーマン風の男性は少し考えてサラに答えた。
「コウバン…って何だい?ごめんね、オジサン若い子の流行りものがわからなくって」
それを聞いて、ハルスがさらに尋ねる。
「いや、流行りものとかじゃなくて、交番ですよ。警察官が居る」
「ケイサツカン?それもわからないな…」
「何だって?」
「あ、もしかして…」
サラが何かに気づいた。
「警察官は、犯罪を取り締まったり、防いだりする人です」
それを聞くと、サラリーマン風の男性は手を打って納得した。
「ああ!そういうこと!あんたたち余所者だね?この街では犯罪が無いんだ。だから、それを取り締まる人もいないんだよ。コウバンというのも必要ないのさ」
「そうでしたか」
眉間にしわを寄せて考え込むハルスをよそに、サラはにこやかに納得していた。
「ところで、宿の場所がわかると助かるのですが」
「宿ね。駅の南口の…」
サラリーマン風の男性の説明は、ハルスの耳には入っていなかった。
「こっちですね」
サラが先程聞いた宿の場所に案内する。
「サラ。さっきの話どう思う?犯罪が無いって…」
深刻そうな声のハルスと対照的に、サラは暢気げに答えた。
「ああ、あれは嘘ですね」
「え?」
「警察機構が無いのは事実でしょう。ただ、犯罪が無いというのは嘘です」
「それならどうやって治安を維持して…というか、どうしてそうだとわかるんだ?」
サラは足を止め、振り返って答えた。
「治安はおそらく、他人に無関心になるように教育した結果でしょう。話しかけたあのおじさんですら、私達がこの街の人間ではないことに気づくまで時間がかかりました。おかしいですよね。私たちはボロで汚れた服。他のみんなはビシっと決めたスーツなのに、です」
「他人に、無関心に…」
「他人に無関心なら、その他人を憎むことは無いでしょう」
「それはわかるけど、それでは社会が立ち行かないんじゃないか?みんなが自分勝手になって…」
「善意や良心といったものを形式化して教育すれば、他人に無関心な社会でも、社会的弱者を救済できます。例えば、月収の1割を社会保障に供出するのは義務である、といった感じに」
「な、なるほど。しかし、それならなぜ犯罪が無いというのは嘘だと?」
そうハルスが問うと、サラは苦笑したような顔でこう言った。
「だって、本当に犯罪が無いなら、おじさんは犯罪を知らなかったはずです。交番を知らなかったように」
それを聞くと、ハルスはまた眉間にしわを寄せ、そして考え込んでしまった。するとサラが言った。
「ハルスさん、宿です」
「ん?」
二人は既に宿の前に着いていた。宿の看板には、こうあった。
『ビジネスホテル・ユートピア』。
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