2.「名前が全てである」

 二人は岩の陰に腰掛けて休んでいた。

「ところで、君はどうしてこんなところに?」

 男はパンを頬張る少女に問うた。

「わかりません。あなたは?」

「僕もわからないんだ」

 二人は顔を見合わせ苦笑した。しばらくして、少女は何かを思いつき立ち上がった。

「いけない!大切なものを忘れています!」

「ええっ、急にどうした」

 少女の勢いに、男は少したじろいだ。

「名前です!」

「…ああ、たしかに僕も覚えていない。自分の名前を」

 二人は自分の名前もわからなかったのだ。

「大変です…再び人類の危機です…」

「そんな大げさな…まあいいじゃないか。ここには二人しかいない。名前の必要性は…」

「大アリです!」

 少女は男の眼前に詰め寄って言った。

「そ、そう?」

「そうです。なぜなら、名前が全てだからです」

「うん?どういうことだい?」

「例えば…」

 少女は周囲を見回すと、何かを見つけささっと駆け寄り、拾ってきた。

「これは何ですか?」

「………石だね」

 少女が拾ってきたのは赤みがかった小振りな石だった。

「そうでしょう。でも、これはただの石ではありません。ルビーです」

「え、ホント?」

「さあ?」

「ええっ、なんだ違うのか」

「でも今、私はこれをルビーだと名付けました。他の石より価値があるように見えませんか?」

 男はう~んと唸ると、

「まあ、たしかに…」

 と答えた。

「それから…」

 少女はまた周囲を見回し、また何かを見つけて駆け寄ると、今度は枯れかけの草を引っこ抜いてきて言った。

「これはマイケルです」

「ぶっ!」

 男は思わず吹き出した。

「ど、どのへんがマイケル…?」

 震える声で男は問うた。

「マイケル感はありませんが、私が名付けたので。マイケルです」

 少女がマイケルを差し出すと、男はまた吹き出して、それを手で制した。

「いや、いらないよ!」

「どうですか。ただの枯れかけの草よりも、マイケルの方が親近感が湧くでしょう?」

 少女は誇らしげに言った。

「わかったよ!よくわかった!」

 男は笑いながら答えた。

「では、私は…そうですね、サラと名乗りましょう」

「ほう、意味は?」

「特にありません。マイケルと同じです。強いて言うなら音が綺麗だからでしょうか」

「そうか…。なら僕は……ハルス、と名乗ろうかな」

「意味は?」

「無い」

 男は微笑んで付け足した。

「マイケルと同じさ。強いて言うなら音が奇麗だろ」

 少女も微笑んだ。

「そうですか」


 こうして、少女と男は、サラとハルスになった。

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